第四話 デート

『一昨日夕方頃、17歳の女子高校生が行方不明となっていることが分かりました。現在も捜索は続けて、手掛かりや足取りは今も分かっていません』


 朝、目が覚めた豊は軽く朝食を摂るためリビングへ入ると、行方不明のニュースを耳にした。チラリとテレビへ目を向けると、豊が住む渋谷区で起こった事件だった。一昨日と言えば、丁度紗瑠と出会った日になる。その正反対の場所で事件が起こっていたことになるのだろう。

 四人かけの椅子に腰掛けて、しばらくニュースを目にしたが、他に渋谷区で起こった騒ぎは報道されることがなかった。豊と紗瑠が起こした騒動は通報されてもおかしくないレベルだった。それが周囲に人影も無く、豊と紗瑠の二人だけが別の世界に迷い込んだような印象を受けた。これがエックスによる能力なのだろう。


「こんな近くで事件なんて・・・・・・豊も気をつけなさいね?」


「あー、うん」


 実際殺されかけてた事件に巻き込まれたと言えるはずも無く、曖昧に返事をした。そして、豊と誰かを殺し合いさせようと画策し、これから起こる事件の中心人物になるとは言えない。そんな問題を豊が抱えてるとは知らずに、豊の母親は焼き上がった食パンにマーガリンを塗って豊に渡した。

 食パンを受け取った豊は咀嚼しながら先ほどのニュースを思い返した。

 行方不明事件はそれほどニュースで聞くことはないが、最近は多発しており、よく報道されていた。それでさっきのニュースについて豊は少し気になっていた。

 女子高生が行方不明になった時間帯は夕方頃で、帰宅途中に何者かが攫った事になる。渋谷区ならそこそこ人通りもあり、特に夕方は学生の帰宅時間も重なる。人の目はどこにもあるはずだ。

 ではなぜ、手掛かりや足取りが分からないのか。


(・・・・・・考えすぎか?)


 行方不明事件の中では未解決となっているものは数多く存在する。その中にはさっきの女子高生の行方不明に似た状況で誘拐され、手掛かりや足取りが不明になっていることもある。

 豊は普通じゃない事に巻き込まれたせいか、些細な事でも敏感に反応するようになっていた。特に今はエックスから舞台招待を告げられて、神経質になっている。


「・・・・・・今日は1日大人しくゲームするか」


 食パンを食べ終わり、コップに注いだ牛乳を一気に飲み干した。これ以上精神を疲弊させるような事は止めようと思考を中断した。


「もう一枚食パンいる?」


「いや、大丈夫」


 席を立ち上がり、豊は自室へ戻った。

 休日は特にする事はないが、今はアナテマやエックスの事を忘れたいと思い、さっき宣言した通りゲームをしようと思った。

 今日一日はダラダラと過ごし、何もかも忘れようと決意すると、直ぐにゲームを始める準備をする。

 その矢先、スマホが振動した。

 豊は素早い反応でスマホを凝視し、心臓の鼓動が速まるのを感じた。

 忘れようと思っていたタイミングである。

 友達がいない豊にメッセージが来ることはありえない。可能性があるとすれば、最近連絡を交換した紗瑠。ただ豊は休日にメッセージは来ないだろうと勝手に思って、エックスの可能性が高いと思っていた。

