灯籠の導くままに

 私は最初、何を言われているのか分からなかった。だから思わず聞き返してしまう。ヒナゲシさんは柔らかく微笑み、もう一度繰り返してくれた。

「司書としての初めての仕事です」

「わわわ、私が……?」

「はい。今回いらっしゃったのは、若い社会人の男性です。ここにいらっしゃった途端、『何でもいいから寝かせてくれないか』と仰っていたので、今は客室をお貸ししています」

「で、でも、私が……? ヒマワリさんもまだ司書をしてないのに……?」

「話していませんでしたね、ヒマワリさんが司書をしていないのは、彼女の望みなのですよ」

 目の前がぱちぱちと弾けた飴のよう。ヒマワリさんは私よりもずっと前からここにいるのに、彼女は自分から志願して、司書として自殺志願者と向き合うことを保留にしているらしい。

 ヒマワリさんは私よりも十歳くらい歳上で、ずっと大人なのに、私にできるのだろうか。しかも、相手は社会人の男の人、これもまた歳上だ。私はまだ、生きていたら高校生くらいなのに。

 どぎまぎして、思わず袖を握って目を逸らしてしまう。すると、ヒナゲシさんは視線を下に落として、紅茶を飲みながら、大丈夫ですよ、と優しい声で言った。

「あんたに相応しいから、あんたに任せるんです」

「私に……できるのでしょうか……」

「できると思うから任せたのです。できない人間には仕事なんて差し上げません。僕とはそういう人間でしょう、アヤメさん?」

「そ、それは、そうですけどぉ……」

 ぎゅっと握った手を近づけて、肩を竦める。

 確かに、ヒナゲシさんはそういう人間だ。嫌いな人は徹底的に排斥するし、そうでない人には信頼を置く。私も、ヒナゲシさんに嫌われているとは思っていない。

 だとしても、私が一番若い司書なのだ──クロッカスさんは面接をできないから。まだ顔も見てないのに、面接相手を思い浮かべるだけで胸が重く低く脈打つ。

 黒いスーツの、げっそりと痩せた怖そうな男の人。私のことをじとっと鋭くて怖い目つきで見てくる。勿論、いざ掴みかかられたら、私とヒナゲシさんで叩きのめすから良いのだけれど、そうでない方が怖い──ただ睨んできて、敵意を向けられる方が怖い。

「あんたに期待します。あんたを信頼します。それが僕から言えることです。いざ実力行使に出るような人間でしたら、僕が仕留めますから」

「あ、ありがとう、ございます……」

「あまり緊張しないで。

あんたの思うアドバイスを言えばいい。

あんたの思うことを素直に言えばいい。

其奴に生きていく価値が無いと思ったら、素直にそう言えばいい。

困ったら僕たちを頼ればいい。

司書は一人でするものではありません、皆でするものです」

 蜂蜜色の目を細めて、ヒナゲシさんはにっこりと笑う。とっても頼りになる人だなぁ、といつも思わされる。キキョウさんやダリアさんには、先輩、と呼ばれて慕われているけれど、きっと良い先輩だったのだと思う。

 ここまで後ろを固められたら、あとは私が頑張るだけだ。

 まだ時間はありますからね、と言うと、ヒナゲシさんは空になったティーカップを持って、キッチンへと向かう。取り残された私は、どうしたらいいのかも分からなくて、ただ大きく溜め息を吐いた。

 自分の思うこと、って、何だろう。私は何を思って生きているんだろう。

 過去の記憶を失って、何も無くなって、「人でなし」として生き始めてからもまだそんなに経っていない。それからは、仕事を覚えたり、他の人と話したりするのに精一杯で、自分について少しも目を向けていなかった。

 結局、私は過去を少しも思い出せなかったし、それについて何かの感情を抱くことも無かった。無いものは無い、それ以上の感情は無い。それが悲しくも嬉しくもない。

 しばらく同じところに立っていたけれど、それもだんだん窮屈になってきて、図書館を散歩することにした。今日はクロッカスさんがお仕事でいないから、一人での散歩になる。いつもだったら、挿したイヤホンの先から声が聴こえてきて、いざとなったら私にお任せくださいっ、と元気に言ってくれるはずだ。

