第十三話 以前と違う日常
放課後、茜の席に友人達が近寄ってきた。
「あかねっちー、今日どこ行く?」
茶髪のギャルが今日の予定を聞くと、別の桃色髪のギャルが手を上げて答えた。
「カラオケとかどお?」
「いや、あんたそれ昨日も行ったじゃん」
「いいじゃんいいじゃん! みんな歌うの好きっしょ?」
「いやまあそうだけど、あかねっちは?」
再び声を掛けられる茜はチラリと教室を出て行く豊を確認する。直ぐ居なくなるため、用事がある場合は同様に追いかけるしかない。
鞄に必要な物だけを入れてチャックを閉める。
「あーごめん、ちょっとウチ用があるからパス」
「ちょっと、あかねっち最近付き合い悪くない?」
「はっはーん? もも分かっちゃった。カレシできたんでしょ?」
「は? 違うし」
付き合いが悪くなった事に、茜は二人に申し訳ないと内心で手を合わせた。でもアナテマに関して、二人を巻き込むことができない。
「・・・・・・そういや、あかねっちって、あのぼっちの事見てたよね?」
茶髪ギャルは最近の茜の様子に、ふとしたときに視線が豊に向けていることに気付いていた。一度、豊と茜の間に揉め事を起こしている。未だ豊に対して不快感を募らせているのかと、茶髪ギャルが思っていたが、どうもそういう感じではなく別の感情があると見えた。
「はっはーん? もも分かっちゃった。そのぼっちくんに恋、してるんでしょ?」
「ちょ!? 意味分かんないし! 別にそんなんじゃないし。変な事言わないでよね」
「ふーん? でもさ、あのぼっち、最近なんか変わったっていうか、元々どんな奴か知らんけど、雰囲気が変わったって言うの?」
「あれあれ~? ゆいってばぼっちくんに興味津々?」
「ちょっともも黙ってくんない?」
「うぅ~すみません」
茶髪ギャルのゆいと桃色髪ギャルのももの戯れを余所に、茜は席を立ち上がった。
「・・・・・・まああいつも色々あるんじゃない。ということで、お先」
「あかねっちバイバイ~」
「・・・・・・」
ももが元気よく手を振って、ゆいは何か怪しいと疑っていた。
「それじゃあそれじゃあ、ゆいはももと一緒にカラオケ行くことに決定! 二人っきりカラオケとか・・・・・・エロいよね?」
「ももの頭がアレだからカラオケパス」
「えぇ~? やだやだもうゆいでエロい妄想しないから一緒に行こうよ~」
「ももうるさいから黙ってくんない?」
二人の会話を耳にして教室を出た茜。
茜は二人に、今度埋め合わせすると心の中で呟いた。
急いで豊の後を追って、昇降口まで降りると、直ぐに豊の背中が見えた。
「ちょっと、榎園。話いい?」
声を掛けられた豊は振り返って、茜の姿を確認すると、下駄箱から靴を取り出した。
それは暗に、茜の言葉に耳を貸さないという意思表示だった。さっさと履き替えて、そのまま去ろうとした。
その態度に茜は苛立ちが募るも、直ぐにその溜飲が下がり、彼の腕を掴んで歩みを止まらせる。
「ちょ、無視すんなし。話があるんだって」
「・・・・・・俺には用がない」
豊は取り付く島なく、離せと言外に訴えてくる。茜の中で少しだけ怯えを見せるが、心の中で彼なら大丈夫と呟いて、勇気を振り絞って言葉にした。
「あの、X《エックス》っていうワケわからないメッセージについて話がしたいの」
「俺の事を殺せとでも書かれていたのか? それじゃあお前は俺を殺すために呼び止めているのか?」
「え? なんで知ってーー、め、メッセージの事は確かに榎園の事を殺せと書かれてた。でもウチはそんなつもりはない。ただ・・・・・・どうしたらいいのか分かんなくって。事情知ってる榎園なら何か知ってるって思って」
