第十二話 占い師との出会い

 梅雨も明けた7月の初旬。

 燦々とふりそそぐ太陽の光が強い主張をしていた。年々気温も上昇傾向にあり、7月でも30度を超える事が当たり前となっている。太陽の主張も控えて欲しいと皆熱望しているだろう。

 そんな茹だるような暑さの中、Tシャツにハーフパンツという露出度が高く、涼しげな格好で歩く少女がいた。肩には竹刀袋を背負っているのは謎だろう。

 周囲に目が引く銀髪、外国人風の顔立ちで、額には汗一つ無い美少女ーー暁烏紗瑠あけがらすしゃるは機嫌を良くしていた。

 その一因となる紗瑠の手には一つの鍵を持っていた。それを眺めて時折「ふふ」と笑みを零す。誰もが見惚れる可憐な姿。

 スキップ気味で紗瑠はとある家に辿り着く。

 玄関前でニコニコと幸せな笑みで、彼氏の部屋に初めてお邪魔するような緊張感を覚えていた。鍵を開けて玄関を開けると、こっそりと中の様子を窺い、人の気配がないのを確認してから中へ入った。ヒールを脱いで、まずはリビングへ向かった。

 竹刀袋を脇に置いて、持参していたエプロンを付ける。

 キッチンに立った紗瑠は冷蔵庫を確認して、脳内で献立を決める。

 彼女となれば朝に味噌汁は外せない。あとは簡単に焼き魚やポテトサラダを作ろうと、手早い動きで材料を揃えて、料理に取りかかった。まるで夫に料理を振る舞う妻って感じがして、紗瑠は鼻歌をするほど機嫌が良い。


「~~♪」


 数十分で朝食の用意を済ませた紗瑠は満足げな顔。それじゃあ次は夫を起こす、それも妻の務めである。

 紗瑠は二階へ上がった。そして、とある部屋の前で立ち止まる。


「ふふ、ふふふ」


 自然と女の子がしてはいけない不気味な笑みを浮かべて、そっとドアノブを捻り、音を立てずにドアを開ける。

 忍び足で中へ侵入し、ドアをゆっくりと閉めた。

 紗瑠の視線が目標のベットへ注いだ。そこには当然豊が横になっている。紗瑠の気配には気付いておらず、起きる様子もない。ゆっくり進むと、床が軋む音がして止まって再び豊へ視線が向く。まだ起きない。

 再び歩を進み、豊のベッドまで近づく。


「豊の寝顔・・・・・・ふふ」


 豊の寝顔を見て、今すぐにも襲いたい衝動に駆られるが紗瑠はグッと堪え、気持ちを落ち着かせる。取りあえず寝顔写真が欲しいとスマホを取り出してカメラを起動する。

 この写真だけ何回夜お世話になるのか、紗瑠は思った。

 最高のアングルに収めるために数秒間悩んで、これ以上は起きてしまうとベストポジションを決めてシャッターボタンをタップした。

 カシャリ。

 シャッター音と共に豊は目を覚まし、右目が雪色に発光する。紗瑠は慌ててその場から離れた。すると目の前に氷の柱が生成される。一歩遅かったら紗瑠は氷の中に閉じ込められていただろう。

