映画大好きベルカさん














「今夜……うち、親いないんだ……」














 幼馴染みがいきなり自宅を訪ねてきて早々の台詞だった、と思っていただきたい。

 休日の午後三時のことである。

 あらためて思う。

 ベルカ・テンレンは美しい少女だ――背丈こそ小柄だが、その手足はすらりと長く、腰も高く、黄金の髪と相まって妖精を思わせる美貌である。

 潤んだ青い瞳は宝石のように澄んでいて、桃色の唇は蠱惑的ですらある。

 暖色のダッフルコートを着込んでいる姿も素晴らしく可愛い。





「だから――」





 少年は幼馴染みにベタ惚れだ。

 ゆえに、思わせぶりな誘いにも動じない。























「――オールナイト上映会しようぜリョーマ!!!」















「あ、うん。知ってた」





 そういうことになった。









 この街、ソラハラ市は飛躍的経済成長を遂げた都市である。

 その立て役者と言えるのは、今から一〇年以上前、この地域へやってきた巨大企業体オムニダイン・グループであった。

 オムニダイン主導による都市再開発は、寂れた地方都市に過ぎなかったソラハラ市を飛躍的に成長させた。

 耕作放棄された田畑しかなかった土地が、近代的高層建築の立ち並ぶ新市街へと生まれ変わり、臨海部の港は大きく拡張され、大型船舶の停泊に耐える最新の設備となった。

 要するにこの街はオムニダインの企業城下町となったのである。

 古くからの住人の意見はまちまちだ。街の景観も住む人間の質も変わったと不満を漏らすものもいれば、金回りが良くなりオムニダイン様々だという人間もいる。



 彼の幼馴染み、ベルカ・テンレンもそうした再開発の流れの中、引っ越してきた人間である。



 廃ビルで得体のしれない怪異――蜘蛛女と髑髏仮面――に襲われ、なんとか逃げおおせたのが昨日のこと。

 妹の友達が保護者の車に乗り込むのを見届け、自転車をこいで帰宅したときには午後六時ギリギリであった。

 三連休の初日に味わうにはヘヴィな一日だったし、どっと疲れが吹き出たのは言うまでもない。

 しかしリョーマはチョロいため、幼馴染みに誘われると断ることができない。

 ベルカはやることがあると言って、先に自宅へ帰ってしまったが。



――あいつ本当に映画好きだよなあ。



 かれこれ一〇年以上の付き合いである。

 ベルカの映画好きは幼少期からなので、今さら驚くようなことではないのだけれども。

 イヌイ家からテンレン邸――ベルカの家は邸宅と言うべき代物だ――までの道のりを、彼女の家の使用人が運転する車に乗せられていると、自分と彼女が幼馴染みで親しい付き合いがあること自体が大きな謎になる。