「・・・・・・」
茜もまた被害者。
どうしたらいいのかも分からないのは以前の豊もそうだった。
しかし、他人の事情を聞くほど豊はお人好しじゃない。このまま無視するのが一番だと、豊の腕を掴む手を振り解いて立ち去ろうと考えていると、茜はポツリと言葉を呟いた。
「榎園の両親ってーー」
その言葉を聞いて大体予想できた豊は右目を雪色に発光し、暑かった周囲の気温が一気に下がって肌寒くなった。茜の肩はビクッと跳ねて、怯えた瞳で豊を見た。
「なぜそれを知っている?」
豊の声は凍えるほど冷たく、殺意を込めた瞳が茜を射貫いた。声を上げそうになって、恐怖に縛られ、身体が硬直した。それでも茜は必死に耐えながら、言葉を紡いだ。
「あ、あの・・・・・・も、萌衣ちゃんに、聞いて・・・・・・」
「・・・・・・なぜお前が萌衣の事を知っている?」
紗瑠が誘拐された日。
昇降口まで入ってきた萌衣が、豊に助けを求めてきた事を思い出す。そこには会話の途中だった茜も一緒にいて、豊は直ぐに紗瑠がいる場所へ向かった。
その時に残ったのが茜と萌衣、二人が邂逅した日である。
茜はその時に萌衣と話をしたと答えると、豊は一度目を閉じて、再び開いた時には右目は元に戻った。
「あ、あのさ、話したいんだけど・・・・・・いい?」
豊は溜息を吐いて、長い間が続くと承諾した。
紗瑠に少し遅れることをメッセージで送り、二人は屋上へ向かった。
屋上を出ると生ぬるい風が肌を撫で、日を避けるために二人は日陰に移動した。
「えっと、まずメッセージの事なんだけど、これは一体なんなの? いつの間にか消えてるし」
「X《エックス》は俺達アナテマ使い同士で殺し合いをさせて、それを鑑賞する異常者だ。
そのメッセージは殺し合いを煽動するための手段。今回は俺と殺し合いをさせようと目論んでいたようだが、これ以上は無駄だと判断し、お前にメッセージを送るのをやめたんだろ」
「それってホントに? だってそんな事してもーー」
「固定観念は捨てろ。X《エックス》は殺し合いをさせるためにあらゆる手段を使う」
「それって・・・・・・」
茜は萌衣から少し話を聞いていた。
なぜ豊が急に雰囲気が変わったのか。
そして、豊が言うX《エックス》のあらゆる手段とは、一体何を指して言っているのか。それを連想するのは両親の死。
豊が変わった原因といえる事件、それをX《エックス》は人々から記憶を改竄し、アナテマ使い以外から消え去った。そのためニュースや記事にも話題に上がらなかった。そのためその事件を茜は知ることができなかったが、周囲にそれとなく豊の両親について聞いた。答えは交通事故で亡くなったと皆一様に口にした。
もちろん茜は豊の両親が交通事故で亡くなった事を知らない。
知っているのは萌衣の口から語った、惨い死を遂げたこと。
豊の境遇を知って、茜の目から涙が流れた。
「なぜお前が泣いてる?」
「ぐす、ーーっだって、そ、そんな事情があるとは、思って無くて、ぐす、そ、それを知らずに、っ、え、榎園、つ、っかかって、ぐすっ、ごめん・・・・・・っ」
急に泣き出して茜は、豊の態度が気に食わないからといって、突っかかった事を謝罪した。あの時はアナテマを使って軽く脅そうとも考えていた。茜はあの時の事を深く反省していた。
陽キャでスクールカースト上位の地位に居座り、クラスメイトの女子のリーダー務めて居ることもあり、茜は舐められないためにプライドが高い。しかし、茜は根は優しい女の子である。
「同情はやめろ鬱陶しい。もう帰るぞ?」
