第二十話 もう一人の仲間

 昼休み時、豊がエックスに提案した事を伝えるべく、紗瑠の家でチームが集まる。

 話を始める前に、まず四人の視線がある人物に注がれていた。当の本人はそれに首を傾げて戸惑いを見せる。


「え? どうしてボクに視線が集まるワケ・・・・・・? イジメでしょうか? ボク陰キャだから視線を向けられると、ちょっといたたまれなくなるんだけど・・・・・・?」


 もう一人の人物ーー蓮魅がしれっとチームに加わっていた。

 蓮魅が来る事は想定外であり、萌衣と竜斗は「誰?」という疑問符が浮かんでいる。当然だが連れてきた豊から何も説明されていない。

 この微妙な雰囲気に蓮魅は豊に「この状況説明してよ!」と目で訴えるが、豊の表情は億劫そうだった。そして、一番豊が面倒に思っていたのは紗瑠である。

 豊が蓮魅と一緒に来たときは、笑顔を浮かべながら豊に根掘り葉掘り蓮魅との関係を尋問されていたのだ。

 帰宅してから終始不機嫌な紗瑠は豊の答えに、未だ納得していない。


「ねぇ、豊に一体何人の女が知り合いにいるの?」


 もう繰り返し問われた質問に対して、疲れた溜息を漏らす豊はくどいと目で訴えて何度目かになる答えを口にする。


「俺に女子の知り合いはいない。そう言ってるはずだ」


 無論紗瑠の中で疑惑は晴れない。豊は茜の存在を開示せず、そして今回も蓮魅という見知らぬ女子までも現れた。それに紗瑠は焦心と不安がのし掛かってくる。

 そんな紗瑠の胸中は、豊に近づく女を排除しようかと、凶悪な事を考えているまである。


「・・・・・・榎園ってやっぱりラブコメ系主人公だね。あ、言っとくけどボクは榎園に興味はないからね? できればそこだけ勘違いしないでくれると助かるかな・・・・・・」


 豊と紗瑠の関係に看取した蓮魅は、紗瑠に意思表示をする。


「そうね・・・・・・今は大丈夫そうだけど」


「いやさ、これからもないんだけどさ・・・・・・」


 閑話休題。

 まずは蓮魅の自己紹介から始めた。占い師であれば豊、紗瑠、竜斗と面識はあり、蓮魅にとっては四人とも既知の事実である。

 紗瑠は友人から進められて一度占い師に訪れている。それに加えて冷血な女王の噂も耳にしていた事もあり、蓮魅は事前に知っていた。

 それから紗瑠と二度出会い、その時に豊と初めて出会った。最初は生意気な態度と目の前でいちゃつかれて第一印象は最低評価だった。ただ同じ陰キャ属性に少し親近感が沸いていた。

 豊とも二度出会う事になり、その時に初めて出会ったのは竜斗である。当然陽キャが嫌いな蓮魅にとって印象も悪く、気に食わない男だった。

 何かと縁のある三人。

 萌衣が死ぬ未来を視たのが発端とも言える奇妙な縁に、蓮魅ははっきりこれ以上関わりたくないとさえ思っていた。しかし、蓮魅には三人に共通する萌衣にどうしても会いたい気持ちが強かった。

 そして今、ようやく念願の萌衣と出会えた。彼女を前に緊張感が高まる蓮魅。

 未来で視たのはきっと運命だったのだろう。

 蓮魅は萌衣をチラリチラリと視線が行ったり来たり、まるで好きな人の前で告白しようとしている感じだった。別に蓮魅は同性愛ではない。ただ小さくて可愛い子が好きなだけである。

 そんな萌衣を前にして蓮魅のもじもじする姿に、萌衣は首を傾げて疑問符を浮かべる。相手は同性のため、恐怖はないし、戸惑いの方が大きい。ただ同じ身長で、同じ体型という身体的特徴に親近感が沸いていた。

