第2話
ギュっとつぶった目を開く。
ケガを覚悟していたけれど、どうやら無傷の様だ。
「なぜこんな所に穴が有ったのかな。」
中国や日本でも、道に突然穴が開いたニュースをやっていた。
ここでもそれが起きたんだろう。
だいたいの理由は手抜き工事。
地下鉄や下水道の工事の置き土産。
もしくは少しずつ流れた地下水が、
いつの間にか地下を侵食していった可能性もあるな。
「モグラが大群で通過していった。」
有り得ない事を想像し、一人でこっそり笑う。
とは言え、ここを出る方法を考えなくちゃ。
裏通りの人気のないアパート。
6部屋あるアパートに、住人は3人。
もっとも私以外のカップルは、色々な所に泊まり歩いているらしく、
余り姿を見たことが無い。
取り合えず叫んでみる事も考えたが、
近くで工事をしていて、かなりの騒音だ。
私の声が届く筈が無い。
「この土が柔らかくて、崩す事が出来ればいいのに。」
そうすれば坂なり階段のように切り崩して、出る事も可能じゃない?
またお得意の都合のいい想像をした。
でも本気で困ったな。
このままじゃぁ仕事に遅刻しちゃう。
せっかく雇ってもらったコンビニ。
シフトも決まっているし、他の人に迷惑をかけてしまう。
挙句首になったらどうしよう。
もちろんコンビニだけでは生活できないから、バイトは掛け持ちしている。
今日は16時から掃除のバイトだ。
それから私は試しにそっと土を触ってみる。
「嘘、柔らかい。」
でも、柔らかいだけでは足場も何も出来はしない。
それでもやってみる価値はあるよね。
私は近くに落ちていた木の棒を使い、壁面を掘った。
掘って掘って、何故かちょっぴり楽しくなって、
夢中になって掘った。
「これは子供の頃の泥んこ遊びと一緒か。」
砂でお城を作っているような感覚。
他愛も無い事かもしれないけれど、
遣り甲斐が有り、達成感もある。
しかし、物事には終わりがある。
なぜか今、私は地上に出ていた。
「やってみるもんだね。
うわっ、泥だらけだ。
着替えに戻らなくちゃ。」
そう思い、振り返る。
言葉も出ないとはこういう時の事を言うのだろう。
自分は今、全然知らない場所に立っていた。
物凄く高い山か?
下界にはジャングルが生い茂っているように見える。
そして傍らには、一人の男がいかにも機嫌悪そうに、
眉をしかめながら、立っている。
ここに居たなら助けてくれてもいいのに。
そう思ったけれど、助けを求めなかった自分にも責任がある。
「遅い。」
「あっ、ごめんなさい。」
取り合えず謝っておく。
社会に出てから身に付けた処世術だ。
「俺が勝手に思っていただけだ。
謝るな。」
なら、私はどうすれば良かったんだ。理不尽だな。
「ようやく会えた。
長かった。
でも、待った甲斐があった。」
えーと、大変お待たせしました~。
コンビニの定句、は言わないほうがいいだろう。
「俺がお前を殺した。悪かった……。」
「い、いえ。」
意味が分からないから、どうとも取れる返事をしておく。
「許してくれるのか?」
あなたが私を殺した事実がない以上、
私はその謝罪に何て答えればいいのかな。
取り合えず許しておけば全て丸く収まるのだろうか。
「はい。」
「ありがとう。
では出発しよう。」
……軽い。
死は、そんなに単純じゃないだろうに。
ところで出発って、どこへ行くのかな。
見たところ、ここはまるで中央にぽっかりと穴の開いた
狭いテーブルマウンテンのような所だ。
直径30メートルほどの山頂で、周りは高い断崖絶壁。
これを下りるしか生きる道が無いと言われれば、何とか頑張ってみますけど…。
すると、彼の体の輪郭がぼやけ、違う形を成していく。
その動きが止まった時、彼は大きな龍になっていた。
「何で!」
驚いた。
確かに驚きはしたが、それは自分が思っていたほどの驚きでは無かった。
多分いきなりゴキブリが、
自分に向かって飛んで来た時の方が、パニックになっただろう。
「早くしろ、もう日が沈む。
ここの夜の寒さは、お前の体に悪い。」
今はそんなに寒くないけど、夜はかなり冷え込むのか。
「早くしろと言われても、私はどうしたらいいのか分からないよ。」
「おかしな事を言う。
地上に下りるんだろ、以前のように俺に乗るだけだ。」
「以前のようにって、私は龍に乗ったことなんてないデス。
会った事すらないんだから。」
「有るんだ、マイリ。」
どうも話が噛合わない。
噛合わないけど、何となく理解できそうなのは何故なのか。
まるで夢の記憶の様だ。
「それは私の事を言っているのだと思いますが、
私の名前はマイリでは有りません。」
そう私の名は名前は………、
私の名はマイリだ。
何故だろう。
私には佐藤美穂と言う名前が有った。
だが、この場に存在している私の名前はマイリだ。
その存在はマイリ・タカロ、魔術師。
そして先ほど拾った木の杖は、私の分身。
魔力のはけ口。
全て理解できた。
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