「だ、だめっ! ま、まだ、ぐすっ、ききたいことが、っある」
溜息を吐いて豊は仕方なく、泣き止むまで待った。
しばらくして、泣き止んだ茜の目は赤く腫らしている。
気持ちを落ち着いた所で、茜はまさかクラスメイトの前で泣き顔を見られるとは思わず、居心地が悪い気分だった。
恥ずかし気持ちを感じつつ、茜は極力気にしないようにして続きを話した。
「そ、それでさ、そのアナテマって、さっき榎園が使ってたヤツだよね?」
「ああ。だがあんまりアナテマについてはーー」
「ウチのはなんか、猫と同じ身体能力(?)にと言えばいいのかな、アナテマって人によって違うんだね」
豊が口に注意しようとした言葉が遮られ、茜は自分のアナテマを口外する。そんな無用心さに豊は呆れた表情になる。
「自分のアナテマを他人に口外するな」
「え? どうして?」
「誰が聞いてるか分からない状況で、対策されて殺される。そういう事もあり得る。俺がお前のアナテマを知って、何か企むことも考慮に入れろ」
「あんさ・・・・・・そのお前って、ウチ的に気分悪いんだけど・・・・・・。もしかしてウチの名前知らない?」
突然話題が変えられ、豊は本当に分かっているのかと思うものの、別に茜がどうなろうとどうでもいい事だと一蹴した。
「・・・・・・必要ないことだろ」
「アナテマとか、榎園と萌衣ちゃんくらいしか相談できんし、何かあったときに話したいの。それにクラスメイトなんだから覚えて貰わないと」
「・・・・・・」
いつの間にか茜の中で、豊が相談相手として当てにされていた。
豊としてはこれっきりにして、これ以上関わるつもりはなかった。
軽く脅そうと考える。
「これ以上俺に関わるな。X《エックス》が何か企んでいた場合、最悪お前をいつか殺す事だってある。俺を信用しない方が良い」
茜はパチクリと豊を凝視する。その瞳にはもう怯えはなかった。
「・・・・・・萌衣ちゃんの事もそうするの?」
「・・・・・・」
眉がぴくりと跳ねた豊は沈黙した。それは答えているようなもので、その答えに茜は安堵した。
「別にさ、全て榎園に助けて貰いたいってワケじゃないし。自分の事は自分で何とかする。まだ呑み込めてないし、危機感が無いかもしれないけどさ。でも、やっぱりこうして相談相手がいると、安心するからさ・・・・・・だからさ・・・・・・お願いします」
茜が頭を下げて、お願いをする姿を目にして豊は溜息を漏らした。
「・・・・・・はぁー、相談相手なら構わん」
「うん、ありがと。そだ、連絡先交換しよ?」
豊は渋々スマホを取り出して茜と連絡を交換した。SNSの名前の欄は『茜』と表示されている。
「もう用はないだろ」
「名前、交換したんだから分かるでしょ?」
「名字は?」
「別に名前でいいよ。それとも恥ずかしいの? ちょっと性格が変わっても、中身は全然変わって無かったりーー」
「茜、それでいいんだろ」
「・・・・・・うん、まあ・・・・・・・・・・・・よろしく豊」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
豊は遅れて校門を出ると、紗瑠は塀に背を預け、つまらなそうな顔でスマホを弄っていた。そんな紗瑠にチラホラと数人の男子生徒が話しかけている。当然、それに無視、というよりは空気そのものとして扱っている。
ふと顔を上げた紗瑠は視線に気付いて、豊と目が合うと、パッと花が咲いたように喜色満面となる。周囲の有象無象を避けながら豊に駆けよって、直ぐに不満顔に変わり、ジト目を向けた。
周囲の有象無象はそんな紗瑠に相手が居ると知り、豊に対して舌打ちをして散っていった。