 震える手でスマホを手にして、メッセージを確認した。


『おはよう豊♪ 今日一日は何か予定あるかな・・・・・・? 予定無かったら私とデートして欲しいなー♪』


 あり得ないと思っていた紗瑠からのメッセージだった。息を吐いて安堵した豊は椅子の背に寄りかかって、一度落ち着く。


「・・・・・・・・・・・・え?」


 しかし直ぐに前のめりになって紗瑠のメッセージを凝視した。何度もまばたきを繰り返し、メッセージには『デート』という単語へ。

 彼女いない歴=年齢、陰キャ、ぼっち、女子との免疫もあまりなく、学生生活の間デートを経験する事は懐疑的だった。

 それがまさか、人生で初めてデートに誘われる日が来るとは夢想だにしないだろう。

 兎にも角にも、今日はゲームして何も考えずに過ごす予定だった。暇である。童貞の豊はこの機会を逃さず、直ぐに返事をしようと手が止まる。


「こ、こんな時にどう返したら良いんだ・・・・・・?」


 緊張が伴って頭が鈍くなる。あまり待たせるのも印象を悪くすると思い、豊は無難なメッセージで返信した。すると直ぐに既読が付いて数秒後に返信が来た。


『嬉しい♡ それじゃあ十一時に駅前で待ち合わせね♪』


『わかった』


「・・・・・・やばい。嬉しいが、本当に俺でいいのか・・・・・・?」


 嬉しさ半分、不安半分、アンビバレンスな気持ち。

 豊はデートの時間までずっとそわそわして、部屋の中を無意味に歩いたり、椅子に座ったりを繰り返して落ち着きがなかった。服装はどうしようかと考えたが、デートに着るような気合いの入った服装は陰キャには持ってなかった。無難な服装を選び、今度はデートコースをどうするか。突然のお誘いのため、もちろんデートコースなんて一切考えてない。男からエスコートした方がいいだろうか。スマホを取り出して、デートという言葉を検索し始めた。

 そして、あっという間に時間がやってきた。慌てて準備をして外へ出た。徒歩で二十分くらいで渋谷駅前に到着した。相変わらず人が多く、人混みが嫌いな豊にとっては地獄である。しかし、今の豊はそれを気にしないほど胸を躍らせていた。まだ約束の時間まで二十分くらい余裕がある。まだ紗瑠は来ていないだろうと、指定の場所で少し気持ちを落ち着かせようと思っていた。

 辿り着いた場所で、銀髪美少女がチャラそうな男二人に話しかけられている現場を目撃した。


(ナンパか・・・・・・? というか最近同じような場面を見たような・・・・・・)


 豊は既視感を覚えた。銀髪美少女の顔が見える位置へ移動すると、その正体が紗瑠だと知る。なんとなくそんな気がしていた。でも約束の時間まで余裕あるし、早く来ているとは思っていなかった。


「なーな? 暇なら俺らと一緒に遊ばない?」


「お金は俺らが出すし。カラオケとか、ダーツとか行かね?」


「・・・・・・」


 チャラい二人は馴れ馴れしく紗瑠と距離を詰めて、下品な笑みを浮かべて遊びに誘う。対して紗瑠は二人を存在しないものとして、視線すら向けずに空気扱い。ただ表情は豊と接するのと異なり、冷たい仮面を被っている。最初に出会った時、校門で陽キャ達に向けた時のような冷酷無情な顔。未だに恐怖を覚える豊は、紗瑠が背負っている竹刀袋に気付いた。あの中には二本の刀が入っている。チャラ男がしつこく迫って、強引に連れ出そうとしたら一体どうなるか想像する。


「そ、それはさすがにないよな・・・・・・? って早く助けないと」


 こんな人混みの中、刀を抜くなんて事は無いと否定する。しかし、心の片隅で紗瑠ならやりかねないと思っていた。


「無視とか酷くない? 遊ぶくらいいいじゃんかよ」


「ちょっとあっちの方行こうぜ? な?」


 チャラ男は案の定、紗瑠を強引に連れ出そうと手首を掴んだ。その瞬間、素早くそれを振り解いて、チャラ男二人を汚いゴミを見るような目で睨み付けた。そして、背負っていた竹刀袋を手に、チャックを開けようとしていた。それを視認する豊は慌てて紗瑠と男達の間に割って入った。


「す、すみません! つ、連れが何かしたでしょうか?」


「あ? なんだお前?」


「俺達はこの子と話してんだけど?」


「待ってたよ豊♪」


 三者三様の反応が返ってきた。不機嫌な声色と甘えた声色。

 チャラ男の視線は登場した豊を値踏みし、一瞬にしてヒエラルキーは決定づけられた。相手が格下の陰キャだと知るやチャラ男達は引かず、強気な態度である。

 一方、紗瑠はチャラ男達など存在せず、冷酷無情な仮面を脱ぎ捨てて豊の腕に抱きついて猫撫で声である。その変わり身に苦笑しつつ、目の前のチャラ男達に向き直る。


「あの、あんまりしつこいと警察呼びますよ?」


 近くに交番があるし、叫べば騒ぎに駆けつけてくれるだろう。


「ちっ、くそ」


「あー、萎えた。もういいや」


 警察の存在がちらついたのか、すんなり諦めた二人はその場から離れていった。もし助けなかったら二人は一体どうなっていたのか、当然二人は知る由もないだろう。事件が起こらなく安堵した豊。


