第六話 メッセージ

 豊は腕に包帯が巻かれて三角巾を付けているのを目にして考えていた。この怪我をどう言い訳しようか、正直に答えたら余計に心配するだろう。それにアナテマ使いに殺されそうになって、腕を打撲したと言っても信じられない話だ。

 ならどう言い訳するべきか。

 そんな風に言い訳を考えていると、家の近くまで着いていた。

 あれこれと上手い言い訳を黙考していると、背後から足音が聞こえてきた。

 振り返るとーー。


「そんなとこに突っ立ってどうした・・・・・・、って豊!? どうしたんだよその腕は!?」


「あ、父さん・・・・・・」


 豊の父親と鉢合わせした。いや、家の前にいるのだから当然だろう。

 父親は豊の負傷した腕を見て驚愕し、心配そうな顔をした。ごもっともな反応だろう。


「おいおい、まさかお前イジメられてんのか? 息子がイジメにあってるなんて悲しいぞ?」


「イジメじゃないし。これはその・・・・・・転けた時に運悪く腕を打撲したというか・・・・・・」


 それはまさにイジメを隠すために、咄嗟に出た言い訳の常套句な台詞であった。さすがにその言い訳はどうかと豊は思った。


「転けただけで打撲って、もっとマシな言い訳はなかったのか? 例えば母さんのような美少女が空から降ってきて、助けようとして受け止めたら怪我したとか。まあ俺ならカッコ良く受け止めるけどな!」


 父親の言うとおりだが、さり気なく惚気てサムズアップする様にイラッときた豊だが、気にしない。

 しかし、何か他にいい言い訳がないか、考えても直ぐには出てこなくて沈黙してしまう。


「何か訳ありって感じだな。男の子には色々とあるからな、そこは何も聞かないことにするよ。母さんには上手いこと言ってやる。ただな、あまり無茶な事はするなよ? いずれ豊はお兄ちゃんになるんだからよ」


「・・・・・・ああ。わかってるよ」


 何も事情を聞かない父親に気遣われ、照れ臭さからぶっきらぼうに返事をした。ただ内心では父親に感謝していた。


「・・・・・・もしかして女性絡みか?」


「いや、それは違ーーう」


 否定はするものの、紗瑠は無関係ではない。もしストーカーなら助けようという意思は豊にあり、結果怪我を負ったワケだが、女性絡みであることは間違いない。でもここは否定した方がいいと、中途半端に途切れた言葉を無理矢理繋げた。

 とはいえ、それで誤魔化せる父親ではなかった。


「ほ~う?」


 ニヤニヤと父親がいやらしい笑みを浮かべていた。


「・・・・・・」


 豊はこれ以上何か言われる前に家の中へ入った。

 二人がリビングへ入ると、父親が元気よく「ただいま!」とソファーに座る母親にサムズアップした。

 くすくすと笑う母親は「おかえり」と返すと、視線を横に移し、豊を見た瞬間に驚いた顔をする。


「豊!? その怪我はどうしたの? お父さんにやられたの?」


「ちょっと待って母さん、なぜ俺を疑うんだよ!」


 疑われたことにショックする父親に、にこやかに「冗談よ」と返し、今度は真剣な顔で豊へ問いかけてくる。


「あー・・・・・・これは・・・・・・」


 未だに上手い言い訳が思いついてなかった。

 どうしようか考えていると、変わりに父親が答える。


「豊もお年頃だからな、ちょっとやんちゃしてたらやらかしてしまったんだ。俺の時だって、二階から飛び降りてカッコ良く着地しようとしたら、骨折したからな。それと同じような事をしたんだよ」


 豊は父親にジト目を向け、そんなバカな事はしないと言葉が零れそうになって、グッと堪えた。

 しかし、母親には伝わっていた。


「豊がそんなバカな事するワケないでしょ? でも何か訳ありなら聞かないことにするわ。でもね? 豊もお兄ちゃんになるんだから、あまり無茶な事しちゃダメよ?」


 父親と同じような事を言われて、豊と父親は吹き出した。

 そんな二人に怪訝な顔をする母親は、可愛らしく拗ねて「私真剣な事言ったのに」と言い、そっぽを向く。その仕草に父親はグッときたが、今はその場合ではないと慌てて口を開いた。


「母さん悪いって。俺と同じ事言ってたからつい笑っちまったんだよ。しかし、さすが俺の嫁だ! 今度デートしよう!」


「それで機嫌を取ろうと思ってるの? 嬉しいけど・・・・・・。で・も、この子が生まれるまではデートはお預け」


 母親が聖母のような笑みを浮かべて、膨らんだお腹をゆっくり撫でる。


「くっ! それはキツイぜ! 母さん、愛してる!」


「ふふ、私も愛してるわ、あなた♪」


 未だに2人のラブラブっぷりを見せつけられ、うんざりする豊は、自室へ戻ろうとすると。


「豊も愛する人をそろそろ見つけろよ? というかいるんだろ?」


 父親がドヤ顔でサムズアップする姿にイラッとしたが、豊の脳裏になぜか紗瑠の姿がちらついて、頬を赤くした。

 紗瑠が気になっているのは確かだが、陰キャぼっちに好意を寄せるはずがないと否定する。紗瑠があれこれとアプローチをしても、恋愛に臆病な少年には一歩踏み出せず、自分で勝手に都合がいいように解釈して、進展することがなかった。