 シャッター音を鳴らしてしまったのは失敗だった。今度から無音カメラで撮った方がいいと反省し、紗瑠は何もなかったように朝の挨拶を交わした。


「おはよう豊♪ 朝食できてるよ?」


「・・・・・・なぜここにいる?」


「そんなの朝食を作りにきたのよ?」


「・・・・・・まあいい」


 写真の件を普通にはぐらかす紗瑠に溜息が漏れた。

 豊は何か撮られていたことは、知っていたが消去するよう言ったところで、紗瑠は消さないと分かっていた。だから諦めて何も言わなかった。

 紗瑠のスマホから視線を外し、豊は立ち上がって部屋を出て行こうとする。が、ドアを開けたまま立ち止まり、紗瑠に振り返る。

 なぜか後を付いてきておらず、紗瑠はベッドの傍らに立ち、小首を傾げていた。

 それに疑問に思いながら豊は口を開いた。


「今度来るんなら普通に起こしてくれ」


 それだけを言って部屋を出た。

 豊の背を見送った後、開けられたドアを凝視する。閉めるべきか、閉めないべきか。その二択を瞬時に後者に決め、紗瑠の視線がベッドへ注いだ。

 さっきまで豊が寝ていたベッド。

 紗瑠は豊の部屋の中に入っただけで、胸の鼓動はドキドキと鳴っていた。微かに感じる男の子の匂いは鼻孔をくすぐり、紗瑠の頬が朱に染めた。

 部屋の中だけでも理性を堪えるのが精一杯、もしベッドの匂いも嗅いで堪能したらどうなる? きっと紗瑠の理性が保てなくなるだろう。


「はぁ・・・・・・豊のベッド・・・・・・はぁーーあぁ、豊・・・・・・」


 別に理性が保てなくてもいい。

 それより豊のベッドを堪能したいと、無意識にハーフパンツを脱いで、我慢が限界に達してベッドの上を俯せになり、枕に顔を埋めた。


「すぅーーっん!? ーーっぁ、ん。はぅーー・・・・・・」


 紗瑠は匂いを嗅いだ瞬間、身体がビクンと震え、痙攣したように身体が揺れた。紗瑠の目はトロンとし、脳内はハッピーになって、豊の名前を連呼した。今すぐにでも自分を慰めたかった。

 もうそこにいるのは美少女の皮を被った変態である。


「ゆたかぁーー・・・・・・」


 手が腹部から徐々に下がっていく。

 下に豊がいるのに何をやっているのか。理性が飛んでいた紗瑠はぴたりと手が止まった。

 豊のために朝食を作り、今豊は一人で朝食を摂ることになる。

 そこまで至った紗瑠はギリギリの所で枕から顔を離した。枕にはツーと涎の糸が伸びて、紗瑠の涎で汚れてしまっている。

 未だに頬は上気し、興奮状態だが、豊と一緒に朝食を摂って、夫婦のような会話がしたいと、頭をふわふわする中で思った。

 泣く泣く豊のベットから離れ、涎を拭った。


「はぁーーはぁ・・・・・・、今は豊と一緒にいることが優先よね」


 紗瑠の顔はとても酷く、豊に見せられない顔になっていた。

 部屋を出て行く前に紗瑠は枕とタオルケットへ視線を向けた。枕は涎で汚れて、何をとは言わないがタオルケットも汚れている。そういえばと紗瑠は下着姿の自分を見て、これはヤバいと思った。

 一先ず、タオルケットと枕カバー、ベッドシーツを洗濯するために取り外し、豊のパンツと脱いだハーフパンツを拾って、それらを手にして部屋を出た。

 階段を降りて、浴室へ向かうと、三点を洗濯機へ放り込もうとして、手が止まる。もう一度匂いを嗅いでから中へ入れた。


「・・・・・・これ持って帰りたいわ」


 名残惜しそうな顔で呟いて、苦渋の選択の末、洗濯することにした。下着を履き替えてハーフパンツを履くと、自分の下着もついでに洗濯機に放り込んだ。

 そして紗瑠は何事もなかったようにリビングへ入ると、豊が椅子に腰掛けて紗瑠を待っていた。


「何やってた?」


 豊の訝しげな視線に紗瑠は冷静に答えた。


「豊のタオルケットとか汗臭いから洗濯しようと思って、浴室へ行ってたわ」


「そんな事までする必要はないだろ」


「私がやりたいからやってるの」


「・・・・・・好きにしろ」


 何とか言い訳がバレずに済んだ紗瑠は豊の対面に座った。

 二人はいただきますと言葉にしてから、朝食に手をつけた。

 豊は黙々と紗瑠が作った料理を咀嚼していく。その様子をチラチラと紗瑠が窺っている。最初こそ気にせずに食べていた豊だが、あまりにもしつこいと感じた。


「さっきからなんだ?」


「私が作った料理・・・・・・美味しくないのかなって」


「紗瑠の作るものは美味しいよ」


「ーー、だって何も言ってくれなかったし・・・・・・デートの時は褒めてくれたでしょ?」


「いつも食べてるのに、毎回褒めなきゃならないのか? 言わなくても美味いし、毎回言う必要はないだろ」


「そっか・・・・・・」


 豊の胃袋はもう紗瑠の料理に慣れてしまっている。料理で攻めても、豊の胃袋は紗瑠の物となっている以上、効果は薄いだろう。プランを変更して、別の攻めた方をするのが賢明だろう。

