第二十八話 動く死体
一人残された萌衣はティラノザウルス擬きが蓮魅達を追いかけていった後、しばらく茂みに隠れて身を潜めていた。
膝を抱えて一人不安になりながらも二人の無事を気にしている。最悪の未来を考えないように、二人が戻ってくることを祈り、動かず迎えに来る事を信じる。
その間、萌衣は周囲に何も無いか確認すべく、モモンガをアナテマで操って様子を探っていた。
モモンガの視界を通した周囲の森は全て薙ぎ倒され、地面のあちこちには陥没や爪痕など、巨大な生物が暴れ回った様子が分かる程酷い有様となっていた。萌衣の脳裏には獰猛なティラノザウルス擬きの姿が過ぎって、再び身体が震えだした。
セシルが注意を惹いてくれなければ、今頃近くにいた萌衣は喰い殺されていたかもしれない。その代わり、セシルと蓮魅は危険な目に合っている。今の萌衣には無事を祈るしかできない。
少し遠くまで様子を見たが、人影が無い事に安堵する。ただ二人の姿が無い事に余計に心配する。
勝手に動かずジッと待つしかなく、時間が経つ度に不安が襲ってくる。二人が戻ってくる様子も無く、30分は留まっている。それが余計に不安の種となる。
「二人ともきっと無事だよね・・・・・・? 早く来て欲しいよ・・・・・・。お兄ちゃんにも会いたいです」
二人に会いたいという気持ち。
そして一番豊に会いたいという気持ち。
強い心であろうと思う萌衣に、ポツリと弱音を吐いてしまう。会いたい気持ちが強くなり、不安な気持ちが広がっていく。
早く来て欲しい。
そんな思いを吐露する萌衣の耳に、草が揺れる音が届いた。
一瞬二人が戻ってきたのか、あるいは豊が助けに来たのか。そんな淡い期待を抱いた。
音のした方へ視線を向けると、萌衣の顔は青くなった。
萌衣が目に映したのは見知らぬ男。
「あ、あれ? き、君一人? ぼ、僕も一人なんだ。ひひ。よ、よかったら一緒に行動しない?」
細身の男で、ぼさぼさの髪は目や耳を隠れる程の長さ。不衛生が目立ち、口元はへらへらと笑っている。
言葉をつっかえながらぼそぼそと小さな声で呟く。
その薄気味悪い男に、萌衣の声は恐怖で漏れて身体が震えた。
男は大丈夫、心配ない、僕がいるからという安心させるような言葉を吐くが、その男の瞳には悪意に満ちていた。
視線がジロジロと舐めるように萌衣を観察し、男は少し興奮気味。
「ーーっ、ぃ、や」
「え? どど、どうして怖がるの? あ、そ、そっか。ぼ、ぼぼぼ僕は何もしないよ? だ、だからね? 一緒に行こう? はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
息を荒くして近づいてくる男。
身の危険を感じる萌衣は男から逃げ出した。
「ま、まま待ってよ!?」
静止の声を上げる男の右目が発光した。
すると、萌衣の足にロープが絡まり、一瞬にして縛られて転倒する。
「ーーっきゃ!?」
萌衣は何が起こったのか分からず、自分の足へ視線を向けるといつの間にかロープに縛られていることに気付く。直ぐに解いて早く逃げようとロープを外そうとするが。
追いついた男が手を掴んで萌衣を組み敷いた。
萌衣の上に跨いだ男の息は段々荒くなり、気持ち悪い笑みを浮かべる。
「はぁ・・・、はぁ、に、にに逃げなくてもいいじゃん。ぼ、ぼぼぼ僕が君を助けるからさ。だ、だから一緒に行動しよう? ぼぼぼぼ僕も一人で怖いんだ」
男の目は萌衣の小さな胸へ視線が注ぎ、ツバを呑み込んで震えた手が胸へ伸びていく。
恐怖に支配された萌衣は何も抵抗できず、ただ震えてるしかできない。
「ぃや、た、たすけ、て」
「そ、そそそそんな。ぼ、ぼぼぼ僕が君を襲ってるみたいじゃないか。ひひ。ぼ、ぼぼ僕は君を助けるためにーー」
「こ、こないで!?」
萌衣は近くに動物がいないか周囲を確認するが、リスやモモンガといった小動物しかいない。小動物でも細身の男を怯ませるくらいはできるが、その後、小動物に怪我を負わせてしまう事を考えると、操る事に躊躇した。それに怯ませても足をロープで縛られては逃げられない。
徐々に近づいてくる男。
