第370話 竜狩人

 山奥の寂れた村で突如として始まった狩猟祭。

 狩られた竜が次々と運び込まれてくると祭りの盛り上がりは異様な熱を帯びて、いよいよ村人総出で作業に追われるようになった。

(……これは盛り上がっているというより、忙殺されている感じだが……)


 処理作業の手が回り切らない鋭爪竜の死骸は、無駄にするくらいならと作業に参加させる予定のなかった村の子供達の解体練習に使われた。

 山奥で暮らしているだけあって、動物の死骸に物怖じする子供は少なかった。なんならずっと農業ばかりしてきた大人などよりも積極性があり、初めはおぼつかなかった刃物の扱いも見る見る間に上達していく。


 まあ、子供がやることなので捌かれた鋭爪竜は、皮などとても売り物にできるものではなく、肉もかなり骨に残されたままで無駄が多い。それでも、何もせずに捨ててしまうよりは遥かに得られるものが多かったといえよう。それは物質的に得られたものだけでなく、子供達の経験として得られたものだ。

 もしかしたら本当にこの村は生まれ変わるかもしれない。竜狩人の村として。


『クレス? 村の方はどう?』

「レリィか。こっちはまあどうにか作業を回せているといった感じだな。回収班と処理班の人数調整がそろそろ必要かもしれん。どう見ても解体に時間がかかっている。後でお前にも解体に回ってもらった方がいいかもな」

『あ~、そういう感じかー。村であまり狩りをやってこなかったから、当然、解体も経験が少ないよね……』

「……どちらかというと、お前の狩猟数が過剰で手が回ってない。そんなわけだからお前には回収班の護衛を優先してもらう。血の匂いに誘われてやってきた猛獣と回収班がぶつかる危険性が高いからな。村人で編成した護衛班では気休め程度にしかならん。それよりは回収に専念させて、向こうから近寄ってくる猛獣はお前に狩ってもらうのが一番無駄がない」

 現状では回収の手も足りていないので、護衛班は回収班に混ぜて回収作業をやらせている。その代わり、回収作業に集中している村人達に危険が及ばないように俺が森の獣の動向を監視していた。村人達に近づく猛獣の類がいるようならレリィに連絡して排除させるのだ。


「まったく……手の足りない所は俺の負担が増えるばかりだな」

『……ビーチェやセイリスがいてくれたら、護衛に割く人が減って楽だったんだろうけど。二人とは、あたしとクレスみたいにこの術で連絡取れないの?』

「無理だな。あいつらにはこの術式の連絡媒体を渡していない。こんな複合式の儀式呪法、燃費が悪すぎて連絡用に使うことなんて想定していなかったからな」

『召喚術で手帳による定時連絡はしているんだよね?』

「朝方に一度な。人目につかないよう街道を外れているのもあって、何度も迷いながら進んでいるらしい。何の目印もない広大な森林地帯を抜けるのには時間がかかるだろう」

『それなら、もう一日くらい狩りの時間取れそう?』

「それはなしだ」

 レリィの甘い提案に俺は即答した。俺達はそもそも隠れながら行動しなければいけない立場だ。

 今日の狩猟祭も俺が許可したのには理由がある。


 俺がこんな小さな村の狩りに複合式の儀式呪法まで持ち出したのは、周辺に脅威となるような敵が潜んでいないか探るためでもあった。

 一度、付近に敵がいないことさえわかれば、あとは目立つ行動は可能な限り避けるべきだ。

 ……本来なら術式を解いて隠れ潜むべきなのだが。

 そこを曲げてレリィの我がままを聞いてしまったのは、ここがレリィの故郷であり、彼女の実家にある地下室で見たものが俺の判断に影響している。

 今の俺は合理性を徹底できていない。これは致命的な隙になりかねない。


 それでも、この村とレリィに深く関わる機会を逃してはならない。

 このまま国外逃亡の流れになってしまえば二度とこの村に戻って来られないかもしれない。そうなれば、レリィの秘密もわからないままになってしまう。

 どこまでも自分本位の考えだ。自分と仲間の身の安全を考えたなら、息を潜めて逃亡に徹するべきなのに。

(……それでも、掴みかけている真実を自ら見逃す選択はできない。我ながら、未練がましいことだ……)