「あんなゴミ掃除しちゃえばいいのに」


 ぼそりと呟かれた紗瑠の言葉に、豊の額に汗がにじむ。


「・・・・・・紗瑠って毎回絡んできた相手を殺したりとか・・・・・・してないよね?」


「え? 本当はそうしたいけど、アナテマ使いでもないし、さすがに殺したりはしないよ? ただ今日は豊とのデートで気分が良かったのに、しつこいし気分を台無しにされてちょっと殺意が沸いちゃった♪」


 にこっと笑顔で素直に告白する紗瑠に、豊は苦笑した。

 そしてさっきの発言、もし相手がアナテマ使いなら問答無用で殺していたと告白しているようなものだった。紗瑠にどんな過去があり、今までどれくらい手を染めていたのか知らない。それを聞く勇気は今の豊にはできなかった。

 この異常な世界に踏み入れてしまったのなら、避けられない運命かもしれない。エックスの思惑通りに紗瑠は動かされている。その事実に豊は怒りを覚えた。

 これからは紗瑠には人を殺すような事をさせたくない気持ちがあった。


「紗瑠、アナテマ使いでも、できれば人殺しとかやめて欲しい」


「豊がそう言うんなら、うん、これ以上は殺さない。だけど、もし豊の身に何か起きた時は・・・・・・その約束は守れないと思うよ」


 あっさり答えた紗瑠だが、豊にもしもの時があった場合は約束を守れないと答えた。


「それは・・・・・・わかった」


 それでもやめて欲しいと言えなかった。なら豊自身が気をつけて、その状況にならないようにするしかないだろう。

 真面目な話からのスタート。

 デートとしては幸先のよくない会話だろうが、紗瑠は特に気にしてなかった。

 一度気分を入れ替えて豊はアナテマなどの話題を忘れて、紗瑠とのデートに集中しようと、改めて紗瑠の姿を確認する。

 普段何も結んでいない銀髪は、左右にちょこんと結んだツーサイドアップ。服装は肩を露出した黒のオフショルダーに、ベージュのスカート。大人っぽくクールな雰囲気に、豊の心臓がドクンと跳ねるのを感じた。


「か、かか・・・・・・」


「うん?」


 デートといえば、最初に女の子の服装を褒める事と、漫画でもよくあるシチュエーション。早速その知識を実践しようと、自然を装って言葉にしようとするも、気恥ずかしさから、言葉が続かない。

 紗瑠が可愛らしく小首を傾げ、期待した目をしている。それには気付かず、豊の口が渇く。心臓の鼓動はドキドキと速くなっている。

 一度冷静になってから、今度は自然と「可愛い」の一言が出てくるよう、努めて冷静に装い口にした。


「か、可愛いよ、その服」


 その言葉を口にするのに数十秒は掛かり、直視できず目線は逸らす。


「ふふ、豊に可愛いって言って貰えた♡ ありがとね♪ 豊もかっこいいよ♪」


 可愛いと褒められただけで紗瑠的には合格点である。

 二人から恋人らしい雰囲気が漏れ出て、周囲からは微笑ましさと妬ましさが同時に向けられていた。人の視線に敏感な豊は居心地が悪く、直ぐにこの場から離れたいと思った。


「そ、それじゃあ紗瑠さん、どこか行きたい場所とかあったりする?」


 男である豊がエスコートした方がいいだろうが、一応紗瑠の行きたい場所を聞いて優先しようと考えていた。


「うーん・・・・・・豊とならどこでも行きたいけど、まずはお昼ご飯にしたいし、代々木公園に行こ?」


「公園?」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 代々木公園まで少し距離があり、他愛ない話をしながら出入り口付近に到着した。歩いた事で良い具合にお腹が減ってきていた。

