第二十六話 化け物襲来1
萌衣と蓮魅はメイドーーセシルと出会ってから、お互いの情報を交換していた。
まずセシルは、ルメーラという世界から来てとある国の王女に仕えるメイドと名乗った。当然それに二人は理解ができなかった。異世界から来たと言われて信じられるわけがない。ただそれはセシルも同様である。お互い世界の齟齬が生じて、最終的に信じることに落ち着いていた。
セシルはこの無人島に来てからずっと王女であるルシールを探しており、
「本物のメイドさんだよ! ボク達の世界じゃメイドさんなんてせいぜいコスプレとか喫茶店でしか見かけることしか無かったし、生メイド凄いね!」
「は、蓮魅さん、そんなにジロジロとセシルさんに失礼だよ・・・・・・」
蓮魅はテンション上げて興奮気味で、メイドのセシルを無遠慮に前後左右、生メイドの姿をジロジロと観察する。その事に蓮魅の服を掴んで止めて注意する萌衣。もはやどちらが年上なのか分からない。
視線を受けるセシルは疑問符を浮かべ、何を珍しがる事があるのかと困惑していた。
「そんなに珍しいでしょうか? 私としてはこれが普通なんですが」
「本物のメイドさんなんてレアだからね! しかも異世界とかそれなんてラノベ? って感じだし」
「そうですよ! セシルさんが異世界から来たなんてビックリです! どんな所なんでしょうか?」
「私としてもモエ様とハスミ様がニホン? という世界に来られたのは驚きです」
感情表現に乏しいセシルは驚いたと口にしても、表情は特に驚いた様子は無い。
「あ、あのセシルさん。私の事を様って呼ばれるのは・・・・・・できれば普通に呼んで欲しいです」
「それボクも同じ。さすがに様ってのは結構気になってしまう」
「そうでしたか。ではモエさんとハスミさんって呼ばせて頂きます」
「はい!」
「ではモエさんが気にしていらっしゃるルメーラという世界についてお話ししましょう。私が住んでいる国はベネディス王国、一言で言葉にすれば・・・・・・平和な国と言えますね。そのベネディス王国の王女にして次期女王となられるのが、ルシール・S・ベネディスでございます。私がお仕えする方です」
ルシールの話を語る時のセシルは本当に嬉しそうで、感情の起伏が乏しくても僅かに声が弾んでいるのが分かる。彼女が心服しているのが、二人にも伝わっていた。セシルの話でルシールにも会ってみたい気持ちが強くなる。
それからベネディス王国がどんな国なのか、話し続けるセシルだが少しして神妙な顔になる。
「今のベネディス王国は・・・・・・いえ、何でもありません。お気になさらないでください」
何かを口にしようとしたセシルだが、二人に聞かせる話では無いと知り、話を切り上げた。それに疑問符を浮かべる萌衣だが、特に気にしなかった。ただ蓮魅はセシルが何を話そうとしたのか、ある程度推測ができていた。とはいえ異世界の事情に首を突っ込める話では無いと蓮魅は聞かなかったことにした。
「私、異世界に行ってみたいです! 蓮魅さんもそう思いますよね?」
「まあ異世界に行く機会なんてないし、あるんなら行ってみたいけど・・・・・・戻ってこれるのかな?」
「え? そ、それは確かにそうですよね・・・・・・元の世界に帰れないのは・・・・・・」
「そうですね。いつか二つの世界へ自由に行き来できたら良いですね。私もニホンには興味がありますので」
三人は森の中を歩き続け、お互いの世界の事を話題に30分以上は話し続けていた。
萌衣と蓮魅は最初こそ大丈夫そうに振る舞って、お互いを不安にさせないようにしていた。でもやはり内心では、豊達が側にいない事、いつアナテマ使いに襲われるか懸念していた。
もしこのまま二人で行動していたら、きっと二人のどちらかが弱音を吐いていたはずだ。
そこでセシルと出会えたのは、二人にとっては大きな存在である。安心できる人が近くにいるだけで不安は解消し、プラスに働く。
お互い探し人を探しつつ、食料も探していく。
未だにどちらも見つかる気配はない。
「お兄ちゃんいないですね・・・・・・」
つい萌衣の口から豊を求める言葉を零して、セシルの視線が萌衣へ映った。
「モエさんにはお兄様がいるのですか?」
セシルの疑問に、萌衣は自分が言葉を吐いていたことに気付いて慌てる。
「え? えっと、あの、本当のお兄ちゃんじゃないんですけど・・・・・・私にとってはお兄ちゃんみたいな存在で、そう呼びたくて呼んでる感じなんです」
「そういうことでしたか。萌衣さんはそのお兄様のことをお好きなんですね」
