イイヒト

「ダリア様って、お優しい方ですよね」

 ティータイムを楽しんでいたダリアの顔が凍りつく。隣で紅茶を淹れていたヒマワリは、きょとんとした顔で彼を見つめ返した。

 ダリアは途端に空笑いをすると、頬をかいて愛らしい素振りをして見せる。それは彼の道化だ。嘘だ。それでも、ヒマワリはクスクスと笑って微笑ましそうな顔をする。

「……何ですか」

「いえ、そうやって私を否定しないところもお優しいな、と」

「どう足掻いても優しい人にしたいんですね?」

「はい。だって貴方様は、人を信じるな、と仰って回っているはずです。それって、他人が傷つかないように、ではありませんか? 相手の言うことに真っ先に否定を返さないのも、相手に失礼にならないようにではないですか? ときに精神病質らしい振る舞いをするのも、全部──」

「ペラペラ御託を並べないでもらえます?」

 ダリアはショートケーキにフォークを突き立てた。笑みは変わらないままだ。ヒマワリはぴたりと動きを止めたが、またダリアの向かい側に座り、にこやかに彼を見つめた。

 二人の間に沈黙が生まれる。互いが互いの首にナイフを当てるかのような緊張感だ。されど、先にそのナイフを押し込んだのはヒマワリの方だった。

「貴方様はとてもヒナゲシ様に似ていらっしゃいます。他人と違うのなら、他人に言葉が通じないなら、無理にでも聴かせようとしている。自分が悪に回ろうとも」

「……無神経ですね、アンタ」

「無神経かもしれません。私は思ったことを素直に申し上げているだけですので。

ただ、初めて貴方様にお会いし、その純粋さに心を奪われてから……それが根幹にありながらも、貴方様には他人を思いやる心がちゃんと残っているのだと知ったのです」

 ヒマワリは机の上にレーズンバターサンドを並べた。ダリアはショートケーキの皿を隣によけて、迷わずレーズンバターサンドを手に取った。ヒマワリはにこにこと太陽の花の如く微笑み、話を続けた。

「貴方様は、他の人々よりずっとずっと他人というものに敏感でいらっしゃいます。他人が何を考えているか分かる一方で、自分に置き換えてみると全く分からない。ですから、自分から湧き出す感情にしか興味が無いのでしょう」

「知った口を利きますね」

「その代わり、自分から湧き出した感情に関してはよく存じ上げていらっしゃる。同意を求める行為が、結局のところ他人を救っているのです」

「センパイみたいじゃないですか、それ」

 ダリアは顔を顰める。複雑な感情の凝縮された声だった。快不快の感情が折り混ざっている。彼から「センパイ」に向ける感情もまた、複雑といえば複雑なのだ。

 ヒマワリは紫色の目を細め、じっとダリアのことを見つめる。彼の顔に現れた、作り笑い以外の感情を、興味深く感じていた。

「貴方様は、確かに共感能力が欠落しているかもしれません。死体を見ても痛ましいとは思わないでしょうし、いつも他人事でしょう。しかしながら、自分の世界が壊れそうになるとき……貴方様は、人を守ろうとします。アジサイ様を守ったように」

「守ったんじゃありません。彼奴が面倒臭かったので、本音を吐かせただけです」

「それが結果として救いになっているのでは?」

「……アザミみたいなこと言うんですね、アンタ」

 ヒマワリは再びぽかんと口を開けてダリアのことを見つめた。彼女には珍しい表情が立て続けに二つも重なるもので、顔を顰めていたダリアも破顔した。

「私が、アザミ様と……?」

「僕がセンパイに似てるって言われた気分と同じです。分かっていただけましたか?」

「わ、私はアザミ様のことを尊敬していますので、むしろ申し訳無いと言いますか」

「やっぱりそうやってすぐに社交辞令を信じるんですね、人間って」

「……今のは素直に褒めてくださったのではないのですか? どうして『嘘をついた』という嘘をつくのでしょう?」

 ヒマワリの言葉に、ダリアは明らかな動揺を示した──はぁ? 何言ってるんですか? と言った顔は、何一つ予想が当てはまらなかったことを示している。

 それゆえ、二人はまた黙り込んでしまう。ヒマワリとしても反応が無ければ返事はできないし、ダリアはダリアで何一つ思い当たる点が無いからだ。

 喉元を狙ったナイフが双方で下げられる。戦う意味を失ってしまったからだ。

「……分からないことを言わないでくれるかな」

「分からないのですか、自分のことなのに?」

「分かりませんね。僕は嘘をついて生きてきたつもりですから?」

「分かってはいけないのですか?」

「分かったら、ダメそう」

「そうですか」

 ヒマワリは詮索を止め、ダリアが残したケーキに口をつけようとして、その手を払われた。ダリアは口を尖らせると、さすがにそれは無理です、と不貞腐れたように言った。

「ダリア様はどうしてそうも悪い人でいたがるのですか?」

「僕は悪い人ですよ。殺人鬼にどうして殺人を行うのか訊くくらい愚かしいことです」

「私にはそうは思えません」

「アンタは良い人だと思ってりゃ良いんじゃないですか。そうして騙されても知りませんよ」

「ほら、忠告してくださいました。そこがお優しいのです」

「……埒が開かねェ。意外と強情なんですね、アンタ」

「はい。強情さに関しては、この図書館一であると自負しておりますから」

 貶し言葉を褒め言葉と捉え、ぺこりとお辞儀をするヒマワリに対し、ダリアは小さく舌打ちをこぼした。やりにくいな、と呟いた声は、ヒマワリには届かなかった。

「……まぁ、そうやって好きに期待して裏切られて絶望すれば良いんじゃないですか。僕は期待に応じるほど優しくも義理硬くもないので」

「大丈夫ですわ、私、裏切られても貴方様を責めることなどしませんもの。そんなのお門違いですし、そんなことで絶望したりいたしませんわ。

もう、私は誰かのお飾りの人形ではありませんもの。ご安心くださいませ」

 そう言ってヒマワリは背筋を正した。ショートケーキからも手を離し、膝の上に置く。凛としたその様子に、ダリアは顔を歪めたままレーズンバターサンドを口に入れた。

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