第二章 新たな脅威

プロローグ

 とある場所に怪しげなテントが立っていた。

 中は薄暗く、入って直ぐに丸い水晶を置いたテーブルがあり、奥にローブを被った小柄な少女が座っている。

 女子高生の間で噂になっている占い師。なんでも十中八九、未来が当たると話題で、恋愛や仕事など何でも言い当てるほどの実績があった。ただ、占い師は神出鬼没で同じ場所には留まっておらず、不定期で渋谷のどこかに現れるという。

 そんな占い師は一人、正面の水晶を注視し、最悪の未来を視ていた。

 目を閉じた占い師の脳裏には、とある映像が映し出され、鮮明に視えてくると、突然それは起こった。

 小柄な少女がある男にあっけなく殺される場面。リアリティあるその映像に占い師は気分を悪くした。

 占い師はそれを映画のワンシーンを観ているような感覚で、割り切っていた。

 最初はそんな生々しい映像を視せられた時、さっきのように気分を悪くし、吐き気が込み上げてくることもあった。実際に嘔吐して周囲から引かれたこともあるが、それも過去の話。

 もう何十回も視せられて、さすがに慣れてきた。人が死ぬシーンに慣れるとはおかしい事を言ってるが、元々占い師はちょっとおかしかった。

 今回も他人が殺される未来を視た占い師は、また殺されたかと冷めた感情で思い、特に気にする事はなかっただろう。

 ただ占い師はその殺された小柄な少女の事が気になっていた。

 知り合いでもないし、会った事もない少女である。それでも占い師はそれを見過ごすことができない理由があった。

 占い師が視る未来は必ず起こってしまう出来事。

 ただし、それを回避する事は可能であるが。

 それには問題がある。

 まず占い師にはそれを回避する力がない。それと回避するには殺される少女に出会う必要もある。もしくは少女の関係者でもいいだろう。

 力を持たない占い師が未来を回避するには、人の力を頼らなければならない。

 もしこれが自分の事であれば、例え力がなくとも未来を回避するのは簡単だろう。


「どうしよう・・・・・・」


 占い師が他人を助けたいという気持ちが芽生えるのは、珍しいことである。普通なら諦める。

 それでも諦めたくなかったが、少女とは会ったこともない。助けるのはほぼ不可能と言ってもいいだろう。悩んだところで無駄。知らないフリをするのが正解だろう。

 それを分かっていても占い師は何とか変えたい気持ちが強かった。


「すみませーん。占い、いいですか?」


「・・・・・・はい、何を占いますか?」


 一旦思考を中断し、いつもの営業用の接客で対応する。

 占い師は声を掛けられたお客さんに目を向ける。


「それじゃ~恋占いでお願いします!」


 占い師の指が一瞬ぴくっと動いたが、危うく零れそうな言葉を呑み込んだ。落ち着いた声で対応し、占い師は水晶を注視する。お客さんの目は水晶へ注がれ、占い師の右目は幾何学模様に浮かぶ。

 お客さんは突然の発光に、何かの演出で水晶が輝いていると勘違いしている。

 実際は占い師の右目が月白に発光していた。

 この占い師もアナテマ使いである。

 脳内にある映像が映し出される。映像が流れて、先ほどのお客さんの姿が視えた。お客さんは霧葉女学園の生徒らしく、遅刻しそうになって慌ただしく走っている様子だった。

 そして曲がり角を曲がった時に総府高等学校の男子生徒とぶつかった。


(なんだよこのベタな展開は!? は? 普通に考えてリアルでそれはあり得ないでしょ!?)


