第二十一話 アナテマの覚醒

 代々木公園。

 いつもはランニングや犬の散歩、子供達が走り回る様子などを見かけていた。それが人影は一切無く、不気味な静寂に包まれている。

 X《エックス》の指定した時間通りに豊達は辿り着き、先に着いていた赤津が複数の足音に気付く。振り向いて豊以外の存在も視認し、不服そうな顔をする。


「おいおい、大人数で来るとは聞いてねぇぞ。俺と榎園が殺し合うんだろ? 五対一とか卑怯だろ? 俺に仲間がいないことをいいことによ。話が違うぞエックス


 淡々とした口調で赤津はX《エックス》に文句を垂れる。すると、赤津のスマホにエックスからメッセージが届く。


『それは問題ないよ。私が話した通り、君と彼は殺し合って貰うよ。君たち二人以外は一時的にアナテマを使用できないようにする。邪魔者はいない。存分に君たちが殺し合う様を堪能するといいさ』


「一時的にアナテマを使用できなくするか。そんな事もできるんだな。まあ、それなら確かに俺と榎園二人で存分に殺り合えるな」


 それを確認した赤津は正面にいる豊を凝視する。

 対して豊は赤津という化け物を前にして、いつも通り平然としている。ただ豊と紗瑠以外は赤津の異様な雰囲気に息を呑んだ。


「あ、あれが赤津よね? こうして目にしただけでボク吐きそうなんだけど・・・・・・」


 実際に赤津の未来を視て狂気さを感じていた蓮魅は、赤津を目の前にして未来の出来事を想起し、口元を手で覆って嘔吐しそうになる。

 少しでも気持ちを落ち着くために蓮魅は萌衣に密着し、袖をぎゅっと掴む。

 萌衣も赤津に殺されそうになった事もあり、未だにその時の事が脳裏に過ぎって恐怖が蘇ってくる。ただ豊という安心な人が近くにいるため、恐怖心は和らぎ、少し余裕がある萌衣は怖がる蓮魅を気遣う。


「あ、あの、蓮魅さん、大丈夫ですよ?」


 しがみつく蓮魅の背中をさする萌衣。これではどちらが年上なのか分からない。

 一方、竜斗は目の前に弟の仇を映し、赤津の異様な雰囲気に呑まれつつも、沸々と怒りが込み上がってきた。今すぐにでも殺したい衝動に駆られる。


「お前が赤津か? お前が俺の弟を殺したクソ野郎か?」


「あぁ? 弟? 急に意味不明な事言われても知らないよ。てか君誰? 人を殺した数とか、顔とか記憶にないから俺に聞いても分からねーよ」


「クソ野郎・・・・・・、星崎雅斗ほしざきまさと・・・・・・その名に聞いたこともないか?」


「名前を聞かれても・・・・・・。ああ、そういえば記憶の片隅にそんな名前を聞いたような気がしたな。何? もしかして君が兄貴なの? へー、なら俺に復讐したいとか? 別に俺は構わないよ? 俺が榎園を殺した後に仇取ればいいじゃない?」


 赤津の言葉に竜斗は拳を強く握りしめ、憎悪を宿した目で睨み付ける。黙っていられず竜斗はアナテマを発動させるが、右目は虚しく反応なく、赤津を殺そうにも今の竜斗では無力だった。仇が取れない悔しさはある。舌打ちをすると、代わりに言葉を吐く。


「この手でお前を殺せないのは悔しいな。アナテマさえ使えればテメェを殺してた。・・・・・・ならもう豊に託すしかねぇな。お前一度豊から逃げたそうだな? 案外大したことねぇんだな」


「逃げた? 俺が? そりゃあ二人掛かりで襲われちゃあ逃げるでしょ普通? 勝てない戦闘は逃げる主義なんでね。ちなみに今回は勝てるから来たワケよ。俺のアナテマを知られても俺に勝てるワケないからね」


「・・・・・・」


 ぺらぺらと口が回る赤津は余裕な笑みを浮かべ、豊を挑発する。

 対して豊は余裕な態度で、終始無言で赤津の一挙手一投足を見ていた。


「・・・・・・やっぱりアナテマ使えないわね」


 紗瑠とはいうと、さっさと赤津を殺して終わらせようと思い、アナテマを発動させようとする。しかし、竜斗の時と同様に全く反応がない。紗瑠ができる事は豊を信じる事しかできなかった。

