第十八話 今後の方針

 休日、紗瑠の家にて、チーム全員が集まっていた。

 赤津についてまだ脅威は去っていないため、その事についての議題となる。

 チームの中で竜斗だけが居合わせてなかったこともあり、赤津との事の経緯を最初に情報共有を行った。


「俺のいない間にそんな事になってたのかよ。クソ、俺もそこにいれば・・・・・・」


「悪いが星崎がいても状況は変わらないだろ。赤津の空間を切断するアナテマは脅威だ。俺でも下手したら殺されてた」


「そんなヤバいヤツなのかよ」


「俺と紗瑠、二人がかりでもヤツを殺せなかった。撃退するのがせいぜいだっただろう」


 豊は赤津のアナテマを直ぐに理解し、それに対処してもなお余裕を残していた。まだ赤津には見せてない力が残されているような雰囲気があった。


「あの男今度は必ず殺すわ。私の豊に怪我を負わせた責任は必ず償わせるわ」


 豊の腕には包帯が巻かれている。それを紗瑠は視界に入り、赤津に対して憎悪を膨らませていた。


「でもまあ、萌衣ちゃんの死を回避できたのは大きいよな」


 竜斗の視線は萌衣へ向ける。

 三人の視線を受けた萌衣は豊にべったりで、ぴったりと密着していた。端から見たら兄離れしない妹が甘えている様子に見える。おそらく萌衣もそう見られて嬉しく思っていることだろう。

 赤津に殺されそうになった一件以降、萌衣は豊の事を「豊さん」から「お兄ちゃん」と呼び方が変わり、いつも以上に甘えるようになっている。当然豊は内心それに困惑していたが、萌衣の気持ちを汲んで特に触れなかった。

 そしてその萌衣の変化に紗瑠は少々複雑な様子だった。萌衣が豊を「お兄ちゃん」と呼ぶこと自体、本当に兄として見ていないと確証は得られる。

 ただし、兄妹愛というのは稀にだが、妹が兄を男として好意を寄せることがある。それはずっと一緒に暮らしているから兄の魅力に気付いて惹かれるのだろう。

 ここで問題になってくるのは、豊と萌衣は兄妹ではない事。萌衣はあくまで理想の兄像として豊が候補に挙がっているだけにすぎない。このまま一緒に過ごす機会が増えていくと、何かのきっかけで萌衣は豊の事を男として好意を抱く可能性が高くなる。


(それは・・・・・・まずいわね)


 紗瑠は一人、別の危機感を覚えていた。



「これからどうしますかお兄ちゃん? もしまた襲ってきたら・・・・・・ーーっ」


 萌衣の脳裏には赤津のニタニタと嗤う様子を想起し、身体が強ばった。ただそれも一瞬の事で、密着している豊の温かさや匂いに恐怖は薄れて安心感が生まれた。


「そうだな・・・・・・これからはーー」


 豊が口を開こうとした瞬間、スマホが揺れた。

 嫌な予感に豊はメッセージを開くと、案の定相手はエックスからだった。久しぶりのメッセージである。


『やぁ榎園豊君。それとみんなも。君たちにとっては一ヶ月ぶりになるのだろうか? さて、早速君には新たな舞台を用意した。もう既に会っているだろうね。だけど、花野萌衣が殺されなかったのは予想外だったよ。せっかくの舞台を台無しにしないでくれよ。君はまだこれから成長しなければならない。まあ、舞台に支障が出るわけでは無いので、気にしないよ。それと君は仲間を増やしているようだね。私としては君には孤独であって欲しかったよ。ただまあ・・・・・・面白い事ができそうだ。これも君に与える試練として後々に考えておこう。話を脱線してしまったね。今回の君の前に立ちはだかるのは赤津稜玖、なかなか強敵だったろ? ふふ、二人の殺し合い、楽しみにするよ』