――何がきっかけだったっけな。



 彼が乗せられている車は、流石にリムジンではない。

 むしろありふれた普通自動車だが、車好きが見れば金のかかった一台だとわかる――そういう類の自動車だった。


 ベルカの家があるのはソラハラ市南部、再開発が進むエリアだ。

 新市街へのアクセスもよく、リョーマの済む西部からもほど近い、とても便利な立地である。


 何かの本で読んだ知識を思い出す――金持ちは建物の面積を横に広く取るものだ、と。

 テンレン邸のその例にもれず、広い庭のある二階建ての建物だ。建築会社のモデルハウスみたいに垢抜けた家で、敷地面積など気にせず広々とした設計である。

 漫画にでてくる誇張された金持ちの家とは違って、そこかしこに生活感があるから、かえって生々しく「ああ、金持ちの家だ」と思えた。

 自宅にエレベーターがある知人は、リョーマの知る限りではベルカぐらいだ。





 それから一〇分後。

 夕闇に染まる空の下、リョーマはテンレン邸の玄関に招き入れられた。


「ようこそ、リョーマ」

「お邪魔しまーす……どういう風の吹き回しだよ、ベルカ」

「いやー? お互い、高校入試は無縁でしょ? ここいらで楽しく進学を祝って幼馴染みパーティーすべきじゃない?」


 とってつけたような理由である。

 昼飯食べてたら思いついたから、ぐらいが真相なのかもしれない。


「今日、泊まりでいいんだよね」

「ああ。夕飯の準備だけしてきた。あとはナツミにもできる」

「健気だね、キミは」

「で、どこで見るんだ? 前みたいにお前の部屋か?」


 着替えの下着を突っ込んだリュックサックを肩から降ろしながら問う。


「――フッ。ついてこい」


 何故か自慢げな表情で胸を張るベルカ――頭一個分は背が低い相手にそうされると、必然的に少女の豊満な胸部が目に入るため全力で目をそらす。

 思春期の少年の繊細な自尊心が、幼馴染みの胸をガン見するという醜態を避けようと必死だった。

 ベルカについていくと、そこにあったのは――


「……ホームシアターってやつか」


 見るからに金のかかったオーディオ機器と防音仕様の壁。

 好事家が好む、自宅で映画館を再現しようとするためだけの部屋だった。

 わざわざ空いている部屋を改装したらしい。


「流石に最新の映画館には負けるけど、そこらの小規模シアターよりは音響にこだわってるよ」


 どこからそんな金が湧いてきたんだろう、と小市民たるリョーマが思っていると、ベルカはいい笑顔で親指を立てた。


「株で儲けた金を突っ込んだ」


 それはそれは嬉しそうな笑顔だった。


「スケールでかい小遣いだよな」

「個人的な資産運用で得たお金は好きに使っていいって親父に言われてるし」

「教授、お前に甘くないか?」

「可愛い一人娘に甘くならないで何が父親かー」


 そして今回見る映画の一発目はねーと、おもむろに棚からパッケージを取り出すベルカ。

 喜色満面の笑みだった。








「あの伝説の映画【世界終焉の大予言】の光学ディスクだよ!!」








「いや、知らん」


 ひしひしと嫌な予感がした。


「入手には苦労したんだよね……オークションでも取り扱い禁止で、そもそも流通自体してなかったからさー……」


 ニコニコしながら光学ディスクの入ったパッケージを掲げる幼馴染みはとても上機嫌だ。

 嫌な予感しかしない。


「流通してないってお前、それ海賊版――」

「何のことかなリョーマ」


 流された。

 いや、今さら深くこいつに追求しても仕方ない。

 合法的に手に入るならそうするだろう。今回はそうではなかったということか。

 良識ある小市民イヌイ・リョーマ一五歳としては顔をしかめたくなるが、ベルカはこういう奴である。

