人でなしが三人集まれば
「ダリア様には、お友達とかいらっしゃらなかったんですか?」
一つ間違えれば相手を激怒させかねない台詞だと、姉さんは分かっているだろうか。元々ドールだった姉さんは、人間と会話をしたことが無いから、俺よりも遥かに人の心が分からない。
玲奈──否、「ヒマワリ」姉さんは、最近入ってきた新入り・ダリアに興味を示していた。もっとも、シオン曰く、彼が一番人間らしく、人間の心が無いらしい。
ダリアはへらへらと笑うと、酷いなぁ、と陽気に返す。
「僕にだって友達はいましたよ。ゲーム仲間ですけどね」
「そうだったんですね。今時の人間は、顔を合わせずにも友達になれると聞きますが」
「ん? いやいや、僕の大学の友達です。何人かいましたよ、えっと……」
ダリアの口から飛び出したのは、日本人の名前ではなかった。全てあだ名だろう。指折り数えていくうちに、彼は、もうこれ以上は覚えてないや、と数えるのを諦めてしまった。
ヒマワリ姉さんは紫色の目を丸くすると、まぁ、お友達が多かったのですね、と答える。俺の前に置いたのと同じミルクティーを置くと、俺の隣に座った。
「私はメイドであり、ドールでしたから、人間とお友達になったことは御座いません。隣にいるスミレは、元々AIでしたので、人間と関わる機会は御座いましたが」
「まぁね。でも、ダリアみたいに大人の男性とこうやって友達の関係になったのは初めて。俺、元々対女性用の健康指導AIやってたから」
「そうですよね、スミレさんイケメンだし」
「そうかな。無個性で端正に作られてるんだ」
ダリアは本当に話すのが上手いと思う。流暢だ。人間らしい会話をしてくれる。コミュニケーション能力が高い、理想的で模範的な人間だろう。
だが、彼はシリアルキラーだったのだ。
「ヒマワリさんも綺麗ですよね」
「まぁ、ありがとうございます。ドールですので」
「非人間的に美しいっていうのは、なかなか面白いと思いますよ」
「ダリア様も、顔立ちが良くって」
「あはは! よく言われます」
甘いマスクに、高いコミュニケーション能力。人懐っこく気遣いもできる。そんな彼は、シオン曰くサイコパスなのだという。
サイコパスとは、良心が著しく欠如し、共感性が無く、嘘をつくことに躊躇いも無く、責任感を持たないのだという。罪悪感は皆無であり、自尊心が過大で自己中心的。口が達者で表面上は魅力的。
彼は非常に魅力的な人間だ。俺も話していて楽しいと感じる──人間にプログラムされた思考に過ぎないが。
モノクルの下で目を細めて笑うと、狐のようにも見える。彼が狡猾で卑怯だとしたら、俺たちを騙しているのだろうか。
「ダリア様は、お友達とはどんな遊びをしていらっしゃったんですか?」
「えーっと、話しても分からないと思いますけど、TPSをやってました。三人称視点ゲームで、いわゆる対人ゲームです」
「それで、ゲームで遊ぶコミュニティが形成されたのですね」
「そうです。友達が友達を呼んで、よく僕が主催でゲーム大会やってました。勿論、全員が全員僕と親友ってわけじゃなかったんですけど、僕を中心にして友人たちが相互に関わり始めて。気がついたら、身内みたいな感じのグループが出来てたんです」
グループの中心に立つ橋渡し役、と聞くと、ヒナゲシのことを思い出す。彼は自分のことを人形や外交官だとたとえた。グループにおける駒だ。俺はむしろ、クッション役を果たしていると思った。
実にダリアとヒナゲシの立ち回りは似ている。だからこそ、二人は仲の良い先輩後輩として関わっていたのかもしれない。
仲の良い先輩を、殺すほどに?