 いつも一方的なメッセージに豊はテーブルにスマホを置く。他のメンバーも豊から送られてきたメッセージを読んだ。


「相変わらず狂ってるわね」


「わ、私が狙われてたのは、やっぱりエックスが・・・・・・。でも私の所にメッセージ来てないです・・・・・・」


 紗瑠は吐き捨てるようにエックスのメッセージを睨み、萌衣は不安から豊の腕をぎゅっと強くしがみついてポツリと言葉を零した。

 今回は萌衣にエックスからのメッセージが届いていない。それを意味する事は赤津と萌衣の殺し合いを見て楽しむことが目的ではない事。


「萌衣にメッセージが来なかったのは元々殺そうとして、赤津に指示を出してた。一方的に殺す場合はメッセージを送るのは不要って事だろう」


 豊は淡々と萌衣にメッセージが送られてこなかった理由を答え、内心では怒りを燃やしていた。

 そして竜斗は豊に届いたエックスのメッセージを凝視して、疑問を口にした。


「このエックスのメッセージ・・・・・・俺達に送られてくるものと少し違わないか?」


「どういうことだ?」


「いやさ、エックスの目的はアナテマ使い同士の殺し合いを見る事だろ? 普通な誰かに狙われているから殺せとか、そんな風に殺すように煽動する。ただ・・・・・・豊から来たエックスのメッセージは・・・・・・与える試練って、お前の事妙に執着してないか? 最初っからこんなか?」


 竜斗の疑問に豊は今までのエックスからのメッセージを思い出す。


「・・・・・・最初は違うが、その後からこいつは俺に、舞台を用意した、試練を乗り越えろ、という同じニュアンスのメッセージが俺の所に届いていた」


 豊は嫌な記憶が想起するも、何でも無いように振る舞って会話を続けた。そんな豊の機微を感取できたのは紗瑠と萌衣だけだろう。

 竜斗は紗瑠へ視線を移して口を開く。


「暁烏はどうだ?」


「そうね。私の場合は、最低な男に狙われている、騙そうとしている、要はりたいっていう男ばかりが私を狙っているから殺せと、そういうメッセージが来ていたわ」


「あー・・・・・・それって豊と最初に出会った時もそんなメッセージが来ていたのか?」


「そうじゃない? でも豊の場合はむしろ犯られたかったかなー。ねぇ豊?」


 紗瑠は豊に流し目を送る。

 妙に艶っぽく意味深な笑みを浮かべ、一般的な男ならそれだけでドキッとさせられていただろう。しかし、豊は至って冷静にスルーした。

 当然紗瑠は不満げな様子である。

 竜斗は藪蛇にならないよう苦笑だけ浮かべ、萌衣にもさっきの質問をした。

 声を掛けられた萌衣はビクッと肩を揺らすが、隣に豊がいることで声を発する事はできた。


「わ、私は最初にメッセージは来てたんですが、紗瑠さんと出会ってから来なくなりました」


「まあ暁烏と一緒なら安全だろうし、エックスも殺し合いさせようとするのは難しいんだろうな。ということは豊だけがエックスのお気に入りなのかもな」


「勘弁してほしいがな」


 心底嫌そうな顔をする豊。

 既に目を付けられてしまった以上、豊には平穏な日常は訪れないだろう。エックスを殺さない限り。


「一度言ったことだが、俺に関わった以上、星崎の身にもエックスの魔の手が伸びる。今回の萌衣の件がそうだ。本当ならこれ以上俺に関わるなと言いたいとこだが・・・・・・」


 豊の視線が紗瑠と萌衣に向け、二人はそれぞれ口にした。


「今更豊から離れるのは嫌よ? それに離れたら追いかけるって言ったでしょ?」


「私もお兄ちゃんと一緒にいたいです!」


 二人の決意は固く、豊は既に諦めていた。


「まあ、俺も乗り掛かった船だし、お前に付いていけば赤津の野郎に復讐はできる」


 どうやらこれからも四人で行動することが多いだろう。豊は「好きにしろ」と呟いて、本題の赤津について話を続けた。


「まずは赤津が俺達を狙っている事だ。これからは一人で行動するのは危険だろう。できるだけ二人以上で行動したほうがいい」


「それは確かにそうよね。でも私と豊、萌衣ちゃんは一応学生だし、その時は一人になるでしょ? 私は一人でも何とかなると思うけど、萌衣ちゃんは危険でしょ?」


「ご、ごめんなさい・・・・・・わ、私だけ役立たずです・・・・・・」


「違うのよ萌衣ちゃん!? 萌衣ちゃんのアナテマに私結構助けられてたし、全然役立たずじゃないわよ!」


 一人だけ戦闘向きじゃない萌衣は申し訳ない気持ちになる。それを紗瑠は慌ててフォローした。


「紗瑠の言うとおりだ。萌衣のアナテマは十分俺達を助けてくれる。そう悲観するな」


 慰めで豊もフォローし、萌衣の頭を撫でた。気持ちよさそうに萌衣は目を瞑り、幸せそうな笑みを浮かべる。まるで小動物のように愛らしい。

 最近豊は自然とその行為をするようになった。その様子を対面にいる紗瑠は羨ましそうに見ていた。


「えへへ・・・・・・紗瑠さん、お兄ちゃんありがとうございます」


「それじゃあどうすんだ? 登下校が一番危険だろ? 豊と暁烏は一人でも大丈夫だが、萌衣ちゃんは誰かと一緒にいた方がいい。最悪赤津の問題が片付けるまで学校を休むとか考えた方がいいんじゃないか?」


