第58話 ヒロインたちの素顔は秘密!


「宿泊客のしんがりは迷谷先生、あなたです。どうぞ存分に思いの丈を語ってください」


 弓彦に促されて立ったみづきは、うつむき加減のまま語り始めた。


「私は……皆さんとは少し異なる理由でこの合宿に参加していました。嘘をついているつもりはなかったのですが、結果的に皆さんを欺くことになってしまいました」


 みづきはそこでいったん言葉を切り、顔を上げると僕の目を真正面から見据えた。


「秋津先生。先生が一連の計画の『目撃者』に選ばれた時から私は合宿中、可能な限り先生の行先に同行し、場合によっては誘導とも取られかねない言動を取ることもありました」


「ひょっとすると、あの駅前での出会いも計算されたものだったのかい?」


「……そうです。それが今回、母から私に与えられた『役割』だったのです」


 みづきはそういうと、リビングの隅に富士子と共に控えているマダムの方を一瞥した。


「でも、一つだけ信じて欲しいことがあります。私は私の役割を果たす一方で、秋津先生とのささやかな『冒険』を本気で楽しんでいました。結果として嘘をつくことにはなってしまいましたが、一緒に驚いたり怖がったりした事は、今回の合宿の一番の思い出です」


「…………」


 僕は何と言ってよいかわからず、みづきとマダムの表情を交互に見た。するとマダムが突然、すっと立ち上がり「騙したのは私さ。悪気はなかったけれど、そう言う商売なんでね、どうか娘を許しておくれ」と言った。


「いえ、別に僕は悪気とか、そんな……」


 僕が言い淀むと今度は、マダムの向こうに立っていた都竹が口を開いた。


「私も皆さん同様、お芝居に一役買っていました。ですが料理の味に嘘は一切、ございません。それだけは信じてくださって結構です」


 都竹の言葉に緊張をはらんでいた座の空気が、ふっと和らいだ。僕も何かこの場を収めるような一言を口にせねばと必死で言葉を探し始めた、その時だった。


「この中に責めを負うような人間はおりません。悪いのは全部、この私なんですからね」


 毅然とした口調で言い放ったのは、家主の富士子だった。


「マーサも角舘も、マダムも都竹もみんな、私と草太郎さんの立てた計画通り動いただけ。呪われたお屋敷も『しかばね』も、忌まわしいものたちはみんな消えてしまったのです」


 富士子はそう言いきると、一仕事終えたかのような表情で車椅子の背に凭れかかった。


「あの……僕もあまりに話がややこしくて、大半のことは忘れてしまいました。ただ……」


「ただ、何です?」


 弓彦が面白がるように訊ね、僕はすっとひとつ、息を吸い込んだ」


「僕も皆さんと同様、得難い体験をしたと思います。……何というか、楽しい合宿でした」


 僕がそう告げると、下の方から「私もだ」というミドリの物らしい声が聞こえてきた。


 硬い空気から一転して朗らかな笑いがリビングに広がった瞬間、ドアが開いて撮影隊の面々が顔を覗かせた。


「みなさん、お蔭様で撮影が終了しました。明日はいよいよ、神楽の舞台でラストシーンの撮影です。『宵闇亭』の皆さんは特別に近くで見学できるよう、手配しておきますのでどうぞこぞってお越しください」


 早口でまくしたてる監督の脇から、雪江がそっと顔を覗かせるのが見えた。僕が目で「楽しみにしてるよ」と告げると、雪江の眉が「いやなお客ね」とでもいうように上下した。


「それでは全員で参りましょう。実は私、正木亮の演技に一目置いておりまして、何でも神楽を舞う場面があるとのことで楽しみにしているのです」


 角館が意外とも思える言葉を口にすると、「私も好き、早く見たいわ」と泉が声を上げた。


 執事だからといって、趣味もお堅いとは限らない。今時の芸能人に興味があっても不思議はないのだ。そう思いつつ僕は角舘と正木亮のミスマッチに思わず、笑みを漏らした。


「大丈夫かな……」


 腰のあたりからふと、漏れ聞こえてきたもう一人の『執事』の声に僕はおやと思った。一体、何が心配だというのだろう。


「どうしたミドリ。何か気がかりなことでもあるのか?」


「いや、別に何もない。君の妻は世界一の女優だ」


 ミドリの不自然な返しを聞いた僕の頭に、ある想像が浮かんだ。


「……ミドリ、心配するな。神楽の舞台が高い場所にあったら、僕が肩車をしてやるよ」


 僕がそっと囁くとミドリは目を瞬かせ、戸惑ったような表情を浮かべた。


「いや、いい。いらぬ気遣いだ」


 別にいいじゃないか、子供なんだしと僕が諭すと、ミドリはぶるんと大きく頭を振った。


「肩車がそんなに嫌かい?……だったら無理にとは言わないけど」


 僕が尋ねるとミドリはまたしても強く頭を振り、眼鏡越しに僕をきっと見据えた。


「……そうではない。執事が肩車なんかされたら、屋敷の者に笑われるではないか」




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