第三十話 仲間と合流

 精神的に徐々に摩耗して判断が鈍り始める紗瑠は草むらが揺れた瞬間、豊が来てくれたのかと期待した眼差しを向けるが。

 残念なことに紗瑠の期待を裏切り、現れたのは見知らぬ男だった。しかし、普通の男ではない。腹には何かに貫かれ、ぽっかりと穴が広がっている。そこから流れる血が脚を真っ赤に染めている。


「・・・・・・、・・・・・・」


 明らかに致命傷である男は緩慢な動きで前へ進み、紗瑠たちへ近づいている。既に死んでいるのは一目瞭然。

 そんな動く死体に紗瑠は驚く様子もなく、むしろ期待を裏切らせた苛立ちが増していく。

 紗瑠の右目が紅藤色に発行すると、鞘から抜いた二本の刀が宙に浮かび、その場で回転すると同時に、空を切って男の首をはねる。

 八つ当たり気味で放った攻撃。

 首は香奈の近くにぽとっと地面に落ち、悲鳴を上げて咄嗟に紅美に抱きついた。

 紅美は香奈の髪を撫でて、首を失った死体へ視線を移すと、動きは止まらず緩慢な動きで近づいてくる。


「ふーん? 首を落とされても動くなんて、ゾンビじゃない。これもアナテマの力なら死体を操るなんて悪趣味ね」


 首を失ってもなお動く死体を目にして、紅美はすぐにアナテマの正体を見破った。


「豊じゃなきゃどうでもいいわよ。どうして豊じゃないのよ。早く会いたいよ・・・・・・ゆたか~・・・・・・」


 ゾンビを次々と手足を切り落としていく。這うこともできず死体は次々と地面に転がる。紗瑠はそんな死体に目もくれずに無力化し、豊に会いたい気持ちを強く口にする。既に枯渇している豊成分を一刻も早く補給しなければ、紗瑠のおかしくなっていくだろう。

 そんな精神的に弱っている紗瑠を慰めようと、紅美は近づいて抱きしめようと思った。しかし、周囲からゾンビが新たに現れ、さらに増え続ける。

 それに舌打ちする紅美。

 邪魔なゾンビを片付けようと思っても、紅美のアナテマではゾンビを無力化にできない。ひとまず元凶を探すべく周囲へ視線を走らせる。


「ゾンビの相手をするだけ無駄ですわね。ゾンビを操ってるアナテマ使いを探して殺した方が手っ取り早いのだけれど」


 ゾンビは徐々に増える。


「お姉様、さすがにこの数では探すのは難しいのでは・・・・・・?」


「そうよね。それが問題なのよね。私のアナテマではゾンビを無力化にできないし、香奈のアナテマも戦闘向きではないですものね。紗瑠だけが頼りですわね」


 二人の会話を耳にする紗瑠が一瞥し、ぼそっと口にする。


「・・・・・・あなたたち使えないわね」


「ーーっ!? お姉様を侮辱するなんてーー! それにさっきからあなた気に入らないわ!!!」


「まあまあ香奈、落ち着きなさい」


 紗瑠の紅美に対する態度にそろそろ限界に来ていた香奈。怒りの形相で声を荒げ、ビンタでもしようと考えるが紅美に止められる。

 紗瑠は気にした風も無く、ゾンビ達を次々と切り刻んでいく。手足さえ切り落とせば動くこともできないが、徐々に数も増えてきて一人では対処できなくなる。


「一人じゃきついわね」


「それなら紗瑠、逃げますわよ。さすがにこの数の多さではいずれ私達もゾンビになってしまうわ」


 紅美の提案に癪だが紗瑠は賛同した。紗瑠は刀を鞘に納めて、そして三人はその場から逃げ出した。幸いゾンビは緩慢な動きで走って追いかけてくることはなかった。

 かなりの距離を離して、周囲にゾンビの気配がなくなった所で三人が立ち止まった。

 紗瑠は木に寄りかかって、座り込んで体育座りをした。体力が限界に達したワケではない。豊に会えない寂しさが肥大化し、空虚感に苛まれつつあった。

 顔を俯かせ、紗瑠は念仏のようにぶつぶつと吐露し始めた。


「豊に会いたい。会って抱きついて匂い嗅ぎたい。触りたい。豊どこよ・・・・・・早く会いたいよ・・・・・・。もう豊なしでは生きていけない。豊成分が足りないと死んじゃう。豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい豊に会いたい」


 精神的におかしくなり始める紗瑠を目にした香奈はどん引きしていた。

 目は虚ろにずっと「豊に会いたい」と繰り返し、不気味な様子である。そんな弱っている紗瑠に、紅美は慰めて徐々に自分の物にしようと画策していた。

 妖艶な笑みを浮かべ、座り込む紗瑠に近づいて頬に触れる。このまま強引にキスでもしようかと考えていると。

 バチンッ!

