第3話
「それで、どういう事なんだ。次に奴らが現れる場所が分かる、というのは」
「えぇ、はい。分かりますよ、私ら国の警察は大変優秀でございますので」
俺の前でフォークを使って上品にパスタを巻くこの男はトライズ、この国の警察にて私と共にライデンらを捕まえる役割を任されている。
つい先日も俺と一緒に金庫へやってきたライデンらを捕らえるべく動いたが、情けない事に失敗してしまった。
トライズは若く、とても優秀で、階級こそ俺より下ではあるが、とても将来が期待される男だ。
だが難点もある、時折見せる怪しい笑みだ。
今もその顔で俺の事を見てきている。
目の奥になんの感情が潜んでいるのか、何を考えているのかイマイチ掴みきれない印象を受ける。
だがまぁ、俺の仕事は1つだ。
先程注文したパスタが目の前に置かれ、空のトレイを持った店員が去って行くのを見計らい、切り出した。
「なら、聞かせてもらおう」
「えぇ、次に彼らが現れるのはココより北のアリエノール城。その最上階の一室です」
「何故そこに現れると言いきれる?俺が言うのもあれだが、奴らは手強い。神出鬼没で、犯行前日に予告状を出すまで何処に現れるかなんて、まるで分からないんだ」
そう、アイツらは決まって犯行前に予告状と書かれた手紙を出す。
ある時は町内スピーカーで、ある時は空から何百もの予告状やり方は決まってないが、絶対に出してくる。そして、それから警察が動くので毎度後手に回されていたのだが……それが先を読めるというのなら、それほど良い事は無い。
「つい先日彼らが金庫で盗んだのは小さな指輪でした」
俺は頷く、あの後金庫内をくまなく調べたが、無くなったのは意外にも何の変哲もない小さな銀の指輪1つだった。
金庫の持ち主が、何だそんな物かと笑っていた程だ。
「しかし、そのただの指輪こそ最大の手掛かりだったんです。あの後、私たちは総力を上げてあの指輪の事を調べました。どうにも気になったんでね……すると、こういった情報が流れてきたのです」
そう言ってトライズが見せてきたのは複数枚の書類。ソコには1人の少女の顔と、その少女についての事が事細かに記されていた。名前はメサイアというらしい
「ふむふむ……なに、ロボット!?」
「しぃー! ちょっと、声が大きいですよ」
慌てて口を抑え、それから小さい声で「すまん」とトライズに謝罪した。
店内に居た客や店員が皆ギョッとした顔で俺らの方を見ていたが、すぐに視線を戻した。トライズが警察の服を着ていたのを見て安心したのだろう。
「そ、それでコレはどういう事だ?人工知能だとかじゃないようだが……?」
「ふむ、人工知能と言うのもあながち間違いでは無いのですがね。正確に言うなら、彼女は人造人間。人と同じように物を考え、言葉を話します」
俺はまぁ驚いた。ちょっと前まで二足歩行で歩いただの、プログラミング通り喋っただので大騒ぎしていたのに、自分で物を考える?冗談みたいな話だ
「それに、彼女にはもう1つ秘密があります。一応、言っておきますね、この先の話を聞きますか?」
「勿論だ」
トライズは暫く俯いて黙っていたが、次に顔を上げた時にはあの怪しい笑みを浮かべていた。
「―――彼女の体には、強力な兵器が仕込まれているんです」
▶▶▶
「―――で、そこで私が言ったんです。お前の頭にはキノコが生えてる、って」
メサイアは顔を窓の外に向けていたけど、口を抑えて肩を揺らしてるのでどうやら私の話に笑ってくれてるらしい。
ここに来て早数日、私の話が存外に受け、メサイアとは順調に打ち解けることが出来た、気がする。
と、言うのも話を聞いて笑ったり、質問してくれたりと何らかのリアクションはくれるのだが、如何せんその顔を見せてくれない。
それに彼女、全く外に出ない。と言うよりは出してもらえないんだ。
あの胡散臭い城主が言いつけているのか、部屋の前には24時間体制で警備兵が居るし、窓枠にも鉄がはめられていて万が一にも外に出られないよう細工されている。
おかげで私もこと食事とお風呂以外はずっとこの部屋に缶詰だ。
正直もううんざり、なのにメサイアは涼しい態度で椅子に座って窓の外ばかり見ている。飽きないのかね…………
ダメだ、気になってきた。
「あの、メサイア様。聞きたいんですけど」
「なに」
「ずっーと、一体何を見ていらっしゃるんですか?」
……部屋に沈黙が流れる。やっぱり聞かない方が良かったんだろうか
気まずい雰囲気の中私が黙っていると、ふとメサイアは小さな手で手招きをした。こっちに来いという事らしい
「失礼します」
そう言ってから、極力足音を鳴らさないように急ぎ足でメサイアの傍へ寄った。この間メイド長なるおばさんに教えてもらった作法だ。
そうして、私はメサイアが指差す方を見た。その先にあったのは……湖だった。後は……空? まぁ綺麗な景色だけど、毎日見てて飽きないかと言われたら飽きると即答できるくらいの景色。
「あなた、分かってないでしょ。私が何を指差してるか」
メサイアの発言の意味が分からなかった私は小首を傾げて見せる