 お昼にすると言われ、どこかのお店に行くことも考えていたが、紗瑠の提案は公園でお昼にする事。ということは心当たりは一つ。

 広大な芝生まで着くと、紗瑠はリュックからシートを取り出した。豊も手伝って芝生の上にシートを広げて敷いた後、端に重りを乗せる。そして、次にリュックから取り出したのは四角い箱形の可愛らしいものが二つ。それはどこからどう見てもお弁当箱。


「豊のために作ってきたの。豊の口に合えばいいけど・・・・・・」


 弁当箱を受け取った豊は内心嬉しさで小躍りしそうになった。女子の手作り弁当が食べられる機会がこの先あるとは思ってなかった。必然頬が緩み、情けない顔をしているだろう豊である。


「ありがとう!」


 早速蓋を開けると、ご飯の部分にはハートの形をした海苔が乗って、おかずは唐揚げにポテトサラダ、厚焼き卵が入っている。どれも美味しそうに映るが、この弁当箱を第三者が見ればきっと誰もが思うだろう。

 愛妻弁当。

 自然と豊は周囲を気にしてしまう。しかし、広大な芝生の上では人気は少なく、弁当箱の中身を見るものはいない。これが学校なら絶対にからかわれるイベントとなるだろう。ただ豊にはからかってくる友達は・・・・・・悲しいことに存在しない。


「お、美味しそうだね!」


 見た感想を述べる。

 視線にはハートの形した海苔が映されているが、そこにはあえて触れない。

 薄々気付いていたが、敢えて考えないようにしていた豊は思った。


 ーー紗瑠は俺の事が好きなのだろうか、と。


 今までのことを思い返してみれば、そのように捉えてしまうだろう。そして、それを陰キャはあり得ないと否定する。自分の都合が良いようにただ自惚れていると。どう考えても美少女の紗瑠が、陰キャでぼっちの豊には釣り合わないし、好意を抱かれることはないと。