ミルクティーは濁って、俺の顔を写さない。湯気はもう無くなってしまった。
「ダリア様は、グループの中心でいらっしゃったのですね」
「いやいや、そんなことはありませんよ。あくまで仲介役、斡旋役です。強いて言えばトラブルメーカー?」
「でも、きっとダリアのいたグループは長く続いたんだろうな」
「うーん、割とすぐ潰れましたよ」
「え?」
ダリアはそう言って天井を見上げる。黒い三白眼はぐるりと泳いだ後、斜め下に向けられた。
「なんていうか……個々との連絡はつくんですけど、大学卒業したら互いは会わなくなりましたね。だから、僕からは一方的に会うって感じ」
「まぁ……でしたら、貴方様はムードメーカーだった、ということでしょうか? 大学卒業後ずっと友人だったということは、十年弱は続いたということですか?」
「まぁね。僕自身、警察官になって忙しくなったので、細々と、って感じではありますが。一年に一回はみんなで集まる日を用意しましたよ」
シリアルキラーの正体がなかなか発覚しなかった原因は、彼が警察官だったことにある。彼自身が事件現場を捜索していたのだ。彼は些細な証拠を隠蔽して、美しすぎる殺人を完成させていたのだ。
「ダリアの友人かぁ。どんな人だったの?」
「んー、何奴も此奴もしょうもない奴でしたよ。なんていうか、馴れ合って生きてきたような奴らでした」
「あら? ダリア様は好意的に思っていらっしゃらなかったのかしら?」
「僕無しじゃ繋がれないような奴らに価値なんて無いでしょう。事実、惰性で付き合ってましたし」
ヒマワリ姉さんが固まる。和かな笑顔に、鋭い毒の混じった発言。俺も思わず言葉を失った。
ダリアは最初から最後まで変わらず、良い友人を話すかのような穏やかな様子だった。
「友達ごっこですよ、つまりは」
「……ダリア様には、友達がいらっしゃったのですよね?」
「いましたよ。最後には何人か殺したらしいですけど」
「え……まさか、ダリアが殺したのって……」
「はい。大学時代の友人から何人か殺しました。誘いをかけてくれたら応じてくれたみたいですね」
ヒマワリ姉さんも俺も、完全に言葉を失っていた。俺は使用者との好意的な接触しか想定されていなかったから、こういう使用者にはとことん弱い。同情すべきなのか、非難すべきなのか、軽く流すべきなのか、俺には全く分からない。
俺がこうなのだから、姉さんはさらに困ったものだろう。悪意の塊のような発言を受けて、肯定すべきか悩んでいるに違い無い。
罪悪感を持っているのなら、俺としても反応のしようがあった。ならば間違いなく同情が正解だからだ。だが、彼にはそれが微塵も無かった。爽やかに微笑んでいるだけだ。
俺は人に寄り添ってきたから、人よりも観察眼に優れたように作られた自信はある。その観察眼をもってして、彼は一切自分の心に嘘をついていないと確信できるのだ。
小首を傾げ、アッシュブラウンの髪を靡かせる。モノクル越しの黒い目が笑っている。
「あ、引いちゃいました?」
「……ごめん、ちょっとだけ」
「あぁ、いいんです、そういうの気にしないんで。でも、なかなか今の顔面白かったですね」
俺が苦し紛れに返せば、彼は手を組んでクスクスと嗤った。
「ってことで、僕には友人はいましたよ。彼らについては名前も忘れかけているので、ろくに語ることも無いんですけど」
「寂しくは、ないんですか?」
ヒマワリ姉さんが静かな声で問うた。膝の上に手を置いて、真摯な目でダリアを見据える。
でも、姉さん、それは間違っている。だって、彼は──
「いや、別に?友達なら出来たじゃないですか。アンタらも、僕の友達でしょう?」
姉さんは黙り込み、少し迷ってから、そうですね、と返した。
彼には、俺たちなどその程度の存在なのだろう。利用できる駒。惰性で付き合うもの。俺たちには、とてもじゃないけれど、彼の本心など掴めない。
ダリアの先輩たるヒナゲシは、そんな彼を可愛がっている。ヒナゲシの恋人たるキキョウは、そんな彼を敵対視している。ダリアから見たら、二人はどう見えるのだろうか。