 そんな豊の気持ちに知ってか、知らずか、目聡く母親がニヤニヤ顔で。


「あらあら? 豊にもしかして春がやってきたのかしら? もう付き合ってるの? 私に紹介して?」


「そうだそうだ付き合ってるなら紹介しろ!」


「ち、違う!? べ、別にそんな関係じゃないよ!?」


 紗瑠には赤ちゃんが生まれたら会わせる約束をしている。別にそれはいいが、両親に会わせるのが嫌だった。絶対二人はしばらく豊をからかうと分かっていたから。

 でも約束した以上は我慢するしかないだろう。被害は豊しか受けない。その時が来るまでに心の準備を済ませようと思った。


「写真とかないの? 豊ならこっそり撮って待ち受けにするんじゃない?」


「・・・・・・」


 母親のその言葉になぜか父親は目を逸らしていた。


「さすがにそんな盗撮とかしないよ! ・・・・・・父さんじゃないんだから」


 チラリと様子がおかしい父親に一瞥する。


「お、おおおい!? お、おおおおおれがそ、そんな事するわけなかろう?」


 動揺する父親の口調がおかしくなった。


「あ・な・た? ちょっとスマホ確認させて?」


「え? な、なんで?」


「ス・マ・ホ、貸して?」


 母親の矛先が父親に向けられ、豊はこれ以上からかわれたくないと自室へ戻った。

 ベッドに腰掛けた瞬間にスマホが振動した。相手は紗瑠だろうと画面を確認する。

 そしてーーいつもの日常は終わりを告げた。異常な世界に戻ってきた豊はスマホを握る力が強まった。


エックスっ!!」


 そう、相手は紗瑠ではなかった。

 いつもの一方的な長いメッセージ。それに嫌悪感を抱きつつ、内容に目を通した。


『やぁ、榎園豊君。ようやく君の舞台を用意できそうだよ。これから面白くなってくるから楽しみにしてくれよ。ただね、君の動き次第ではせっかく用意できそうな舞台が台無しになってしまうかもしれない。それは私としても、とても困ることだ。さて、君は止めることができるだろうか? 私としては・・・・・・君の力が見てみたいからね。その力を見れることを楽しみにしているよ。さて、これ以上君に情報を流してしまうと、舞台が台無しになりかねないからここまでにしとくよ。それじゃあ、君には期待してるよ?』


 その意味深なメッセージ、一体エックスは何を企んでいるのか。その文章から読み取ることは難しいが、これからエックスは豊に対して何かをしようとしている。


「俺に何をさせる気だ? 俺が止めるとは一体どういうことだ・・・・・・?」


 不安ばかりが募り、考えてもエックスの狙いが全く読めない。

 今日はエックスのせいであまり眠ることができなかった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 授業中、昨夜のエックスからのメッセージで、睡眠不足だった豊はほとんど睡眠を取っていた。そのためあっという間に放課後を迎えていた。

 打撲していない方の手で鞄を持つ。いつも通り、誰とも声を掛けられることも、声を掛けることもなく、教室を出て行った。

 ずっと豊の頭の中では昨夜のエックスのメッセージを気にしていた。

 豊の行動次第では舞台が台無しになる。それが引っ掛かっていた。


「俺次第・・・・・・」


 ただいくら考えた所で答えが見つからない。エックスの考えが分からない。

 考え事しながら校門を出た所で、肩を叩かれた。

 ビクッと反応した豊は身構えて、恐る恐る振り返る。

 そこには霧葉女学園の制服を着た紗瑠がきょとんとしていた。それから豊の顔をじーっと覗くと視線がぶつかる。紗瑠の睫毛が長いなと思ったが、見つめ合っていた事に恥ずかしくなって視線を逸らした。すると紗瑠の腕が伸びて、豊の目の下にできたクマを指でなぞった。

 不意の行動と異性に触れられた指の感触に、鼓動が早くなる。


「クマができてるよ? がおーって」


「が、がおーって、熊?」


「ふふ、そうクマさん。寝不足? もしかしてエックスから何かメッセージが届いたとか?」


「・・・・・・」


 直ぐに豊が悩んでいた事を言い当てられた。

 今までの事を考えて、なぜ紗瑠に豊の思っていることが分かるのかと疑問に思っていた。もしかして顔に出ていただろうか。

 隠し事はできず、素直に昨夜の事を話した。

 紗瑠は腕を組んで、エックスの目論見を暴こうと思案するが、首を横に振った。


エックスが一体何を考えてるか分からないけど・・・・・・。でもエックスが何を考えても私が豊を守るからね」


「ありがとう」


「豊、腕はまだ痛む?」


 紗瑠の視線が包帯に巻かれた腕へ注ぎ、優しい手つきで触れた。


「ああ、ちょっと動かすと痛いかな。ただ学校では不思議だったんだが・・・・・・誰も俺の怪我について不審がらなかったというか・・・・・・怪我したのが前から知っていたような感じ?」