 赤津は豊以外にアナテマを使えない事を確認し終わり、そろそろ焦れた。


「お喋りはこれくらいにして、とっとと殺らないか? それとも別れの挨拶をもう少し続けたかったか? どうせ君が死ぬことになるんだからな。話したりないなら待ってやるよ? これでも俺は優しいからね」


「殺るならさっさと来いよ」


「あ? 何? お別れの挨拶はもういいの? つーか俺は君に先制を譲ってるんだよね。これも俺の親切心なんだけどさ、それを君は無碍にするの? それとも早死にしたいのか? ならお望み通り死ね」


 先に赤津が動き、右目が銀鼠に発光する。

 豊の目の前で空間が切れ目を視認し、それが豊の首元まで伸びる。一瞬の出来事で、切れ目が首元へ死が到達する寸前。

 空間の切れ目が凍結し、豊はその場を後退する。

 一歩遅ければ、赤津のアナテマを知らない豊なら首と身体が分かれて死んでいただろう。

 そんな初手の攻撃に赤津と豊以外、二人の間に一体何が起こったのか理解に追いついてなかった。


「俺の攻撃を止めたからってなんだ? 俺は凄いだろって自慢でもーー」


 ぺらぺらと喋る赤津の言葉が途切れ、いつの間にか自分の足が凍っていることに気付いた。それに舌打ちし、凍り付いた足に空間の切れ目を入れると氷だけを消失させる。再び言葉を紡ごうと視線を上げた赤津は、取り囲むように生成された氷柱が視界に映す。それに動じる様子も無く、赤津は呆れた顔をする。


「お前の力はそんなもんか?」


 豊が挑発したと共に氷柱が一斉に射出し、全方位から氷柱が襲い掛かってくる。同時に赤津の右目がより強く発光し、周囲に空間の切れ目を作る。全ての氷柱が空間の切れ目へ吸い込まれていくが、一部の氷柱は空間の切れ目を避けて赤津の手足を貫く。


「あーいてー。君さ、容赦ないな。というかさ? 俺が喋ってるときに攻撃するとか卑怯だろ? 前回も君、人の話聞かなかっただろ?」


 貫かれた氷柱に痛覚を感じないのか、眉をピクリとも動かず、貫かれた氷柱を抜いていく。血が溢れ、地面を赤く染めていく。

 平然と喋る赤津に気味の悪さを感じ、同じ人間とは思えない嫌悪感に顔を引き攣らせる程。一番赤津の悪意に触れていた蓮魅は口元を抑えて言葉が零れる。


「あいつ本当に人間なの?」


 蓮魅の囁き声は赤津の耳に届き、ギロリと蓮魅を睨み付ける。


「それ酷くない? 俺を人間扱いしないとかイジメじゃん。化け物だと言いたいの? 同じ人間に言うセリフじゃないよね? それさ不快なんだよね」


 蛇に睨まれたように、蓮魅は竦み上がり、口から「ひっ」と悲鳴が漏れた。近くの萌衣にしがみついて、立つのがやっと。萌衣も同様に赤津に恐怖感を覚えているが、蓮魅の状態を目にして少しだけ冷静になっていた。完全に恐怖心を払拭するのは難しいが、しがみつく蓮魅を安心させるように抱きつく。お互い恐怖を和らげるように。


「よそ見とか余裕だな?」


 赤津が蓮魅を睨めつけている間、豊の右目の発光が強まり、次の瞬間、周囲を一瞬にして凍らせる。足下は氷が張られて、近くに木も氷の中に閉じ込められる。蒸し暑さが徐々に涼しさに変わり、温度が下がり始める。

 刹那、赤津は知らぬ間に巨大な氷の檻に閉じ込められていた。

 口を開いたまま赤津は固まって身動きできない状態である。自分が凍り付けにされていることにも気付いていないだろう。

 あとは赤津ごと巨大な氷をバラバラに砕いて終わり。豊が指を鳴らすと、巨大な氷に亀裂があちこちに走り、一瞬にして崩壊する。

 バラバラに散乱する氷を目に一同。その呆気ない終わりに、未だに実感がなかった。


「マジかよ・・・・・・あの赤津を圧倒してる豊って凄くないか・・・・・・?」


「あら? 今頃私の豊の凄さに気付くなんて遅いわね?」


 驚く竜斗に、ドヤ顔を浮かべる紗瑠。

 未だに竜斗は信じられなく、散らばる氷を目に映す。あの狂気な赤津の最後は、呆気ない死に方だ。それは蓮魅も同様で、それを超越する豊に畏怖の念を抱くほどである。


「榎園の方が化け物なんじゃないか・・・・・・?」


「えへへ、やっぱりお兄ちゃんはかっこいいです!」


 各々、豊に賞賛の言葉を贈り、既に決着したムードが漂う。赤津はバラバラになり、散らばる氷の中に存在している。姿を確認したワケではないが、脅威は去って終わったと思っている。