 己の欲深さを自嘲して、思わず乾いた笑いが漏れる。

 今や一流騎士さえ実力で超えたと自負しているのに、いざその騎士の力が解明できそうになれば興味を持たずにはいられないのだから。


『……? なんで笑ってるの、クレス?』

「いや、大したことじゃない」

『そう? じゃあ、そろそろ次の竜を狩りに行かない? 回収作業も進んでいるんでしょ?』

 俺の小さな笑い声を聞きつけたレリィが、こちらに余裕ができたと思ったのか早速、狩りの続行を要求してくる。

 こいつも大概、自分の欲求には素直だ。お互い様ということか。


「村の連中もだいぶ動きがよくなってきた。小物の群れはほぼ掃討できたことだし、標的の種類を大物に移してもいい頃合いだろう」

『それじゃあ?』

「竜狩人レリィの本気を見せてもらうぞ」

『待ってました!』

 ずどん、と真鉄杖で地面を突いたであろう音が聞こえてくる。小物狩りばかりで力を持て余していたようだ。

 俺は森の中に生息する竜種を探査した。あまり遠くのやつを標的にしてしまうと回収班が辿り着けないので、なるべく近場にいる大型竜種を目標とする。


「……よし、標的を定めたぞ。ちょうど村人連中の回収現場に近づく竜の個体がいる。かなり大物だな。都合がいい。紅玉の魔蔵結晶から出る光の先へ向かえ。誘導する」

『了~解!!』

 レリィの首に下げられた紅玉の柱状結晶から、標的となる竜種がいる方向へ赤い光線を飛ばしてやる。

 大型結晶板に深緑色の長い髪を棚引かせて走り出すレリィの姿が映った。その姿は一切の疲労を感じさせず、森の木々を障害と思わせないような全力疾走を見せつける。


「回収第二班! 大きめの竜が一匹、東方向からそちらに近づいている。周囲の警戒をしつつ、その場をすぐに離れろ。方角を間違えるなよ」

 俺が指示を飛ばした回収第二班が慌てて獲物の回収を済ませて、その場から急いで逃げ出す。ただ急ぐといっても荷車を引きながらなので速度には限界がある。

 竜も獲物が移動したのを敏感に感じ取ったのか、村人達を追いかける動きが速くなった。

「まずいな。レリィ、急げ。村人達が狙われている」

『えっ!? それはダメ!』

 レリィの走る速度がぐんと上がる。道の選び方が雑になった分、邪魔な木の枝などは真鉄杖で叩き落としながら最短距離を進んでいく。


 竜もまた走る速度を上げていた。これは完全に村人達を目標として捉えている。

 そして、ついに村人達の背後へと大きな竜が姿を現した。後方で荷車を押していた村人が竜に気が付いて悲鳴を上げた。

 ずしん、ずしん、と通信越しにも伝わってくる竜の足音が、次第に加速して村人達へと迫ってくる。

 竜が大口を開けて牙を剥いた瞬間、横手からレリィが飛び出して来て、竜の牙を真鉄杖で殴打して何本かを折り砕いた。


 たまらず頭を振りながら後退する竜。

 レリィが正面から竜を捉えたことでその全容がはっきりと映像として映し出される。回収班が遭遇した竜は、人の頭をまたぐほどの大きさをした肉食性の竜種。

『……獰猛竜ゴルゴサウルス

 わずかに緊張感を含むレリィの声が聞こえてくる。

 大型結晶板に映った竜の威容に、解体をしていた村人の手が止まる。


獰猛竜ゴルゴサウルスだって……?」

「あんな怪物が村の近くをうろついていたのか……」

「でかすぎる……」

「あの娘は一人で本当に大丈夫なのか……」

「騎士にまでなったレリィだぞ! やってくれるさ!」

「そうさ! ここまでの活躍だって皆、見ていただろ! レリィならやってくれる!」


 たった一人で巨大な竜と向き合うレリィの姿を村人達は固唾を呑んで見守っていた。

