第4話

 10年後。


 小さな公園の見える病室の窓から、激しく蝉の鳴き声が聞こえている。病室のベッドには女性が横になっている、桜庭葉子だ。


 表情はすぐれないが、とても美しい女性へと成長していた。


 コンコン


 病室にノックの音が響いた。


「はい。」


 ドアが開き、女性が入ってきた。


「葉子さん、ご気分はどうですか?」


 彼女は山岸名津美、この病院の看護士で葉子の担当看護士の一人である。


「良くもなく、悪くもないです。」


「そう。気分転換に外に散歩でも行きますか?」


「いいえ、大丈夫です。」


「葉子さん、相変わらずですね。そろそろ私にも心を開いて欲しいな。」


「え、すいません。そんなつもりは。」


「ふふ、冗談ですよ。私がこの病院に来てから葉子さんの担当になってもう五年にもなるんですから。」


「……、私はもう、十年もここにいるんですね。」


「葉子さん……。」


「あ、ごめんなさい変な事言って。私は大丈夫よ。」


 葉子は中学三年のあの日体調を崩してから、足だけではなく身体のあちこちに緩やかではあるが機能の低下が見られた。それから十年間入院、退院を繰り返していた。そして、十年経ったいまでも治療法は発見されていない。


「葉子さん……、つらい?」


「大丈夫よ、名津美さんがいつも気にかけてくれているから。」


「本当に?ありがとう、よかったわ。」


「散歩はいいから、お話し聞かせてくれない?」


「ええ、良いわよ。お仕事片付けてすぐに来るわね。」


 葉子はいつも名津美に昔の話しを聞いた。自分には無かった学生時代の話しを。時折辛そうな表情を見せる事もあった。無理もない、彼女の青春時代はずっと病院生活だったのだから。高校生活も、卒業式も、成人式も。ずっと、ずっと……。








 場所変わって。


 とあるビルの一室。二人の全身黒ずくめのスーツで身を包んだ男がいる。一人は精悍な顔立ちの青年で、にこやかで人当たりの良さそうな男に何やら報告をしているようだ。


「7月4日、桜庭葉子は看護士山岸名津美といつもの様に会話、その顔には少し生気が戻った様な気がした。しかし、山岸名津美の青春時代の話しを聞いている時には悲しそうな表情を見せていた、自分の青春時代を考えていたのではないかと憶測される。」


「なるほど、いいでしょう。報告書はまとめておいて下さい。」


「はい。」


「どうですか?ソード君、人間とはどんなものか少しは分かってきましたか?」


 人当たりの良さそうな男が問いかけた。


「まだよく理解出来ません。」


「そうですか、少し複雑な人間に当たってしまったようですしね。まだ二週間です、ゆっくり理解していきましょう。」


「はい、分かりました。スレイブ先輩」


 ソードと言う男は淡々と答えた。


 つづく

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