 しかし、豊と出会って一ヶ月ぐらいは経っている。

 未だに豊から告白される気配はない。それも、とある事件がきっかけで豊の性格が変わったせいだろう。

 紗瑠は周囲をキョロキョロと視線を走らせる。本来なら豊の両親もいたはずの家。

 今では豊一人で暮らしている。

 紗瑠のプランでは、今頃豊の両親にご挨拶し、生まれる予定だった赤ちゃんに会う予定のはずだった。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 豊は両親の死を受け入れ、心の整理は付いているだろう。だけど紗瑠も同じく両親を亡くしているから、豊が未だに過去に縛られていることは知っていた。気持ちはよく分かる。だから、紗瑠は豊の側にいて、過去の呪縛を解き放つためにあれこれとお世話をしている。


「豊の今日の予定は?」


 豊にはまだ時間が必要だろう。もしかするとX《エックス》を殺すまでは呪縛は解けないかもしれない。なら紗瑠はずっと側にいて、豊の居場所になれるようアプローチを続けるしかない。

 そのためには豊の今後の予定を聞く必要もある。


「ああ・・・・・・」


 豊はX《エックス》の手掛かりを最近探していたが、そもそもメッセージ以外で痕跡は残っておらず、探すのは難しい。

 それでも豊はどんなに些細な事でもX《エックス》を探したいと、躍起になっているように見えた。

 そんな様子を側にいた紗瑠は当然知っている。ヒントの一つもなく、手詰まり、これ以上無理をさせるのはできないと思っていた。でも紗瑠は側にいるくらいしかできない。

 今日も当然豊はX《エックス》の手掛かりを探す予定だった。

 それにどうしようか悩んでいると、ふと紗瑠はある事を思い出した。


「手掛かりではないけど、占って貰ったどうかな?」


「占いで探せるヤツじゃないだろ」


「普通の占いなら無理だけど、私が知ってる占い師はおそらく異能力アナテマ使いよ」


「どんなアナテマを使うんだ?」


「それは分からないけど・・・・・・多分占いに関する事かしら? 心が読めるとか?」


「・・・・・・それでヤツを探すヒントにならないだろ」


「でも一度占ってみたらどうかな? あの占い師結構当たるって評判みたいよ。私も・・・・・・当たったし」


「それはコールドリーディングで実際に、当たったと思い込まされたんだろ」


「それって相手の外見や会話から言葉巧みに情報を得て、相手の事を言い当てるとかでしょ? 私もその心理テクニックなら知ってるけど、その占い師とは占って欲しい事以外は会話がなかったわよ」


「・・・・・・なら本当に心を読めるアナテマかもしれないな。だが今のところ手掛かりがない状態だ、行ってみるか」


 今日の予定が決まり、二人は朝食を摂り終わると出かける準備をした。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 豊達は渋谷駅から少し離れた、紗瑠が占い師に会った場所に来ていた。

 人通りは疎らで、駅前と比べて断然に快適な場所である。

 紗瑠は記憶の中で怪しげなテントを思い浮かべて、それを頼りに占い師がいる場所を探していたが、見つからない。


「確かこの辺のはずなんだけど、どこだったかな・・・・・・」


 キョロキョロと周囲を見渡すが例のテントはどこにもない。


「評判が高いなら人が並んでいる可能性があるはずだ」


「それがあまり人が並んでなかったりするんだよね。私が行ったときはすんなり占って貰えたし」


「よく分からん占い師だな」


 正午前ということもあり、朝より気温は上昇し、一歩歩いただけで汗が流れてしまう。探し回るのも体力を削られるし、これ以上は諦めようと豊は考えていた。

 占い師もこんな暑い日の中、占いをしないだろう。


「豊飲む?」


 水筒を持参していた紗瑠は豊に渡した。さすがに喉が渇いていたため、豊は水筒を受け取り、飲み口に口を付けて水分を補給した。冷たい麦茶が喉を潤し、五臓六腑に染み渡り、おいしく感じた。