 しかし、豊だけは険しい顔をして、砕け散る氷を凝視していた。


「・・・・・・ーー!?」


 豊は何か気付いて背後の四人へ視線を向け、右目を雪色に発光させる。

 愕然とする四人を余所に、四人を襲う空間の切れ目が凍結し、死を免れる。

 豊に攻撃されたワケじゃなく、四人を助けた。


「あーくそ、バレたか。五月蠅い外野を殺したかったんだが、無理か。でもよく分かったな。俺が四人を殺そうとしていたことを。やっぱ一筋縄にはいかなそうだな。榎園」


 四人の背後から赤津の声が聞こえ、さらに愕然とする。振り返ると赤津の悪意に満ちた顔で嗤っていた。死んでいなかった。

 赤津は氷が砕ける前に空間の切れ目を利用し、自身を移動して身体がバラバラになるのを逃れた。そんな脱出方法を知るのは豊だけだろう。


「アナテマを使えない私達を狙うなんて卑怯ね。そうやって、卑怯な事しなければ豊に勝てないとでも? 本当に貴方ゲスね。虫酸が走るわ」


「卑怯? 最初にお前ら仲間で俺らを殺そうとしてたんだろ? お前らの方が卑怯でしょ? 複数で俺をリンチだからな、どっちが卑怯なんだか」


 赤津のお喋りの間に、豊は四人の前に歩み、瞳は怒りで燃えるも文句は口にしなかった。ただ静かに鋭い眼光で赤津を射貫くだけ。

 豊はこれを想定していなかったワケじゃなかった。


「四人を狙うとは、そんなに俺の事が怖いのか?」


「あ? 違ぇよ。四人を殺されて絶望する君が見たかったんだよ! 何もできず、無力で、仲間を殺されたお前が絶望する顔、見てみたいね? 別にエックスはお前の仲間に手を出してはいけないと言ってないからね。アナテマ使えないのなら、ただの足手まとい。君は守りながら俺と殺し合いをしなきゃならない。じゃあ誰も殺されずに俺を殺す事ができるかな?」


 愉快に嗤う赤津の視線が萌衣へ移す。空間の切れ目が萌衣の首元近くを狙いを定める。下劣な行為に反吐が出る豊は舌打ちをし、萌衣を狙う攻撃を凍結させる。


「ーーひっ!?」


 萌衣へ伸びた死が近く迫っていた事に、豊に助けられて萌衣は理解して顔を青ざめた。小さな悲鳴を上げ、尻餅を着くと、全身が恐怖心に縛られて震えた。真っ先に蓮魅は萌衣を抱いて少しでも安心させる。何もできない蓮魅は歯がみして、自分の無力さに悔しく思った。例えアナテマを使えても、蓮魅の未来を視る力では役に立たない。

 紗瑠や竜斗も同様に無力さに怒りを覚える。アナテマさえ使えれば、萌衣を守ることができる。しかし、今は豊に頼る事しかできない。

 赤津はニヤリと口の端を歪めて、仲間を庇う豊を嘲笑う。


「ーーぐっ!?」


 豊の呻き声を上げた。抉られる痛みを感じた豊は自身の腕へ視線を落とすと、傷口から血が流れ出して手を赤く染めている。

 腕を少しでも動かせば痛みが走る。眇めた豊は赤津の嫌らしい笑みが映った。

 赤津はワザと紗瑠へ視線を移し、次を狙う対象を豊に顕示する。当然豊は紗瑠へ襲う死を回避するため、赤津の攻撃を凍結させる。そして今度は豊の脇腹に空間の切れ目が襲い、抉られる。


「あぐっーー!?」


 豊は飛びそうな意識を必死に繋ぎ合わせて、膝が地面に着きそうになるのを堪える。直ぐに抉られた脇腹は凍らせて止血させて一時的な処置をする。

 その豊の様子に赤津は愉快に口を歪めて、滑稽さに嗤う。


「おーおー、さっきの威勢はどこにいった? そんな痛そうにして、俺を殺すんだろ? 仲間を守りながら俺を殺すなんて無理だろ? 先に君が死ぬんじゃないか? もうちょっと俺を楽しめてくれないか? 俺はどっちかというと、君の仲間を殺して絶望する君を見たいんだ。もうちょっと頑張ってくれよ?」


