第9話 お嬢と竜族の倫理観
「皆、今日は良く戦ってくれた。今回の奴らの襲撃が成功していれば、我らは滅びていたかもしれん。しかし、アサコのお陰で、我らの種は絶滅を逃れることが出来た。アサコ」
「あっ、はい?」
レギオンは大きな体を折り曲げて、私の前で頭を下げた。
「本当にありがとう。それで……もしよければ、ここで一緒にワイバーンと戦ってくれないだろうか?撃退したとはいえ、まだ戦力差は大きいのだ」
「レギオン、私もそのつもり。元の場所にも帰れないし、行くとこないから……ここに置いて欲しい」
頭を下げるレギオンの前で、私も頭を下げた。
「勿論だ!アサコは王の番、オレの妻なのだからな!」
レギオンはガバッと頭を上げ、私の肩を掴む。
そして素早くその胸に抱え込み、ぎゅうぎゅうと抱き締めた。
私、攻撃力と俊敏性は桁外れなものの、耐久力は並みらしく、レギオンの渾身の絞め技に、もう息が止まりそうである。
「王!アサコ様が苦しそうです!」
スロートが進言すると、レギオンはハッとして腕を放した。
た、助かった……骨が砕けるかと思ったわ。
隣で大きく深呼吸する私を、申し訳なさそうに見ながら、レギオンは何故か顔を赤くしていた。
「あ、食事はどうだ?あれだけ動けば腹も減るだろう。何がいい?肉か、果物か?パンもあるぞ?」
レギオンが取り繕うように言うと、スロートは食べ物が乗ったトレイをスッと差し出した。
「うん!肉もパンも貰いますっ!果物は食後にっ!」
「よしっ!スロート、アサコに取り分けてくれ!」
「畏まりました。お取り致します。それで、あの……アサコ様?」
「ん?」
スロートの畏まった表情に、私は一瞬動きを止めて彼を見た。
「ラスタを……私の妻と子を助けて頂いてありがとうございます。一時はもうダメかと腹を括りましたが……アサコ様のあのワイバーンを投げちぎる勇姿……」
スロートはうっとりして虚空を見る。
投げちぎる……なんて、やっぱりラスタの夫ね。
夫婦して言い方が良く似てる。
「それに、妻や女性達などはアサコ様を唯一神として崇めておりまして」
「え、何それ?」
「荒野に降臨された破壊神だと」
破壊神……。
それ、あまり良いイメージじゃないよね……。
「産まれてくる子供に、アサコ様の名を頂こうかと、二人で話しているのですよ!」
……ねぇ?男の子だったらどうするの?
「やはりあなた様は王の番、最強の戦士!我らドラゴン族一同、真摯にお仕えさせて頂きます!」
スロートは一頻り喋ると、食事を取り分ける作業に移った。
すると、今度は構ってくれとばかりにレギオンが距離を詰めてくる。
「すまんな、スロートは嬉しくて少し舞い上がっているんだ」
「うん、仕方ないよね。ラスタも子供も無事だったし、ワイバーンを撃退したんだから」
レギオンは私の横に座り直した。
だけど、その位置が気に入らなかったのか、立ち上がりまた座り直す。
彼の様子がコントみたいに可笑しくて、私はクスクス笑った。
その時、反対側から声をかけられた。
「アサコ様!初めまして!僕、レギオン王の遠縁にあたる者でリンクと言います。戦士の中では一番若輩になりますがよろしくお願いしますっ!」
そう言って笑うリンクは、小振りのレギオンといった感じの褐色の肌の若い少年だった。
「あ、はい。初めまして。亜沙子です。遠縁ね、うん、確かに少しレギオンに似てるかも」
「そうですか!?ありがとうございます!そう言われるのが一番の誉れです」
リンクはニコニコと笑ってレギオンを見た。
こんなに誉められて、さぞレギオンも嬉しいだろう。
と後ろを振り向くと、レギオンは当然だという表情で頷いている。
なるほど……。
王たるもの、いちいちそんなことで一喜一憂しないのかもね。
「それで、あのアサコ様にお願いが……」
「え、何?」
リンクは何故か顔を赤くしてモジモジしている。
「えっと……あの、王の子を産んだ後でいいので、僕の子も産んで頂けないでしょうか?」
「……は?」
何それ、一体どういうこと?
この世界、誰とでも交合可能なの?
竜族の世界ではアリなの?!
ひょっとして、異世界から来た王の番は、ドラゴン族の絶滅を阻止するために……つまり、交合の為に呼ばれるとか……。
え、無理、すぐに帰りたい。
今、私の顔は、このハレンチな申し出のお陰で、歪みに歪みまくってるに違いない。
しかしそれよりも、怒りに顔を歪めまくった者が私のすぐ後ろにいた。
「リンク!この無礼者め!控えよ!アサコはオレの妻だ」
「れ、レギオンっ?」
レギオンは、今にもリンクに掴みかかりそうな勢いでいきり立った。
もう、頭から湯気が出てもおかしくないくらい怒り心頭である。
「今後誰であろうとも、オレの妻に触れることは許さんぞ!わかったか!」
その恐ろしいほどの殺気に、年若いリンクも、歴戦の戦士達も腰を抜かした。
「もっ申し訳ございません!今後一切アサコ様に無礼なことを申しません!ど、どうかご容赦を!」
「わかればよい。下がれ」
リンクは立ち上がれないまま、ズルズルと場を辞した。
静かに怒るレギオンは、不快感を隠すことなく私の横にどっかりと座った。
「すまぬ。不快な思いをさせた」
レギオンがボソリと言った。
「あ……さっきのこと?」
「ああ。皆、自分の血筋を残したくて必死なのだ。決して悪気があるわけではない、それは理解してもらいたい」
「うん……」
「我らは随分減ってしまった……男に対しての女の数は……知っての通りだ……本能が危機を感じているのだろうな。年若いリンクなどは、抑えが利かぬこともある……」
「……そうだね」
きっと、人類だって種の危機になれば手段を選ばなくなるだろう。
それを思えば、レギオンの元、統率が取れているドラゴン族は、精神力が強くとても紳士だと言える。
「……アサコ。少し外で話さないか?」
考え込む私の耳に、そっとレギオンが囁いた。
「外?うん、いいけど」
「今宵は月が丸い。天気が良く星も美しいだろう。酔いを冷ますのにもちょうどいいんだが……」
宴もたけなわ、戦士の皆さんはかなりお酒が入っていい感じになっている。
レギオンもほろ酔いだ。
そして、私もこの世界の月や星が見てみたかった。
「うん、行こうか!」
そうして、私とレギオンは砦の外へ出ていったのだ。
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