「遅い」
「遅くなると連絡したはずだ」
「いつも早く来ていたのに、今日になって遅いのはどうして?」
「別にそういう日もある」
「・・・・・・」
今日に限って遅くなるという連絡が送られた事に、紗瑠の勘が働き、これは何か怪しいと疑いの眼差しを送る。当の本人ははぐらかし、口にすることはなかった。
実際は説明を面倒と感じて、報告するほどでもないと自己完結していただけである。
これ以上追求されないように、豊は先に歩き出した。それに慌てて紗瑠は横に並んだ。
いつもの定位置に、腕が触れ合いそうな距離感。
ふわりと舞った銀髪から甘い花の香りが漂い、鼻孔をくすぐる。
思春期の男子高校生なら紗瑠のような美少女に、必然意識し、胸の鼓動が高鳴っていただろう。
しかし、豊は平常心を維持している。
せっかく、紗瑠はあざとい行動を起こしているのに、反応のなさに不満を覚え、ぴくりと眉が跳ね上げた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
紗瑠の鼻は、微かに別の女の臭いを嗅ぎ取った。瞬時に遅れた理由が女と会っていたと結論づけた。
再び疑惑の眼差しを豊の横顔に向け、臭いを上書きするように腕に抱きついて密着する。ほどよい胸の間に豊の腕を挟み、それを堪能させようと押しつける。
「暑苦しい」
「ふふ、それなら豊のアナテマを使えば涼しくなるんじゃない?」
「そんな事で使わない」
顔色一つ変えない豊に、どうにか欲情して欲しいと、色々と策謀しながら紗瑠はすんすんと鼻をひきつかせる。
すると、肌の触れ合う密着度合いと豊から香ってくる汗の臭いに、シナジー効果が生まれた結果、紗瑠は頬を赤らめて欲情し始めた。
「・・・・・・さっきからなんだ?」
「ふぇ? ーーあ、今日は家に来るでしょ?」
焦点が合ってない紗瑠は努めて冷静に会話をする。
ただし、豊の汗の臭いにより、脳内ハッピーな紗瑠は軽く前戯を済ませていた。
あとは家の玄関で本番を始めるだけと、それを含めて紗瑠は家に誘った。勝負下着は常に履いているし、玄関で直ぐにスカートを捲るだけ。
妄想が現実になる日が近いと、紗瑠はほくそ笑む。
連日30度以上を記録が続いている真夏日である。
紗瑠は暑さでおかしくなっている。
紗瑠の思惑も知らず、豊は紗瑠の家に寄ることを肯定した。
そして道中、豊は周囲から時折視線を感じていた。もう豊はそれに慣れている。視線が向けられる原因は当然紗瑠にある。
ハーフで銀髪の美少女というだけで必然、周囲の目を惹きつけるだろう。その美少女の横にいるのは、目付きが悪い冴えない少年である。
最近は体力や筋力を付けるために、運動を欠かせず、筋トレも始めている。以前と比較し、体格に少し変化はあるが、それでも冴えない顔は変わらない。
そのため、ごく稀に豊が居ても紗瑠にナンパする輩が現れる。
ちょうど二人に近づく他校の陽キャ三人組が登場。豊の容姿を不躾に確認し、自分たちの方がステータスが上だと不敵に笑う三人。
「なぁなぁ君、霧女の生徒でしょ? 可愛いね」
「俺達とこれから遊ばない?」
「金は俺達が奢るよ」
三人は豊をスルーして、紗瑠に話しかけた。
しかし、二人はその陽キャ三人を無視して先へ進んだ。
最初は理解できずにポカンとしていたが、無視された陽キャ三人はイラついた。二人を先回りして、今度は逃がさないように囲った。
「無視とか酷くない?」
「あ、お前はいらないからどっか行っていいよ」
「俺らはその女に用があるんだよ」
懸命に実らない努力を続ける陽キャ三人は、執拗に話しかける。
