第6話 お嬢と共闘するドラゴン♀
私は何も言えず俯いていた。
すると砦中に、けたたましくドラゴンの叫び声が轟く。
非常警報のようなその叫びに、血の気が引いた。
何か尋常じゃないことが起こっている?
そう思った時、スロートが駆け込んで来た。
「王!ワイバーンが最大戦力で接近中です!!」
「女達を神殿へ!アサコも一緒に行け!スロート、頼むぞ」
レギオンは颯爽と立ち上がり言った。
「えっ?何?ワイバーンが攻めてくるの!?」
「心配することはない。お前達のところまでは行かせんさ。アサコにはオレの子を産んでもらわなければならんからな」
それ、死亡フラグじゃない?と、思ったけど勿論口に出さなかった。
「言霊」って言うのを信じるわけじゃないけど、悪いことを声に出すのは好きじゃない。
良いことを声に出す方が、前向きだと思うからだ。
「勝ってね!レギオン!」
「当たり前だ」
不敵に笑うとレギオンは走って出て行った。
「さあ、アサコ様!お急ぎを!ワイバーンは速い。すぐに砦に侵入してきます!」
「わかった、急ごう!」
私はスロートと部屋から出て、他のドラゴン族の女性と共に砦の最奥、神殿のような場所に身を隠した。
女性達は全部で四人。
その内の三人は一番背が高くリーダー格のアリアと、細身のナキ、サンディという小柄な人でみんなギリシャ神殿の祭司のような格好をしている。
残った一人はお腹が大きく、見た感じ妊婦のようだった。
私達は全員で妊婦の女性を祭壇の後ろに隠しながら、息を潜めて外の様子を窺う。
すると、妊婦の女性がおずおずと声をかけてきた。
「あの、アサコ様でございますね?」
「はい、そうですけど」
「私はスロートの妻、ラスタと申します。見ての通り今、彼の子を身籠っておりまして、何があっても子を守れと言われております。この子は最後のドラゴン族になるかもしれないのです。ですので……大変恐縮ですが、どうか一緒にこの子を……」
みなまで言わずともわかっている。
絶滅するかもしれないという話を聞いて、拒否するなんて選択肢はないから!
「守ろうね!一緒に!私、弱いけど頑張るから」
「弱いだなんて!言い伝えの王の番は最強の戦士だと聞いています!アサコ様、ありがとうございます!」
いや、私、それ聞いてないけど?
と、首を捻った。
「最強の戦士」って言ったよね?
誰のこと?私じゃないよねぇ!?
竜族のワイバーン相手に何が出来るかわからない、弱いヒト族なんですが!
ラスタや他の女性達からの憧れの視線を浴びながら、私は仕方なく愛想笑いをした。
その時、すぐ近くから誰かの断末魔が聞こえて、私達は一気に戦闘態勢に入った。
「グルゥーー!」
「ギャアー!」
戦いの声は一際激しくなっている。
祭壇の裏にラスタを隠し、アリア、ナキ、サンディは本来の姿であるドラゴンに変身した。
アリアは薄茶色のドラゴンに、ナキは青銅色のドラゴンに、サンディは深い緑のドラゴンに。
どうやら、鱗の色=瞳の色=着てる服の色らしい。
鱗がそのまま服になる、というイリュージョンの仕組みはさっぱりわからないけど、大変便利な機能だと羨ましくなった。
彼女達はレギオンより小振りだったけど、それでも三体に囲まれるとなかなか圧巻で息苦しい。
その中をジリジリと壁に進みながら私は飾り物の大剣を取り構えた。
神殿の扉は鉄で出来ていてとても頑丈だ。
しかしワイバーンは、その隙間に鋭い爪を食い込ませて侵入を試みている。
「扉をちゃんと塞いだ方がいいよ!奴らが手間取っているうちに……そうだ、この……」
私は祭壇の脇に立つ飾り物の柱を指し、アリア達に指示を出した。
彼女達は巨体ながら素早く動き、大きな柱を扉の前に立て掛けワイバーンの侵入を防ぐ。
その瞬間から扉はびくともしなくなり外も静かになった。
「諦めたのかな?」
私の呟きにナキが答える。
「そんな筈はありません!奴らは狡猾ですから。恐らく違う手を考えたのかもしれません」
「ね、何か聞こえない?」
そう言いながら、サンディが扉に近づく。
聞き耳をたてていた彼女は、その直後、振り返り叫んだ。
「主人の声が聞こえるわ!私を呼んでいるの!」
「まさか!!」
私とナキ、アリアは扉に近づき、静かに外の様子を窺う。
すると、掠れた低い男の声が扉の隙間から漏れてきた。
「アリア……ここを……開けて……」
「ナキ……僕だよ……」
「サンディ……ただいま……全て終わったよ……」
『さあ!ここを開けて!』
低い声が呪文のように響くと、アリア達は一斉に扉を塞いでいた柱を壊し始めた。
「ちょっと待って!一体どうしたの!?」
何かに操られたようなアリア達には、私の声は届いていない。
壊されていく柱はもうその役割を果たさず、扉の隙間から覗く狡猾な赤い目と、鋭い爪が侵入するのを簡単に許してしまった。
「だめぇーー!」
私の声はワイバーン達の怒号にかき消され、扉からはおびただしい数のワイバーンが押し寄せた。
体が大きいドラゴンを、小さいワイバーンが集団で襲う。
ドラゴン一体につきワイバーン数体。
拉致が目的の為なのか傷付けたりはしないようだけど、しきりに頭の後ろを殴って気を失わせようとしている。
「大変、ラスタだけでもなんとか逃がさないと」
踵を返した私の行く手をワイバーンが阻む。
「おや、お嬢さん。あなたは、ドラゴンにならないのですか?」
赤い目のワイバーンは、首を前に突きだし私の目を覗き込んだ。
「……私は、ドラゴンじゃないからね」
「ほう!ではなんなのですか?この世界には竜族以外はいないはず」
「ヒト……って知ってる?」
ワイバーンは首をかしげ、透明な膜で目を覆いゆっくりと瞬きをした。
「知りません。しかし新種の女は珍しい。交合に使えそうですね。拐うとしましょう」
冗談じゃない!
そんな実験に使われてたまるかっ!
ワイバーンはそんな私の気持ちもお構いなしに、鋭い爪で両腕を掴み、そのまま宙に向かって飛び立つ。
「はなしてよ!」
ジタバタしてみるけど、両腕を捕まれ足も宙ぶらりんで攻撃なんて届かない。
ワイバーンは私を掴んだまま、神殿の扉をくぐり、クモの巣のような砦内をすごいスピードで通り抜けると、あっと言う間に外に躍り出た。
……でも、ワイバーンはそのまま外に飛び立つことはなかった。
黒いドラゴンが、大きな爪をその頭に食い込ませて地面に押し付けたのだ。
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