第十一話 舞台の幕引き
岩倉に指定されたビル。そこまで辿り着いて豊はビルを見上げてテナント募集と書かれた階を睨み付ける。そこに紗瑠が捕らえられている。
中へ入ろうとした途端、チンピラ風の男が現れ、下卑た笑みを浮かべていた。
「よぉ? ボスがお待ちかねだぞ? つーか一人で来るとは、お前に何ができるとーー」
言葉が途切れ、チンピラ風の男は氷の中に閉じ込められた。
「なっ!? て、てめぇーー!」
それを目撃したもう一人のチンピラが姿を現し、銃を放った。岩倉からは生きて連れて来いと命令されていたため、足を狙って歩けないようにしようと思っていた。
銃弾が豊の足を貫こうとする前に、氷の壁に阻まれた。男がそれを目にした瞬間に最初の男同様に氷の中に閉じ込められる。
他にも周囲に数人いる男達を凍り付けにする。
豊は何事も無かったようにビルの中に入った。
階段を上り、目的の階に着くと、豊の視界の先にはドアが開いていた。
薄暗い中、部屋に入ると不気味な雰囲気が漂っていた。周囲に人の気配があり、ある一点にはベッドが一つ置かれている。その上に紗瑠の姿があった。その顔は普段の紗瑠とは違い、冷酷な表情をしている。すると誰かの気配を感じた紗瑠が顔を上げて、豊の姿を目に映すと嬉しそうな笑みで声を上げた。
「豊!」
紗瑠には外傷もなく安堵する豊は、視線を横へ移した。ベッドの傍らには岩倉の姿がある。ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべ、自分が優位に立っている事からの余裕な笑み。
歓迎の拍手を送り、周囲に乾いた音が響いた。
「よく来たなぁ? まさか一人でのこのこ来るとは、思わなかったよ。所でよぉ、下で手厚い歓迎をしてやったはずだが、なぜお前は無傷なんだぁ?」
「ああ、邪魔だから殺した」
「・・・・・・テメェ、また俺の部下を殺して、ただで済む思ってんのか?」
「紗瑠を返して貰う」
岩倉のドスの利いた声にどこ吹く風、豊はさっさと紗瑠を返して貰い終わらせようと思っていた。
「・・・・・・チィ、それはできねぇな。テメェを半殺しにしてから、テメェの前でこの女を犯す予定なんだ。彼女を犯されるのを目の前にしてどんな気分なんだろうなぁ?」
「・・・・・・それが狙いか」
豊に焦燥感はなく、どこまでも冷静、岩倉はそれが面白くないと感じた。
それに岩倉は写真で確認した時とは、明らかに雰囲気が違う事に気付く。その変化の原因が洋輔であることは事前に耳にしていた。
ただそれでも洋輔が殺された事に納得がいかなかった。
岩倉ほどではないが、洋輔はアナテマを十分に使い熟せていた。アナテマに開花して間もない豊に遅れを取るとは思えない。
こうして対峙しても岩倉なら楽に殺す事ができると確信していた。・・・・・・しかし、妙に胸をざわつかせていた。
「テメェもアナテマ使えるんだろ? 悪いがここにいる連中は俺以外にもアナテマ使えるんだ。余計な事をしてみろ? この女の命は無いと思え」
豊の余裕な態度、それが岩倉にとって懸念点。
ただ岩倉以外もアナテマ使いは数人いる。豊一人では何もできない。
「・・・・・・」
紗瑠の生殺与奪は岩倉の手にあり、豊は手が出せない。
もちろん、岩倉は紗瑠を殺すつもりはなかった。彼女の容姿を見れば、一度は味見したいと思うほどの美少女。犯さずに殺すのはもったいないと岩倉は思っていた。
彼氏の前で無理矢理犯され、泣き叫ぶ彼女の姿、そして無力さに抵抗すらできず、目の前で知らない男に犯される絶望する彼氏の姿。それを想像した岩倉は興奮で、舌舐めずりした。
そんな豊は岩倉の脅迫にアナテマを封じられ、無抵抗も同然。
「まずはテメェにケジメつけなきゃらなねぇよな?」
「・・・・・・」
豊は周囲へ視線を走らせた。人数、その中に含むアナテマ使いの数。常時であれば誰がアナテマ使いか確認は難しい。ただし、豊は感じ取ることができる。直ぐに人数を把握した。
(あの男以外に三人、さすがにどんなアナテマを使うまでは把握出来ないが・・・・・・)
岩倉は豊を睨めつけ、彼の背後に控える部下に目で合図を送った。指示を受けた部下の右目が緑色に発光すると、豊の足下からツタが伸びて、手足を拘束する。特に抵抗する素振りを見せず、拘束された豊は岩倉に鋭い眼光を向ける。
「こんな事して意味あるか?」