 ぼんやりと迷路のような本棚の数々を巡っていると、話し声が聞こえてきた。別の人が面接中らしい。本棚越しにちょっと顔を出すと、そこにいたのは、ダリアさんと、見知らぬ女の人だった。

「それでェ? 無計画にヤったら子供が出来たから飛び降りて? 生き返ったらどうすんの? その子供はたぶん流産ですよ?」

「わ、わたしは……あの子を、育てないと……」

「飛び降り自殺した分際で何言ってるんですかァ? 奇跡的に一命は取り留めますけど、子供は生き返りませんけどォ?」

「あの子は、あの子はここにいないんですか!?」

「いるわけ無いじゃないですか。アンタが殺したんですから」

 あああああぁ、と女の人が叫んで、髪をぐしゃぐしゃに掻き乱す。雨でびしょ濡れになった服はよれよれで、瞳はただ炯々と光っていて、爪には血が滲んでいる。

 怖い、と口にするより前に、本棚に慌てて隠れる。ダリアさんがこっちを向きそうになったからだ。しばらくしてからもう一度覗いてみると、ダリアさんは頬を赤く染めて、引き笑いをして女の人を見下していた。

 怖いのは、どちらだろうか。現実を突きつけられて、発狂してしまう独り善がりな自殺志願者か、それを指摘するダリアさんか、どちらがより恐ろしいのだろうか。

 だって、ダリアさんが間違ったことを言っているとは限らないんだ。ダリアさんはただ、現実を教えているだけ。勿論、喜んで教えているところが間違っているのかもしれない。

 自殺志願者だって、そんなことに気がつける余裕が無かったのかもしれない。死んで頭が真っ白になってから、ようやく現実が見えたのかもしれない。

 ならば、私は何を言うべきなんだろう。ダリアさんの面接場を離れて、また歩き回る。正しいこと? 優しいこと?

 ヒナゲシさんの面接を思い出す。ときに優しく、ときに厳しく。無理矢理本を取り上げて勝手に忘却する記憶を選んでしまうときもある。ちゃんと相手に寄り添ってあげるときもある。考えれば考えるほど、分からなくなる。

 どうしようもなくなって、その場に体育座りになった。何回目の溜め息だろうか。

 司書とは、何を言えばいいんだろう。何が自殺志願者の幸せなのだろう。他の人々は、何を考えて話しているのだろう。私は自殺志願者に何を話してあげたら良いのだろう。

 目を伏せて俯いていると、もやもやと、黒いもやが目の前に現れた。私は驚いて、着物であることも忘れて身動いだ。すると、聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。

「おいおい、着物でその姿勢は無ェだろうがよォ、なァ?」

 胸を撫で下ろして、改めて正座になって、背を正す。すると、現れた黒い着物の女の子は私を見下ろしてケラケラと声を上げて一生した。

 あぁ、アザミさんだ。いつも私に道を示してくれる、私の友達。迷っているとき、この人が私と話してくれる。そうだった、他の人に頼れば良かったんだ。

 それを知ってか知らずか、立てよ、と投げやりに言うと、アザミさんはハイヒールを鳴らして、私のように放浪し始めた。私はその後をついていく。後ろ姿は、背が低いはずなのに、ハイヒールのおかげでとても大きく見えて、後ろからじゃどんな顔をしているか分からない。

