第2話
「メサイア、新しい侍女だ。好きに使いたまえ」
「ありがとうございます、閣下」
返事を待たず、ドアは大きな音を立てて閉められた。
彼女は慣れているのか、はたまたそんな「機能」は搭載されていないのか、眉一つ動かない。
ただ、ジッと椅子に座って窓越しに夜空を眺めていた。
「あー、えっと。先程ご紹介に預かりました―――」
「いい」
「へ?」
「いい、自己紹介しなくて。どうせ名前覚えないから」
顔をこちらに向けないまま、冷ややかに彼女は、いやソレは言ってのけた。
コレで相手がライデンだとか、男なら気兼ね無しに殴れるところなんだけど
どう見ても、ソレは、いやその子はごく普通の女の子に見えた。
それもとっても美人、随分豪勢なドレスで着飾られているが、全く負けていない。似合ってすらいる
「……なに?」
「あ、いえ……とても、お綺麗だなって。えへへ」
「そ」
でも、やっぱりムカつく。畜生
さて、そんな私ことパイソンは今、とあるお城にお邪魔している訳なんだが、珍しい事に裏口から闇を縫っての潜入ではなく、正面切っての雇われ侍女としてやって来ている。
その理由というのが、目の前のこの子
名前は「メサイア」と呼ばれているらしい。見た目は私と同じか、それより下くらい。この辺は事前に知らされていた通り。
それと、さっきも言ったけど凄い可愛い、黙っていればお人形さんに見えるくらい。
けど、なんで私がこんな所で、こんな子の面倒を見ないといけなくなったかと言うと―――。
▶▶▶ 遡ること、3日前
「ラヴ、解析終わったか?」
「モチロン・パーペキ」
「さっすが〜」
金庫から無事脱出して、隠れ家に到着した私たちは早速獲物の解析を始めた。コレがでっかい宝石とかなら、そんな事せずに闇ルートに流せば良いんだけど、今回はそうじゃない「ケース」
ラヴが小さな手を目にも止まらない速度で動かすと、宙に無数のデータが記された画面が幾つも映し出される。
ラヴはその中から、何個か画面を抜き出して私とライデンに見やすいよう拡大してくれた。ソコには1人の少女の全裸が拡大された分、大きく映し出されていた。
「うひょ〜、たまんねぇな。こりゃ」
「……なぁおい、もしかしてンなポルノを盗むためにわざわざ出かけたってのか、おい?」
あからさまに鼻の下を伸ばして喜ぶ猿並みの男を睨むと、何でかケラケラと笑われた。
「だとしたらあの金庫の主は相当な変態野郎になるなぁ!」
「お前が言える事じゃねーだろ!このロリコン野郎!」
「おいおい落ち着けよ。ほらコレ、まぁ見てみろって」
そう言って男……ライデンはデータの1つをコッチに飛ばしてくる。
見てみると、ソコには少女の名前、年齢。スリーサイズが載っていた。
「いけね、間違えた」
「やっぱお前ロリコンじゃねーか!このクズ!」
思い切りデータを投げつけてやる。けど、データ自体に質量は無いから当たってもライデンは屁でも無さげに笑ってる。それを見越して私は第2の刃を
「待て待て、ほら。チョコやるから」
チョコ
「二個やる、な?欲しかったら落ち着け」
チョコなら仕方ない。うん、仕方ない
「もむもむ―――ほれで?」
「食いながら喋るなよ、行儀悪いぜ。ほら」
そう言ってライデンが投げてきたのはさっきのデータとは打って変わってガチのヤツだった。いや、内容自体はさっきと同じで少女の事だけど、所々に書き換え、或いは大きな書き加えが見られた。
「コード・メサイア、2XXX年ハンブルグ研究所にて初期型、第一号として誕生。後に同研究所が謎の爆破、研究員やデータといった物が塵となったが、コード・メサイアの一体のみが研究所跡で発見された。後の研究によって判明したのは、同研究所の爆破はコード・メサイアの恐るべき戦闘機能によるもので―――、ってか。スゲーな」
「スゲーだろ? 特に恐るべき戦闘機能ってワードには思わず男心がくすぐられちまう」
「ミスターライデン・オトコゴコロ・トハ?」
「ん?あぁ……まぁ、一言で言えばロマンだな。格好良い、憧れる。みたいな意味」
ナルホド、と言ってラヴはメモを文字通り体から取り出して、ライデンが言った事をメモしだした。
せっかく人よか優れた脳みそがあるのに、なんでそっちで記録しないのか。
それはそうと、その他にも物凄く、物凄く興味のそそられる内容がそのデータには記されていた。
そして、トドメの一文がコレだ。
「現在はマルネのアリエノール城によって厳重な警護の下、収容されている。だってよ、「怪盗」ライデン」
「最高が過ぎるよな、マルネのアリエノールって言えば世界でも有数の大金持ちだ。そんな奴が、厳重な警護だぜ?聞く所によれば隠し通路や落とし穴なんて当たり前、警備の人材も世界トップクラスなんて話だ……たまんねぇよな」
全く、たまんねぇ。
このライデンにスラムで拾われて早数年、基本的なスキルと銃のスキルを叩き込まれ、何度も彼の仕事について行った。
何時しか私はこの仕事にのめり込んでいた。天職だと言っても良い、ギリギリの所で命を削ってる感じが堪らないんだ。
さて、そんな訳で今回のメインディッシュが「何」か明かされ、どうやって盗むのか会談が行われる―――はずだったんだ。けど、ライデンの頭の中には既に1個、作戦があったらしく
「ほれ、パイソン。コレやるよ」
そう言われて手渡されたのは、マルネ語で書かれた一枚の免許証と、大きなメイド服一着。あと、チョコ二個
この時やっと嫌な気配を察知した私だったが、もう遅い。
「これ着て、城に潜ってきてくれ」
「は、はぁぁぁぁぁ!?!!!?」
▶▶▶
と、まぁそんな感じ。嫌だと何度も言ったし、行きたくないと私は拒否した……けど、何だかんだこうやって今ココに居る。何でかって?
「チョコさえ無ければなぁ……」
「なんか言った?」
「あ、いやその……な、何でもありませんことよ。おほほほほー」
はぁ、とメサイアに勘づかれないよう溜め息をついてからキャリー一つに収められた生活品を小さく広げ、彼女用の部屋の隅に備え付けられた小さな侍女用ベッドの上に広げる。
その中にはイヤリング状の発信機と無線機。私はソレを両耳に付け、お土産として持ってきたクッキーを持ってメサイアの傍へ寄った。
「メサイア様、コレを。つまらない物ですが」
「つまらないなら、いい。要らない」
顔一つ動かない、目線一つコッチに向かない。私は体の熱量が上がっているのを必死に堪えつつ、笑顔で「そうですか、大変失礼しました」と、クッキーを自分のベッドへ放り投げる
果たして私は無事この子と上手くやってけるのだろうか。そんな事が頭に浮かんで、メサイアの傍を離れようとした。その時
スカートが後ろから引っ張られた
見たら、メサイアが視線だけコッチに向けて、その手で私のスカートを摘んでいた。
「それより、お話してよ」
「話、ですか?」
「うん、何でもいい。外の話」
そう言うとメサイアはフッと視線を窓の外へと向けた。
釣られて私も窓越しの空を見ると、ソコには一面の星空と、輝く月の姿があった。
「それなら、得意分野です」
何となく、上手くやってけるかも
そう思う私なのだった。続く
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