「あぁ? ・・・・・・なんだテメェのその目は?」
拘束されてもなお余裕な態度の豊。それに岩倉は少し焦燥感に駆られた。
優位に立っているのは岩倉の方であり、多数を相手に豊は何もできないはず。それなのに目の前の少年は終始落ち着いていて、薄気味悪さを感じていた。まるで窮地に立たされているのが岩倉の方だと錯覚に陥る。
そして数々の修羅場を生き抜いてきた岩倉の勘が囁く。
こいつは危険だ、直ぐに殺せと。
「妙なマネすんじゃねぇぞ?」
「なら紗瑠をはなせ」
「チッ」
岩倉は予定変更して先に動いた。右目を白銅色に発光し、豊に見えない力が上から迫ってくる。氷の壁で防ぐ豊だが、押しつぶす力が増して、氷の壁が砕かれる。豊は自分の手足に絡まるツタを凍らせて粉々に砕く。自由となって咄嗟にその場から離れた。
「おめぇらこのガキを殺れ!!」
その間、岩倉は直ぐに指示を飛ばす。
しかし、銃声の音やアナテマが発動する気配がない。周囲を確認する岩倉は唖然とした。
いつの間にか岩倉以外が凍り付けにされ、粉々にされていた。
肌には冷たい空気が撫でられ、寒気を襲った岩倉は部屋の中に冷気が充満しているのに気付いた。
一瞬にして形勢が逆転されていた。
それに驚く暇なく、豊の右目が雪色に発光しているのを視界に入り、直感的に岩倉はその場から離れる。
さっき居た場所に氷の柱が天井まで伸びて凍り付けにしていく。一歩遅かったら氷の中だ。
「チッ! てーー」
眼前には幾つもの氷柱の切っ先が岩倉に向けられている。全方位から氷柱が岩倉を捉え、次の瞬間に射出された。
舌打ちした岩倉は氷柱が到達する寸前で、岩倉を中心として見えない力に阻まれ、徐々に範囲を広げて、全ての氷柱を粉々にする。
「氷か・・・・・・それがテメェの力か」
「お前の力は斥力のようだな」
豊はいつの間にか、拘束されていた紗瑠に近づいて手足を自由にしていた。
「ありがと豊♪ アレどうする? 殺した方がいいと思うけど?」
紗瑠の右目が紅藤色に発光し、近くにあった銃を手当たり次第浮かせる。
「紗瑠のその力とあいつの斥力では相性が悪い。俺が殺る」
「それは残念」
銃を発砲したところで岩倉の斥力では無力。アナテマを解いて、紗瑠はベッドに腰掛けて傍観する。
「俺の力を知ったところで、おめぇに何ができる?」
「・・・・・・悪いがお前のようなヤツは野放しにできない」
「はっ! 俺を殺るってのか?」
豊の背後に幾つもの氷柱が生成される。それはさっきと同様に岩倉には通用しない。
岩倉は駆けて、豊へ肉薄する。氷柱を一本一本射出するが、見えない力に衝突し、岩倉には到達できず、氷柱が粉々に砕け散っていく。
「あんまり調子に乗るなよっ!」
「ーー」
一メートルまで近づかれ、岩倉は拳を前へ突き出した。当然攻撃は届かない間合いに豊はいるが、見えない力が近づく気配を感じた。
咄嗟に氷の壁を張って防御するも、氷の壁はあっけなく貫通し、豊の腹部に突き刺さった。
「っーー!?」
痛みで眇め、膝を着いた。
「豊!?」
紗瑠が何か行動する前に豊は手で静止させる。
「おいおい、イキがってた割にあっけなくねぇか?」
頭上から声が聞こえたと共に、頭部を鈍器で殴られた痛みが襲い、頭から血がツーと流れる。そのまま見えない力に押しつぶされそうになる。
「ーーっ」
「豊!」
紗瑠は豊を信じているが、それでも不安だった。そして、紗瑠の瞳は怒りに燃えて、岩倉に向ける殺意が膨れ上がる。
「はっ! 洋輔を殺したと聞いてたから警戒してたが、そんなもんかよ?」
豊が跪く姿に岩倉は勝利を確信していた。
「ーー、ぺらぺらと喋ってねぇで、自分の腕を心配したらどうだ?」
「は? ーーっな!?」
岩倉の視線が自分の腕へ注ぎ、驚愕した。
いつの間にか自分の腕が凍結していた。刹那、凍結した腕ごと砕かれる。
「お、俺の腕がぁーーっ!? て、テメェ!!!」
砕かれた腕が地面に落ちて、痛みよりも憤慨した岩倉は鋭い眼光を豊に浴びせ、斥力を強めて豊を圧死させようとする。
そして、豊の身体がひしゃげて骨ごとぐしゃぐしゃに押しつぶした。
岩倉の足下には豊だったはずの肉片がーー氷の破片が散らばっていた。
「どこ見てる?」
「・・・・・・はーー?」
声は背後から聞こえ、振り向いた瞬間、豊の姿がそこにあった。
さっき押しつぶしたのは一体だれだ?
