第二十九話 ネクロマンサーの話

 力を使い果たし、ほぼ動けない状態の豊はルシールに支えながら、萌衣と別れた場所へ急いでいた。

 今は豊達二人だけで、蓮魅とセシルは先に向かっている。

 無事に萌衣と合流出来れば安心できるが、もし合流できず、誰かに襲われたらと不安が襲ってくる。

 もう少しペースを上げて、急ぐ二人。

 そしてようやく二人は萌衣と別れた場所まで辿り着いた。

 二人が最初に目にしたのは、薙ぎ倒された木、地面に爪痕とティラノザウルス擬きが暴れていた様子を物語っていた。

 それを見た豊はもう化け物と戦うのはごりごりだと、疲れた溜息を吐いた。

 一先ず、先に着いていた蓮魅とセシルを探す。

 少し歩くと、二人が茂みの中を必死な顔で探す姿を見かけた。その様子から萌衣がいなかった事が直ぐに理解した。

 豊は二人に声をかけた。

 蓮魅は顔面蒼白で萌衣の名を呼びながら涙を流していた。


「ゆ、ゆたかぁ!? も、萌衣ちゃんが、萌衣ちゃんがいないんだ!? うぅ、ぐすぅ、萌衣ちゃん!? どこに行ったの?」


「・・・・・・申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりにモエさんと別れるような事をしてしまい・・・・・・」


 取り乱す蓮魅。自分を責めて悔やむセシル。

 ティラノザウルス擬きに遭遇してしまったら無理もないだろう。あの獰猛な化け物を相手にする方が難しい。豊でさえ全ての力を使い果たしてようやく倒したのだ。

 豊は周囲を観察し、何か痕跡が残っていないか探す。

 すると切れたロープが落ちているのを目にした。


「ロープ・・・・・・?」


「ロープですの・・・・・・? あ、あそこに落ちていますわね」


 ルシールも豊の視線を追って切れたロープを見つける。

 誰かがロープに縛られた事は推測できる。ロープが切れているのは、自力で切ったのか、第三者の介入があって助けられたのか。豊はそこまで推測し、、萌衣は無事である可能性は高いと思った。

 それから豊は泣いている蓮魅へ目を向ける。それに気付いた蓮魅は首を傾げる。


「蓮魅。萌衣の未来は視れるのか?」


「え? ・・・・・・あ! そうだった!? それがあった!」


 一度萌衣の未来を視た蓮魅。

 その時の未来は蓮魅達と別れた後、見知らぬ男に襲われる未来を視ていた。その後、どうなったのか途中で終わったしまったため蓮魅は知らない。もし萌衣が殺されていなければ、もう一度未来を視る事ができる。

