バケモノ

「っはァ、今のいいねェ……! 超唆るッ!」

「ダリアもなかなかやったで? 次には殺り返されそうやわァ」

「殺す殺す、絶対殺すッ! あー、キマってきた、そっちまで行くわ!」

 物騒な言葉が飛び交うのは、あくまで液晶画面前。殺人狂の二人が持つのは、ナイフではなく黒いコントローラー。画面には一人称視点のゲームが展開されていた。

 現世でも流行っているFPSゲームに熱と嬌声を上げ、時間を忘れ、ダリアとアジサイは通話を介して攻防戦を繰り広げていた──否、二人風にいえば、ヤり合っていた。熱くなる顔を煽ぎながら、ダリアは唾液を飲み込み、瞳孔をかっ開いて画面を見つめた。

 そうして二人の悲鳴と歓声が交差して、ゲームは終了する。今回はダリアの属するチームが勝利した。ダリアは拳を握りしめ、よしッ、と言って突き上げた。

「あっはー、堪んなかったっすねェ! やっぱり、アジサイさんは神プレイヤーですよ!」

「んふふ、褒めんといてやー、最近練習しとっただけやから。でも、あんたに勧められてすーぐハマってしもうたわァ」

「これ、一人称視点でいろんな殺し方ができるから本当に刺激的なんすよねェ。現世じゃ年齢制限も無視してガキもハマってるって聞きますよォ」

「ほんまになァ! かなり本物に近いとこがええやんな!」

「ほんっとにそれ! あはー、アジサイさん分かってますねェ……!」

 二人はコンティニュー画面を閉じ、ブレイクをとった。ダリアは近くに置いておいた水のペットボトルに口をつけ、エアコンの温度を下げると、一息ついて狐のクッションを抱きしめた。近くには食べかけのレーズンバターサンドが置いてある。

 アジサイの方もコントローラーを離しているようで、向こうのインカムからは、暑いわァ、と呟く声が聞こえてくる。ダリアはスリル中毒でハイになった頭を押さえるように、興奮した吐息を狐のクッションで押し殺した。

「……ふー、しっかしなァ。ダリアが殺人鬼とは、ほんまにびっくりしたわァ。初めて会ったとき、めっちゃか弱そうな奴やなァって思ったねんけど」

「そう? まぁ、ヒナゲシセンパイに比べたら細いですからね、僕。僕の方はアンタのこと、マフィアの怖い人か何かかと思ってたんすけど」

「酷いわァ! 俺そないに柄悪そうに見える?」

「見える見える、超見える」

 困り果てたような笑い声が聞こえてくると、ダリアはつられて笑い出した。黒く混沌に満ちた目を細めて、頭を冷やしながら。

 話している二人は、今流行のゲームがどれくらい「現実」とかけ離れているか知っている。二人は同じく殺人を犯したことがある身だからだ。いくら血飛沫を上げたとしても、「現実」の感覚とは違う。

 ゆえにこそ、二人の奇妙な会話が成り立つのだ。

「ってか、アジサイさんって人殺したことあるんですか?」

「俺? あー、いや、なんか殺しが仕事みたいなところあってんな。せやけど、ヘマトフィリア、っての? 俺めっちゃ血に興奮すんねん。せやからそのうち自分からするようになった、的な」

「あー、バートリ・エルジェーベトに興奮する的な?」

「あ、えぇかも。血の浴槽やったっけ? 今度作ってみよっかな。にしても、教養豊富やねんなァ」

「頭は良い方なんで、僕」

 だんだんと脳が覚めてくると、ダリアはゲーム内の衣服を買い込みながら、レーズンバターサンドを頬張った。血と肉を喰らう吸血鬼の話など、彼にとっては御伽噺に大差無い──たとえ、電話の先が似たような存在であれど。

 ふぅん、と返すと、アジサイはスペイン語で何かを言ってから、ダリア、と声をかけた。

「何であんさんは人殺しをしたんや?」

「何で、って……興奮するから?」

「んん? 何かおかしゅうない?」

「最初は事故だったんすよ、別に僕だって殺すつもりなんて無かったんです」

 そう言うと、ダリアはコントローラーを持ったまま手を開いて見せる。誰が見ているわけでもないのに、彼は芝居がかったような動作で得意げに続ける。

「校外学習で、一緒に湖で遊んでた女の子がね、好きだったんです。あぁ、なんかこう、凄く綺麗な日だった。木漏れ日が綺麗で、そんな昼間に、こっそり二人で禁止区域に入ってさ。で、その子の顔を水面に押し付けたら、その子が暴れ出したもんで、どうしたんだろう、と思ったら、ぷかぁ、って浮かんできて。その子はもう顔が真っ白で、そう、死人の顔してたんですよ。アレが僕が初めて『性欲』を知ったときでしたね」