すると、またメサイアは口元を隠して小さく、可愛らしく笑った。
「ふふ……ほら、アソコ。鳥が飛んでるでしょ」
「鳥、ですか……」
言われてみれば、少し遠くの方で数羽の小鳥がじゃれるように飛び回っているのが見えた。結構な距離で、注視しないと分からないくらいなんだけど、メサイアは何でもないように眺めている。
やっぱり、この子は人じゃないんだ。
「私ね、生まれ変わったら鳥になりたいの……これ、ヒミツよ。アナタ以外誰にも言ってないから」
「鳥、ですか」
「えぇ……鳥になりたい。あの羽根で自由に、空を―――」
メサイアが言い切るより早く、部屋のドアが激しい音と共に開かれた。
現れたのはこの城の城主で、私の雇い主「シャロル・アリエノール」
メサイアはゆっくりとドアの方へ顔を向け、アリエノールの姿を視認すると先程の笑みとはまた違う静かな、上品な笑み?と言うのだろうか、そういう表情を彼に見せた。
「……アリエノール閣下、何か御用?」
「ふふ。いやいや、これは失礼。どうやら私は邪魔をしてしまったらしい」
そう言うとアリエノールはつかつかとメサイアの居る方へ歩き出した。当然私がその付近にいてはいけないので私は急いで部屋の隅へ寄ろうと1歩後ろへ下がろうと……したが、メサイアに服を掴まれた。
「そこで良いわ、傍に居なさい」
「おやおや、随分とその侍女の事をお気に召したらしい。珍しい事もあるもんですなぁ」
「別に、ただの気まぐれですわ」
言ってる間にアリエノールとメサイアの距離は1歩半くらいまで詰められた。
もう今更逃げる訳にもいかないので、私は諦めてメサイアの少し後ろで控える事にした。
正直言って、アリエノールはとても苦手なタイプだ。男としてじゃなく、人として。こう、善人面しながら平気で最低な事をしそうな……そんな印象。
メサイアもあまり相違ないようで、彼を見上げる目には明らかな警戒の色が浮かんでいた。私を傍に置いたのは純粋に怖かったのかもしれない。
「それで、私の妻になる決心はついたかね?メサイア姫」
「………えっ、姫?」
つい、言ってしまった。あまりの驚きに、思ったままの言葉が口からこぼれ出た。
けど、あの指輪から出てきたデータベースには一切そんな記載は無かった。彼女は研究所で造られたはず、一国の姫であるはずが無いんだ
メサイアとアリエノールの不信そうな視線が私に集まっていた事に気がついた私は、慌てて頭を下げた。
「す、すみません! 気にしないで、続けて下さい!」
「……アリエノール閣下、婚約は出来ません」
「何故でしょう? 私の妻になれば欲しいものは何でも手に入りますよ、貴女が望めば、なんでも……ね?」
アリエノールがメサイアの肩に手をかける。瞬間、彼女の体がビクッと震え、メサイアは黙って俯いてしまった。
喋らなくなった彼女に観念したのか、アリエノールは手を離し、「また来ますよ」と言って部屋から出ていってしまった。
けど、メサイアは俯いたままずっと黙っている。
見れば、涙を流していた。
確かにアリエノールの言う通り、彼の妻となれば大概の物は手に入るだろう。
けど、メサイアが、この子が欲しいのは「羽」。ここというでっかい鳥籠から飛び立てるだけの大きな羽
正直、姫がどうとか。頭の処理が追いつかない。馬鹿な自分に腹が立つ
でも、最近の機械は自由を求め、涙すら流すんだ。そんな所見せられたら、もう黙っていられない。
私はメサイアの俯いた頭に手を置き、そっと撫でた。
「メサイア様、まだ話していないとっておきのお話があるんです……聞きたいですか?」
メサイアは小さく頷いた。
その日、私は日が暮れてからも延々と話し続けた。産まれ故郷の事や、怪盗でやってきた仕事の事、そして仲間達のこと。
勿論、自分の話だってバレないようちょっと付け足したりしたけど。ほぼ実話だ
夜、メサイアはベッドの中で私の話を聞きながら、ポツリと呟いた。
「……その怪盗、凄いのね」
「えぇ、とっても凄いんですよ……まぁ、ムカつく事ばっかりだけど」
「あら、あなた怪盗の事知ってるの?」
「あ、いえ。ち、違います。凄すぎてムカつくんですよ!え、えへへ」
ふふ、とメサイアが笑った。
私の顔を見て。そして、こう言った
「その怪盗、本当に居たら良いのにね。そしたら……ふふ。なんて、居るわけないのにね、そんな凄い人」
その笑みは、私が思ってたものよりずっと寂しげで、悲しそうな笑みだったから。
私は思わずベッドから出ていた彼女の手を両手で掴み、言った。
「必ず、助けに来ますよ」
「……ふふ、そう。それなら、安心、ね……」
メサイアは目を閉じた、眠りについたんだ。私は彼女の静かな寝顔を暫くジッと見つめてから、手を離し、立ち上がった。
最後にメサイアの白い額を撫で、私は枕元の電灯を消して自分のスーツケースから幾つか機材を持ち出し、音を立てず真っ暗な部屋を後にした。
「さぁ、仕事の時間だ」
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