「何だァ、そんな顔して。悩みでも?」

「はい。私、司書の初仕事で……その、何を言ったらいいか、分からなくって」

「はぁ、それを司書じゃないボクに言うのかよォ?」

「あ、そっか……」

 そこでやっと我に返った。アザミさんは司書じゃない、魔女だ。別に人を導くのが仕事ではない。気紛れで人を救う、自称魔女。

 だとしても、アザミさんは誰かを救うことができている。私も、ヒナゲシさんも、ダリアさんも、アザミさんに救われたんだ。魔女だとしても、聖人でもあると思う。

「アザミさんは、良い人ですから」

「良い人ォ? んなわけ無ェだろ。ボクがやりたいからやってんの」

「でも……確かに他の人を救ってます」

「……はぁ、調子狂うな。で? 何を言ったら良いか?」

「あ、はい」

「好きなこと言えよ、んなもん」

 思わず立ち止まる。ヒナゲシさんと同じことを言った。好きなことを言えば良い。少し面白くって、口元に袖を当てて笑ってしまった。

 アザミさんも立ち止まって振り返ると、じろりと赤い目でじろりと私を見た。

「何がおかしい」

「いえ、ヒナゲシさんと言ってることが同じだなって……」

「……まぁ、ね。彼の言うことには一理あるよ」

「でも、私には……言いたいことが、無くて。意見が無いんです。

他の人が悪いことをしたからって、怒りたくも同情したくもない……何の感情も無いんです。『そうだったんですね』と言うだけで……」

「ある意味良い奴だぜェ? 勝手に火がついて怒る奴よりは何千倍も良いぜ。『こうすべきだ』なんて正義感に酔ってる奴の方がタチが悪りィ。

いっそダリアみたいに、『自分を貶めさえしなければ無関係』みたいなスタンスでも良いんだぜェ?」

 でも、と繰り返してしまう。あの人は、怖い。あの人みたいに現実を突きつけて、正論でやり込めてしまう人は怖い。だからといって、私の中に「こうすべきだ」なんて正義は無い。

 私が答えないでいると、アザミさんは再び向き直り、歩き出した。まァ、と一呼吸置いてから、言葉を続けた。

「アンタの思う『優しい』をぶつけてやれ」

「私の思う、『優しい』……?」

「アンタだって、感情が死んでるわけじゃねェだろォ? だったら、今まで得てきた『優しい』を行使しろ。

ダリアにとっては、正論を突きつけることが『優しい』。

キキョウにとっては、まやかしだとしても嘘を与えることが『優しい』。

ヒナゲシにとっては? 彼の『優しい』とボクの『優しい』は同じ。

……クロッカスは? ツバキは? シオンは? スミレは? ヒマワリは?

今までアンタが受けてきた『優しい』をぶつけろ。忘れたとは言わせないぜ?」

「私の、『優しい』……」

 ふと、心に灯籠が灯ったような気がした。思い出されるのは、皆が優しくしてくれた記憶。

 怖そうだったキキョウさんも、私に優しくしてくれた。

 新入りの私に、クロッカスさんは少しでも居心地を良くしてくれようと構ってくれた。

 ヒナゲシさんは、私を信用してくれた。

 そして何より、アザミさんは、私のそばにいてくれた。

 他にも、いろんな人に受けた『優しい』が心に灯り始める。そうだ、私の中にある『言うべきこと』なら、たくさんある。これを分けてあげれば良いんだ。

 私が思い至ったのを見計らって、アザミさんが振り向く。挑戦的に片方の口角を上げて笑って見せた。

「ボクから言えることは以上だ。他には?」

「……いえ、やってみます。ありがとうございます、アザミさん」

「結構。良い仕事を」

 そう言うと、アザミさんはどこからか取り出した杖を突いて、また黒いもやへと変わっていこうとする。私はそれを慌てて呼び止めた。

「んだよ」

「アザミさん、アザミさんは、とっても『優しい』人ですから!」

「……んなこと言うために呼び止めたのかよ。ま、感謝するよ」

 アザミさんは振り返らず、そのまま消えていってしまった。最後の一言は、少し弱々しい声だった。

 私は踵を返すと、面接場へと向かう。きっと自殺志願者も起きているはずだ。ヒナゲシさんも待っているはずだ。悩むより、まず、やってみよう。この灯火が消える前に。



 司書長・ヒナゲシと、新米司書・アヤメが向かい側に座り、疲れ切った社会人はふらふらとソファに座った。彼の顔は浮かなく、よれたスーツを直そうともしない。首をもたげ、少女を見つめると、大きく息を吐いた。

