受話器から聞こえる声は?

小道けいな

受話器から聞こえる声は?

 僕は霊感がある。

 幻聴といわれたらそれまでかも知れないけれども、何かいる気配や音は耳にすることがある。そもそも、どれが本当に霊か、分からない事があった。

 例えば……、


 電車の中で大音量でしゃべっている女性がいた。特定の人を差別することをさんざん言っている。その周りのその人がいるのか不明だ。

 混んでいない車内で、その人がいること自体が幻か、僕が見ているものが幻か悩む。

 その人が叫べば叫ぶほど、寒くなってくる。

 これは常識を逸脱しているものだからかもしれないし、霊だからだろうか?


 生放送の番組で、コメントを求められている大学の教授。

 そのコメントは電話を通して行われる物だった。

 司会者との会話中、大学の教授の音声には犬の鳴き声もひろっていた。

 大学ではなく、きっと自宅にいるんだろうと僕は想像する。

 犬が二頭くらいいて、飼い主である教授がいるから吼えているんだろう。

 ただ、その音が本当に聞こえる物か分からない。

 そもそも、会話とは関係ないことで司会者が犬の話題をふることもない。

 その教授が本当に犬を飼っているかわからないことだ。


 以上はそれが本当にあるのか、霊のものかわからない話。


 在宅勤務が盛んになったとき、僕は上司に電話をすることになった。

 パソコンを通じておおむねできるとしても、テレビ電話システムとか使わないと、なかなかやりとりが難しい点もある。

 緊張するけれども上司に電話を掛けた。

 久々に聞く上司の声。

 仕事の話をするとしても、なんとなくリラックスしている感じが互いにあった。

 上司の背景から幼い子の声で「パパー」と聞こえる。何かおしゃべりする声もする。

 何か見せたい物があってきたのかなと勝手に考える。

 僕はほほえましい光景だと思うと同時に、上司はその可愛い声を無視して僕と話しているのだと思うと申し訳ない気にもなる。

 つい「ふふっ」と小さく笑った。

「どうしたんだ?」

 上司が尋ねてくるので素直に「僕、少し待ってますから、お子さんと話していいですよ」と言った。

「な何を言っているんだ!」

 上司は怒鳴りつけてきた。いや、動揺しているようにも聞こえる。

「え?」

 僕はこの瞬間、聞こえて葉行けない物を聞いたのだと気づいた。

 恐怖ではなく、上司は怯え、怒っている。

 上司が怒鳴った背後でも、あの子どもの声は続いている。

 かき消されるはずの音量のはずだ。

 それなのに、子どもは無邪気に「パパ、パパ」と言っている。

「すみません、こっちの近所の子みたいです」

 僕は上司の取り乱し方に困惑しつつ、言ってはいけないことを口にした気もしたため、謝罪した。

 謝罪した声が異様に震える。

 それは、その声が電話越しに聞こえてくる。

 僕の携帯電話が問題なのだろうか?

 これまで聞いたことはない。

 いや、メールやSNSが中心で通話機能はほとんど使ったことがない。

 家の中のような静かなところで使ったことはない。

 だから、初めて知っただけかもしれない。

 僕が取り憑かれている?