目に涙が流れる萌衣は必死に首を振って、誰か助けて欲しいと訴える。
「そ、そそそそんなに怖がらなくても、だ、だだだ大丈夫だからね?」
男の手があと数センチで萌衣の小さな胸へ近づく。
「お、お兄ちゃん助けて!!」
豊に助けを求める萌衣。
すると、かさかさと別の方向から草が揺れる音が聞こえ、黒い影が現れて二人の元へ近づく。そして、細身の男の身体を引っ掻いて、吹き飛ばす。
萌衣に跨いでいた男が吹っ飛び、無様に地面を転がされる。胸には爪痕と血が流れ出す。
「ぐべぇ!? いっ、いだい!? ・・・・・・ひ、ひぃぃぃぃぃ!?!?」
上体を起こす細身の男は引っ掻かれた胸を映し、流れる血に顔を青ざめた。
「あんた小さい女の子に最低ね」
「ひぃ!?」
細身の男は殺されると感じて慌ててその場から逃げ出した。
そんな情けない姿に追う気は失せて、萌衣に近づいて縛られているロープを爪で切って解く。
一体何が起きたのか把握出来ず、萌衣は身体を起こして助けてくれた人物へ目を向けた。
「あ、茜さん・・・・・・?」
萌衣を助けてくれたのは猫耳が生えた茜であった。
何度か面識もあり、萌衣にとっては信頼できる人。
「よかった・・・・・・萌衣ちゃん大丈夫?」
「茜さあぁぁん!?」
安心できる人に出会えた萌衣は茜に抱きついて涙を流した。そんな萌衣によしよしと頭を撫でて安心させる。
しばらくして泣き止んだ萌衣は蓮魅とセシルと一緒にいたこと、ティラノザウルス擬きが襲って来て二人と別れた事を話した。
事情を聞いた茜は、ティラノザウルス擬きについて茜も実際に遠目で確認していた。あんな危険な化け物が無人島に住み着いているとは思わず、茜は一刻も早く帰りたい気分になっていた。
「萌衣ちゃんの事情は分かったけど、ここにいるのは危険だし、離れた方がいいわよ」
「・・・・・・そ、そうですね。でも蓮魅さんとセシルさんが心配です・・・・・・。無事でいて欲しいです」
「二人とは面識がないけど、大丈夫よ。きっと」
大丈夫だという根拠は無かったが、萌衣を不安にさせないために出た言葉。
ティラノザウルス擬きに見つかって追いかけられたら、どうなるのか茜は直ぐに想像できる。運良く二人が無事でいてくれたら良いと祈った。
「茜さんは一人なんですか?」
「うん。いきなり知らない無人島にいて、いきなり
「多分そうだと思います。お兄ちゃんと会えなくて、蓮魅さんと一緒に探してたんですけど・・・・・・」
「なら萌衣ちゃんと一緒にいた二人と豊を探しましょう。ただ他のアナテマ使いがウチらを狙ってくるかもだし、慎重に行動する必要はあるかな。あとは食料の確保ね」
それから萌衣と茜はその場を離れて森の中を進んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一方竜斗と薫は今の所問題も起こらず、森の中を歩き続けていた。
茂みの中に二つ目の宝箱を見つけて食料と水分を確保したのは僥倖だが、二人が探す仲間は見つかっていない。
竜斗の不安はやはり萌衣と蓮魅。無事に豊か紗瑠と合流していれば、安全にこの無人島を乗り切ることが出来ると不安の種は解消できるだろう。
二人の安否が分からない状況で、竜斗の心配は取り払うことが出来ない。
薫に関しては仲間の心配などしておらず、必死に仲間を探していなかった。
かれこれ無人島に飛ばされて6時間以上は経過している。
日が沈む前に仲間と合流する事ができればと少し焦りを見せる竜斗。しかし、こんな時に焦りや不安を抱いたままだと判断が鈍る。竜斗は一度気持ちを落ち着かせて、薫を一瞥する。顔には微かに疲労が見られるが、竜斗の前では何でも無いように振る舞っている。
我慢して倒れられたら竜斗が困ると思い、やれやれと溜息が漏れた。
「休憩する」
「あら? もうすぐ日が沈むし、その前に仲間と合流しなくていいの?」
「焦っても仕方ない。それにこんなどこを歩いているのか分からない無人島で、仲間と出会える確立なんて低い。ずっと探し回るにしても俺達が倒れちゃ本末転倒だろ。この状況がいつまで続くかも分からんしな」