 豊は水筒を返すと、受け取った紗瑠は、ごく自然な流れで水筒に口を付けて水分補給した。

 そう、紗瑠が求めていたのは間接キス。

 豊の視線は周囲へ向けられていて、紗瑠が飲み口に口を付けているのを見てなかった。そして何事もなかったように水筒を仕舞う。

 もし豊が紗瑠の間接キスしていた場面を目撃していたら、頬を赤らめて、あざとく自分の唇に指を触れて「あ、間接キス・・・・・・」と、意識させようと計算していた。

 これは失敗に終わるが、紗瑠的には間接キスできただけで結果オーライである。


「これ以上探しても無駄になる。それにこの暑さだ、道ばたで占いはしないだろ」


「そうかもね。それじゃあこれからどうする?」


「これ以上歩き回るのはやめよう。帰るか」


 特に成果もなく二人は帰路に着こうと思った時、公園の木の下に怪しげなテントが立っていた。

 豊は紗瑠に確認を取ると、間違いないと首を縦に振った。

 二人は近づいて、中へ入った。すると、正面にはテーブルの上に水晶が置いており、置くにローブを被った占い師が座っていた。

 如何にも怪しい。

 二人の来訪に気付いた占い師は顔を上げて二人の姿を映し、そして、聞こえないように舌打ち。


「いらっしゃい。何を占いますか?」


 若い女性の声。

 豊は答えずに占い師を観察する。ローブで相手の素顔は確認できないが、体型は萌衣と同じ小柄な少女だと推測できる。

 それに占い師から感じ取れる力。

 しばらく凝視していると、占い師は豊達に声がなく困惑していた。


「豊?」


 豊が占い師を凝視しているから、それを怪しんだ紗瑠はジト目を向ける。

 両者からの視線に、これ以上は失礼だと豊は言葉を紡いだ。


「単刀直入に聞くが、お前はアナテマ使いだな?」


「ーーっ!?」


 占い師の肩がビクッと揺れた。

 そして、占い師は怯えで瞳が揺れて、恐怖で固まってしまう。どうするべきかと考えた所で、殺されてしまうと。占い師は勘違いをしていただろう。


「X《エックス》のメッセージとは関係ない。お前にただ聞きたい事があってきた」


「・・・・・・? 君はーー」


 占い師は恐る恐る豊と紗瑠の顔を見た瞬間に、予想外の遭遇をしたような驚いた声を上げた。その事に豊は気にするも、自分の聞きたい事を口にした。


「俺はX《エックス》を探している。その手掛かりを探すためにお前に会った。もし何かヒントがあれば教えてくれ」


「・・・・・・X《エックス》の事なんて知らないよ。どうしてボーー、私の所に来たの?」


「お前のアナテマを頼りに来た」


「私のアナテマの事知ってるの?」


「知らない」


 豊の即答に占い師は、なぜ知らずにアナテマを頼りに来たのかと、呆気にとられた顔をした。ただ、占い師はできないと答えはしなかった。二人の姿を確認して、少し考える素振りをする。


「貴女、私を占って当ててくれたでしょ? それなら豊の事もさくっと占って、X《エックス》の居場所当てられる事だってできるでしょ?」


 紗瑠の言葉に占い師は内心では「そんな事出来るワケないでしょ!? バカなの? ボクのアナテマはそんなに万能じゃないんだからね! というかボクの前でイチャイチャするなし!」と、言葉にしたかったが、グッと堪える。


「残念ながらそれは難しい。居場所を当てることはできないけど、これからどんなことが起こるか占ってあげる。ただし条件がある」


 未来を視るーーそれが占い師のアナテマ。

 占い師のアナテマは万能ではないけど、これから起こる未来について視ることは可能。ただし、それを使うには制限もあったりする。

 それと簡単には相手の未来は視ない。それなりに報酬は頂くつもりである。それは金銭でもあるが、今の占い師はそれ以上に大事な事を頼みたいと思っていた。

 それは占い師が偶然視た未来、ある少女が殺される未来。


「その条件を呑んでくれるんなら、占ってあげる」


「・・・・・・分かった。条件とはなんだ?」


「ある少女が殺される未来を視たの。その子のことを助けてあげて欲しいの」


「どんな少女だ?」


「・・・・・・えっと、確か小柄な少女? だったような気がする。他には・・・・・・ごめんなさい、うろ覚えでどんな特徴かも分からない」


 夢から覚めて直前の事なら、夢の内容は漠然と分かるが、時間が経つと忘れてしまう。未来を視る時もそれは同じ。そのため占い師はもうどんな特徴があったか思い出せなかった。微かに覚えているのが小柄な少女、霧葉女学園の制服を着た紗瑠という情報だけだった。