三人の存在すら認識しておらず、二人は囲まれて道を防がれても歩みを止めなかった。すると豊は目の前にいた男の肩がぶつかる。何事もなかったように去る豊に、肩をぶつけられた男は舌打ちし、豊の肩を掴もうとする。
しかし、それは紗瑠が言葉を紡いで、男の手がぴたりと止まった。
「ねぇ邪魔。貴方達のような底脳な
豊が何かする前に、紗瑠は陽キャ三人を路傍の石ころを見るような白眼視で、淡々と言葉を零す。
陽キャ三人は言葉を失って、茫然自失した。
そんな三人に目もくれずに、二人は何事もなかったように歩き出した。
そんな出来事もあり、紗瑠の住むマンションに辿り着いた。
紗瑠は内心ドキドキしながらエレベーターに入った。今は二人っきり、ここで始めるのも悪くないと思っているとエレベーターは紗瑠が住む階に止まった。少し残念に思いながらも、玄関前まで立ち止まる。
二人は中に入る。
紗瑠は直ぐに鍵を閉めて、早速始めようとスカートへ手が伸びてーー。
「あ! 紗瑠さん、豊さんお帰りです!」
バタバタと小柄の少女ーー萌衣が玄関まで駆けてきて、二人を出迎える。
紗瑠の手はスカートを掴んだままぴたりと止めて、にこりと笑い、萌衣に返事する。
「ふふ、ただいま萌衣ちゃん♪」
内心では非常に残念に思っていた。せっかく今日、初めてを豊に捧げる予定で、記念日も考えていたのにと。
でもまだ猶予はある。いくらでも機会があると自分に言い聞かせて、今日は諦めた。
紗瑠は部屋着など諸々着替えるため自室に入り、豊と萌衣はリビングへ向かった。
ソファーへ二人は一緒に向かい、豊は座ると横に萌衣も座る。心なしか萌衣は嬉しそうな顔を浮かべている。
「・・・・・・どうした?」
「え!? あ、あの、え、えへへ」
萌衣は笑って誤魔化した。一体何を考えているのか分からず、豊はスマホを取り出した。
X《エックス》からのメッセージは一ヶ月前の一件以来、届かなくなった。
それは紗瑠や萌衣も同様で、ここずっと普通の日常を過ごしていた。それが妙に不気味に感じていたが、それより直近の問題は萌衣である。
休日に出かけた際に、占い師の所で萌衣が殺される未来の話を聞いた。それが具体的にいつ起こるかは不明だが、未来は的中すると占い師は言った。
何かヒントでもあればと思い、豊の未来を視て貰った。
そして占い師は三つの未来を口述した。
一つ目が豊と赤髪の青年が殺し合うシーン。
二つ目が豊を仇だと言う少女との会話シーン。
三つ目がX《エックス》との邂逅。
未来が起こる時系列が一つ目から順に来るとなると、直近の問題で可能性があるのが、一つ目の未来になる。
豊は赤髪の青年と殺し合うと言うが、豊はその青年には出会った事は今までにない。殺し合う理由も不明。
もし理由があるなら、それは萌衣の未来にあるだろう。
豊は横に座る萌衣へ視線を向けると、ずっと豊の顔を眺めていた萌衣と視線がぶつかった。以前の萌衣なら怯えた瞳をして、怖がっていただろう。
「あ、あの豊さん? どうしたんですか?」
今の萌衣は人懐っこい笑みを浮かべていた。
マスクは付けておらず、フードも被っていない。セミロングの髪は首を傾げた時に揺れ、小動物のような無邪気な顔がきょとんとしている。
「最近何か周囲に変化はないか?」
「変化ですか? えっと・・・・・・まだ豊さん以外の男の人が苦手ですけど、でも以前よりはちょっと大丈夫になりました」
「それは・・・・・・いいことだが、どうして俺だけがなんとも無いんだ?」
「豊さんはお兄ちゃんみたいで優しいからでしょうか?」
「ーーっ」