 多弁な赤津に豊はただただ睨むばかり。

 腕や脇腹から流れた血はポタポタと滴が地面を濡らしていく。傷は凍らせて止血してあるが、これを何回も繰り返されたら豊の意識は保つことができなくなるだろう。これ以上血を流すのは危険。

 最初の状況から一気に逆転される。このままだと確実に仲間が殺される。仲間を守りながら戦うのは不可能。先に豊が倒れる。その後に仲間を殺していく。

 豊はチラリと四人へ視線を向ける。何もできず、一方的に豊がなぶられる様をただジッと見ているしかできず、下唇を噛んだり、拳を強く握りしめたり、悔しげな表情をしている。特に紗瑠は冷血の女王としての表情が表に出て、赤津を今すぐにでも殺さんばかりに睨み付けていた。


「調子に、乗るなよっーー!」


 豊はより強く右目が雪色に発光し、鮮明に幾何学模様が浮かび上がる。

 赤津の手足を一瞬にして凍り付けにする。しかし、アナテマを発動する赤津の手足は何事も無かったように、氷が消失する。そしてまたさっきと同じように口元が吊り上がり、四人の誰かに視線を向ける。


「くそっーー」


 赤津が攻撃する前に、先に豊が行動し、氷柱を赤津へ放つ。


「そんなもの俺に通用すると思ってるのか?」


 氷柱が到達する前に空間の切れ目によって砕け散る。注意が氷柱に向けていた隙に、豊は既に次の手を考えていた。赤津の頭上に巨大な氷が落下してくる。迫り来る影に気付く赤津は気怠そうに溜息を吐いて、巨大な氷を真っ二つに切る。

 すると、赤津の脚や腹部に痛みが襲い、視線を下げると足下から氷柱が伸びて突き刺さっていた。それらを鬱陶しそうに手で払うと、氷柱が砕け散る。自分が負傷しているのも気にせずに、豊の周囲に空間の切れ目が発生すると、次々と豊を切り刻んでいく。全部を防ぐ事ができず、次々と皮膚を抉り、切り傷が増えていき、痛みで意識が飛びそうになる。地面に膝を着く豊。


「ーーっ・・・・・・っ、・・・・・・」


 既に痛覚が麻痺してきて、豊は身体を動かすのも億劫で俯く。


「・・・・・・豊!? ーーっ豊!? 許せないっーー。絶対にっーー殺してやるわ!」


 身体のあちこちに抉られたような傷が残り、痛ましい姿の豊。紗瑠は目に涙を溜めて、下唇を噛みしめてツーと血が流れる。何もできず無力。ただ赤津を睨み、恨み言を吐くしかできず、怒りだけが募っていく。

 竜斗もそういう思いでただ見ているしかできない。


「・・・・・・っ、・・・・・・」


 既に満身創痍な豊は立つこともままならなくて、膝を着くのがやっとだ。仲間を狙われての状態では赤津を殺す事ができない。意識も朦朧としている。

 そんな豊の様子に四人は絶句している。このままでは豊が死ぬ。そして豊が死んだあと、四人も殺される。


「もう終わりか? さすがにそんなんで終わるのはつまらねぇぞ。まあ、先に君から殺すのは惜しいからな。せめて仲間を先に殺してから君を殺す」


 赤津はチラリと四人へ向け、まず最初は今まで殺し損ねていた萌衣を狙う。

 右目が銀鼠に強く発光すると、まずは一人ーー萌衣の首を撥ねる。

 空間の切れ目が萌衣の首を狙いーー死が迫る。


「も、萌衣ちゃん!?」


「・・・・・・っ!?」


 蓮魅の声を上げる声と突き飛ばす音。呆然としていたも萌衣は声にならない悲鳴を上げて、尻餅を着く。ハラリと萌衣の髪が落ちて、それを目にして背筋がゾッと冷たいものが滑る。蓮魅が助けなかったら今頃萌衣が死んでいた。


「庇うね? 数秒生きていたって意味ないでしょ? なら君も一緒に殺してあげるよ」


 今度は蓮魅と萌衣の首を同時に撥ねようと空間の切り目が襲う。

 その寸前、朦朧とする豊の目に萌衣と蓮魅に襲い掛かる死が映る。空間の切れ目が再び凍結し、またもや二人の死が免れて、赤津はいよいよ苛つき始めた。ギロリと赤津は豊を睨めつける。