 しかし、未来が視えなかった場合、萌衣はもうこの世からいないことになる。その事を考えた蓮魅は怖くてアナテマを使う事に躊躇した。


「・・・・・・もし、萌衣ちゃんが・・・・・・」


 不安に襲われ、蓮魅は顔を青くしてアナテマが使えない。誰かに助けを求めるよう顔を上げ、豊と視線がぶつかる。


「それを確認するためにも必要な事だ。それに萌衣のアナテマなら誰にも見つからずに上手く隠れることもできる。萌衣なら大丈夫だ」


 豊の励ますような言葉。無事である保証はどこにもない。ただ豊の言葉は不思議と信じられ、蓮魅の抱いていた不安が少しだけ払拭される。

 しばらくして、萌衣の未来を視る決心が固まる。一度深呼吸する蓮魅。それから右目が月白に発光。

 蓮魅の脳裏には最初何も映されず、少し焦りを見せたが。

 次の瞬間に森の景色が視えた。未来が映し出されたということは萌衣が生きている証拠にもなり、蓮魅は安堵した。

 次に映されたのは、萌衣が見知らぬ女性と一緒に行動している映像。その女性は総府高校の制服を着ている。それが茜である。

 茜とは面識の無い蓮魅だが、その映像から悪意は感じられず、萌衣の親しみのある顔を見て面識があることを知る。それだけで安心する。

 しばらくして二人が誰かと合流する寸前で映像が途切れた。

 強張っていた身体は抜けて蓮魅はへたり込んだ。

 さっき視た未来を三人に伝え、一緒にいた茜の特徴を聞いた豊はそれが茜だと推測する。一先ず、萌衣は無事だと分かっただけでも安心である。


「それじゃ当面はその子を探すって事でいいのユタカ?」


「そうだな・・・・・・今すぐにでも動きたいが・・・・・・」


 相当無理したせいで豊は木に寄りかかって、その場に腰掛けた。力は入らず、自分の足で立つのも難しい。この動けない状況で襲われたらルシールとセシルを頼るほか無いだろう。


「それならここで休憩した方がいいですわよね?」


 豊が動けない以上、回復するまで休憩が必要となる。他三人も色んな事が起こりすぎて疲労が蓄積されていた。

 豊以外、顔を合わせて同意する。そして、ティラノザウルス擬きの襲撃でまだお互いの事を知らない事に気付く。

 豊と蓮魅、ルシールとセシルは顔見知りなのはこれまでの会話で察していた。ただ豊とセシル、ルシールと蓮魅は初対面である。

 蓮魅はルシールをチラチラと視線を送り、豊にジト目を向けた。二人の距離感が近く、信頼関係のようなものが築けている事に疑問を持っていた。二人の関係を怪訝に思いながら、ルシールの事を聞いた。

 豊は簡単にルシールとの出会った経緯を話した。一度決別した事は特に話す必要はないと割愛して。


「初めましてですわ。わたくしはルシール・S・ベネディス。よろしくお願いしますわね」


「あ、はい。ボクは小峰蓮魅」


「えっと・・・・・・ハスミですわね」


 振る舞いが丁寧でニコリと眩しい笑み、気品ある姿に蓮魅は怖じ気づいて、どこかの令嬢なのかと思った。

 ふと蓮魅はセシルがある王女に仕えるメイドという事を思い出した。ルシールとセシルを交互に見る。二人は面識あることを既に察している。


「え? え? も、もしかして一国の王女様・・・・・・だったり?」


「ええ。そうですわね」


 初めて王女様という存在を目にした蓮魅は畏怖した。


「ま、ままままさか王女様だとは!? え、えっとちゃんとした挨拶とか必要よね?」


「そんな畏まらなくても良いですわよ。わたくしと貴女は別の世界の人ですから、気にする必要はありませんわ」


 蓮魅は頷くものの、一度意識してしまうと簡単に態度を変えることが難しい。

 最初っから一緒にいた豊は相手が王女でも物怖じせず、普段通りである。その事に蓮魅の中では何か失礼な事をしてないか不安になった。


「ハスミはもうご存じでしょうが、メイドのセシルですわ」


「ルシール様にお仕えするメイドのセシルです。それで貴方がルシール様と一緒に行動していたのですね?」


「豊だ」


 セシルの瞳は少し冷たく豊を探るような目を向ける。

 ティラノザウルス擬きの猛威に感謝しているセシルだが、豊の事は完全に信用していなかった。

 豊は疑われても全く気にしておらず、どうでもいいと思っていた。ただルシールは黙っていなかった。


「セシル、ユタカはわたくしにとって命の恩人、それにあの化け物からも救ってくださったのよ? 信用しても大丈夫ですわよ」


「・・・・・・ですがルシール様、この男からは何か・・・・・・」


 途中で口を閉ざし、セシルはしばし考え事をしてから再び口を紡いだ。


「いえ、何でもありません。お嬢様がそこまで仰るのでしたら信用できる方なんですね」


「ええ。それにこの無人島にいる間、ユタカはわたくしのことを守ってくださいますわ」


「この男がそんな事を・・・・・・」


 ルシールの言葉に反応した蓮魅は豊へジト目を突き刺した。


「榎園ってラブコメ主人公でも目指してんの? てかラブコメ主人公よね?? 見境無く女子と出会ってフラグ立てまくるとかそれしか考えられないよ! このラブコメ主人公!」