不意に萌衣の口からお兄ちゃんと呼ばれて、豊は声を詰まらせた。その様子に萌衣は慌てて謝罪をした。
「ご、ごめんなさいです! そ、そんなつもりはなかったんですが、ごめんなさい・・・・・・」
情けない姿を見せてしまい、萌衣に気を遣わせてしまった。豊は自分の事を叱咤した。
それから豊の腕が伸びて、萌衣の頭を優しく撫でた。
「気にする必要はない。これは俺の問題だ。それに、萌衣にそう思って貰えて嬉しいよ」
「あ、あぅ・・・・・・えへへ」
頭を撫でられた萌衣は頬を微かに赤く染めて、はにかんだ笑みを浮かべた。
「豊、萌衣ちゃん、おまたーー」
タイミング悪く紗瑠がリビングに入ると、豊に頭を撫でられて、はにかむ萌衣の姿を目撃した。
不意打ち気味でそれを見せられ、紗瑠は内心焦りを見せたーーが、冷静に考える。
萌衣は豊の事を「お兄ちゃん」という枠でしか見ておらず、恋愛感情は芽生えないはずと、冷静に分析する。それを脳内で数秒にして結論にいたり、気持ちを落ち着かせた。
そして、同時に紗瑠は思った。
(私も頭撫でられたい・・・・・・)
そんな欲求が襲い、直ぐに行動に移した。
すたすたと紗瑠は豊の目の前に正座し、頭を差し出しながら上目遣いで豊を見つめる。
「なぁ紗瑠、話ならそこのソファーに座ったらどうだ?」
紗瑠の気持ちも知らず、目の前で正座する紗瑠を訝しんで、豊は対面のソファーへ目を向ける。
当然不満なご様子で、彼女の視線が正面に座る二人へ注ぐ。
二人掛けのソファーのため、紗瑠が座るスペースは当然無い。
萌衣は紗瑠と違い、純粋に豊と一緒に座りたいがために隣にいる。決して紗瑠のような邪な考えはない。
萌衣を妹として見ている部分もある紗瑠はグッと堪えて、対面のソファーに渋々座った。
「ねぇ豊」
ふと紗瑠は名案が思い浮かんだ。
今豊の対面には紗瑠が座っている。そして、紗瑠は今スカート。履き替えた下着は黒。
それならスカートを捲って豊に見せつければ良いのではと思った。
そしてもう一度言おう、暑さで紗瑠の頭はおかしくなっている。
紗瑠は萌衣がいるにもかかわらず、それとなくスカートを捲って豊に見せつける。
「なんだ?」
「もう夏だし、もうすぐ夏休みだよね?」
「そうだな」
「みんなで海行きたいわね?」
「あ、海いいですね! 豊さん、一緒に海行きたいです!」
「・・・・・・息抜きも必要か。考えておくか」
「ふふ、海楽しみね♪」
「みんなで海行くことなかったので、嬉しいです!」
萌衣も豊と同様にぼっち歴が長かったため、友達と海に行く経験はなかった。今回が初めてとなる。
「水着用意する必要があるわね。豊はどんな水着がいい?」
「別に何でもいい」
水着と聞いて萌衣は自分の貧相な胸へ視線を落とした。それから紗瑠の胸へ目が行き、溜息を漏らした。それから豊を上目遣いで聞いた。
「あの豊さん・・・・・・わ、私でも女の子っぽいでしょうか?」
「? 萌衣は十分に女の子だろ」
「うぅ、ありがとうございます・・・・・・あ、いえ、豊さんは胸の小さい子はどうなのかなって・・・・・・」
徐々に言葉を小さくして呟き、豊に問いかけた。さすがに隣にいるから声は聞こえていた。ただ返答に困った豊は当たり障りのない言葉を紡いだ。
「別に気にしなくていい。萌衣の魅力に気付く人がいつか現れる」
「そう、ですね・・・・・・えへへ」
二人の会話に紗瑠は沈黙する。あくまで萌衣は豊を「お兄ちゃん」枠でしか見ていない。そう言い聞かせて、気持ちを落ち着かせる。それにさっきからスカートを捲ったままなのに、豊は一度も下着を見なかった。
