第十五話 新たな仲間

 休日、紗瑠は豊の来訪にドアを開けると、もう一人の存在に怪訝な顔をする。


「良いところに住んでるんだな」


 豊と一緒にホスト風の男ーー竜斗もいた。

 当然紗瑠は竜斗も来る事は報されていない。


「豊説明」


 紗瑠は不機嫌な声色で豊にジト目を向けて、豊は特に何でも無いように経緯を話した。

 竜斗から連絡が来たのはついさっきの事。赤髪の男について、狙われている萌衣も含めて今後の事を相談したいという旨で、メッセージが送られてきた。

 豊と竜斗の目的は一致している。今後のためを考え、萌衣に竜斗の事を紹介した方がいいと自己判断した。

 当然、萌衣の男性恐怖症は未だに改善されていないが、それを少しずつ慣れるという目的もあった。

 それに竜斗から殺意や悪意も皆無だと感じて、信用してもいいと豊の裁量で連れてくることにした。

 しかし、説明を受けた紗瑠の顔は未だに竜斗を信用しておらず、萌衣と合わせたくないという気持ちである。


「もしこの男が妙な動きをしたら殺せばいい」


「おいおい、それは物騒じゃねぇか? まあ何もしねぇけどな」


「・・・・・・わかったわ」


 紗瑠は不本意ながらも、豊が大丈夫と判断を下したのならと、容認して竜斗を招き入れた。

 三人はリビングへ入ると、先に来ていた萌衣が豊を視界に映した瞬間、パッと花が開いたように笑顔が溢れるが、隣に見知らぬ男が映って笑顔が崩れた。

 そして、素早い動きでマスクを付け、フードを被った。一瞬にして警戒モードとなった萌衣は、豊と紗瑠に非難の眼差しを向ける。


「萌衣、突然で悪かった。ワケあってこの男を連れてきた」


「・・・・・・・・・・・・」


 どういうワケがあるのかと、萌衣の無言の訴えが豊を冷たく見る。

 最近萌衣と一緒にいる時間が多かった事もあり、目を見れば萌衣が何を伝えたいか意思疎通できている。

 豊は苦笑し、言葉を紡いだ。


「まだ話して無かったが、萌衣はある男に狙われている。俺達はそれを阻止するために動いているが、今のところ何も情報がなく苦慮していた。そこでこの男に出会った」

 

 赤髪の男について萌衣に事情を話した。

 本当は萌衣に赤髪の男に殺される未来を避けたい気持ちもあった。萌衣を余計不安にさせない配慮である。

 ただ彼女もアナテマ使い、異常な世界の住人である。その世界に居る限り、豊達には安寧な日常を過ごすことはできない。

 エックスからメッセージが送られてくる事もあり、いずれ知られる情報だろう。それなら先に話した方がいいと豊は思っていた。

 それにここ最近の豊は萌衣に対して過保護な傾向にあり、不安材料はできるだけ避ける方針だった。それが良いか、悪いか判断しかねる問題だが、萌衣はおそらく事情を伝えられず勝手に行動した事に怒るだろうと予想していた。

 豊は今回の件で熟慮した結果、萌衣にも包み隠さずに全て話す方針へと切り替えた。


「・・・・・・」


 赤髪の男に殺される未来を伝えられた萌衣は、自分が殺されると聞かされても、過剰な反応はせず、静かに受け止めていた。

 もし仲間もいない状態で、突然殺される話を聞かされたら、萌衣は取り乱して怯えていただろう。全く恐怖感はないかと問われれば嘘になると思うが、今は豊や紗瑠という頼りになる仲間がいる。それが萌衣に安心感を与えていた。

 この萌衣の逞しさには、豊の両親が殺害された凄惨な現場を目撃した事に起因していた。


「・・・・・・あ、あの、ゆ、豊さんの言った事は、わ、分かりました。ま、まだ男の人が、怖いけど、で、でも豊さんが、いるので平気です」


 とてとてと萌衣は豊の元へ行き、竜斗をチラリと見た後に豊の手を取って二人用のソファーに腰掛けた。いつもの定位置。

 紗瑠はまたしても豊の隣に座れなく、渋々対面に座った。竜斗はどうしようかと、紗瑠の隣へ視線が行くが、紗瑠から近づくなオーラを感じて、それに苦笑した竜斗は床に胡座をかいた。


「突然お邪魔して悪かったな。と、まあ取りあえず俺は星崎竜斗だ、よろしくな」


 先に竜斗は自己紹介をすると、豊と紗瑠は淡々と自分の名を口にする。萌衣はつっかえながら自己紹介を行う。視線は床を向いたまま。


「お前達はチームで動いてんのか?」


 早速竜斗は三人を順々に視線を移すして言った。それに萌衣はビクッと肩を跳ねさせ、それに竜斗は萌衣には刺激しないよう気をつけないと、と思った。


「まあ、そんなもんだ」


「ま、まだチーム名、き、決めてないですよね・・・・・・」


 萌衣はぼそりと呟いた。

 豊はそんな事を話題にしていた事を思い出し、チーム名決めは保留になったままになっていた。別にチーム名なんて必要ないだろと思っていたが、萌衣が決める気満々だったため口にしなかった。


