第56話 アドリブドラマの脚本は、秘密!


「ある計画……それが、今度の合宿だというんですか?」


「そうです。正確には合宿を含む、もっと大きな計画です。草太郎先生の望みは可哀想な美也さんのため、礼次郎さんと哲郎さんを『夏草宮』に呼んで、五十年前のことを謝罪させることでした。一方、津田川君と麻実さんの望みは、自分と和生君を『しかばね』にした礼次郎さんの息子、章良さんを罠にかけて恐怖を味わってもらうということでした」


「その二つを、一度に……」


「そうです。この二つの計画が同時に成就するためには章良さん、つまり作家の神谷郷先生が津田川君を罠にかけようと計画し、それを失敗させる必要がありました。神谷先生がしかけた罠とは無関係に不気味な事件が起こり、宿泊客が次々と『しかばね』になってゆくというシナリオをつつがなく進める必要があったのです」


「まさか、それで僕を……」


「申し訳ありません。このシナリオにはお一方だけ「本当に心から驚いて」くれる方が必要だったのです。まず神谷先生には草太郎先生のお嬢さんが身分を隠し、占い師と称して接近しました」


「占い師だって?」


 僕がそう叫ぶと、角舘は「秋津様はすでに顔馴染でらっしゃいますね」と言った。


「そう、その占い師は私の娘、阿古根瑛子だ。ここではマダム・ベラドンナと名乗っているようだがね」


 そう言い放ったのは、草太郎だった。複雑な人間関係に僕の頭はパンク寸前だった。


「マダム…阿古根瑛子さんは、美也さんの姪にあたる方です。彼女は神谷郷先生に「あんたを呪っている人間がいる」と告げ、「怪しい人間たちを一堂に集め、恐怖を与えれば企みの主はおのずと名乗り出るであろう」と予言してみせたのです。折しも神谷先生は謎の『第七の作家』に怯えていたところで、彼女の誘導にあっさりと乗ってしまったのです」


「じゃあ、神谷先生も操られていたってわけか」


「マダムは計画の準備中、中庭の家に潜んでいましたから神谷に気づかれることはありませんでした。あとは家主の富士子様に協力を仰いで仕掛け人……失礼、使用人を集めるだけでよかったのです」


「じゃあ、皆さんは昔からお屋敷で働いていたわけじゃなく、この合宿のために集められた使用人だったんですか」


「その通りです。まず麻美さんがメイドのマーサと名乗り、私が執事となりました。次に瑛子さんの弟……和食の名門、都竹家に婿入りした真一さんがコックとして参加しました」


「都竹さんまで……つまり使用人の多くが阿古根家の人間だったということですか」


「そうです。私と医師の安藤以外は。さらにあなたを目撃者に誘導する人物として、瑛子さんの娘のみづきさんが作家、迷谷彩人として宿泊客に加わることとなりました」


 マダムとみづきと都竹さんと……もう駄目だ、何が何だかわからなくなってきた。


「私が途中で体調を崩したのは想定外でしたが、たまたま遊びに来ていたミス・ビリジアンが代理を務めてくれたおかげで、使用人全体が怪しいという空気を払拭できたのです」


 いや、逆に怪しいでしょう、それは。僕は胸の内で思わずそう突っ込んでいた。


「ほかにも想定外のことがありました。富士子様の体調をおもんばかった神谷郷が、屋敷に医師を……安藤を送りこんできたのです。彼は投薬ミスなどで医師を続けることが難しくなっていた時期があり、製薬業界に顔が効く神谷氏に借りがあったのです。よもやどたんばで寝返るとは思いもしませんでしたが……」


「草野先生や平坂先生も、最初からあなた方の仲間だったんですか?」


「いえ、あの方々は、合宿が始まってから我々が協力を依頼したのです。幸い、御二方とも積極的に『しかばね』を演じてくださいました。さらに本物の『しかばね』から回復しかけていた和生さんにも協力を仰ぎ、あとは津田川君が姿を現すだけ……というところまで来たのですが」


「神谷先生がたくらみに気づいてしまったと」


「はい。津田川君が無事に復讐を遂げ次第、ここに礼次郎さんと哲郎さんをお呼びするはずでした。計画がとん挫せずに済んだのも、優秀な『執事』のお蔭です」


 角館はそう言ってミドリの方を見た。ミドリは得意がるでも照れるでもなく、いつものようにちょっと硬い表情で前を向いていた。


「さあ、御二方。一言でいいのです。どうか美也に詫びてください」


 草太郎が促すと、まず先に礼次郎が、続いて哲郎が、美也に向かって深々と頭を下げた。


「……美也さん、申し訳ない。あの時、私がおかしな賭けなどを持ちださなければ」


「私の方が罪は重い。礼次郎君に嫉妬するあまり、偽の電話で君を惑わせてしまった」


 美也はじっと頭を垂れたまま動かない二人の前に進み出ると、そっと肩に手を置いた。


「――いいのよ、もう。だって大昔のことですもの。それに若かったのよね、わたしたち」


 二人が頭を上げると、美也はくるりと身を翻して二人を手招きした。


「さあ、ほかの皆さんもいらっしゃいな。狭いけど、心ばかりのおもてなしをするわ」

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