掴んでいたスカートを離して、紗瑠は思案する。
「豊は小さい子が好きなの?」
「なんだいきなり?」
紗瑠は直球で核心を突く質問をする。もう豊の気持ちを知ろうと躍起になっていた。
「どうなの?」
「俺はロリコンの趣味はない」
「ふーん?」
豊の言っていることは本当の事だと知り、プランを練っていく。
「あの紗瑠さん、そろそろ夕食の準備しませんか?」
時計は17時を過ぎている。萌衣の言うとおり夕食の準備をする時間帯だ。一旦プランを練るのを中止した紗瑠は立ち上がる。
萌衣も一緒に立ち上がり、キッチンへ向かった。最近は三人で食べることが多く、紗瑠と萌衣が料理をしていた。
そんな二人の姿を目にして、一瞬だけ豊は哀しい気持ちになった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おう、剛またな」
「ああ、また明日」
部活を終えた柴田は友人と別れた。
時刻は19時を過ぎて、街灯で道を照らし、柴田は鞄を肩に背負い、周囲に人は歩いておらず、一人帰路に着いていた。
すると突然右目に激痛が襲った。
「ぃっつ!? な、なんだっ!?」
徐々に痛みが増して、膝を着いた。右目を押さえた柴田は必死に痛みを堪えた。やがて徐々に痛みが引いていく。一体自分の身に何が起こったのか。
サッカーの練習中に何かしたかと思い起こすも心当たりはない。それか病気を疑ったが、柴田はいたって健康状態であった。
痛みが治まると、柴田は立ち上がる。
「一体何なんだこれ」
最近イラついていた柴田は余計にストレスが溜まる。もしかするとストレスが原因で、突然右目に激痛が走ったのかと思った。これ以上、痛みも再発する事がなかったため、気にしないことにした。
しかし、一つ妙な事があった。
それは知らない記憶が刻まれていること。
「は? んだよこの記憶」
それはアナテマの使い方についての記憶だった。
柴田はワケが分からなかったが、取りあえず試しに使って見た。
右目に幾何学模様が浮かび、
「・・・・・・は?」
本当にアナテマが使えて、柴田は愕然とした。目の前にはさっき柴田がやってみせた地面が沈んでいる。
「マジかよ」
柴田は困惑し、直ぐにこの力は危ないと判断した。もしこれを人に使えば簡単に人が殺せてしまう。それに恐怖を覚えた。
一旦、アナテマについてこれ以上使わずに、これからどうしようか考える事にして、沈んだ地面を横目にその場から離れた。
すると今度はスマホが鳴った。
確認した柴田は眉を顰めた。それは知らない人からのメッセージ。
『やぁ、
そのメッセージを読み終わって、柴田は怒りを覚えた。
最近豊が気に食わなくて、苛立って突っかかることが多かった。何か痛い目に合わせることができないか考えた事もある。もしその事に豊が目障りと思っていたら?
メッセージには第三者に指示して、柴田を殺そうと企んでいる。
ばかばかしいと思う反面、豊ならあり得そうと思ってしまう。何を考えているのか分からず、陰キャなら絶対に俺を排除しようと考えるはずだと。
しかも自分は直接手を出さず、第三者が手を下す。その事に柴田は腹正しく思った。
「あいつ!? 自分では何もできないからって、他の人にーーっ!? 絶対に許さねぇ!」
柴田は帰宅する前に、豊を探しに行くことにした。
冷静に考えれば、あり得ないと一蹴できた内容のはずだが、それほど柴田には余裕がなかった。
彼はX《エックス》の思惑通りに動いてしまった。
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