「・・・・・・今は普通に過ごす。ただ最悪その事も考えてる。それまでは萌衣を星崎に任せたい」


「俺か?」


 竜斗の視線がチラリと萌衣を一瞥する。萌衣は相変わらず竜斗を怖がっているが、最初出会った時よりか軟化している。


「自由に動けるのが星崎であり、萌衣の事も任せられると判断した。萌衣も星崎の怖がる必要は無い。信用しても大丈夫だ」


「・・・・・・お、お兄ちゃんが信用しているのなら・・・・・・私も頑張ります」


 萌衣は竜斗に視線を向けて、ぺこりと頭を下げた。萌衣の男性恐怖症は少しづつ改善している。豊以外にも自然と言葉を交わすことができればと豊は思った。


「責任重大だな俺・・・・・・まあチームだし、最善は尽くすよ」


 苦笑する竜斗。


「俺と紗瑠はいつも通りだ」


「なんなら私達の前に現れてくれれば、さくっと殺して終わりなんだけどね」


 これからの方針についてこれで固まると、萌衣は豊の事をジッと見て言葉を紡ぐ。


「あの、茜さんは大丈夫でしょうか?」


「・・・・・・」


 豊はそういえばと、萌衣と茜はSNSを通じて割と仲良く会話している仲だった。はっきり言えば、豊は茜の事は関係ないと意識から外していた。そもそも豊の中では助ける義理はなかった。それは柴田も同様。

 ただそれを口にすればきっと萌衣は悲しみ、茜の事も助けて欲しいとお願いしてくる。

 判断に困っていた豊に、紗瑠は言った。


「あんな女に豊には関係ないわよね? 別に私達の仲間じゃないし、助けても私達にメリットなんてないわよ」


 単に紗瑠は茜を豊に近づかせないようにあれこれ理由を付けて、遠ざけようとしていた。これ以上関わってしまったら二人の距離感が縮まってしまうと紗瑠は危惧している。

 しかし、萌衣に甘い豊は渋々といった感じで答えた。


「・・・・・・わかった。一応あの場にいて赤津に目を付けられてしまったからな。それに萌衣の事を助けてくれたお礼もある。茜の事も気に掛けるよう善処する」


「えへへ、ありがとうお兄ちゃん♪」


「・・・・・・」


 紗瑠はたいそう不満な顔をするが、豊の言うとおり、最初に萌衣を助けたのは茜達である。豊が助けると言った以上、紗瑠は何も言えなかった。


「あーその子ももしかして仲間なのか?」


「違うわよ」


 竜斗が知らない名前を聞いて問いかけると、紗瑠は即答した。何か面倒くさい臭いがすると思い、竜斗はこれ以上藪蛇になるため、茜の話題は口にせず、別の話題に変えた。


「チームといやーチーム名はそろそろ決まったのか?」


 以前から保留となっていたチーム名について、三人は何も考えていなかった。意外と名前を決めるのに時間が掛かり、今は赤津の問題もあって考える暇も無かった。


「そうですね・・・・・・。そろそろ決めたいんですけど、ごめんんさい・・・・・・どんな名前がいいか結構迷ってます」


「私達らしいチーム名といえば、豊と愉快な仲間達とか?」


「それはやめろ」


 豊は速攻で却下した。紗瑠は適当に言っただけで却下されることは知っていた。ただなぜか萌衣は残念がっていた。


「俺達らしい名前ね・・・・・・。俺ネーミングセンスねぇーから任せる」


「俺もどうでもいいが、俺の名前を使う事はやめろ」


 男二人はネーミングについては女二人に任せた。とはいえ二人もネーミングを考えるのに困っていた。


「任せられても、パッと思いつかないわよ?」


「私もです・・・・・・」


「別に今決める事じゃないだろ。赤津の問題に片が付くまで保留でいい」


 結局今回もチーム名は保留となった。

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