第6話 このゲームの先にあるものは? その2
前回ゲームにはゴールがあると書きました。
このゲームのゴールはどこかというと仏教でいうところの彼岸なのです。
そこまでたどり着いたらゲームクリアという訳です。
そしてなぜ人はゲームクリアを目指さなければならないのでしょうか?
俺はこのゲームが好きだからずっとやっていたいんだという人もいるかもしれません、でもそういう訳にもいかないのです。
何故ならこのゲームは更新される時が必ずくるからです。
例えるならファイナルファンタジーXIVからファイナルファンタジーXVになるようなものだと想像してください。
そして、そもそも宗教本来の目的は一人でも多くの人をゲームクリアに導くことであり教典はその為のマニュアルといったところでしょうか。
では、ゲームが更新されるとどうなるのか?
釈迦は「この世に立てた仏法も滅する時がくる」と言っています。
なぜ仏法は滅するのでしょうか?
それは、更新されるとゲームの内容が変わってしまうからです。そうなると今までのマニュアルは使えませんね、だから仏滅になるのです。
そしてゲームが更新される時がくると人間は二つのグループに別れることになります、ゲームクリアが出来た人と出来なかった人にですね。
キリストはそれを最後の審判と言ったのです、何故ならクリア出来なかった人はもう二度とクリアする機会がなくなるからです。
ゲームクリアが出来た人は次のステージに行くことになるのでしょうが、出来なかった人はどうなるのでしょうか?
私には分かりません。
仏教では輪廻転生を説いています。
でも、セーブポイントを設定して続きはまた次の機会にすればいいじゃないかという訳には行かなくなるのです。
では更新される時はいつ来るのでしょうか?
大本教は「炒り豆に花が咲く」時だと言っています。
炒り豆に花が咲く時それが終わりの始まりになるのです。
つまりこのゲームは最終章に入ったのです、いよいよ大詰めです、ラストステージです。
さあ、隠し事ができる世界の終わりの姿を見てみようではありませんか。
つづく
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