「小柄な少女・・・・・・お前の事じゃないのか?」


 小柄な少女なら占い師でも当てはまる。

 豊は遠回しに自分の事を助けて欲しいとSOSを出しているんじゃないのかと疑った。しかし、占い師はそれを否定する。


「ボーー、私じゃないよ。というかなぜ私が小柄だって分かるのよ・・・・・・」


「他に当てはまるのは萌衣ちゃんとか? もしかするとX《エックス》からメッセージが来てる可能性が高いかも」


「・・・・・・ふーん、萌衣ちゃんって言うんだ」


 占い師がポツリと呟いた。まだ夢の中の少女が萌衣と確定したワケではないが、紗瑠と一緒に居るなら、可能性は高かった。


「・・・・・・もし萌衣ならその未来を回避しなければならない。その相手の特徴はないのか?」


「そんな事言っても覚えてないよ」


「もう一度未来を視る事はできないのか?」


「残念ながら未来が現実になるか、回避するまでもう一度視る事ができない」


「貴女、思ったより使えないわね」


「ぐっ!?」


 紗瑠の一言が突き刺さり、占い師は呻いた。それは自分でも自覚していた事実である。

 未来を視るには制限が掛かっており、未来が現実になるまでもう一度視る事ができない仕様となっている。それとたまにだが、睡眠中に未来を勝手に視る事もある。それが今回の少女が殺される未来。


「なら俺の未来を視ろ。もしかすると萌衣を狙う手掛かりがあるはずだ」


「まあ、条件呑んでくれたし、いいよ」


 占い師がジッと豊を凝視し、右目に幾何学模様が浮かび、月白に発光する。

 豊の未来が占い師の脳内で映像として流れ始める。

 まず最初に視えたのは、赤髪の青年と豊が会話しているシーン。お互い物騒なことを口にして殺し合いを始めた。直ぐにその映像が途切れて、そこで終わった。

 本来なら占い師が視る未来は一つだけ。

 しかし、次に別の映像が流れた。

 なぜ二つ目の未来を視る事ができるのか、占い師は戸惑うが、それは一旦置いといて、豊の未来に集中した。

 映像は見慣れない場所、周囲に異国風の建物が並び、その街の中で見知らぬ少女と豊が会話しているシーン。会話の内容は途切れ途切れで聞き取れない。気になる点は所々あるが、それよりも一番気になったのは少女の瞳に憎悪を宿し、豊を睨み付けていた事。

 最後に少女は「ーーの仇!」と聞こえ、映像はそこで途切れた。

 すると、これで終わりかと思えば、また映像が流れた。

 豊の正面に誰かが存在するが、暗くて相手を確認できない。ただ豊はその相手にX《エックス》と呼び、一瞬にして映像は終わった。

 三つの未来。

 今まで占い師は一回に未来は一つしか視る事がなかった。それが同時に三つの未来を視る事は初めてだった。

 なぜ豊だけ未来を三つも視る事ができたのか、占い師は理解しかねる。

 興味深さから占い師は豊の事をジーと見つめていた。


「・・・・・・ーーっ!?」


 刹那、ゾクリと占い師の背筋に冷たいものが走った。

 これは殺気。占い師は豊の横にいる紗瑠へ視線が移ると、冷たい瞳が占い師を突き刺していた。


「ーーぃ!?」


 脳内を全て覗かれているような気味の悪さを感じた。


(怖い怖い怖い!?)