「もうさ、それつまらないから。もう君では無理だって分かってるだろ? そんな状態で何ができるの? さっさとさ誰か殺して君らの絶望する様を見たいんだよ。・・・・・・ああそうか。君のアナテマを使えなくすればいいのか。確かその右目って潰せば使えなくなるんだよね? ならさーー」


 赤津の嗜虐的な笑み。

 誰もがその意味に追いついて、紗瑠は真っ先に声を荒げて静止の声を叫ぶ。しかし、当然紗瑠の声は虚しく赤津には届かない。

 赤津の右目が発光すると、次の瞬間、豊の右目がぶちゅっという嫌な音が響いた。


「ーーっぐっがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。


 潰れた右目から今までに経験した事も無い激痛が走り、絶叫を上げる豊。蹲って痛みを堪えるように必死に右目を押さえて、口の端からツーと涎が垂れ流す豊の姿は見ていて辛い。

 そんな唯一の希望と言える豊の右目は潰れ、四人は青ざめていた。


「・・・・・・」


 竜斗は絶句し、赤津には敵わないと絶望し。


「おぇ・・・・・・」


 蓮魅は豊が右目を潰される瞬間を見てしまい、嘔吐し。


「お、おにい・・・・・・ちゃん」


 痛みに叫ぶ豊を見て萌衣は何もできず、涙を流して。


「ーー、殺す。絶対に殺す」


 唇を噛みしめた紗瑠は憤怒の形相で赤津を睨み付ける。

 目の前の化け物に何もできず、全員が無力で、抗えず、絶望する。

 そんな様を赤津は悦に浸っていた。

 希望だった豊はもうアナテマを使えず、希望が潰えて、絶望する様がたまらなく興奮して哄笑をあげる。


「ふひひひ、ひゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!! そうだよ! それだよ! 唯一の希望を失った気分はどうだ? もうこれはアナテマを使えない、もう俺の攻撃を防ぐ事さえできない! ただ君たちは死ぬだけだ! おい榎園! 仲間が殺される様を見届けろよ!!!」


 赤津の狂気さは誰にも抗えず、全員は茫然自失となる。誰もアナテマを使えず、ただ死が来るのを待つのみ。

 

 豊は混濁する意識の中、赤津の哄笑が耳に付いてくる。

 このまま仲間が殺される。

 アナテマも使えなくなった。

 豊にできる事はなにもない。

 両親の凄惨な死がフラッシュバックする。

 豊が家に帰って来たときには既に両親は殺され、豊は何もできず、ただ亡骸を目に映すしかできなかった。

 最初はアナテマを使うのも躊躇し、殺すとか、殺されるとか、はっきり人の生死に関わる事に反吐が出た。でもその甘えが両親が殺される事になった。

 力を持っていたのに、何もできなかった。いや、しなかった。


 なら今は?


 仲間を助ける力を十分に持っていた。それでも赤津に到底及ばず、仲間を危険な目に合わせている。このままでは両親のように何もできず殺される。もうあんな想いをするのは懲り懲りだ。力があるんなら助けないと。

 だが右目は失いアナテマは使えない。ならどうすればいい?

 ふと豊は洋輔を殺すときに右目を奪ったことを思い出した。

 今同じように豊も右目を失いアナテマが使えなくなっている。右目を失えばアナテマが使えなくなると豊も思っていたことだ。

 しかし、本当にそうだろうか? 本当に使えないのか?

 それだけで力を使えなくなるのが疑問に残っていた。

 エックスは豊に成長する事を願っていた。それは今まで使っていたアナテマはまだほんの一部の力に過ぎないんじゃないか?

 なら赤津のアナテマどうだ? 使い熟せているが、アレは成長しているのか?