「まあそうよね。それらしい意見だけれど、あたしの事を心配してくれたんでしょ? ふふ、竜斗君って優しい」
「勝手に解釈するな」
そうは言っても、薫の言うとおりである。それを認めたくなく竜斗はこれ以上言葉を閉ざし、木に寄りかかるようにして座った。
薫も当たり前のように竜斗の隣に腰掛け、ほぼ密着した形で座った。竜斗の目は離れろと訴えるも、薫は見て見ぬ振りをしてペットボトルを手に水分補給する。
少しだけ喉を潤し、薫は竜斗に渡す。
それに疑問符が生まれた竜斗。
宝箱を二つ見つけ、現在水は二本ある。途中まで二人で呑んでいたペットボトルは竜斗が、新品は薫が所有している。今持っている薫の水は薫のものとして竜斗は認識している。にも関わらず、なぜ分けようとするのか、竜斗は怪訝な顔をする。
「それは既にお前のものだろ」
「最初に手に入れた水は二人で飲んでいたでしょ? あとから手に入れた水はあたしが飲んでいいと言っても竜斗君が損するじゃない」
「まだ残ってる。別に俺に構う必要はないだろ? そう決めたんだから」
「あたしは納得してないわよ? というよりそういうのあたし気になるの。だから飲みなさいよ」
竜斗は溜息を吐いて、渋々受け取った。少しだけ喉を潤して薫に返した。満足した薫はペットボトルを受け取ってキャップを閉めた。
「竜斗君はあたしの事、ただのビッチとか思っているようだけど、誰とでもヤるわけじゃないのよ?」
「・・・・・・その話は終わったはずだろ。俺はお前に興味ないし、恋愛ごっごはしないと言ったよな」
「竜斗君が勘違いしているからそれを正そうとしているのよ。・・・・・・まさかあっちの趣味じゃないよね?」
「違う」
「それはよかったわ。ちなみにあたしはどっちでもいける口だから。竜斗君が求めるなら3Pもできるよ?」
「はぁ・・・・・・こんな状況でよく口説いてくるな。俺はその気にはなれないし、お前に興味ないって散々言ってるだろ。俺が助けた事で恩を感じているのか知らんが、そんな一過性な感情は恋でも何でも無い。時間が経てば冷めるし、どうでもよくなる」
「あたしの気持ちは本物だし、直ぐに気持ちが変わる事なんてーー」
そこまで口にした薫の言葉は、足音の音が耳に届いた事で呑み込んだ。
二人の顔は強張り、直ぐに立ち上がる。
足音が聞こえた方向へ顔を向ける。そこには一人の男は顔を俯き加減で立っていた。
「・・・・・・・・・・・・」
顔はずっと足下を見つめ、言葉を発する事も無く静寂。その様子が不気味で竜斗は眉を顰める。
「俺達を襲いに来たのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
竜斗の声に反応はない。聞こえていないのか、無視をしているのか、どちらにせよ竜斗は警戒心を強める。
男を観察すると、服はボロボロで誰かに襲われたような格好。もし助けを求めているのならもっと慌てているはずだ。
一体この男は何がしたいのか竜斗は理解できない。
「一体何の用がある?」
「ぅ・・・・・・・・・・・・ぅ、ぁ・・・・・・・・・・・・」
ゆっくり顔を上げた男。
その顔を見た瞬間、二人は息を呑んだ。
顔は真っ青で、瞳には光が失われて生気を感じられなかった。焦点が合ってない瞳はさまよい、顔を竜斗へ向ける。
緩慢な動きで竜斗に近づく。
その気味の悪さに薫は不快感を覚えた。
「あの男なんなの?」
「分からないが・・・・・・様子がおかしい」
ゆっくり二人へ近づく男。
その異様な雰囲気に二人はその場を数歩離れる。男は距離を詰めようと駆けることなく、ゆっくりとした動作で歩む。
竜斗は警告の言葉を上げようとして、竜斗の目が男の脇腹から血が流れている事に気付いた。かなり深手を負っている。痛みで表情は苦悶してもおかしく無いが、男は一切表情を変えていない。
男の様子からまるでゾンビのようだと竜斗は思った。
「おい、止まれ! これ以上近づいたら、俺は攻撃する」
「ぅぁ・・・・・・、うぅ・・・・・・・・・・・・」
竜斗の警告の言葉が届いていないのか、変わらずゆったりとした足取りで近づく。