 このときばかりは俺も解体の手が止まるのを注意しなかった。作業を中断してでも、村人達はレリィの戦う姿を見届けるべきなのだ。

 これまでレリィが村のためにどれほど恐ろしい竜種と戦い続けてきたか。


「おい、レリィ。まさか怖じ気ついたわけじゃないだろ。ただのデカい蜥蜴だ。魔窟で戦った魔獣と比べたら大したことないぞ」

『そうだね……。そうだった。しばらく獰猛竜は狩っていなかったから、昔、苦戦したことを思い出しちゃったんだ』

「苦戦……そいつはいつの話だ?」

『十二か、十三歳くらいの頃のこと!』

 八つに結い分けた深緑色の髪がざわりと宙に浮く。素早く姿勢を低くした後、爆発的な脚力でレリィは白い影のように走った。


 レリィの接近に気が付いた獰猛竜がぞろりと並ぶ牙を見せつけ、シャハァアッ!! と威嚇の咆哮を吐き出す。頭上から浴びせかけられるその声にあてられれば、並の動物なら立ち竦んでしまうほどに恐ろしい咆哮だった。事実、レリィの後ろにいた村人達は腰が抜けて立てなくなっている者が数名いる。

 咆哮と同時に獰猛竜が駆けだした。いつでも標的をその顎に捉えられるように、大きく口を開きながら迫る。

 だが、レリィはまるで気にした様子もなく瞬時に獰猛竜の目前へと飛び込み、腰の後ろに構えていた真鉄杖を体の捻りと共に一気に振りぬく。


 刹那、鋭い斬光のように閃く深緑の軌跡。真鉄杖の先端にわずかだけ込められた闘気の光が、獰猛竜の顎を粉々に打ち砕いた。

 すぐさま真鉄杖を胸元に引き寄せて、息つく間も置かず突きに転じて獰猛竜の眉間を貫く。穂先の鋭い槍のごとく、深々と真鉄杖の先端が獰猛竜の眉間に潜り込み脳を破壊した。

 まるで曲芸でも見ているかのような、一切の無駄がない闘気の制御と狩りの立ち回りであった。


 あまりにも一瞬のことで何が起きたか理解が追いつかない村人がほとんどで、村の広場は静寂に包まれていた。しかし、獰猛竜の巨体がゆっくりと横倒しになるのを見て、村人達から大きな歓声が上がった。

 村の広場に再び活気が溢れる。それまで次から次へと運ばれてくる獲物に焦るばかりだった広場の雰囲気は、レリィの戦いぶりで興奮が最高潮に達し、自分達もやってやらねばという気迫が生まれて解体作業にも熱が入り始めたようだった。


 レリィの狩りの様子は村の若者達にもいい刺激になるだろう。

 元々、狩りの様子を村の若い連中に見せたいという話はレリィから相談されていた。

 一流騎士が行う狩りなど見ても素人には参考になるものではないが、何かしら残せるものがあればいいとの想いがレリィにはあった。あるいは、首都に出て騎士になるには、どれほどの実力が必要なのか現実を見せるという意味合いもあるのかもしれない。



 狩猟祭はその後、深夜まで続いた。

 さすがに陽が落ちてしまっては狩りの継続はできない。レリィが狩った獲物をどうにか村人総出で回収してきて、今度は回収班も交えて竜の解体作業が行われたのだ。

 長時間に渡り儀式呪法を使い続けた俺は、さすがに疲労を感じた為、村人が広場で竜肉の解体と保存処理の作業に追われているのを横目に休憩していた。レリィのやつはあれだけ森の中を走り回って狩りをした後だというのに、疲れた様子もなく解体作業の手伝いをしている。解体の手捌きも玄人で、村人達の良い手本になっていた。


 昔よりも格段に腕を上げたレリィは、村人が驚くほどに見事な狩りをしてみせた。

 解体作業中の今も村人に囲まれて、尊敬され、頼られている。村人に受け入れられるレリィを見て、あるいは彼女の幸せがこの村で暮らすことなのではないかとさえ思ってしまう。