「ネクロフィリア、ってやつやった?」

「そうそう。あの死体を見たとき、こんなに興奮することなんて無い……って思ったんです。でもね、後から思い出してみれば、逝き狂うほどの快楽を僕に与えたのは、それだけじゃなかったんですよ」

 ダリアはコントローラーを持っていた腕に目をやる。そこには今もなお刻み続けられ、じゅくじゅくと膿んだ無数の切り傷があった。彼はその腕を近くに寄せると、微かに鉄の香りがするその切り傷をなぞり、クスクスと嗤う。

「あの後、僕はセンセイに心配されて、親にも散々泣かれて、可哀想可哀想って言われたんすけど……葬式でみんなが泣いてるとき、一番興奮しました」

「え、何でなん」

「これ、バレちゃったらどうなるのかなァ、って……!」

 えへへ、と唇から笑い声が漏れる。泣き黒子をした目は三日月型になり、狐のクッションを抱きしめる指に力が篭る。インカム越しのアジサイが黙り込んだ。

「父さんがさ、死ぬほど怒って、僕のこと物置に突っ込んで閉じ込めるわけさ。で、死ぬかもしれないくらい放置するの。なんかさ、そういうことされちゃうのかなって。みんなどう思うのかな、って想像するわけ。そしたら、じゃあさ、今度はどうやって殺そうかな、どんな顔で僕のこと見るんだろ、って。ひひ、それでさ、センパイをバラバラにしたときなんか凄くって。その死体を写真撮って送ったらさ、まずキキョウセンパイが飛び出してきたっけ。そのあとセンパイの同僚から連絡が鳴り止まなくってさ、ふふ、あんだけ『神崎なんて信用ならない』とか言ってた人たちがみんな掌返して葬式で泣いてんの、ほんとヤバいなって思って。僕もその葬式で泣いてるわけ。父さんと母さんはその後殺しに行ったんだよね、校外学習の話されたら困るし。凄い顔してたんだよ、僕に『お前を殴るのは愛しているからだ』って言ってた人たちが、急に泣きながら、俺が悪かったとか言い出すわけ。何言ってんだろうね? って思ってさ、愛してるよ、父さん、母さん、って言ってバラバラにしたっけか。それからは僕が犯人ってバレたから警察との鬼ごっこよ。身内から犯罪者が出たっていうから大騒ぎでさ。ゲームみたいだった。そっから友人を殺しに行ったんだけど、やっぱ最初みたいな興奮はしなかったわけ。あ、キキョウセンパイのこと殺した話忘れてた。別に何も感じなかったな。殺す寸前までは興奮してたんだけど、なんか殺した瞬間萎えたっていうか。あ、これセンパイほど興奮しないわ、って思ってさ。一応脱がしては見たんだけど全然興奮しなくって、」

「精神異常者やねんな、あんさん」

「……は?」

 アジサイは静かにそう返した。ダリアの笑顔が固まる。

「……俺、確かに『ヘマトフィリア』とか言うたけど、結局、もうそんな欲望なんてどうでもえぇから。こーゆーゲームも好きやし、血ィ見たらそりゃ多少は興奮するねんけど。

せやから、あんましあんたの願望に叶ったこと言われへん。そこんとこは、堪忍したって」

 ──先日指名手配された容疑者Aは、今も身元が知れず……

「最近は殺人する機会も少のうなっとうしなァ。リアリティのあること言えんくて申し訳無いわァ」

 ──容疑者は殺害後、被害者・神崎慧××歳の写真を、被害者の知人に送りつけるなど、猟奇殺人らしき行動が見られ……

「ん? すまん、よう聞こえんかったわ」

 ──警察は容疑者と被告人の間には金銭または対人関係に問題があったと推測して、被害者の人間関係を……

 ダリアはインカムを外すと、小さく息を吐き、口角を上げた。伏せた黒い目にふと浮かんだのは、亜麻色の髪の、優しい笑顔を浮かべた、美しい生首だった。

「……はは、……ッ、くっっっだらねぇ……」

 拳を握り締め、ダリアは再び画面を見て微笑む──にこり、と愛想良く。

「すみません、これで大丈夫そうですか? そろそろ部屋入りましょうか」

「そ、そうか? 声の方は大丈夫やけど……」

「あはっ、気にしないでください。アジサイさんにそういうのは求めてないんで」

「あ、そう? ま、話し相手にはなれるつもりやから、これからも俺を頼ったってなー」

「あはは、そうします」

 ダリアは狐のクッションを抱きしめ、ケラケラと笑って返した。

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