 そう思っていると。


「今回、海外で何故か今さら円盤ディスクが発売されてさ! 吹き替え字幕版に加えてオリジナル音声版もあるって言うから輸入しちゃった!」


 よくわからないが、ベルカが嬉しそうなのでまあよしとする。

 だが、これだけは言わねばなるまい。


「怪しげなカルト映画を幼馴染みに見せられそうになってる俺の立場は?」

「カルトじゃない、放映当時の年間興行収入二位のヒット作でロングラン上映! きっとリョーマのおじいちゃんやおばあちゃんも見てたはずだよ! 終末ブームは一般向け!」


 早口でまくし立てられた。

 異様にテンションが高い幼馴染みにかなり引きつつ――はしゃぎ回ってる小型犬を連想させる――ソファーに腰を落ち着ける。

 テーブルの上に飲み食いするものを持ち寄って、映画を見るのがテンレン邸での恒例行事だった。

 泊まりになる手前、お菓子の類ぐらいは持参すべきだろう。

 そういうわけでリュックサックからポテトチップスの大袋――二種類買ってきた――を取り出した。


「おっ、気が利くじゃん。映画鑑賞と言ったらこれだよね、ポテチ! コーラはうちの冷蔵庫にあったかなー」


 ドタドタと軽快に部屋を出て行き、コップとペットボトルを手に戻ってくるベルカ。

 一つくくりになった黄金の長髪が、犬の尻尾みたいにぶんぶん揺れていた。


「好きだよな、ジャンクフード」

「ジャンクフードは食事じゃなくて嗜好品だよ、リョーマ。美味しいとか美味しくないとか言ってるうちは素人」

「健康に悪いだろ、絶対悪い」


 言いながらもリョーマは海苔塩ポテトチップスの大袋を開封。

 ふんわりと青のりのにおいがして食欲をそそる。


「わたしは薄塩派なんだけど?」

「食べるだろ?」

「海苔塩も嫌いじゃあない」


 そう言ってベルカが割り箸を渡してくる。

 指を油で汚さずに食べるための配慮だった。

 そのとき、玄関のインターホンが鳴り響いたかと思うと、少女が嬉しそうな表情で戻ってきた。

 手に手に大量のジャンクフード――世界中で展開しているピザ・チェーンの宅配ピザだ。


「ピザもあるよー、Mサイズでマルゲリータとシーフードと炭火焼きビーフ。あとチキンナゲットも頼んでおいた」


 胃もたれしそうな注文だった。

 ベルカは小柄な身体に似合わぬ健啖家けんたんかである。

 ともあれ山ほどのジャンクフードに囲まれて、半世紀前の映画の鑑賞会が始まった。









 二時間後。

 イヌイ・リョーマは死にそうな顔でソファーにもたれかかっていた。


「…………なんだこれ」


 映画頭痛というものをご存じだろうか。

 TVドラマやTVアニメでも起こる症状だが、感性や嗜好に合わない作品を見てしまった人間に襲いかかる病である。

 主な症状は頭痛、めまい、倦怠感けんたいかん、軽い吐き気、抑うつ感などがあり、ストレスによる心因性のものが中心である。

 今のリョーマはまさにそれであった。

 青春の貴重な一二〇分間をドブにつけ込んだような後悔が襲いかかってきている。時刻はすでに午後八時を過ぎていて、外は真っ暗だろう。


 文字通り死にそうな顔のリョーマを横目に、ベルカは目をキラキラさせていた。

 むっふぅーと満足げなため息をもらし、嬉しそうにポテチをむさぼり食っている。


「画質はダビングしたVHSビデオぐらいだったけど、ノーカット版だったね……最高だったよ……」


 控えめに言って見るべきではない映画を浴びせられた心境のリョーマは、外宇宙からやってきた邪悪な寄生体に幼馴染みの身体が乗っ取られた可能性を真剣に考慮し始めた。

 まずこの発想がベルカに毒されているわけだが。

 もうすぐ息を引き取る重症患者みたいな、のろのろした動作で少女の顔を見つめるリョーマ――その意味深な目線をスルーし、ベルカは映画を振り返り始めた。