「??? そのらぶこめしゅじんこう? って一体どういう意味なんですの?」


「それはねーー」


 蓮魅が説明しようとした瞬間、近くの地面が凍結する音が聞こえ、「ひっ!?」と怯えた声が上がる。恐る恐る豊へ顔を向けると、睨まれていた。


「ちょ、ちょっと榎園!?」


「お前が余計な事を口にしようとするからだ」


「だ、だって榎園には暁烏がいるのに、別の女子に手を出してフラグ立てようとするとかまさにラブコメ主人公じゃん!? ぼ、ボクも攻略対象にされそうになるし」


「お前とはあり得ない」


「な!? 合法ロリ堪能できる特典付きよ!?」


 豊と蓮魅の会話にはルシールが理解できない言葉を聞き取り疑問符を浮かべていた。そんな中、セシルがルシールに近づいて二人に聞こえないように小声で耳打ちする。


「お嬢様、あの男は危険な力を感じます」


「まだそんな事を言っていますの? わたくしも最初はユタカを少し怪しんでいましたが・・・・・・格好良くて、素晴らしい殿方ですわよ」


 僅かに頬を赤らめるルシール。


「・・・・・・どうして、そこまであの男の事を信用しているのですか?」


「危ないところを何回も助けられたんですの」


 ルシールは豊に向ける信頼感。そして彼女の中で生まれている感情。その感情の機微をセシルは感じ取って、少し困惑していた。


「それより宝箱を探して食料を確保致しますわ」


 未だに豊の事を信用出来ないセシル。一旦豊の事を監視し、ルシールに何か危害を与えるようなら殺す事も視野に入れた。

 食料探しはルシールとセシルの二人が行くことになった。

 しばらくして、そろそろ日が落ちてくる頃合いに二人は食料を手に入れて戻ってきた。

 豊は少し休憩したおかげで、立ち上がることはまでは回復していた。ただ力の方はまだ使用できない。それだけが危惧していた。

 倒木まで近づき、豊は腰掛けようとして顔を上げた。その様子に、既に座って食事を摂ろうとしていた三人が疑問に抱く。

 その疑問に答えるように豊が口を開く。


「誰だ?」


 少し離れた茂み当たりを睨み付ける豊。妙な気配がそこから感じていた。

 豊が向ける視線の先へ三人も向ける。特に何も内容に見られたが、次の瞬間に草が揺れるのを確認した。一瞬で緊張感が走り、警戒する。

 揺れる草が徐々に大きく、何かが近づいてくる。

 すると、茂みの中から男性の姿が現した。

 俯き加減で自分の足下を凝視している。豊達に気付いているのか、ゆっくりした足取りで近づいてきた。呻き声のような声も上げて、緩慢な動きに男性の行動は不可解である。その様子に薄気味悪さを感じる。


「止まりなさい! 何が目的ですの?」


 蓮魅以外直ぐに臨戦態勢となり、ルシールが静止の声が響く。

 しかし、男性はルシールの声が聞こえていないのか、足は止まることなく近づいてくる。

 明らかに様子がおかしい。

 男性を注意深く観察していた豊はあることに気付いた。

 横腹当たりに血が流れているのを気付き、男性が歩いた後には血の跡が続いていた。負傷しているにしても、痛がっている風には見えない。

 それら男性の不気味さ、不可解な点から豊は結論を口にする。


「あの男・・・・・・死んでるな」


「はぁ!? ちょっと榎園何言ってんの!? 死体が動くワケないでしょ!? まさかアレがゾンビとか言わないよね!?」


「そのまさかだな」


 豊の真面目な言葉に、蓮魅は青ざめた。ゾンビはあくまでフィクションで現実ではあり得ない事だと。しかし、アナテマという力とルシールとセシルといった異世界の住人も十分あり得ない事だろう。