 蓮魅は未だにどう声を掛けようか迷いがある。そのため萌衣の方から歩み寄る。


「えっと、小峰さんですよね? よ、よろしくお願いします」


 萌衣に声を掛けられて嬉しさで蓮魅はにやけ顔になる。


「ーーっ、ボ、ボクの事はお、お姉ちゃんって呼んでくれたら嬉しいといいますか、是非ともそう呼んで欲しいというか、はすみんでも可!」


 テンションが上がってくると、鼻息を荒くして蓮魅は自分の欲望を口にする。


「え!? あ、あの・・・・・・? お、お兄ちゃん・・・・・・」


 蓮魅の興奮した姿に慄いた萌衣は、助けて欲しそうな目を豊に向けてYシャツをぎゅっと掴んだ。


「おい、はすみん。萌衣に近づくな」


「榎園に呼ばれたいんじゃないから!? ボクは萌衣ちゃんに呼ばれたいの!?」


 そんなやり取りに竜斗は苦笑いをしていた。


「変なヤツを連れてきたな・・・・・・はすみんって占い師なんだよな?」


「チッ、どうして男共にボクの事をそう呼ばれなきゃならないのよ。というかなんで君はこの陰キャチームの中に一人だけ陽キャがいるのよ?」


「陰キャチームってなんだよ・・・・・・つーか、別に俺は陽キャって程、友達も多いわけでも、グループでつるんでるワケでもないしな」


「え? 君もぼっちなの?」


「その言い方は気になるが、まあそうだな。てかお前、最初会ったときと性格ちがくない?」


「こっちがボクの素だよ。占い師の時は営業用。さすがに素で占い師やってたら、悪い噂が広まって、誹謗中傷、罵詈雑言、学校まで特定されて、陰口叩かれるわ、しまいには上履きに画鋲入れられたり、トイレに籠もってれば上から水を掛けられるわイジメにまで発展するよ。そんな事になればボク泣いて、不登校になってるよ」


 メンタルが弱い蓮魅はそんな未来を想像して、本気で目に涙を浮かべていた。それにどん引きする竜斗はこれ以上声を掛ける言葉がなかった。

 ただ優しい萌衣は蓮魅に同情すると、近づいて手をぎゅっと握った。

 手を握られた蓮魅は「うひゃぃ!?」という変な声を上げていた。


「あ、あの、蓮魅さんはもう私達の仲間ですので、頼ってください!」


 心温かい言葉を掛けられた蓮魅は頬を赤らめて、本能の赴くまま萌衣を抱きしめた。

 突然の行動に困惑する萌衣。


「やっぱり萌衣ちゃんは天使だわ! エンジェル! これからは萌衣たんって言うね? あーもう可愛すぎるよ萌衣たん!? 萌衣たん好きだよ!! ふへへ」


 暴走する蓮魅は「萌衣たん好き! 萌衣たん好き!」と連呼し、しまいには気持ち悪い笑みを零して涎が垂れていた。萌衣はどうすれば良いのか分からず、あわあわしていた。そして萌衣以外は蓮魅にどん引きしていた。


「・・・・・・まあ、アレなら大丈夫よね」


 そしてぼつりと紗瑠は言葉を呟いて一人安心していた。

 ということで蓮魅が正式にチームに加わった事で、さっそく本題に入る。

 豊は昼休み、エックスと会話し、赤津と一対一で殺し合う提案をした事を一同に告げた。

 当然それに竜斗と紗瑠は難色を示していた。

 紗瑠は何の相談もなしに決断した豊に不服な様子。

 竜斗に関しては追い続けていた復讐の相手とようやく出会えたのだ。それを豊が赤津を殺してしまえば、自分の手で復讐を果たせずに終わる。


「それに俺は納得できてないが・・・・・・」


 何も知らない蓮魅は竜斗に怪訝な顔をする。


「それってあいつを殺すのに反対とか? 君さ、あいつの恐ろしさ知ってるの? 未来を視たボクだから言うが、あいつは本当に恐ろしいヤツよ? あんなのが野放しにされたらボクも眠れないよ」