 もはや豊の記憶には、自分からアプローチした事は覚えていない。


「・・・・・・いただきます」


 一旦、豊は目の前の美味しそうな弁当箱に集中する事にした。箸を手にしてまず最初に、厚焼き玉子からつまみ、口へ運んだ。


「ん! 甘くて美味しいよ!」


 咀嚼した瞬間、程よい甘さが口の中に広がった。豊好みの味付けて美味しいと言葉にしながら、次も食べる。


「良かったー。豊は甘い厚焼き卵玉子が好みなんだね。味付けに関してどうしようか迷ってたのよ。でも豊なら甘いのが好きかなって思ったから、予想が当たって嬉しい♪」


「紗瑠さんのなら何でも美味しいと思うから大丈夫だと思うけどね。今度は唐揚げ食べようかな」


 豊の好物でもある唐揚げを口に入れると、噛んだ瞬間に肉汁が広がる。味はガーリック風味でこれまた豊が好きな味付けで、美味しかった。


「豊の好きなものだから、一番力を入れたんだけど・・・・・・どうかな?」


 珍しく紗瑠は緊張して、指を絡めて尋ねてくる。その男心をくすぐる仕草にドキッとしながらも、答えた。


「唐揚げも美味いよ! これ店に出しても文句の付けようがないくらい美味いね。こんな美味いと将来紗瑠の旦那になった人は幸せなんだろうなー」


「ふぇ!? あぅ・・・・・・。私が豊のお嫁さん・・・・・・・・・・・・ふふふ」


 顔を真っ赤にして俯く紗瑠は、幸せなそうな笑みを浮かべた。ぼそぼそと何か呟いてたことは、豊の耳に届いてなかった。

 それから食べ終わった豊は満足感と幸福感を得られ、紗瑠に胃袋を掴まれていた。

 日の光に当てられた豊は満腹感から眠気が襲ってきた。アナテマを手にしてから、無意識に神経を尖らせていたこともあり、こうして安穏と過ごしたのが久しぶりだった。

 せっかくのデートで一人昼寝するわけにもいかず、欠伸を噛みしめる。この後はどうするか紗瑠へ視線を向ける。

 紗瑠はというと、膝の上をぽんぽんと叩き、優しい笑みを浮かべる。


「豊眠そうだから、私が膝枕してあげるからおいで?」


「・・・・・・・・・・・・まじ?」


 彼女ができたら、してみたかったことの一つ、それが膝枕。

 魅惑的な提案に紗瑠の膝をつい凝視してしまう。ごくりと喉を鳴らして、できる事なら膝枕を堪能したいと思った。しかし、彼女でも無いのに、そんな幸せな行為をしていいのだろうか。豊が切望する一つではあるが、答えが出ず葛藤していた。

 結果、豊は我慢を選択した。せっかくのデートなら他にも色んな所に、一緒に行きたいから。これも豊が切望する一つである。


「し、紗瑠さんと一緒に色んなとこ行きたいし、俺だけ昼寝するのも悪いというか・・・・・・」


「分かった。デートだもんね」


 紗瑠は少し残念そうにしていたが、一緒にどこか行くことを優先した。

 しばらく休憩したあとにレジャーシートを片付けて、二人は代々木公園を出た。どこへ行こうかと豊が声を掛ける前に紗瑠が近づいて、耳元に口を寄せてきた。

 豊は腕に当たる柔らかい感触と甘い匂いに、心臓の鼓動が速まるのを感じて狼狽した。


「豊、私達を尾行してる人がいる」


 しかし、紗瑠のその言葉によって、豊は直ぐ冷静になった。


「俺達を尾行って一体何が目的で・・・・・・?」


「もしかすると、アナテマ使いかも。豊、どうする?」


 デートの時間は終わりを告げ、急激に異常な世界へ舞い戻ってきて、豊は内心で悪態を吐いた。瞬時に尾行される理由について黙考した。

 心当たりは一つしかなく、豊はスマホを確認したがエックスからのメッセージは来ていない。

 他に理由は思いつかず、相手はアナテマ使いではない可能性もある。その場合ストーカー、相手は紗瑠の事を狙っている可能性は高い。

 普通のストーカーなら紗瑠は逆に返り討ちができ、心配する必要はない。

 どっちにしろ豊としては相手はただのストーカーであって欲しいと願う。

 アナテマ使いなら警察は当てにできない。まずは相手の素性を知る必要がある。豊はストーカーを追い込む作戦を遂行する事にした。


「尾行してる奴を追い詰めようと思う。ただのストーカーなら、いくらでもやりようがあるが、もしアナテマ使いなら・・・・・・まずは話し合いをする」


 話し合いが通じる相手なら助かるが、通じない相手は最悪な選択を視野に入れなきゃならない。


「豊の考えに従うよ。でも豊にもしもの時があったら容赦するつもりはないからね?」


「俺の頑張り次第って感じか・・・・・・。そのもしもがないようにするよ」


 二人はまず人気のなさそうな場所を選んでストーカーをおびき寄せる。遠くからでは、豊達は普通に会話をしているように見えている。そんな二人の思惑も知らずにストーカーは、二人の後を付けている。紗瑠はそれとなく手鏡で相手の素性を探っていた。

 ストーカーの風貌は細身の若い男で、ヤクザ風の見た目だと確認ができた。

 なぜそんな男に狙われているのか豊と紗瑠には心当たりが全くなかった。

 しばらくして二人は次の曲がり角を曲がり行動に移した。紗瑠は竹刀袋から二本の刀を取り出して、念動の力で浮遊させ、鞘を足場にして塀に上がり、屋根の上まで登って身を潜めた。豊は尾行する男が来るのを待つと、曲がり角から男の姿が現れる。