 豊は直ぐに違うと思った。アレはまだ成長していない。

 まだ何かある。

 そう思ったとき、豊の心臓がドクンと高鳴った。

 そしてーー理解した。

 まだ異能力アナテマは成長する事ができる。右目を失ってもまだアナテマを使える可能性がある。それは今の豊なら完全のものとして覚醒する事ができる。

 ならその力を豊は求めた。

 もう誰かが死ぬところをみたくない。

 仲間を助けたい。

 その想いに答えるように心臓がまた高鳴り、左目に幾何学模様が浮かび上がる。

 豊の左目が四人を映す。

 紗瑠が怒りの形相で赤津に恨み言を吐いて、それに赤津はニヤニヤと嗤い、右目が銀鼠に発光していた。紗瑠の首に空間の切れ目が襲う。

 殺されそうになった紗瑠を目にして、豊の中で激しい怒りが沸いた。

 もう右目の激痛が気にならなくなり、満身創痍な身体を酷使し、立ち上がる。ズキンと全身に痛みが走るが、それに構わない。

 空間の切れ目が紗瑠の首が撥ねる寸前で、豊の左目が雪色に発光する。

 空間の切れ目が凍結し、紗瑠の死を回避する。

 そして、周囲が一瞬にして氷に包まれる。上下左右に分厚い氷に覆われて、周囲に冷気が立ちこめる。

 全員が氷の世界に閉じ込められる。


「・・・・・・あ?」


 赤津の顔に疑問符が浮かべた。

 豊はもうアナテマを使えないと。


「・・・・・・ゆ、たか?」


 紗瑠は目を瞬かせて、豊の姿を見る。

 よろよろと立ち上がって、右目からは血がべっとりと顎まで濡れて、左目には幾何学模様が浮かび上がり、雪色に発光している。

 皆は何が起こっているのか理解が追いついていなかった。

 赤津はそんな豊の左目に信じられずに驚愕している。


「何で君、アナテマが使える? その左目はなんだ? 君がこれをやったのか? 何だよそれ? そんなの知らねぇぞ? ふざけるなよ! そんなの聞いてねぇぞ!?」


 余裕な顔をしていた赤津の顔が焦りを見せて、怒りの形相で豊を睨み付けた。

 そして同時に恐怖を覚えた。

 赤津は豊に勝てないと思った。そう思った自分にワケが分からず認めたくなかった。


「・・・・・・」


「なんなんだよ君は!? クソッ! また同じように君の仲間をーー」


 続く言葉がなく一瞬にして氷の中に閉じ込められていた。

 赤津は氷がバラバラに砕かれる前に空間の切れ目の中へ入り、脱出する。

 しかし、移動した先でも赤津は氷の中に閉じ込められていた。

 自分が一体何をされているのか分からず、赤津は理解が追いつかなかった。このままでは本当に殺される。

 焦燥感に駆られた赤津は必死に脱出を試みようと、アナテマを発動しようにも空間の切れ目が現れなかった。凍り付けにされたまま赤津は何もできない。


(ふ、ふざけるなよ!? お、俺が死ぬだと? 死んでたまるかよ!? こんなヤツに俺が殺されてたまるかよ!?)


「死ね」


 豊のその一言により氷に亀裂が入り、赤津は抵抗もできずに、ただ殺される一瞬まで豊を睨み付けるしかできなかった。

 そしてーー凍り付けになった赤津ごと粉々にする・・・・・・寸前に赤津の姿が白い光に包まれて消えた。

 なぜ消えた? 赤津のアナテマではないと確信する豊は思い至る人物を冷たい声で口を開いた。


「どういうつもりだエックス


 すると、何もない空間から文字が浮かび上がった。


『いやいや、なかなか面白かったよ。でも君が殺されそうになったときはハラハラしたよ。よく君は成長できたね。非常に喜ばしい事だ。それと赤津稜玖の事だが、彼が殺されるのは少し惜しいと思ってね。君をそこまで成長したお礼ということで助けたのだよ。だが安心してくれ。この世界には彼はいない。再び君を襲うことはないだろう。ただいつの日か相見えるだろうね。もう助けるような真似はしない。その時は君の好きにしなさい。それと、君の右目、私の方で治しておこう』


 すると、豊の右目に何か不思議な光が発して、次の瞬間に右目が元通りになっていた。豊は何も言わずに続きに目を通した。


『両目合った方が本来の力が発揮できるだろう。ただし、これっきりだ。これ以上私は君を助ける真似はしない。その覚醒した力を手に入れてからが本番だ。今度は最高の舞台を君に用意しよう。楽しみにしてくれたまえ』


 最後まで文字を読むと、ふっと文字が掻き消えた。

 そこで豊は限界が来て、膝を着いた。


「豊!?」


 紗瑠が真っ先に駆けつけて豊を支えた。


「・・・・・・ああ」


「豊、怪我が酷い・・・・・・早く手当をしないと!?」


「・・・・・・」


 朦朧としていた意識が、紗瑠の腕の中に収まった瞬間に意識が途切れた。

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