氷の破片?
豊の姿をした氷の塊を見ていた?
岩倉の疑問に口を開くことはなかった。
いつの間にか岩倉は氷の中に閉じ込められ、所々に亀裂が走ると、がらりと崩れてバラバラになった。それが岩倉の最後である。
全て片が付くと、紗瑠は豊の方へ駆け寄った。
「豊怪我は大丈夫? って血が流れてる!」
紗瑠はポケットから綺麗なハンカチを取り出して、汚れるのを迷わず血を拭う。
大したことがないと断ろうにも、既にハンカチは汚れて、されるがままに豊は紗瑠の心配を口にする。
「それはこっちの台詞だ。怪我は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫。豊が来てくれたから」
「ならさっさとここから出るぞ」
二人は直ぐにビルから離れて、紗瑠の家へ向かった。
無事に紗瑠を助け、全て片付くと、ようやく
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
紗瑠の家に辿り着くと、玄関を開けて音に気づいた萌衣が直ぐに駆け出してきた。
「紗瑠さん! 豊さん! 無事で良かったです!」
駆け寄った萌衣は紗瑠に抱きついた。目に涙を浮かべてとても心配していたようだ。
二人なら大丈夫だと思っても、萌衣は待つことしかできず、不安でいっぱいだった。
「もう・・・・・・萌衣ちゃん大丈夫よ」
紗瑠は萌衣を安心させるように頭を優しく撫でる。
三人は取りあえずリビングに入ると、豊はソファーに腰掛けた。まだ微かに頭痛するが、それ以外は外傷はない。
豊は天井を凝視し、ようやく終わった事に安堵した。
しかし、殺された両親は帰ってこない。その事実だけが豊に、決して癒える事が無い深い傷痕を残している。
それにこれは全て終わったワケではない。元凶ともいえる
本当に全てを終わらせるには
ただ現状、
兎にも角にも壮絶な三週間を過ごした豊には休憩が必要だった。
「ねぇ豊、なんだか疲れてるみたいだし、今日は泊まっていくよね? 頭の怪我も診ないといけないし」
紗瑠の優しい笑みに豊は何度も助けられた。
もし紗瑠が居なければ豊はどこかで殺されて終わっていただろう。
以前のように紗瑠のアプローチに狼狽することも、異性と会話してもどぎまぎする事は無い。
「・・・・・・」
もう以前の豊はいない。
紗瑠はその事に少し寂しさを感じていた。
「悪いが頼めるか?」
「もちろん♪ 萌衣ちゃんも泊まるよね?」
「は、はい! 良ければお願いします!」
今日は楽しくみんなでお泊まり会という流れになった。
そんな時に空気を読まずに豊のスマホが振動した。
メッセージは
『良いところ悪いね、榎園豊君。ただ私も君が絶望から乗り越えてくれて嬉しいよ。さて、これからの話をしようと思う。といっても君には少しだけ休息を上げよう。その優しさは私にもある。君には壊れて欲しくないからね。と、これからの話だったね。舞台を用意するのにこちらも手間取っていてね。さて、次はどうしようか考えている。アレはまだ時間を要する事だし、今すぐに用意できる舞台が・・・・・・。いや、彼女は私の予想を裏切った行動をしてしまってね。思い切った行動をするよ彼女は。だからちょっと困っているんだよ。さてどうしようかね。ま、次の舞台の構想はおおよそ考えている。ふふ、次も頑張りたまえ』
一方的なメッセージに豊は視線は冷たい。
答えは期待していないが、豊は
「
豊の言葉に反応し、再びメッセージが来た。
『それは楽しみだ。しかし、それはまだ先のことだ。そう焦らんでくれよ。君の前に必ず姿を現そう。それまでに私が用意した舞台を無事に乗り越えて成長してくれ』
そのメッセージを目にして豊は画面を消した。
いつの間に側には紗瑠と萌衣が豊のスマホを覗いていた。
「
「私達にもやっぱり何かさせようと企んでるんでしょうか・・・・・・」
「大丈夫よ萌衣ちゃん。何かあった時は私達が助けるから。ね、豊?」
「ああ、特に萌衣のアナテマは戦闘向きじゃ無い。それに・・・・・・」
口にしようとした言葉を呑み込んで、再び言葉を紡いだ。
「何かあった時は俺を頼ってくれればいい」
「豊さん、紗瑠さん、ありがとうございます!」
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