「他にもチームで動いてるアナテマも聞くからな」


「俺達以外でもいるのか」


「お前らは少数で動いているみたいだが、俺の知ってる中では組織や宗教にまで大きくなってるって聞くな」


「そこまでアナテマ使いが存在するのか。お前はどっかの組織に属するのか?」


「いやいや、俺はソロさ。だがまあ、お前らのとこは面白そうだな。俺もーー」


「嫌よ。どうして貴方を私達のチームに入れなきゃならないの?」


 竜斗は豊達のチームに入れて貰おうと思い、言葉にする前に紗瑠が嫌悪感丸出しで否定し、遮った。そう簡単にチームに入れて貰えないと看取していた。断られたらそこで諦めただろうが、竜斗の視線が豊を注視する。

 最初に出会った時から竜斗は豊が気になっていた。高校生にしてはどこか達観し、いつも無味乾燥に周囲を見ている。そして、瞳の奥には微かに感じ取れる憎悪という感情。竜斗はそれを鏡で自分を見ているような奇妙な感覚に囚われていた。

 もう少し竜斗は探る事に。


「このチームのリーダーは暁烏なのか? それとも・・・・・・榎園なのか?」


 竜斗は二人に視線を送る。当然竜斗の中では、豊がチームのリーダーだと思っている。三人は問いかけに、三人が同時に口にした。


「紗瑠だ」「豊よ」「豊さんです!」


 意見は二対一に割れる。

 以前もチームのリーダーにされていた豊は苦虫を噛みしめた顔をして、納得していなかった。


「俺は一言もリーダーになると言った覚えはない。俺より紗瑠の方が適任だろ」


「豊から私達の事を誘ったのよ? ならリーダーは豊がなるべきよ」


「私も豊さんがリーダーに相応しいと思ってます!」


「・・・・・・」


 二人に強く言われて、何も言い返すことができず、間を置いて豊は「勝手にしろ」と答えた。

 奇しくもチームのリーダーが決定した瞬間である。そこで竜斗は口を開いた。


「なら俺をチームに入れてくれないか? 榎園」


 竜斗をチームに入れるかはリーダーである豊に決定権がある。紗瑠の意見は先ほどと同じで、豊に視線で訴える。


「・・・・・・・・・・・・言っとくが俺の目的は赤髪の男じゃない。エックスを殺す事だ。俺に関わった事で、お前の周囲の人間が殺される事もある。ならこれ以上関わらない方が良い」


エックスを殺すか。それは面白そうだな。つーか、俺に関係する人間なんてもういないし、問題ないさ。そういうわけで俺は付き合うぜ?」


「・・・・・・お前のアナテマが知らない以上信用できない」


 入れないつもりで軽く脅したが、竜斗は変わらず引く様子がない。


「俺のアナテマは爆発を操る。言葉だけじゃあ信用ならないんなら、見せても構わないぜ?」


 あっさりと答えられ、豊は長考する。

 エックスの情報はできるだけ収拾したいと考えており、竜斗は他のアナテマ使いと知り合いも多く、役に立つ人物だと看取していた。そして、豊はまだ気付いていないが、竜斗に僅かばかり親近感を覚え、それも後押しした一因でもあった。


「・・・・・・・・・・・・わかった」


 その結果、豊は折れて竜斗をチームの一員になることを許可した。

 それに不満なのが紗瑠である。しかし、リーダーが許可した以上、何も言えずに沈黙した。萌衣については豊の判断に任せていたため、特に文句はなかった。ただ男が入ることに若干の抵抗はあった。


「それじゃあこれからもよろしくな、リーダー」


「それはやめてくれ」


「なら豊だな」


「好きにしろ」


 豊は溜息を漏らした。

 それから竜斗が新たにチームに加わり、今後の問題、赤髪の男について話し合った。


「萌衣は赤髪の男について何か心当たりはあるか?」


 萌衣に心当たりが無いか聞いてみたが。


「えっと・・・・・・ないです」


 頭を左右に振って、赤髪の男が誰なのか、さっそく手詰まりになる。

 竜斗も特徴の赤髪と弟が殺された情報しか知らず、他のアナテマにも聞いても有力な情報は得られていないという。

 ふと竜斗は気になる事を口にした。


「なぁ豊、その萌衣ちゃんが赤髪の男に殺されるって情報はどこから得たんだ? エックスからメッセージも来てないんだよな?」


 それについては紗瑠が説明した。


「占い師よ。最初はエックスの手掛かりを探すために私達は占い師の所に行ったの。そこで萌衣ちゃんが赤髪の男に殺されるって聞かされたのよ」


「占い師か・・・・・・」


 竜斗も占い師についての噂を耳にしていた。

 女子の間ではよく当たると評判である。特に中高生の界隈で恋愛相談を受けて、意中の相手や運命の人と恋人になれたと話題沸騰となっている。

 はっきり胡散臭いと竜斗は思っていて、特に気にも留めてなかった。

 そんな占い師の事を考えていた竜斗を余所に、萌衣はリスのように頬を膨らませて紗瑠と豊に視線にジト目を向けた。マスクをしているから実際はその様子を確認できないが、二人には容易に想像ができていた。