「この図書館の目的は、こちらにいらしたときにお話ししたとおりです。一夜明けましたが、如何様にしましょうか?」

「……煩いなァ……変わんないよ、俺は死にたいんだ。死ぬために首吊ったんだよ……記憶がなんだ、生き返るがなんだ、あの世がなんだ……どうでもいい」

 ヒナゲシの言葉に、鬱陶しそうに男性が答えた。彼は手を組んだまま、への字に曲がった口をもぞもぞと動かす。ヒナゲシが一瞥すると、アヤメはその視線に応じ、話し始めた。

「私は、司書のアヤメと申します。あなたに記憶を提供していただき、現世にお戻しする担当になります。よろしくお願いします」

「……なんだよ、ガキじゃねぇか。お前如きに社会人の気持ちなんか分かるかよ」

「……あなたには、帰る場所が無いのですか?」

 毒づく社会人に臆することも無く、アヤメは穏やかな口調で続ける。すると、社会人は言い捨てるように、ねぇよ、と言った。

「あるわけねぇだろ。会社はブラック、親の脛齧ったら一巻の終わりだよ。頼れる友人は皆出世しやがった。恋人もいない。そんな奴に帰る場所なんてあると思ってんのか? あぁ?」

「……脅すのはおやめなさい。私はそれくらいで動じません」

「なんだよ、テメェ──」

「黙って聞けや、自殺志願者がッ!」

 アヤメが声を張った。びくり、と自殺志願者の肩が揺れる。ヒナゲシが隣で目を見開いた。

 彼女は小さく咳払いをすると、再び膝の上に手を置き、話し始めた。

「親御さんに、自分の苦しみをお話ししたことはありますか?」

「……な、無いよ。仕事人間の彼奴らに、俺の気持ちなんか分かるわけねぇだろ。誰も俺の気持ちなんか理解してくれない。首を吊るしか無かったんだよ、あの職場から逃げるには……」

「本当に?」

「なっ……」

「今からお話しする方法で、あなたは仕事を辞めることができます」

 アヤメは自殺志願者の一生を記した本を机の上に置き、一息吐いた。そして、玉虫色の目で、揺らぐこと無く自殺志願者の顔を見つめる。

「生き返り、『自分は記憶を失った』と言います。そうすれば、職場から離れられます」

「で、でも、仕事なんて辞めたら、行く場所が……」

「フリーターになりなさい。アルバイトをしなさい。きっとどこかは受け入れてくれます。それまでは、生活支援を受けなさい。職場から離れなさい。精神科にかかりなさい。そこならばきっと、あなたの仕事を後押ししてくれます」

「そんなの、非現実的だ……!」

「いいえ、可能です。自立支援医療制度を受けなさい。親御さんにお話ししなさい。齧れるもの全てを齧りなさい。

そうして、醜くくても、生きなさい。あなたはきっと、その先でより素敵な世界を見ることができます」

 自殺志願者はぽかんと口を開け、アヤメを見つめた。自分よりも背の高いその少女は、まるで彼よりも幾つも歳上の女性のようだと感じられた。

 水面を微かに揺らす小さな水滴のように、その波紋のように、静かな声。自殺志願者の心臓を掴むでも突き刺すでもなく、ただ撫でるような、温かい声。

 アヤメは玉虫色の瞳に、穏やかな光を灯した。

「何もかもを失っても、そこで終わりではありません。諦めない限り、助けを求める限り、あなたを助けてくれる人は必ずいます。

ここに、不要な記憶を置いていって、不要なものを置いていって、あなたのやりたいことをやってください。

会社でもプライドでもなく、あなたの新たな人生のために生きなさい。あなたの幸せのために生きなさい。

追い求め続けなさい。その先に、あなたの求めるものはあります」

 自殺志願者はただ、その語りに圧巻されていた。彼を包んでいた心の黒い霧を吹き飛ばして、あの少女が真剣な目でこちらを見ているのだけが見える。

 彼は無精髭に手をかけると、目を逸らし、弱い声で答えた。

「……俺が……もう一度幸せに生きられるとでも?」

「はい。何もかもを忘れても、あなたが望み、考える限り、きっと幸せに生きることができます。苦しい生活に考えることをやめていたあのときとは、違う生活を送ることができるはずです」