 今更ゾンビに驚くことはない事だ。

 豊のゾンビ説にルシールとセシルは納得した顔をしていた。


「死体が動く・・・・・・その魔法を使う人物に心当たりがありますわ」


「例のネクロマンサーの事ですね」


 ルシールとセシルには何か知っている感じだった。それに豊は詳しく聞きたいと思うが、目前の男性の他にも複数の気配を感じ取った。

 一人、二人、三人と徐々に姿を出現する。どの人も生気は感じられず身体のどこかを負傷していた。呻き声を上げながら緩慢な動きで近づいてくる様はゾンビ映画のようだ。


「ひぃい!? ボク、こんなゾンビ映画観たことあるよ!? これ噛まれたらゾンビになるヤツ?? え、榎園さっさとやっつけてよ!」


「今の俺だと直ぐに力が尽きる。悪いが俺を頼りにされても無理だ」


「えええええ!? じゃ、じゃあこのままゾンビになれって!? い、嫌だよ!?」


 ティラノザウルス擬きの消耗が激しかった事もあり、未だ豊は力がほんの僅かしか戻っていない。


「ど、どどどどうすんのよ!?」


「大丈夫ですわ。例のアンデッドがいなければ、わたくし達でも問題なく対処できる」


 ルシールの言葉に引っかかりを覚えた豊だが、今はそれを聞いている場合では無い。

 ゾンビの群れ迫り来る中、ルシールは剣を抜いて、群れの中へ飛び込んで斬り込む。死体相手に容赦なく足を斬り落としていく。ゾンビの身体が地面に衝突し、足を失う。動きが止まったと思った瞬間、今度は手を使って身体を引きずって地面を這っていく。

 セシルの両目が発光し、這っていくゾンビの腕を水手裏剣で切り離す。それでも両手両足を失ったゾンビは動き続ける。

 それに蓮魅は気味悪がり、豊にしがみついた。


「くっつくな。離れろ」


「だ、だだだだって怖いのよ!? リーダーならボクの事守ってもいいでしょ!?」


「俺も動けない」


「榎園のラブコメ主人公!」


 二人が言い合いしている間にも、ルシールとセシルは次々と襲ってくるゾンビを動けなくし、複数のゾンビが地面に転がる。

 失った両手両足を必死に動かす光景は、芋虫のような動きでゾッとするだろう。

 しばらくして段々と数が減っていき、最後の一人をルシールが斬り込み、ゾンビが襲ってくる気配がなくなった。

 ひとまず一同は早々にその場から離れる事にした。

 他のゾンビが襲ってくる気配もなく、ようやく休めるようになる。

 日も暮れてきて明かりも無い中、暗い森を歩き回るのは危険。豊達はその場で朝が明けるまで休憩する事となった。


「ルシール、さっきのネクロマンサーについて聞かせろ」


 先ほどのゾンビについて何か知ってそうだったルシールに問う。彼女は頷いて話し始める。


「わたくしの世界でネクロマンサーという死体を操る男に、一度襲われていますの。さっきのアンデットは大した事はないんですけど・・・・・・、その男にはお気に入りのアンデットが二体いるんですの。さっきのアンデットよりも強力で、それに魔法を使いますの」


 ルシールとセシルは一度、そのアンデットと戦ったことがあった。どちらも強力なアンデットで苦戦を強いられた。

 一人は魔法に特化した女性ーーロラ。

 もう一人が剣術と魔法どちらも兼ね備えた騎士ーーディオン。

 どちらも生前の時と同等の実力を持ち、アンデットとは思えない動きをするという。一度対峙したセシルはロラの強力な魔法で、死にかけたことがある答えた。


「そのネクロマンサーの姿を見たことあるのか?」


「いえ・・・・・・それがわたくし達の前には姿を現さなかったですわね」


「それって、自分は安全な場所で見物してゾンビどもに相手させる卑怯な手口って事よね?」


 蓮魅の言葉にルシールは肯定する。


「ならそのネクロマンサーさえ見つけ出して殺せば、二体のアンデットを相手する必要はない事になる」


「それはそうですけど、そう簡単にネクロマンサーを見つけだすのは難しいですわよ?」


「そうか・・・・・・」


「そもそも出会わない方が一番いいんだけどね・・・・・・」


 蓮魅の言葉に三人は同意した。

 ネクロマンサーに関しては一旦保留にし、さっきゾンビが襲って来て摂れなかった食事を再開した。

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