第57話 ライバルの胸の内は、秘密!


 僕らが屋敷に戻ると、待機中の撮影隊が雪江を取り囲んで瞬く間に連れ去っていった。



 呆けたような状態のままリビングに足を踏み入れた僕とミドリは、カーテンコールよろしく一堂に介した関係者に出迎えられ、目を白黒させた。


「やあ、ようやく『観客様』がお見えだ。拍手でお迎えしようではありませんか」


 おどけた調子で口火を切ったのは一昨日の晩、姿を消したはずの神楽弓彦だった。


「神楽先生……」


「主催者の思惑とは少々、異なる幕切れとなりましたが、合宿の終了記念にあらためて皆さんに一言づつ述べていただきたく思います。――ではまず、草野先生からお願いします」


 弓彦が紹介すると、ほんの数日前『しかばね』だったのが嘘のように血色のいい草野が一礼し、立ちあがった。


「このたびは大変有意義な企画に参加することができ、光栄の至りです。皆さんと大変中身の濃い六日間をすごしたことは、今後の作家生活のよき糧となることでしょう。特に秋津先生の好奇心旺盛な活躍ぶりは、同業者として大いに刺激を受けました」


 草野はひとしきり語り終えると、ほくそ笑みながら「多少の失礼はお許しを」と言った。


「次は私に喋らせて。……人里離れた山奥の、謎めいたお屋敷での合宿。最初はどんな怪事件が起こるのかとドキドキしておりました。結果から言うと、私の予想とはまるで異なった奇天烈な六日間となり、物書きとしてこれ以上ないほど楽しませていただきました」


 草野に続いて立ちあがった泉は上気した顔で一気に語ると、言葉を切って唇を湿した。


「……典型的ないい人が一番怪しいっていうのが私の見立てなんだけど、今回に限って言えばその方は最後まで騙され役のまま、「いい人」を演じきってくださいました」


 そう付け加えると、泉は僕に片目をつぶってみせた。


「いかがですか秋津先生、お二人の感想をお聞きになって」


「あ……そうですね、ええと」


 いきなり話を振られて狼狽えつつ、僕はとりあえず思いついたことを口にした。


「僕も皆さんと同じように大変内容の濃い、有意義な六日間でした。とりわけ、多くの方から古いお話を聞けたことは、創作活動への大きな刺激となった気がします。ただ……」


「ただ、なんです?」


「そもそもの目的だったコンペ用の作品を僕だけが提出できなかったことは、心残りです」


「秋津先生、あなただけではありませんよ。実は僕も提出していないんです」


「えっ」


 僕が驚いて顔を向けると、弓彦が口の端に悪戯っぽい笑みを湛えてこちらを見た。


「実は書いているうちに思いのほか話が膨らみまして、これはコンペで消費するより、書き下ろし長編として再構成したほうがいいと思い直したのです。しかしそう決めた時にはもう日数が僅かしかなく、新しい短編の構想を練るには時間が足りなかったのです。そう言うわけで泣く泣く、今回は提出を諦めました。秋津先生と僕は仲間というわけです」


「仲間……」


 弓彦のイメージからはあまり出てきそうにない「仲間」という単語に、僕は妙に胸が熱くなるのを覚えた。


「秋津先生。最後なので一つ、僕の秘密を打ち明けましょう」


「秘密?」


「僕はこの合宿に参加する前から、秋津先生の才能に一目置いていました。もっとはっきり言えば、嫉妬していました。この合宿で何か得難い体験をして、それを元に秋津先生が驚くような作品をものにできればコンプレックスも解消できる、そう期待していたのです」


「まさか、神楽先生ほどの人が……」


 思いもよらぬ告白を聞かされ、僕は驚きのあまり二の句が継げなかった。


「ところが、です。得難い体験をする役を射止めたのは僕ではなく、またしても秋津先生だったのです。正直、僕は羨ましかった。なぜ、物語は主役に秋津先生を選ぶのだろうと」


「いや、僕はそんな、主役とか……」


「秋津先生、この一連の出来事はあなたを覗いたほぼ全員が、裏方だったのです。物語の中心にいて、最後まで何も知ることなく事件を存分に楽しめたのは、あなただけなのです」


 弓彦のどうやら本気で羨ましがっているらしい表情を見て、僕はこれこそ物書きの性だと背筋が寒くなるのを覚えた。

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