 だが、それは今更な話だ。

 一流の騎士となったレリィが活躍する場として、この村はあまりにも小さすぎる。

 あるいはありえたかもしれないが、いまやありえないことでもある。


 広場で篝火を焚いて、徹夜で竜肉を処理する村人達を眺めながら、俺は一つの懸念について考えていた。

(……この近辺の竜種がやたらと多い理由。もしかすると『竜宮の魔女』が関わっているのかと思ったが……無関係だったか。これほど暴れても明確な反撃がない)

 今日一日、周辺に魔導技術連盟の追手が潜んでいないか、狩猟祭のついでに広範囲へ索敵をかけ続けたが、それらしき敵の姿はなかった。

 竜種を派手に狩れば『竜宮の魔女』が黙って隠れていられず飛び出してくるんじゃないか、などと考えもしたが杞憂だったようだ。


 村周辺の竜種を狩り尽くしたこともあり、夜の森には獣の気配もなく静けさが漂っていた。

 森の中にある小さな村だけが奇妙な活気に満ちていて、解体作業の傍らで焼かれた竜肉が村人達の夜食となっている。おまけで魔導飛行船の事故で避難してきていた者達にも竜肉が振る舞われていた。

 最初こそ突発的な祭りに巻き込まれた形で困惑していた村人達だったが、祭りの後半には皆が熱に浮かされた様子で狩猟祭を楽しく過ごしていた。



 夜が明けて空が白み始めた頃、ようやく竜肉の処理作業が一通り済んで狩猟祭は終了した。

 村人達も各々、処理された竜肉や皮素材などを分け前として受け取って家路についている。

 肉は各家に持ち帰った後でさらに燻製にしたり、骨や皮素材は加工して道具にしたりとやることは多いだろう。それでも、これだけの肉と素材が手に入ったなら、冬を越すには充分すぎるほどだ。元々、自給自足はできていたので竜種の脅威さえなければ穏やかな生活が送れるだろう。


 朝の肌寒い空気の中、俺とレリィは二人並んでレリィの実家へとゆっくり歩きながら帰っていた。強い風が吹く度に、森の木々がざわざわと葉擦れの音を立てる。季節的に暖かい気候の時季であるはずだが山の朝は気温が低くなることもあって、風が吹くと鳥肌が立つほどに冷えた。

「終わっちゃったね、狩猟祭」

「やっと終わった……というか、よく終わったと言いたいが?」

「あははっ。お疲れさま」

 俺は深夜から朝方にかけて一刻ほど広場で仮眠を取っていたが、それで疲れが取れるわけもない。それから起きてみれば、血の匂い漂う広場で血まみれ笑顔のレリィからおはようの挨拶だ。悪夢でしかない。


「ありがとうね。村のために協力してくれて」

「はぁ? 勘違いするな。村のためじゃない」

「あ~……はいはい。いつものやつね。自分の利益のためでしか動いてないぞってやつ」

 俺がこんな村のために尽力したなどと思われるのは心外だ。

「そうだ。俺は俺の利益のために。つまるところ、お前のために動いたんだからな。勘違いするなよ」

「あはは、もー、勘違いなんてしないって。クレスがあたしのために動いたなんてさ~」


 ……今ので何がどうして伝わらなかったのだろうか。俺の本音が。

 しばらくレリィの表情を窺っていたが、彼女の顔に理解の色が浮かぶことはなかった。

 こいつ、勘違いしてやがる。


「まあいい。とにかく今日は疲れた。家に戻ったら寝るぞ」

「添い寝してあげようか?」

「勝手にしてろ。昨日も一緒に寝ただろうが」

「昨日じゃなくて、もう一昨日のことだよ」

「……くそ、日の感覚が狂ってやがる」

 俺らしくないボケに、レリィが「くくく……」と歯を見せて笑った。



 レリィの家に着いた俺達は、手早く湯浴みをして体の汚れを落とした後、寝台へ倒れ込むようにして眠りについた。

 そういえばビーチェ達はまだ合流に時間がかかるのだろうか、と夢うつつにぼんやりと考える。

 外では強風に揺れる葉擦れの音がざあざあと鳴っていた。

 嵐が近づいているのかもしれない。

 こんな山奥の村で足止めを食うのは面倒だな、と思いつつ俺の意識はいつの間にか深い闇に沈んでいた。

 微かに鼻先に香る深緑の匂いを清々しく感じながら。

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