「五〇年も昔の映画だからこそ、だよね。当時の人口問題や環境汚染への問題意識が感じられる作りだったよ」

「そ、そうだな……?」


 【世界終焉の大予言】は前世紀の後半、もうすぐ人類とその文明は滅亡するという趣旨の終末論が流行った時期に製作された大作映画である。

 映画としての作りはオムニバスといっていい。

 異常気象、動植物の突然変異、環境汚染、食料難、天災、最終戦争などを題材に、ミニチュアと特殊メイクを駆使した特撮映像で地獄絵図を浴びせかけてくる。

 ほとんど動画で見る地獄絵巻みたいな映画である。


「いやーほんとさ、わたし、こういうの好きだな……ロマンがあるよ」


 うっとりと目を細めて口の端をつり上げる少女には、常と異なる色香さえあった。

 消耗しきったリョーマには、それにドキドキする余裕はなかったが。


「新型爆弾の毒素で発狂した南洋先住民が食人鬼になって襲いかかってくるところいいよね……あまりにも自然体で先住民を舐めてる……」

「ここまで政治ポリコレ的に正しくない映画ってあるのか……?」


 そりゃまあ腐るほどあるでしょ、とベルカ。

 悪趣味な見世物小屋モンド映画の収集家コレクターでもある少女は、ろくでもない映像が大好物だった。

 何が彼女をそこまで駆り立てているのか、リョーマにはさっぱりわからない。


「紫外線の異常な増大で爆発炎上するコンビナートのミニチュア特撮もいいよね……やっぱ爆発シーンは心の清涼剤だよ」

「お、おう……」


 ベルカはしみじみと反芻はんすうするように映画を噛みしめている。


「連続自動車爆発シーンで火だるまになる群衆はスタントマンにやらせたっていうからすごいよね……人心の荒廃で無軌道な若者たちがバイクで断崖絶壁に飛び込んでいく集団自殺シーンのスピード感、これはもう今の映画界も見習うべき……芸術的だよ……」

「そのスピード感必要だったか!?」

「あたぼうよ」


 自信満々だ。


「極めつけは最終戦争の後に生まれる新人類のビジュアルだね……全身の皮膚が凸凹に変異した新人類! 荒廃した世界でミミズをむさぼり食う姿に観客はとても嫌な気持ちになること請け合い!」

「グロテスクだったな……」


 疲れ切ったリョーマはもうツッコミの気力すら残っていない。


「まあこの新人類のビジュアルが原因で発禁になったんだけどね」

「なんでお前そこではしゃいでたんだ……?」


 思わず問いかけた。



「好きだから……悪趣味な映画が……人の尊厳が冒涜されてる映画って、逆説的にそれを信じてる感じがしてさ」



 虚空を見つめながらうっとりと呟くベルカ・テンレンは、控えめに言って危ないお薬を摂取してる中毒者ジャンキーの風格があった。

 言うか言うまいか悩んでいたリョーマは、その一言でキレた。


「やっぱり悪趣味な映画に人を付き合わせてたんじゃねーか!?」

「うん、ごめんね。次はリョーマが選んでいいよ」


 この女、絶対に反省していない。

 といっても映画のことはさっぱりわからない――たまに話題作を見に行くかどうかだ――リョーマには何を選べばいいかもわからない。

 そしてベルカが持ってきた候補は、間違いなく、ろくでもないラインナップだった。


「【霧】と【移民街】と【七つの大罪】のどれがいい? どれも名作といっていい作品なんだけど」

「見るからに暗そうなパッケージから選ばせようとしてないか、お前」


 ちっ、と舌打ちされる。

 どうしてベルカはこんなにもねじ曲がった根性になってしまったのだろうか。

 幼馴染みとして若干の責任を感じなくもないが、よく考えるとこいつの人間嫌いと露悪趣味と悲観主義は幼少期から変わっていない気がする。

 なんだってこんな奴に惚れてしまったのか。

 