 自分の腕の事をクラスメイトに何か聞かれるのではと、どう言い訳しよか考えていた。しかし、朝の登校、昼休み、放課後、誰も豊の腕の怪我について言及はなかった。それは単に陰キャぼっちの豊だから、怪我を負っても無関心だからかと思っていた。

 しかし違う。クラスメイトはもちろん、教師でさえ、豊の怪我について触れてなかった。

 それは最初っから豊が怪我をしている事を知っていたような、そんな反応を示していた。

 その事について紗瑠に聞いてみた所。


「それはエックスが都合よく、私達アナテマ使い以外の人に記憶の改竄を行ってるのよ。町で暴れても、大怪我負っても、都合よく処理される」


「・・・・・・俺の両親は俺が怪我して帰ってきたことを驚かれたけど・・・・・・? 都合よく改竄されないのはおかしくないか?」


「どんな反応をしていたのか分からないけど、あまり怪我について聞かれなかったんじゃないかな? 打撲だし、軽く受け流さないと思うよ?」


 紗瑠の言うとおり、豊の両親の会話を思い返すと、怪我について心配はされたけど、大袈裟な反応はなかった。両親ならあり得そうな反応と思う反面、実際に考えてみるとどこかおかしかったように感じた。

 それがエックスの力で、都合がいいように記憶を改竄した結果となるだろう。合点がいった豊は納得した。

 それから分かれ道まで辿り着くと、後方から救急車の音が近づいてきた。そして端に寄る二人は曲がり角に曲がるのを見送ると、直ぐに音が止んだ。何があったのか気になって二人も曲がり角を曲がると、人が集まっていた。


「何があったんだろうか?」


「・・・・・・」


 紗瑠の目が鋭く細められ、先を歩き出した。それに付いていく豊。

 人集りの間を二人は進み、黄色いテープが貼られている先頭まで進む。視線の先には救急車やパトカーが止まっており、警察の様子が慌ただしい様子だった。ブルーシートで一部分が隠されて、一体何が起こったのか遠目には分からない。ただ豊は何度かこの光景をニュースで観たことがあった。

 周囲がざわついている中、近くにいるマスコミ関係者がマイクを手にし、事件の詳細を語っていた。

 その事件の内容は、以前行方不明になっていた女子高生の死体が見つかり、衣服は身につけておらず、無残な状態で発見されたとのこと。そしてその死体と一緒に犯人からのメッセージが残されていた。書かれていた内容は「待っていろよ、必ず殺してやるからな」と誰かに向けられた犯行予告。

 そのメッセージを聞いて豊は眉を顰めた。

 最近豊の身に必ず何かが起こっている。紗瑠との一件、エックスのメッセージ、洋輔からの襲撃。そして豊の家の近くに女子高生の死体。

 だからそのメッセージが豊に向けられているのではと勘ぐってしまう。

 仮にそのメッセージが豊に向けていた場合、一体誰に狙われているのか。それは一人しか心当たりがなかった。

 豊達をストーカーし、腕に怪我を負わされた人物ーー森沢洋輔。


「・・・・・・これがエックスが言ってた事か?」


 豊と女子高生には接点がない。

 もし女子高生を助ける事ができたら舞台は台無しとなっていたということか。

 分からない。エックスはなぜこんなことを? 

 豊の中で不安が押し寄せ、妙な胸騒ぎを覚えた。


「・・・・・・違う。他に何かを狙っている?」


 何を狙っている?

 必死になってエックスの狙いを探るが、答えは見つからない。


「豊、あの時の男を見つけないといけない気がする」


 紗瑠が真剣な声色で豊に言った。


「俺もそう思ってる。だけど・・・・・・、あいつの居場所をどう探せばいいんだ・・・・・・。何も手掛かりがないし・・・・・・」


 洋輔の見つける手掛かりは一切ない。闇雲に捜しても直ぐには見つかるとは思えない。


「私に仲間がいるって話したよね?」


「え? ああ、確か萌衣ちゃん? だっけ?」


「うん、萌衣ちゃんならあの男の居場所を特定する事ができるかも。でも・・・・・・萌衣ちゃんに豊の事を話してるけど、警戒してるの。過去に色々とあって・・・・・・。豊なら大丈夫なんだけど」


「そっか・・・・・・。なんとか協力はできないか?」


「説得はしてみる。でも最悪、私達だけで何とか手掛かりを探さないといけないかも」


「まあ・・・・・・その子も事情はあるし、仕方ないよ」


 今後の方針として、紗瑠が萌衣を説得し、もし難しそうなら二人で洋輔の居場所を探すことになった。

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