 乾いた音が響き、紅美の手がはたかれた。ジンジンと痛みが伴う。少し赤くなった自分の手を見つめる。

 紗瑠は殺意の籠もった視線が紅美を射貫く。まだ紅美が入り込む隙がない。残念に思う紅美だが、まだその時ではない。これからゆっくりじっくり紗瑠を落とせばいいと焦る気持ちを落ち着かせる。


「そんなに拒絶する事ないじゃない。素直に私に身を委ねた方がいいわよ? そんな男の事より紗瑠を満足させる事ができるわ」


「それはあり得ないって言ってるでしょ。私は豊にしか興奮しないし、感じないのよ」


「ふーん・・・・・・。その男、本当に紗瑠を満足できるのかしら? もしかして他の女と一緒にいて今頃良い雰囲気なんじゃないかしら?」


「は? そんなワケ無いでしょ? 仮にそんな女がいたら殺すわよ」


「わからないわね。男なんて汚らわしく、自分の欲望ばかり考える最低なゴミでしょ?」


「ゆたか・・・・・・」


 紅美の異議など無視して紗瑠は切なげな声で豊の名前を口にする。そんな恋する乙女な紗瑠を目にして、紅美の中で苛立ちが増してきた。

 好意を抱いている女の子から男の名前を口にするだけで、紅美は許せない質である。既に紅美の中では豊を殺すことは確定事項となっている。豊さえいなくなれば紗瑠は紅美の物になる、そう信じて。

 そんな二人の様子を見ていた香奈は、紗瑠に嫉妬していた。彼女さえいなければ、紅美の意識は香奈に向けられていた。それが紗瑠が現れた事で、ずっと紅美は紗瑠の事ばかり気にかかっている。


「あの狂った女ばかり・・・・・・」


 香奈から殺意が漏れ、それに気づいた紅美はくすっと笑い、香奈を抱きしめた。それだけですぐに殺意が消えて、発情した顔の香奈へと変貌する。


「ふふ、香奈は嫉妬してるのだね。可愛いわ♪」


 頬に触れて、ゆっくり顔を近づいて紅美は香奈の唇と重ねる。身体がびくっと悦びで震え、香奈は雌の顔となり、濡れてきているのを感じ取った。

 また二人の世界に入ると、紗瑠は二人を無視して先へ急ごうと歩き始めた。

 一歩進んだ瞬間、誰かが近づいてくる気配を感じた。


「ゆたか!?」


 今の紗瑠に判断能力は低下し、近づくもの全て豊が助けに来たとしか判断できなかった。

 そんな紗瑠の反応と気配に紅美は香奈とのキスを中断し、警戒モードへと変わる。

 徐々に近づく気配は二人。

 三人の視線が近づく気配へ向け、しばらくするとーー二人の少女が現れた。


「紗瑠さん!?」


 そのうち一人は小柄な少女ーー萌衣が、紗瑠の姿を映すと駆けだして抱きついた。


「萌衣ちゃん! 無事だったのね。よかったわ」


「紗瑠さんも無事でよかったです」


「私なら全然問題ないわよ。それで豊は?」


「・・・・・・私もお兄ちゃんを探していたんですけど・・・・・・」


 萌衣が首を振って顔を俯いた。声に出していないが、豊に出会えない寂しさを感じた。

 豊に会えない気持ちは紗瑠も痛感している。落胆するものの、萌衣が無事だった事は素直に良かったと思った。

 それから紗瑠の視線がもう一人の少女ーー茜へ向ける。その視線は敵意を向ける目である。


「泥棒猫も一緒にいたのね」


「その言い方気になるんだけど? 別にウチはあんたに何もしてないでしょ?」


「豊の近くにいるだけで目障りなのよ」


「は? クラスメイトなんだから仕方ないでしょ」


「ふーん? クラスメイト? 本当にそうかしら?」


「何が言いたいワケ」


「ただのクラスメイトなら、普通連絡先を交換なんてしないわよね? 豊に近づくための口実なんでしょ?」


「なにそれ・・・・・・。あんた・・・・・・やっぱり気にくわないね」


「それは同感ね」


 紗瑠と茜が険悪となり、萌衣は困った顔をする。

 しばらくして、萌衣から今までの経緯を話した。

 最初は蓮魅と行動していて、セシルと出会ったこと。ティラノザウルス擬きの化け物に襲われ、それが原因で蓮魅達と別れてしまったこと。その後、変な男に襲われ、茜に助けられたこと。