そう尋ねようとして、ダリアが先手を打った。
「それに、センパイたちだっていますから。これでも僕、ここの人たちには好感的なんですよ? だって僕のことを馬鹿にしないし、綺麗事をほざかないし。退屈しないです、本当に」
飲み終えたミルクティーのカップに手を置き、ダリアは周りに花を散らして笑った。
俺は俯き、中途半端に残ったミルクティーの水面を眺める。相変わらず俺の顔は映らない。きっと複雑そうな顔をしているのだろう。
ダリアのことは、嫌いとは思わない。むしろ、俺だって好感的に思う。それは、ヒマワリ姉さんも同じだろう。
だが、一つ言えることは。彼は非常に、恐ろしい。何を考えているか分からない、いや、悍しいほど分かりやすい。
冷酷なほど、非道なほど、自分は世界の中心。自分が評価の基準。他者と自分に明確な区別を持っていながらも、自意識と自尊心は過大。
姉さんが唐突に立ち上がった。そして、ダリアの手を取る。ダリアの笑顔が一瞬揺らぐ。姉さんの顔を覗き込めば、彼女は紫の目を爛々と輝かせていた。
「……面白い……ッ! 面白いですわ、ダリア様……ッ!」
「え……え? 何で? 何が?」
「ここまで自己中心的な方は初めて見ましたわ! まるで自分が世界の中心のよう! ヒナゲシ様は世界の中心を他者に渡し、キキョウ様は世界の中心を大切な人に渡しましたよね。でも、貴方様は世界の中心を自分だと仰るんですね!」
「あの、馬鹿にしてます?」
「してません! 素晴らしい! 素晴らしいです! こんな人間、初めて出会いました!」
姉さんの気持ちは分かる。だが、ダリアの気持ちも分かる。いきなり目の前で頬を赤くしてきらきらした目で騒がれては困るだろう。しかも、ダリアからしたら自分は非凡人であっても、面白いとは思わないだろう。
確かに、ダリアは面白い。ここまで曲がらずに自尊心と自意識を飼い太らせてきた人間はなかなかいない。
ヒナゲシも自分を自意識過剰だと言ってきたが、彼には自尊心が皆無だ。自分に興味はあるが、自分を愛してはいるが、自分を尊んだことは無い。自己虐待に蝕まれた存在だ。
ダリアは自分を型に合わせて生きてきたところまではヒナゲシと同じだが、彼は自分を守るために仮面を被ったのだ。だから、ある意味で一切自分を曲げていないのだ。
ヒマワリ姉さんはすっかり悦に入ってにこにこしている。煌めく笑顔に、ダリアも困惑した様子で笑い返す。完全に予測を外れた行動だろうが、まぁ、ダリアみたいな人間には信者が付き物だ。
実際、シオンが言うには、過去のダリアには信者がいたのだという。あまりにも美しく完璧な殺人に、人々は畏怖の念を覚えた。日本人特有の祟り神信仰だ。
「うん? まぁ、僕は面白い人間だと思うけど……」
「えぇ、とっても面白いですわ! ねぇ、スミレ!」
「え、えぇ? うん、俺はダリアのこと結構好きだよ」
「それは良かった。僕も二人に興味津々ですよ、本当です」
切っ先の鋭く尖ったナイフが微笑んでいる。いつそのナイフが俺たちを傷つけるかは、未知数だ。
ヒナゲシとはまた違った理由で、彼は全く読めない。彼の気まぐれで人が死ぬし、彼の気まぐれで縁は切られる。彼は気まぐれに嘘をつく。今ですら、俺たちを殺す算段を考えているのかもしれない。
だとしても、今はまだ大丈夫だ、と根拠の無い安心感がある。なぜなら、本当に彼は退屈していなさそうだからだ。
「これからもいっぱい面白いものを見せてくださいね」
「そちらこそ、私たちにもっともっと面白いものを見せてくださいませ」
彼岸と此岸の間、走馬灯の世界。俺たちはその走馬灯に飽きたとき、彼岸へと帰る。そのとき、俺たちを殺すのが、この男かもしれない。
俺たちもまだまだ退屈しないが、この男もまだまだ退屈しないことを祈るしか無い。姉さんも楽しそうだし。
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