「・・・・・・ふぁ!? す、すすす好きと言いますか・・・・・・お兄ちゃんは格好良くて優しくて好きは好きですけど・・・・・・うぅ、これはその好きではなくて・・・・・・ど、どう言えばいいんでしょうか蓮魅さん!?」
「え!? ボク!?」
いきなり話を振られた蓮魅はぎょっとした。当然気持ちを代弁する事は可能だ。ただ蓮魅が気になったのが、「好き」と言われた時の慌てふためく姿と紅潮した頬、満更でもなさそうな表情である。果たして、それは恋愛感情を抱いていないと言えるのか、蓮魅は判断しかねた。
しかし、萌衣に頼られてニマニマする蓮魅は萌衣の気持ちを代弁する。
「あ、あれじゃないかな? 榎園の事は兄として好きって事だから、兄妹愛とかそんな感じになるんじゃないかな?」
「兄妹愛・・・・・・そういうことですか。それは納得ですね。兄妹愛は素晴らしい事だと思いますよモエさん」
「は、はい。ありがとうございます・・・・・・」
蓮魅としては兄妹愛のままで留めていて欲しいと思っていた。その理由が紗瑠である。豊の事を猛烈にアプローチしているのだから、当然誰もが紗瑠の恋心には気付いている。
それにそう仕向けたのは蓮魅でもある。
紗瑠が占うために紗瑠の元へ来た日、その時に豊と邂逅する未来を視た。その未来は豊を殺すために襲うが、彼の必死な言葉に一度は攻撃の手を止める紗瑠。しかし、最終的に豊を殺してしまう未来だった。
その未来を少しでも回避するために、蓮魅は恋愛に結び付けようと思い、豊を運命の相手と告げたのは紛れもなく蓮魅である。
(もし萌衣たんまで榎園の事を異性として見たら・・・・・・。それは暁烏がどう思うか・・・・・・それが怖い。それにしても榎園のラブコメ主人公っぷりはマジでなんなのよ。というかこういう状況・・・・・・もしかして誰か別の女と偶然出会ったりしてないよね・・・・・・? いやいやさすがにそれはあり得ないよね)
蓮魅の予想通り、豊は現在ルシールと出会い、共に行動している。そしてラブコメ主人公と罵られてもおかしくない状況でもあった。
それから三人はしばらく進んでいくと、一度萌衣が近くにいたモモンガを操り、周囲の状況を探っていた。木と木を渡って他に人がいないか、探し人の豊達がいないか、または宝箱を確認していく。
しかし、特に周囲には人の気配は無く、宝箱は見つけることができなかった。落胆する萌衣はもう一度周囲を確認してから視覚の同期を解除、そう思った瞬間。
「え?」
周囲の小動物が騒ぎ出して、慌ててその場から離れようとしていた。それは何かに怯えているような。モモンガを操る萌衣も何か胸騒ぎを感じている。
微かに遠くから木々が揺れる音が聞こえる。その音は徐々に近づいてきて、地面を揺るがす大きな足音も耳に入る。何か得体の知れない何かが、森の奥から近づいてくる。モモンガを介した視線が森の奥へ注視する。
するとーー大きな一つ目がギョロリと動き、その目と合った。
「ひっ!?」
萌衣は咄嗟にモモンガとの視覚の同期を解除し、さっきの一つ目に睨まれた恐怖に顔が青ざめる。心臓の鼓動は速まり、うるさく鳴る。その萌衣の怯えた様子に二人は心配する。
「萌衣たん? どうしたの?」
「・・・・・・何か怯えているように見えますが、一体何を見たんですか?」
「・・・・・・に、にげてください。い、今すぐにです!?」
切羽詰まったように萌衣が声を大にした。普段は大人しく、大きな声を上げることがない萌衣である。それに何か嫌な予感を過ぎらせた蓮魅。
未だに事態が呑み込めてないセシルは、何があったのか口を開こうとした瞬間、遠くから森全体を轟かせるような咆哮が三人の耳に届き、肩が揺れる。まだ距離はあるが、それでも腹の底から響いてくる。
蓮魅は未来で視たティラノザウルス擬きを想起し、過剰に反応を示すと顔を段々青ざめる。最悪な未来が迫ってくる。
「や、ヤバいヤバいヤバい!? ふ、二人とも早く逃げよう!? あ、あああああの化け物が来る!?」
「ーーっ、ハスミさんそれは一体どういうことですか?」
蓮魅は真っ先に萌衣の手を取って走り出した。それにセシルも追いかける。
「ば、化け物だよ!? ぼ、ボク達を襲ってくる、ティラノザウルスのようなでかい化け物が、み、未来で視たんだよ!?」
「ーー化け物ですか?」
蓮魅が未来で視たティラノザウルス擬きの事をセシルに話すと、信じられないという顔をするが、萌衣と蓮魅の切羽詰まった状況を見れば信じざるを得なかった。
三人は必死に森の中を駆ける。背後から大地を揺るがす、重い足音が徐々に近づいてくる気配を感じる。