「そんなのに、確証なんか──」

「ありません。やり直そうがやり直さなかろうが、確証なんてありませんっ!」

 アヤメが再び声を張る。彼女は、袖から覗く自分の手を胸に当て、身を乗り出して続けた。

「世の中に、『絶対正しい』とか、『こうすべき』だなんて、ありません! あるはずありません!

自分の中にある、『嬉しかったこと』を思い出してください。それを為せばいいんです。『悲しかったこと』を思い出してください。それを避ければいいんです!」

「……簡単に、言うけど……」

「できます。できるはずです。思い出すことなら、できるはずです。何年先になっても、これを知ったら、きっとできるはずです。

私を、信じてください」

 明瞭な声に、煌めく緑の瞳に、温かい態度。自殺志願者の心をほんの少しでも溶かすには、あまりにも充分すぎた。

 彼は長い息を吐くと、本の上に手を置いた。二人の言葉を急かすように、で、と言った。

「何を忘れれば、記憶喪失のフリができる?」

「そうですねぇ、いっそ今の会話と自分自身の情報以外、全て忘れてしまうというのも手です。ここで失われる記憶というのは、学習した内容ではなく、経験した内容ですから、知能が下がるということもありません」

「じゃあ、それでいいや。父さんと母さんのことも、忘れるくらいの方がいい……思い出すだけで、嫌になるし」

「では、契約は成立ですね」

 ヒナゲシが質問に和かに答える。契約成立の合図を聞くと、本は光りだし、そこに彼の記憶を刻み始めた。それと共に、彼の姿が金色のあぶくに変わり始め、消え始める。その様子を、アヤメはまじまじと見つめていた。

 顔まで消え去ってしまう前に、隈の刻まれた暗い目をアヤメに向け、自殺志願者は小さな声で言った。

「……見下して悪かったよ、お姉さん」

 アヤメが何かを答える前に、男の姿は消えてしまった。金色の光は天に昇って、消えていく。その跡を、アヤメは目で追っていった。

 ヒナゲシが、アヤメさん、と吐息混じりで優しい声をかけた。アヤメはようやく体を緊張させ、震える声で返事をした。

「怖がらないでくださいよ。怒ったりしませんから」

「す、すす、すみませんっ! 失礼になるようなこと、言ってませんか? その、失敗したところとか、ありますか?」

「ありませんよ。あんたの言葉で、自殺志願者を救った……その事実しか、ありません」

 そう言って、ヒナゲシは自殺志願者の本を手に取った。艶美に微笑む彼に、アヤメはぽーっと顔が熱くなるのを感じた。

「信頼して、良かった。

僕からの評価はそれだけです」

「……あ、あああ、ありがとうございますっ!」

 アヤメはぺこぺことお辞儀をすると、立ち上がって去っていくヒナゲシをぼーっと眺めた。そして、彼の姿が見えなくなると、顔から湯気を出さん勢いで真っ赤にして、頬に手を当てて俯いた。

「よ、良かったぁ……」

 ピロン、と通知音がする。アヤメの持つスマートフォンからだ。スマートフォンを取り出せば、そこには白髪の少女がいた。クロッカスだ。

 クロッカスははしゃいだマークを頭の上に浮かべ、元気に話しかけた。

「アヤメさんっ、初仕事お疲れ様ですっ! 私も聞いてましたよー!」

「え、ええっ、クロッカスさんも⁉︎」

「はい! 最高でした、もっとアヤメ節をぶちかましちゃってください!」

「あ、アヤメ節ぃ……?」

 おどおどして答えるアヤメに対し、クロッカスは歯を見せて微笑むのだった。

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