「反対はしてないが、これは俺の気持ちの問題だから気にしないでくれ。それに赤津の問題は俺だけの問題では無い。だから・・・・・・豊、俺の分の仇をお前に託す事になる」


「もともと殺すつもりだから気にするな」


 一旦、竜斗の気持ちの問題は解決し、今度は紗瑠から口を開いた。


「豊の事を信用してないワケじゃないけど、でも一人でアレに立ち向かうのは危険じゃない? 私も一緒に戦わせて欲しいわ」


「俺以外はアナテマが使えなくなる。これは俺が殺るしかないし、それに俺は文句はない。赤津のアナテマも割れているし・・・・・・苦戦する相手じゃない」


 豊はエックスに豪語した事を口にした。

 赤津の空間を切る力を知り、豊のアナテマでも問題なく対処する事はできる。しかし、豊には懸念材料があった。

 赤津と対峙した時、まだ彼は本気を出していない。

 本気を出した赤津には豊は敵わないとさえ感じていた。運が悪ければ明日は豊が死ぬ場合もある。そこまで考えていた。

 当然、エックスを殺すまでは、簡単に死ぬつもりは無い。ただそれなりに覚悟する必要が豊にあった。

 そんな豊の不安に気付いていたのは紗瑠である。口では問題ないと言いつつ、豊は一瞬だけ間を置いて話す癖のようなものがあった。それは不安材料があって思案しているときの癖であり、その癖を紗瑠は知っていた。


「・・・・・・」


 本来なら紗瑠も一緒に戦うつもりだった。でもアナテマが使えなくなると言われれば、紗瑠にできる事は無い。豊が勝利する事を祈るしかできない。

 もう一人、萌衣が豊のYシャツにしがみついて、不安そうな顔をしていた。


「お兄ちゃん・・・・・・大丈夫ですよね?」


 紗瑠同様、近くにいた時間が多かったため、豊の不安が萌衣にも伝わっていた。そんな萌衣に不安を解消するように頭を撫でた。


「取りあえず、このまま根を詰めるのも悪いし、明日のことは一旦忘れようぜ?」


 赤津との戦闘は豊一人の問題となる。豊以外はただ豊の勝利に祈るしかできない。このまま不安を抱き続いても仕方ない。赤津の問題については既に話し終え、竜斗はよくない空気を霧散するように努めて明るく声を上げた。