蓮魅と萌衣の苦しそうな息遣いをセシルの耳に届く。息が切れ始めている。二人の体力に限界が近い。二人を抱えて逃げる事はできないが、一人だけなら可能だ。しかし、それだと一人犠牲となる。
それにこのまま逃げ続けた所で、ティラノザウルス擬きに追いつかれる可能性が高いだろう。セシルは必死にこの状況を覆すため思考を重ねる。
「ーーきゃあ!?」
すると、萌衣が木の根に足を引っ掛けてしまい、躓いて転んでしまう。手を繋いでいた蓮魅の手と離れる。
直ぐに立ち止まる蓮魅。
「も、萌衣ちゃん!?」
真っ先に萌衣を助けようと駆け出そうとすると、セシルに手を引かれてその場から離れた。
「せ、セシルさんどうして!?」
蓮魅は萌衣を見捨てるセシルを非難し、怒りで声を荒げた。蓮魅の責める視線を受けたセシルは、辛そうな顔をして言葉を紡ごうとした時。
次の瞬間、先ほど蓮魅がいた場所に太く細長い何かが通過し、蓮魅の耳に空を切る音が聞こえた。恐る恐る振り向くと、一つ目がギロリとセシルと蓮魅を睨み付けていた。
「ーーっ!?」
蓮魅は声にならない悲鳴を上げて、心臓を鷲掴みされたような感覚に陥る。セシルも同様。
姿を現した二メートル以上のティラノザウルス擬き。それは蓮魅が未来で視た姿の通り。
一つ目は鋭く、鋭利な牙が剥き出しに、唸り声を漏らしている。二足歩行で、両手から爪が伸びて歪な形。尻尾から棘のようなものが幾つも突き出ている。蓮魅を狙ったのもその尻尾だろう。
ティラノザウルスを彷彿する姿だが、それよりも獰猛で歪な姿をしている。セシルはその化け物を倒せないと直ぐに悟る。
「これはーー・・・・・・モエさんはーー」
セシルの視線がティラノザウルス擬きの足下付近に、青ざめている萌衣を見つける。ティラノザウルス擬きは萌衣の事を気付いていない様子でセシルと蓮魅に視線を向けたままである。不用意に萌衣を助けようと動けば、気付かれて真っ先に襲うだろう。
苦渋の選択を強いられたセシルは一瞬だけ迷いが生じる。
萌衣を一番安全で助かる最善の行動。その一つがセシルの脳内に浮かぶが、それを選択すれば、一時的にティラノザウルス擬きから助かることができる。しかし、その後はどうなるか分からない。
「ーーっ!? ・・・・・・すみません」
セシルがポツリと謝罪を口にする。蓮魅は化け物に気を囚われていたため、セシルの言葉は届いていない。
覚悟を決めたセシルは一度瞳を閉じて数秒。目を開いた時、両目が
「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ティラノザウルス擬きが嘲笑うかのように咆哮を上げる。ピリピリした空気が肌に伝わり、恐怖を煽ってくる。
蓮魅は全身が震えて、身体の言うことが効かない。そんな蓮魅をセシルはお姫様だっこし、その場を跳躍し、木の枝へ乗り移る。すると、ティラノザウルス擬きが先ほどセシルはいた場所へ突進していた。標的を見失い、木へ激突する。根元が曲がった木が倒れる。
セシルは萌衣へ視線を向けるが、このまま助けようと向かえば間合いに入っているティラノザウルス擬きの尻尾が襲い掛かってくる。助けるのは得策では無い。
「せ、セセセセシルさん!? も、萌衣ちゃんを助けないと!?」
「私も助けたいと思っていますが・・・・・・あの化け物の鱗は硬く攻撃が通りません。申し訳ございませんが、私では倒すことができないのです。逃げることが精一杯です」
「え!? そ、それじゃあ萌衣ちゃんは見捨てるの!?」
「それは・・・・・・心苦しい事なんですが、あの化け物の注意は私達に向けられています。このまま化け物を引きつけてこの場を離れるのが、萌衣さんが助かる方法になります」
「で、でも!? 萌衣ちゃんを一人残すなんて、それも危険だよ!?」
「本当は私も助けたいです。ですが・・・・・・私が力不足なばかりに申し訳ございません」
セシルの顔は辛そうに歪められ、心の中で萌衣に謝罪をする。もしティラノザウルス擬きから逃げる事ができれば直ぐに迎えに行くことを誓った。蓮魅も理解しているが、それでも萌衣を置いていく事が許せないでいた。そして自分が無力なことに改めて認識し、悔しかった。
三人が生き残る選択肢をセシルは選び、萌衣を残して木の枝に飛び移ってその場を離れた。
「萌衣ちゃん!!!」
蓮魅の悲痛な叫びが響き、徐々に遠ざかった。その後をティラノザウルス擬きが追いかけていく。
萌衣は一人残され、最悪な事に蓮魅の未来通りとなってしまった。
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