 占い師は内心吠えた。

 そんなべたべたな展開は漫画でしか起こらず、絶対にリアルでは起こりえないシチュエーションだと。それを実際に未来で視せられていた。文句を言っても映像は勝手に流れる。

 最終的には二人は付き合うことになった。

 占い師は苦虫を噛み潰したような顔で、未来で視た事をお客さんに告げた。お客さんからには、当然ローブを被っているから占い師の表情は見えない。

 お客さんは占い師にお礼を言って、料金を支払うと、お客さんは満足げな笑みで去って行った。


「これだから陽キャは嫌いなんだ」


 ぼそっと呟いて、占い師はさっきのお客さんの事を忘れて、さっき中断していた思考を再開する。

 といっても結論は既に出ている。

 占い師だけでは少女を助けることができない。

 せめて少女と接点ある人物が登場してくれれば、微かな希望があっただろう。

 そう思った瞬間にあることが引っ掛かった。

 占い師は殺される少女の未来を思い返して、その映像の最後、少女が殺されてしばらく経った時、誰かが少女を殺した男の前に立っていた。

 その誰かとは、さっきのお客さん同様に霧葉女学園の制服を着ていた。

 一度占いに来て、その時に運命の人が現れるとか言った覚えがあった。

 それに同じアナテマ使いということも。

 ただ問題はどう会うかだ。


「・・・・・・困ったな」


 再び現れることを期待するしかなかった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 占い師が視た少女ーー萌衣は紗瑠の家へ向かう途中だった。いつものマスクにフードを被って、歩いているとふと違和感を覚えた。

 周囲に人影がない。


『ーーえ? こ、これって』


『こんな所に一人か? 一人は危ないぞ? 何が起こるか分からんから、俺も一緒に付いていこうか?』


 突然声を掛けられ、ビクッと肩が震えた。萌衣は恐る恐る声の方へ向けると、青年がニタニタと嗤っていた。


『ーーっ、ーー!?』


 恐怖心に縛られて萌衣は声が出なくなった。

 その悪意に満ちて、嗜虐心に笑うその青年と萌衣の父親が重なる。

 怖い。助けて。

 萌衣は心の中で紗瑠や豊に助けを呼んだ。


『どうした? なぜそんなに怖がってる? 俺がそんなに怖い人間に見えるか? あぁ、残念だよ。親切心から声を掛けて、危ないから一緒に付いていこうと言っても、怖がられるなんて。俺は悲しいよ。あぁ。それじゃあ誰か助けを呼べばいいさ。声出るか? ほら助けてくださいって言ってごらん?』


『ーーっ、ぁ・・・・・・』


『声も出なくなったか。助けも呼べずに残念だな。くくく、くくくく、じゃあ助けが呼べなかった。君はどうなると思う?』


『や、やめーー』


『お? 声が出るじゃないか。その調子助けを呼ぼうか? まあ助けを呼んだところで、無意味だけどね。俺のアナテマで瞬殺さ。君もアナテマ使いなんだろ? なら助けを呼べないなら、アナテマを使って俺を殺せばいいさ。ほら、待ってやるよ』


『や、めてーーっ』


 萌衣は身体が硬直し、足も震えて立っていられず、地べたに座り込んでしまった。必死に声を振り絞って、懇願する。その姿に青年は興醒めした。


『あーこれはダメだ。終わったな。つまらんな。恐怖に支配されたら何もできねぇよな。必死に頭を垂れて助けて助けて、やめてくださいって懇願するしかできない。君さ、それで相手は殺すのを止めると思ってるの? それとも自分はか弱い女の子だから助けてくれると思ってるの? あー、何でもしますので助けてくださいって言えば、男なら助けてくれるヤツもいるかもね。性欲のはけ口にされて壊されるかもしれないけど。君はそれでもいいの?』


『い、いや、だーーっ、や、めてーー』


『アレも嫌これも嫌、はぁー・・・・・・』


 青年は懇願する萌衣を蹴り飛ばした。


『ーーあ、ぐぅ、うぅっ!? ・・・・・・っげほ、い、いっ、たいーーっ』


 青年の爪先が萌衣の脇腹に突き刺さり、苦悶した。目には涙が流れ、痛みに堪えている。そんな萌衣に躊躇なく、青年は萌衣の頭を踏んだ。


『ぁう、ぐっ、い、や・・・・・・っ、や、やめーーって』


『泣いて助かるとか、そんな甘っちょろい事考えるなよ? 俺を殺さない限り、やめないし、殺される。抵抗するなら抵抗しろよ。アナテマ使えば助かるかもよ?』


『い、やーーっ、たすけて、ーーおね、がいっ。しゃ、しゃる、さんーーっ、ゆ、たかさんーーっ』


『はぁ、他人任せかよ。つまんね。マジでつまんね。じゃあもう死ねよ』


 青年の右目が銀鼠に発光すると、萌衣の身体が真っ二つに分かれて何が起こったのか知らずに萌衣は死んだ。

 そして一歩遅く、紗瑠と豊が現れ、死んだ萌衣が視界に入りーー。

 占い師が視た未来はここまでとなる。

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