第8話 お嬢の怒りと断末魔

レギオンはワイバーン達に追いつくと体を垂直にして一気に上昇した。

ワイバーン達は、突然後ろから消えたレギオンを探してキョロキョロしている。

遥か上空で一旦静止し、今度は物凄い勢いで下降するレギオンに、ワイバーン達は気付いてもいなかった。

下降しながら、レギオンはクルクルと回った。

その高速ドリルのような姿はとても格好いいけど、私はもう吐きそうである。


「アサコ!頼んだぞ!」


旋回しながらワイバーンの頭上についたレギオンは、こちらを振り返った。


「……うっ、はい……」


私は込み上げてくるものを必死で飲み込んで、ヨロヨロとレギオンから飛び降りた。

そして、吐き気と呼吸を整えるとラスタの状態を確かめた。


「ラスタッ!大丈夫!?」


彼女からの返事はない。

息はあるけど、意識を失っているようだった。

体を見ると、鱗に細かい傷が幾つも出来ている。

それを確認した私はもう完全にぶち切れた。

妊婦を傷つけるなんて許せない!

こいつら、万死に値する。


「お前、あの砦の化け物か!?」


問い掛けるワイバーンには答えず、ラスタの頭を掴んでいたワイバーンの足をギュッと掴む。

そして、渾身の力を込めた。


「グギャアーーー!」


ワイバーンの咆哮は耳をつんざくような凄まじさである。

当然だ。

どんな生物も、いきなり脚を握り潰されれば叫びもする。


「くうっっっ!!くそっ!お前……」


片足が使い物にならなくなったワイバーンは、たまらずラスタを放した。


それを見ていたワイバーン達もその痛みを想像してか、次々と掴む足を離していく。


「なんて力だ!化け物め!」


残った二体のワイバーンは口々に暴言を吐いた。


「さてと。引かないんなら私とやる気だということよね?容赦しないけど構わない?」


「ははっ!女!なかなかに強く美しい。我らの長の子を孕め。悪いようにはしないぞ」


「うわ、また吐きそう。竜族が本能で生きるのは仕方ないことだけど、それにも一定のモラルってもんがあるでしょうよ。よそのテリトリーを犯し更に女の人拐って酷い実験するなんて下衆も下衆!」


私は近くのワイバーンの首を両手で掴み、ぐぐっと力を入れた。

時間にしてわずか一秒。

ワイバーンは断末魔すら上げることを許されず、静かに落下して行った。


「クソっ!馬鹿力女め!」


残ったワイバーンはあと一体。

自身の体の何倍もあるラスタを、その一体で運ぶのは物理的に不可能だ。

案の定、ワイバーンはラスタを掴む足を離し、先に逃げた仲間達の後を追って去った。


支えるものがなくなったラスタの体は、荒野へ真っ逆さまに落ちて行き、私は必死で彼女にしがみついた。


「アサコー!」


咆哮が聞こえたかと思うと、直後、颯爽と大きな黒い影が現れた。

影はラスタの首元を咥えて空に舞い、大きな両足でラスタを掴み直すと私を背に誘導する。


「大丈夫か?」


「うん!」


「そうか、では砦に帰還する」


ちょっと疲れたな……。

レギオンの硬質な鱗は冷たくて気持ちが良い。

少しだけ、と横たわるとその気持ち良さについ居眠りをしてしまった。

ふわふわと空に揺れるベッドが私の睡眠を加速させる。

速度を緩めているのは、きっと、レギオンの優しさだ。

私は自分の翼で大空を飛ぶ夢を見ながら、一時の惰眠を貪ったのである。


******


「ん……ん?」


レギオンの背で爆睡した私は、気付くと薄いカーテンに仕切られた寝台にいた。

カーテンの向こうからは何やら賑やかな声が聞こえる。

宴会かな?

ああ!きっと、勝利の宴だよね。

私はゆっくりと体を起こし、隣の様子を窺った。

すると、いきなりカーテンが持ち上がり、ラスタが顔を覗かせた。


「まぁ、アサコ様!お目覚めになりましたのね!」


彼女は大きな水の入ったお盆をサイドテーブルに置くと、サッと側にやって来た。


「ラスタ!体は大丈夫?子供は無事!?」


「はい!これもアサコ様のおかげ。なんとお礼を言ってよいかわかりません。他の女達も無事でございます。ワイバーンの襲撃で、誰も拐われなかったのは初めてなんですよ」


「そうなの?ああ!良かった!私、レギオンに荒野で拾って貰ったから、何かお礼がしたくて。ここで役に立てて嬉しいわ」


「あ、アサコ様は荒野から王がお連れしたのでしたわね?」


「うん。そうよ」


「ああ、やはりっ!王の見る目は確かなようです。夫が言うには、荒野でアサコ様を初めて見た王はその美しさに尋常ではない何かをみたようで、一目で心を奪われたと……」


……とてもそうは見えなかった。

と、私は声を大にしていいたい、でも言わない。

初めて会った時レギオンは、私を食べようとしたんですが?

しかも、男か女かもわからなかったような……。


「いや、そんなに大したことないから……あはは」


全ての不条理を飲み込んで、私は無難に答えた。

が、ラスタは怒ったように詰め寄ると、私に顔を近づけて言う。


「何を仰いますか!ワイバーンを素手でぶち殺すアサコ様が大したことないなら、我らなど団子虫以下!」


ぶち殺すって仰った?

ラスタさん、とても愛らしい外見なのにさすがは竜族、好戦的。


「団子虫は……戦闘力ゼロじゃない?」


くくっと私が笑うと、ラスタもふふっと頬を緩めて微笑んだ。


「お腹は空いてませんか?隣で祝勝会と歓迎会をしておりますので是非ご参加下さい。アサコ様の歓迎会なのですから」


「うわぁ、ありがとう!ずっとなにも食べてなくて、もうお腹ペコペコ!」


ラスタは微笑んで私の手を引くと、寝台から起きるのに手を貸してくれた。



カーテンの向こうでは、大宴会が始まっている。

戦士達は輪になり肩を叩きあったり、笑いあったり。

また、酒を注ぎあったりして楽しそうに過ごし、その中心はレギオンがいた。

彼はこちらを見ると、相好を崩して走り寄り、介添のラスタと交代して私を輪の中心まで誘導する。

そして私が座るのを待って、自身も座り、戦士達の視線を一度自分に集めるように声を上げた。

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