「驚かせるなよ。で、例の件、よろしくな」

「あ、はい。済みませんでした」

 安堵した声の上司にほっとし、僕は電話を切った。

 携帯電話に耳を当てる。

 音はしない。

 試しに別の所に電話を掛けてみるべきか、非常に悩む。

 相手が男性の方がいいのか、別のところでもいいのか? パパ、なのだから男性の方がいいだろう。

 あの上司のプライベートをしらないことに気づいた。

 別に個人のことをあれこれしゃべる必要もない。それに、一緒に仕事していても気にならなかった。

 だから、どうでもいい。

 しかし、こうなると、上司の慌て方も気になるし、僕自身の耳も気になる。

 いや、上司が怯えたのを考えると、僕の耳は正常なのだろう。

 逆に、上司の過去、プライベートについて聞くのは怖かった。

 地雷のような気がする。


 翌日、その上司にメールを送った。仕事の仕様書がまとまったからだ。

 上司の返信はその日はなかった。急ぎではないけれども、それまでも上司の行動からは不思議な気もした。


 それから三日経ったとき、警察官が来た。

 非常に驚いたけれども、言っている意味が分からなくて恐怖を覚えた。

 上司と最後に電話したということであるという。

「子どもの声が聞こえたと言ったら、すごく怒鳴ってきました。上司のプライベート知らないので、子ども関して何かあったのかと思うと、申し訳ないことを言ったかもしれません」

 僕は素直に言う。

 犯罪になるようなことをしていないはずだから。

 堂々としていよう。

 でも、怖いなぁ……。

 警察の人はうなずいた。

「別に、犯人がどうのってことではないので安心して下さい」

 安心できないから怯えているんだって!

 変な格好していて職質されないかどきどきするのと同じで。

「何かあったんですか? メールも来ませんし、ちょっと気にはしていました」

 電話の後の行動を問われた。

 やはり、何かあったみたい。

 ただ、僕は、家に引きこもるスキルがあるため、本当に在宅していた。買い物はこれから行こうとしていたくらい、一週間分まとめて、車あるってこういうとき素晴らしい。

「ありがとうございました」

 警察の人たちは立ち去った。

 彼らもなんとなくほっとしているから、なんとなく聞いただけ?

 でも、何があったんだ?


 何事もなく必要な物を買い出しにいき、戻ってくる。

 翌日、会社から一斉メールが来ていた。

 あの上司の訃報。突発的な物だったらしいということ。

 喪主は父親であり、ご時世的に家族で葬儀するということだ。

 その上、心配事があれば連絡するようにと各種連絡先アドレスや電話番号が掲載されている。

 僕の電話のあと、自殺?

 何があったんだろう。

 子どもの声がしたというのはどういうことだろう?


 同僚からチャットの申し出がある。

 僕が応答すると、彼は切り出した。

 ――君に罪を暴かれたとか遺書があったていうんだけど、なんで?

 僕が罪を暴いた?

 おかしい、何も知らないよと返す。

 ――喪主が父親というのはおかしくないか? あの人、奥さんと四歳くらいの子がいるのに。

 僕はぴんときた。

 あのとき聞こえた声はたぶんそれより小さい子だと思う。僕の周りに子どもいないから正確ではないけど、なんとなく、もっと舌足らずで幼い声だ。

 それに、在宅勤務なら、奥さんが子どもを止めたり……いや、待て。

 上司の奥さんの職業を聞くと専業主務だと返ってくる。

 それなら、在宅勤務なら止めてくれるはずだ。

 僕は上司の家族構成知らなかったことを告げると、同僚は驚いた。

 ――そういえば、あの人、妻子の自慢最近していないかも。君がうちの部署に来た頃には……まさか、事件性があるのか?

 ――自慢? 僕が電話で子どもの声がするからって話を振ったら、怒ったぞ。

 ――えー。まさかと思うけど、あの人の罪って……。

 妻子、殺害?

 そんな、小説のようなことあるわけないよな、と僕は笑う。

 ――つまり、妻子殺害をして、うまくもみ消せたと思っていたのに、ひょんなことでばれた? 良心の呵責に耐えかねての自殺?

 上司が殺人はしたとしても、アクティブだった人ではないのが助かった。

 下手をすれば、僕が消されていたかもしれない。

 どっちにしろ、上司がしたかもしれないことや、僕との関わりは推測だ。


 上司の葬儀も無事終わったということを風の噂で聞いた頃、ニュースで山中から白骨化した母子の遺体が発見されたということ。

 鑑定結果、あの上司の妻子とのこと。

 まさかの……。


 僕の耳は色々聞こえる。

 でも、それを伝えるのは非常に難しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

受話器から聞こえる声は? 小道けいな @konokomichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