やはり様子がおかしいと、竜斗の右目が発光する。
男の近くで爆発を起こすと、避ける素振りもせず男は爆風で飛ばされ近くの木に激突した。腕はあらぬ方向へ折れて、地面に倒れた男。
しかし、痛みで呻く事もせずに、何事も無かったかのように立ち上がった。そして、また同じ緩慢な動きで二人へ一歩一歩近づいてくる。
「なにあれ・・・・・・? 腕が変な方向に曲がってるのに・・・・・・気持ち悪い。あの男、もしかして既に死んでいてゾンビになってるんじゃない・・・・・・? 死体を操るアナテマ使いとか」
「それなら納得だ。ならこいつが既に死んでるなら遠慮はいらないな」
再びアナテマを使う竜斗は男の目の前で強めの爆発を起こす。周囲に轟音が鳴り響き、爆発に巻き込まれた男の身体は四方へと、バラバラに散らばった。動く様子も無く、再起不能となる。
「竜斗君、えげつないことするのね」
「ああでもしないかぎり、何度でも襲ってくるだろ」
「それはそうね。でも死体をゾンビにするアナテマなんて・・・・・・、数が多ければ厄介になるわね」
竜斗は無人島で無数のゾンビに襲われる想像をして、どこのB級ゾンビ映画だよと思った。しかし、そう笑い話には出来ない。それは現実に起こりえる可能性もあるのだ。
他にもゾンビが周囲から現れないか警戒していると、茂みが揺れる音が二人の耳に届き緊張感が走る。
「こっちから大きな音したが一体ーーお、お前!?」
茂みから現れたのは一度竜斗が出会った事がある少年ーー柴田だった。
当然柴田も面識があり、竜斗に殺されそうになった記憶はまだ新しい。また殺されると思った柴田は身構えて、竜斗を睨み付ける。
「あの時の総府の学生か。こんな所で会うとは思わなかったが、そう身構えるな。もう俺はお前を殺す理由がない」
「そんな事信じられるワケないだろ!?」
当然竜斗は信じて貰えないのは分かっていた。それに信じて貰うつもりもなかった。
もし襲い掛かってくるなら相手になるつもりでいる。
そんな因縁のある二人。
両者は睨み合ったまま向かい合っていると、薫は若いイケメンの姿を視線が舐めるように見る。
薫の中で柴田を合格と判を押すと、柴田に近づいた。
柴田は竜斗に気を囚われていて、薫の存在に気付いていなかった。驚いた表情で薫を見る。
「君、なかなかかっこいいわね。名前はなんて言うの?」
「ーーっ、し、柴田」
美人な薫相手にたじろいで思わず名乗る。下から覗き込まれ、長い睫毛と柔らかい唇に目が行く柴田。
「ふ~ん? 柴田君って若くていいわね」
薫は遠慮無く二の腕や腹筋、胸板を触っていく。突然身体を触られ、柴田は戸惑いを見せるも咄嗟に距離を取った。竜斗と一緒にいたのなら、薫は竜斗の味方だという事を思い至る。
「ふふ、竜斗君とは会ったばかり。味方だけど、あたしは柴田君の敵ではないわよ?」
柴田の思っていることを言い当てられ、言葉を呑み込んだ。
「それより柴田君って彼女いたりするの?」
「・・・・・・は?」
場違いな質問に柴田は素っ頓狂な声が出た。
薫はクスクスと妖艶な笑みを浮かべ、距離を縮めて再び柴田に触れようとするが。
「や、やめてくれ。か、彼女はいないが・・・・・・。俺には・・・・・・気になるヤツがいるんだ。悪いがそういうのはやめて欲しい」
「あら? それは残念ね。柴田君って遊んでそうなイメージがあったから、その辺は気にしないかと思ってた」
くすりと薫が笑い、誠実な柴田の事を気に入った。ただこれ以上は悪手だと思い、アプローチは止めることにした。
そんな二人の様子をどうでもよさそうに横目で見た竜斗は、二人を置いて先に歩き出していた。薫は直ぐに駆けよって竜斗の隣に並び、上目遣いで言葉を紡いだ。
「竜斗君妬いちゃった?」
「勝手に二人でやってろ。俺は関係ないし、どうでもいいからな」
「もう、さっきのは冗談なのに、あたしは竜斗君一筋よ?」
「・・・・・・」
二人の後ろ姿を見ていた柴田はどうするべきか葛藤するが、取りあえず追いかけることにした。
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