――しかしまあ、惚れた弱みなんてそんなもんかな。



 苦笑しながら、うろ覚えの映画を見ることにした。


「あー、じゃあタイトルだけ知ってるやつで」


 結局、リメイク版【屍者の夜明け】――走るゾンビは趣味じゃないけど初心者向けならこれかなあ、とはベルカ談――を続けて鑑賞することになった。









 ジャンクフードで腹ごなしをしているとはいえ、二回連続で映画を見るのはきつい。

 ましてや残酷描写マシマシの映画となれば、それはもう精神的にも体力的にも消耗が激しくなろうというものだ。

 映画の展開も佳境になったころ、ぽつり、とベルカが呟いた。



「キミってさ、ゾンビ映画の序盤に食い殺されるお人好しなんだよ」



 珍しいことだった。

 ベルカは映画鑑賞中、人とおしゃべりするのが好きな質ではない。

 鑑賞後に感想を言い合うのは好きだが、映画鑑賞の邪魔になる会話はむしろ嫌っている。


「なんだよ、ぶしつけに」

「ちょっとね。キミってゾンビが人を襲うような状況になったら、自分より弱い、赤の他人を庇って噛まれちゃうタイプだなって」

「……かもな」


 ちょうど先日、廃ビルで得体のしれない怪異に出くわしたとき、リョーマはあの少女を見捨てられなかった。

 一人で逃げようと思えば、いくらでもそうできた。

 いっそあの娘を突き飛ばして、蜘蛛女が少女を襲っている隙に逃げれば確実に逃げ切れただろう。

 だが、彼はそういう選択肢を選べない。

 土壇場では選択肢として考えることすらできない人種だ。



「自分自身も守らずに、誰かを助けようとなんてすべきじゃないって――わたしはそう思うんだ」



 利他的と呼ぶには、あまりにも悲しいあり方ではないか、と。

 映画をじっと見ているベルカは、表情一つ変えずにそう言い放った。

 画面の中では、数人の生存者たちに対して何千何万というゾンビの群れが襲いかかっていた。

 一人また一人と犠牲になっていく、絶望的な戦い。


「……映画の話だろ。ベルカはどうなんだよ」

「わたし? わたしは……生存者を集めて支配する独裁者とか、そういうのが向いてるかな」


 映画じゃ悪者だし、最後はゾンビに押し倒されて喰われるか、主人公に殺されるのがお似合いだけど――と呟く少女は、すぐに消えてしまいそうに思えた。

 ああ、これだ。

 どんなに振り回されても、イヌイ・リョーマがこの幼馴染みから目を離せない理由は。

 ベルカは彼よりもはるかに優秀で、実際問題、リョーマが出る幕がないぐらいの天才である。

 そのくせ、いつか、ふっと消えてしまいそうな儚さを宿している。


「お互い、難儀な性格だよな。それなら――」


 冗談めかして、そっと隣に座る少女の方へ手を伸ばす。

 気づけば、互いの指と指が触れあっていた。




「――お前みたいなひねくれ者を信じるお人好しが、一人ぐらい、いたっていいよな」




 互いの顔を見ることはなかった。

 だからこのとき、ベルカがどんな顔をしていたのか、リョーマは知らない。



「……じゃあ長生きしろ、ばーか」



 少女の呟きは、祈るように切実だった。









 上映会が終わるころには、午後一〇時をとっくの昔に通り越していた。

 泊まりがけでのオールナイト上映会とはいえ、インターバルの休憩時間は必要だ。

 んっんーと背伸びする少女が、開けっぱなしのリュックサックに目を止めたのは不幸な事故だった。


「リョーマ、着替え持ってきたんだ?」

「一応な」


 リュックサックからはみ出している下着は、ポテトチップスの大袋を空けるとき一緒に出てしまったものだ。

 まあ夏場ならいざ知らず、今はまだ二月下旬である。

 まだまだ肌寒いくらいだし、一晩中、映画を見るだけなら交換の必要もないかもしれない。

 そう思いながらリュックサックの中を覗いて。

 気づいた。



「…………あっ」



 蜘蛛女に襲われたあとの混乱によって、リョーマ自身すっかり忘れていたものだから、リュックサックの中身を出さずにそのまま幼馴染みの家に来てしまったのだ。

 暗色のビニール袋で覆われているものの、表紙を見られただけで少年の尊厳が粉みじんに砕け散ること請け合いのブツ。

 成人向けの雑誌が入っている。

 有り体に言ってエロ本である。

 それが、よりによってベルカのすぐそばに置いてある。


「あれ、本屋の包みだ。何の本?」


 めざとくベルカは気づいた。


「……参考書だ。高校に備えてだな」

「リョーマ、推薦でもう進学は決まってるよね。そんなに勉強熱心だっけ、キミ」

「高校進学を機にな? 勉強を、こう、な?」


 墓穴を掘った。

 金髪の少女は青い瞳を好奇心で輝かせている。

 やめろ、本当にそういうのやめろ。

 だらだらと汗をかき始めたリョーマを見て、彼女も中身を察したらしい。



「いやいやいや? わたしは何も見なかったから安心したまえよイヌイ・リョーマくん?」



 鼻で笑いながら、ベルカ・テンレンは部屋を出て行った。

 それはたぶん、思春期の男子に対する慈悲だった。



「ち、ちくしょう……!」



 リョーマを両手で顔を覆って泣いた。

 男泣きだった。






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