「ーーっ!?」


 豊が一人待ち伏せされていた事に、最初驚いた顔をした。しかし、それも一瞬、不敵な笑みを浮かべた。


「俺達を尾行してたよな? どうしてだ?」


「女の方はどうした?」


「こっちが質問してる」


「・・・・・・お前ももしかしてアナテマ使いか?」


「・・・・・・だからなんだ?」


「ひひ、ひゃははは!」


 急に笑い出すその男に警戒心を強め、気味の悪さに豊は身構える。


「だからなんだだって? 決まってんだろ? 殺し合いだよ。あのエックスだって俺達を殺し合いをさせるために能力を与えたんだ。お前を殺して女を頂くぜ?」


「それがお前の狙いか!? なぜそんな事をする!?」


「はぁ? ただヤりたいからヤる。殺したいから殺す。それだけだよ。それに力を手に入れたんなら試したくなるだろ? エックスが俺達を殺し合いをさせてるみてぇだが、これがおもしれぇ。無抵抗の相手をなぶる趣味はねぇから、おめぇも力を手に入れたんなら、抗ってくれよ?」


「ふざけんなっ! そんな無意味な事してーー」


 次の瞬間、豊の頬に何かが掠めた。


「あぁ? おめぇ甘いこと考えてんのか? 殺るか殺られるか、そんな単純な事もわからねぇのか? は、おめぇのようなヤツは直ぐに殺されるタイプだな」


 男の右目に幾何学模様が浮かび出て、青緑に発光する。

 話し合いは無意味だと知り、豊はその場から慌てて離れた。

 刹那、豊がいた場所に見えない風の刃が通り過ぎた。もし避けなかったら、片腕を切り落とされていただろう。


「よく避けたな? まー簡単に死なれちゃあ、こっちとしては面白くねぇしな。お前もアナテマを見せろよ?」


 男の掌に風が集まり、豊に向けて腕を振るう。その瞬間、風が豊へ襲いかかり、避ける余裕もなく腕でガードしてしまう。風が腕を撫でた瞬間、腕には幾つも切り傷となって血がポタポタと流れた。紙で斬られたような感覚で痛みはなかった。


「風の能力・・・・・・」


 男はかなりアナテマを使い熟せていた。

 明らかに慣れている。このまま無抵抗でいれば死ぬ。


「このまま何もしてこないと俺も萎えるぞ? あー言っとくが見逃すつもりはねぇからな。死にたいんなら殺してやるよ」


 豊のやる気のなさに男はテンションを下げた。せっかく高揚していた気持ちが不完全燃焼のまま終わるのは気持ちが悪かった。男は溜息を漏らして、十字に腕を振るって豊に止めを刺そうとした。

 さっきまで少し手加減をされていたのだろう。力が増して、風の刃が襲いかかってくる。

 豊の右目が雪色に発光する。

 風の刃が届く前に目の前に氷の壁を生成し、僅かに氷が削られる程度で攻撃を防いだ。そして背後にあらかじめ生成していた数本の氷柱、それらを一斉に男へ射出した。


「はっ! 氷の能力か! だがそんなもん俺の風の前じゃあ無力だ!」


 射出した氷柱が男に到達する前に、風で押しつぶされて粉々にされた。

 まだ十分に自分の能力を使い熟せていない今の豊では男には敵わない。豊がキッと目の前の男を睨み付けるが、そこには男の姿が無かった。


「おいおいよそ見か?」


「はーー」


 後方から聞こえた声に振り向いた瞬間に、背中に衝撃が襲い、飛ばされた豊は塀に衝突する。


「がっーー!?」


 腕が塀に強く衝突し、しばらく痺れが襲った後に激痛が走った。腕を打撲した豊は涙目になり、腕を押さえる。


「全然能力使い熟せてねぇじゃねぇか。拍子抜けだ。残念だがおめぇはここで終わりだ」


 声の方へ顔を上げた豊。

 やはりエックスの言うとおり殺し合いでしか解決できないのか。

 豊の視線は屋根の上に立つ紗瑠へ注いでいた。

 刹那、回転した刀が勢いよく男へ迫って、男の腕を斬り飛ばした。腕が地面に落ちて、男は何が起こったのか理解追いつかず、地面に落ちた自分の腕へ視線が落ちて、それからあるはずの腕へ視線を移す。そして、遅れながら気付いた。