「私だけ仲間はずれです・・・・・・私も豊さんと一緒に出かけたいです!」


「なら紗瑠と一緒に行けばいい」


「むぅ、私は豊さんとも行きたいのです!」


 豊の腕を抱いて、萌衣は上目遣いで自己主張する。その甘えた姿に豊の顔は困っていた。

 純粋な萌衣は豊をお兄ちゃんのように接しており、最近特に甘えた姿を見せる事が多く、豊が戸惑うのも珍しいだろう。


「・・・・・・わかったよ」


 そんな萌衣に甘い豊は最終的に折れることが多い。


「えへへ。豊さんとお出かけ楽しみです♪ それと豊さんのお家にお邪魔してもいいですか?」


「別に俺の家に来ても何もない」


「紗瑠さんは豊さんの家に行ってますよ? 私はダメなんですか?」


「・・・・・・・・・・・・」


 瞳を潤ませる萌衣。それも純粋が故の言動である。萌衣には計算であざとくしているワケではない。ただ、紗瑠の影響は少し受けているだろう。


「勝手に来ればいい」


「えへへ、やった!」


 なんとも微笑ましい会話に竜斗は自然と笑みが零れる。そして、何気なく紗瑠へと目を向けると、竜斗の笑顔が固まった。


「・・・・・・萌衣ちゃんは豊と二人で行きたいワケじゃなく三人で行きたいって言ってるだけで別に気にする必要はないのよねうんでも豊との二人っきりになれる機会が減るからそれはそれでちょっとやだなって思うけど仕方ないけどどこかでプランを練った方がいいわよねそうよねこのままだと私の豊が誰かの物になってしまうわそれだけは阻止しなければでも豊ってば全然私に興奮してくれないし魅力ないのかしら私それとも小さい子が好きなのかな萌衣ちゃんに最近甘いしやっぱり小さい子がいいのよなら私も小さくなれば振り向いてくれるんじゃないかしらそうよきっとそうよああでもどうしたら小さくなれるの萌衣ちゃんの心が豊かに傾いてんじゃないかしら豊をお兄ちゃんって見てるの本当かしら信じられなくなってきたわ私どうすればいいかな妹として見てきた萌衣ちゃんに豊を取られたらどうしたらいいかな」


 暑さでおかしくなって以降、豊に数々のアプローチをするも、どれも手応えがなく終わっている。それに日々懊悩する紗瑠は、壊れつつあり、ヤンデレ化が進行していくのだった。

 そんな虚ろな目で滔々と言葉を吐く紗瑠の姿を目にした竜斗は背筋がゾッとした。


「・・・・・・」


 竜斗はさっと目を逸らした。今のは見なかったことにしようと、忘れる事にした。


「そ、それよりさ、俺もその占い師に会わせてくれないか?」


「それはいいがこの暑さだ、いつどこに占い師が現れるか分からない」


「そっか、ならこっちで色々と探してみることにするよ。何か情報を手に入れたときは連絡する」


「・・・・・・ああ」


 一旦赤髪の男について話し終わると、スカートを履いている紗瑠は脚を組んで豊に声を掛ける。


「ねぇ豊、近々同棲しないかしら?」


 突然の話に豊は怪訝な顔をする。


「・・・・・・なぜだ?」


「わざわざ私の家や豊の家に行き来する必要も無いでしょ? 一緒なら色々と楽じゃない?」


 自分に注意を引くよう豊に話しかけ、見せつけるように脚を組み替える。パンチラさせて勝負下着を見せるのも忘れない。ちなみに今日は赤のレース。


「家が近いんだ。そんな必要はない」


「ふーん、同棲は早いかしら。なら今度泊まってもいい?」


 その紗瑠の言葉に反応したのが萌衣だった。


「お泊まりいいですね! あ、あの豊さんお泊まりしても良いですか?」

 

 萌衣は期待した目を豊に向けた。豊はそれを一瞥し、内心溜息を漏らしていた。


「・・・・・・好きにしろ」


「えへへ、やったー。お泊まり会楽しみです!」


「なら今度三人でお泊まりって事でいいわね?」


 本当は同棲したかった紗瑠だが、否定されると思っていたため急遽作戦を変更した。豊にお泊まりの提案し、それに萌衣が反応する事を計算に入れていた。

 思惑通り、萌衣はお泊まりがしたいと主張し、豊にお願いする。萌衣に甘い豊はそれを断れずに承諾し、晴れて三人でお泊まり会をする約束を取り付ける。

 とはいえ、二人っきりでお泊まり会をしたい気持ちがあった。それを断られると思い、苦渋の選択で萌衣を利用した。段々とやることがあくどくなっていく紗瑠である。

 そして、一人仲間はずれの竜斗は沈黙する。ここで自分が出しゃばるほど無粋ではないし、中高生に混ざるのもどうかと思っていた。

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