 口元は優しげな笑みを浮かべているが、目は笑っておらず殺意が含まれている。

 占い師は必死に営業スマイル。ただ、ぎこちない笑みであった。

 そして、内心では「え? 何この子、笑顔浮かべながら目が笑ってないんだけど? え? ボク殺されるの?! 怖いんだけど!?」と動揺していた。

 占い師は肩を震えながら豊にさっき視た三つの未来を話した。


「それはこれから起こる未来、最初に話した内容が直近で起こるって事でいいのか?」


 最初に話した未来が赤髪の青年と豊が殺し合うシーン。


「多分そうだと思う。一度に三つも未来を視た事はないし、これが初めてだったからね。でも何となくだけど、私が話した順番がこれから起こる未来だと思う」


「赤髪の青年・・・・・・」


「豊はそれに心当たりはあるの?」


「俺に友人がいないから心当たりは全くない」


 初めて出会う青年。豊の中では萌衣を狙っている人物じゃないかと推測していた。豊と青年が殺し合う理由があるとすれば、それは相手が好戦的か、仲間が狙われたからか。そのどちらかでしか豊は戦う理由がなかった。


「赤髪の青年には注意した方がいいな。萌衣だけじゃなく紗瑠も狙われかねない」


「豊が私の事守ってくれるなんて嬉しい♪」


 豊が何か言いたげな視線を紗瑠に向けたが、言葉を呑み込んで次の未来について言葉を紡いだ。


「次の未来だが・・・・・・これも全く心当たりがない。なぜ俺が仇だと思われているのか分からんが、その女に恨まれるようなことを俺はしたんだろう。いや、これからするのか」


「その女の子もそうだけど、私が気になったのは場所というか」


「場所?」


「海外というにはちょっと違うような・・・・・・ファンタジーっぽい感じ? その女の子の服装もファンタジーっぽいローブのようなもの着てたし、あーでも日本人っぽかったんだよね」


「よく分からんが、俺がその場所に行く予定があるって事だろう」


「私豊と一緒に海外に行きたいかも」


「海外か・・・・・・」


「もちろん萌衣ちゃんも一緒に、仲間と海外旅行とかしない?」


「そうだな、機会があれば考えとく」


「えへへ、楽しみ♪」


「・・・・・・急にイチャイチャするなよ」


 占い師はぼそっと呟いて、二人のイチャイチャっぷりに反吐が出そうになった。

 それから最後の未来について、豊が最も求めていた情報だ。

 しかしーー。


「俺がX《エックス》に出会う未来。ただ情報が少ないな」


「その未来は一瞬だけだったし、映像というか声しか聞こえなかったし」


「・・・・・・そうか」


 最終的にX《エックス》と出会うなら必死になって、手掛かりを探す必要もなくなってくる。それに今の豊がX《エックス》を殺す事ができる力を持っているのか。それは既に豊の中で答えはある。

 絶対にX《エックス》には敵わないだろう。

 一先ずはアナテマの練度を高める事が先決でもある。そこまで急ぐ必要はない。

 豊の中でこれからの方針を軌道修正し、現状はアナテマを使い熟すこと、目の前の問題を解決する事に注力する事にした。

 豊は有力な情報をくれた占い師に感謝を述べた。


「お前に感謝する」


「別にこれは商売だし、気にしないで」


「商売か。いくらだ?」


「いいよ。条件と引き替えだからお金は取らない」


「そうか。・・・・・・お前のアナテマは役に立つな。もしーー、いや何でもない」


 もしあの事件が事前に未来を知っていて、回避する事ができれば。

 そんなIF話を一瞬想像したが、直ぐに豊は無意味だと一蹴した。仮に知っていても、あの時の豊では回避するのは難しかっただろう。

 一瞬だけ垣間見せた豊の悲痛な表情。

 それを見た占い師は豊の過去に何かあったことを悟る。余計な事は言わずに沈黙する。

 そして紗瑠は努めて明るい声で言った。


「それじゃあ豊、占いも終わったし、これからデートしよう♪」


「こんな暑い中でするもんじゃないだろ」


「もちろん、ファミレスとか家とかでもデートはできるよ? 色んな場所を見て回るだけがデートじゃないからね」


「なら好きにしろ」


「はぁい♪」


 そんな二人の甘い世界を見せつけられ、我慢できなかった占い師は愚痴を零す。


「・・・・・・だからボクの前でイチャイチャすんじゃないよ! てか何なの? 見せつけられてんの? 陰キャでぼっちなボクに対する嫌がらせなの? ムカつく! ボクだって可愛い女の子とイチャイチャしたいってのに!」

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