「え? ・・・・・・・・・・・・腕? 腕!? お、おおおお俺のうでがあああああああああああ!?」


 自分の肘から先の腕が地面に転がっていて、男は大量の血が流れ出した。地面に真っ赤な血で濡れる。男は咄嗟に自分の服を裂いて、腕を止血するために服で縛る。

 男はギロリと背後に降り立った紗瑠を睨めつける。


「これだけで済ませるわけないわよ? 私の豊をこんなに痛めつけて、貴方はただ殺すだけじゃ足りない。豊と同じ痛みを負わせて、苦しませて殺してあげる」


「な、なんだお前!? お、お前はこ、こここの男といた!? お、ま、お前よくも俺の腕をおおおおおお!?」


「うるさいよ」


 浮遊する刀の切っ先が男へ向け、矢のように射出する。しかし、男は腕を斬られても戦意は失っておらず、見えない風の壁で串刺しになるのを防いだ。しかし一本を防いでも、男の腕を斬ったもう一本の刀が男へ回転しながら襲ってくる。

 舌打ちをした男は回転する刀に向けて突風を放ち、紗瑠へ風の刃を放つ。紗瑠に迫る風の刃が到達する寸前で鞘で防がれる。


「クソアマがーーっ、ん? 銀髪に二本の刀・・・・・・お前、冷血な女王かよ? まさかここで会うとは・・・・・・。ひゃはは、てめぇと殺りあうのもいいが・・・・・・、悪いがここは一旦引いてやる。そこの男と冷血な女王、次会った時はこの腕の借りを返してやる」


「逃げられると思ってるの?」


 男は口の端を吊り上げ、男を中心に暴風が発生させると、チラリと倒れてる豊へ視線を向ける。その意図に気付いた紗瑠は、咄嗟に豊を守るように立ちはだかり、風の刃を二本の刀で防御する。その隙に男がその場から逃げ出した。


「絶対に逃がすわけにはーー」


 紗瑠が男を追おうとしたが、怪我を負って気絶した豊を置いて行けず、その場に留まってやむを得ず男を逃がすことになった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ビルの屋上まで逃走した森沢洋輔は、苛立ちを露わにして、壁へ風を纏った拳を打つと壁面が削られる。


「くそがっ! 冷血な女王め。俺の腕をよくも斬りやがって。あの男も殺し損ねたし、運がねぇ。しかし、あの冷血な女王がなぜ男と一緒にいた? まあ理由はどうてもいい。あいつらを殺す事には変わりねぇ。あぁ~このむしゃくしゃをどこかで発散しねぇと・・・・・・」


 洋輔の視界が下がり、そこには全裸の女性が、絶望に歪んだ表情のまま死んでいた。その女性は一昨日行方不明となっていた女子高生だった。洋輔はその顔を蹴飛ばして舌打ちをした。本当なら豊を殺した後、女を手に入れて発散する予定だった。それがまさか冷血の女王だとは思わなかった。しかし、あの容姿なら何度も使って欲求を満たしたいと思っていた。


「これも使い物にならなくなったな。また連れてくるしかねぇか」


 一先ず斬られた腕を布で縛って、簡単な処置で止血してからまた誰かを誘拐しようと目論んでいると、スマホが鳴った。取り出して確認すると、相手はエックスからだった。


『やぁ、森沢洋輔君。どうやら痛い目にあったようだね。でもまだ戦意は失って無くてよかったよ。丁度、舞台を考えてた所だったから、君たちの事を視て思いついたんだ。おっと、これはこっちの話だから気にしないでくれ。それじゃあ君には氷の能力を使っていた彼、榎園豊という名だ、彼と殺し合って欲しいんだよ。ただ一方的に君がなぶるのも面白くないからね。本気になった彼と君は丁度いい殺し合いをしてくれると思うんだ。どうしたら彼は本気になってくれるのか。それはもう考えてあるんだ。君にはある情報を渡そう。君には期待してるよ』


「相変わらず一方的だな。だが・・・・・・これは面白そうだな。榎園豊か。本気になったあいつか。それは楽しみだ。本気になってもなお俺には敵わないとこを見せてやる。そんでおめぇを殺して、冷血の女王を俺の物にしてやる。くくく、楽しみにしてろよ榎園?」

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