 それらを聞いて紗瑠は萌衣の無事に安堵する。

 一度紗瑠は茜に一瞥する。萌衣を助けたことは感謝するも、それを口にしなかった。茜も別に感謝されたいとは思っておらず、特に何も言わなかった。


「化け物がこんな無人島にいるなんてね」


 紅美は隙を見て話に加わった。

 紗瑠と一緒に行動していることを萌衣と茜に伝え、お互い軽い紹介をする。

 紅美は早速二人をじっくりと全身を舐めまわすように観察する。小柄な萌衣から小動物的な愛らしさがあって、可愛いと思うものの、流石に小さい子に手は出せないと将来に期待することにした。

 もう一方の茜は、今時のギャル系の雰囲気ではあるが、見た目と相違して純情な少女な所もあり、紅美にとっては唾を付けたいとさえ思った。


「紹介が遅れてごめんね? 私は麗紅美。よろしくね」


「よろしくお願いします!」


「・・・・・・こちらこそよろしく」


 無邪気な萌衣に紅美は微笑みを向け、少し警戒している茜へ近づいた。何をするのかと様子を伺っていた茜は紅美に髪の毛を触られ、その行動が意味不明で反応が遅れる。


「ちゃんと手入れはしてるのね。香水も控えめで・・・・・・なかなか悪くないわね」


「・・・・・・は?」


 紅美は一房の髪の毛を手に鼻を近づけて香りを嗅ぐ。それに茜は気持ち悪さを感じて、すぐに紅美から距離を取った。


「は? あんたなんなの?」


「ふふ、そんなに怖がらなくてもいいじゃない。女同士なら普通でしょう?」


「普通そんな事しないし、それにあんたから嫌な感じがするし」


「その泥棒猫が気に入ったんなら、もう私のことは忘れてそれに乗り換えたら?」


「あら? 嫉妬してるの紗瑠? 私は両方愛する事が出来るから大丈夫よ」


 紅美は紗瑠へ愛おしげな視線を向ける。それに香奈は「お姉様・・・・・・」と切ない声とともに不満でな顔をする。嫉妬する香奈へ目を向けて、唇を舐めて紅美は少しだけ興奮した。

 その様子を眺めていた茜は紅美がどんな人間か理解した。それと同時にさっきの言動に、遅れながら鳥肌が立った。


「ふふ、こんなにも可愛い子に囲まれて幸せだわ。出来ることなら身も心も私に向けて欲しいわね」


 同性愛者のヤバい女と出会ってしまったと茜は思い、萌衣に近づかせないように気をつけようと思うのだった。そして自分自身も関わらないようにしようとも。

 一方、何も知らない萌衣は紗瑠と紅美の間にあるギスギスした雰囲気を感じて疑問に思いつつ、「早くお兄ちゃんに会いたいな・・・・・・」と言葉をこぼした。

 その言葉を耳聡く聞いた紅美。


「萌衣ちゃんにお兄さんがいるのね」


 男の存在がいるだけで嫌悪する紅美だが、萌衣に嫌われないように話を合わせる。


「え? えと、本当のお兄ちゃんではないですけど・・・・・・でも私にとっては豊さんは本当のお兄ちゃんのような存在なんです」


「・・・・・・またその名前」


 眉がびくりと跳ねた。紗瑠から散々聞かされた名前。それが萌衣もまた豊を慕っている一人と知り、紅美の中では徐々に豊に対する殺意が膨れ上がる。

 そして、紅美はもしやと茜に目を向けて問う。


「まさか茜も豊という男が気になるとか言わないわよね?」


「は? い、いきなり何なのよ。どうしてウチが豊の事を・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 その返事である程度紅美は悟った。さらに豊に対する殺意が膨れ上がる。

 こうして紗瑠達は奇妙なメンバーが揃い共に行動することとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スノーウィオウルズ 凉菜琉騎 @naryu0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