 それに追随したのが蓮魅である。というよりかは、ただ単に萌衣と話したくてうずうずしていたが正しい。


「そ、それじゃあ萌衣たん? ボ、ボクと親睦深めよう?」


 鼻息を荒くして蓮魅は手をわきわきしながら萌衣に近づく。その姿に萌衣は特に何も気にした様子はなく、笑顔を向けた。

 萌衣にとっては同じ身長、体型ということもあり、蓮魅と仲良くなれることが嬉しいようだ。


「えへへ、蓮魅さんと仲良くなれるのは嬉しいです」


「ふへへへへ、ヤバい、その笑顔天使だ。もういっそボクと結婚しない? 萌衣たんの事養ってあげるから?」


「え? 女の子同士でそんな事できないですよ・・・・・・? 私は普通に蓮魅さんと仲良くなりたいです・・・・・・」


「ぐふっ、こんなボクに優しい言葉を・・・・・・これは夢?」


 二人の様子を尻目に豊は溜息を漏らして、その場から立ち上がり、外の空気を吸いにベランダへ出た。それにすかさず紗瑠も付いていった。

 残った竜斗は疎外感を覚えて、特にする事も無くスマホを取り出した。

 豊は未だに考える事があって一人ベランダに出たのだが、紗瑠も一緒に付いてきて思考を中断する事にした。


「北條といい、小峰といい、私の知らないところで一体何人の女に声を掛けているのかしら?」


「またその話か」


 豊を背後から抱きつく紗瑠は嫉妬していた。どうして豊に女子が寄ってくるのかと。

 紗瑠はすんすんと鼻をひくつかせて、豊のうなじの匂いを嗅ぎながら逞しい身体に、触れて、紗瑠はそうかと納得した。

 最近は体力を付けるために豊は運動を始めて、筋力アップに筋トレを続けていた。それは両親の事件以来ずっと習慣として行われている。

 未だに冴えない印象は残るが、紗瑠から見れば豊は男らしくなっていると思っていた。

 そんな豊の些細な変化に気付いた周囲の女子は、豊の事を狙っているんじゃないかと思い至る。

 しかし、学校での豊は依然として、陰キャでぼっちというレッテルが貼られているため、些細の変化に気付かない人が多い。もしいるとすれば、茜くらいだろう。

 それを知らない紗瑠は危惧していた。それは何としても阻止したいと、割と本気で総府高等学校に転入しようかと思ってるくらいに。


「ふふ、ふふふ」


「おい、息がくすぐったいから離れろ」


 豊のうなじの匂いを嗅ぎすぎて軽くトリップした紗瑠は、徐々に身体が火照っていた。


 ーー今すぐ犯りたい。


 そんな風に思った紗瑠はこのまま始めようかと思うくらいに興奮していた。

 紗瑠の考えている事に豊は溜息を吐いて軽く睨んだ。

 これ以上は嫌われたくないという歯止めから、紗瑠は豊から離れて隣へ立つ。


「いつになったら豊は私に惚れてくれるの?」


「・・・・・・」


 必死にアプローチする紗瑠に、豊は予感をしていた。紗瑠は自分に惚れているのではと。

 以前の豊ならそんな事はあり得ないと否定していたが、今の豊は既に自覚していた。それでも豊は答えない。


 ーーどうして俺なのか。どうしてそんなに求めてくるのか。


 紗瑠が豊に惚れる意味が分からないと思っていた。

 豊は復讐者であり、紗瑠が思うようなできた人間でもないし、惚れられる要素などどこにもない。

 沈黙を続ける豊に対して、紗瑠の気持ちは寂寥感が広がり、豊に欠如している穴を埋められてないと悔しく思っていた。


「・・・・・・そっか」


 豊の心情を悟った紗瑠は一人納得し、それから言葉を続けた。


「なら豊の気持ちが向くまで、私はいつも通り豊のことを誘惑して、接する事にするわ」


「・・・・・・」


 紗瑠の挑戦的な瞳を向けられた豊は、聞きたい事は幾つもある。それに豊がそれを聞いたところで、どんな答えが返ってくるのかも見当も付いている。

 紗瑠の気持ちは変わらず、豊の側にいてくれるだろう。ずっと一緒に紗瑠を見てきたのだから豊は理解しているし、あまり酷なことは言えずに沈黙する。

 返事がないのは紗瑠も承知の上で勝手に続きを話す。


「それと私、結構独占欲が強いのよ? 豊が他の女に目を向けたら嫉妬で何するか分からないわ」


「・・・・・・その時は身を引いて諦めろ」


「嫌よ。何としても手に入れるわよ? 破滅させたり、寝取ったり、躊躇しないわよ?」


 変な女に惚れられたと溜息が漏れる豊は、チラリと紗瑠を一瞥する。

 風で靡く銀髪を手で押さえて、髪を耳に掛ける仕草をする。豊の視線に気付いていた紗瑠は目を合わせて、口元は「ふふ」と妖艶な笑みと共に漏れる。

 その計算によるあざとい姿を豊に見せつける。

 紗瑠が美少女だからこそ映える姿。普通ならそれだけで胸が高鳴ってもおかしくないだろうが、豊は特に何も反応を示さず、外の風景へ目を戻した。

 紗瑠はそれでも構わないと思っていた。豊にあざとい姿を何度も見せて、印象付けることが紗瑠の作戦である。

 本当なら何か反応して欲しいと少し不満はあった。

 二人はしばらく沈黙し、紗瑠はこの無言の時間に満足げな顔をして、恋人のように寄り添った。

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