第368話 復興の光

 レリィの故郷であるこの村にいられる時間はそう長くない。

 ビーチェ達と合流するまでが期限だ。

 空いた時間があるとすれば今日一日。最長でも二日か三日ぐらいだろう。その限られた時間でレリィはこの村にしてやれる最大限のことを考えた。


 まずは村全体に話を通すため、俺達は村長の家に朝早くから押しかけている。

「狩猟祭……ですか? 準備もなく今日……?」

 急な申し出は村にとっても多大な負担となるだろう。それでも、現状を放置するよりは遥かにいい結果をもたらすはずだ。


「俺達がこの村にいられる日程は、長くてもあと二、三日程度だ。改めてこの村に来ることもない。今だからこそ、この機会になら村の問題を一掃してやれる。その為の狩猟祭という体裁だ」

「あたしの我がままだから、勝手に一人でやってもいいかと思ったんだけど、せっかくだから村の利益になればいいなって……。そういうことだよね、クレス?」


 俺達が村に提案したのは、レリィによる村周辺の竜種討伐。今日一日で狩れるだけ狩ろうという乱暴な話だ。ただし、条件として俺が村に望むのは、その狩猟の様子を村の者全員に見せること、それから大量に狩られるであろう竜種の素材回収である。

「しかし、村の者には予定していた畑仕事などもありますから……。急に声をかけて人を集められるかどうか……」

「村長、理解してないわけじゃないだろう。この村の現状を。今のままなら遠からずこの村は消滅する。その未来を回避できるかもしれない希望を見せてやると言っているんだ。レリィ一人に任せるなら多少の竜種を狩ってそれで終わりだ。村の未来は何も変わらない。だが、村人全員が参加するという条件なら、俺も力を貸してやる」

「なぜ……村人全員の参加が条件なのですか?」


 村長の質問にレリィも不安そうな表情で俺の顔色をうかがう。わからなくても仕方ない。

 この身勝手な村を少しでも助けると決意したのがレリィの我がままだというなら、村人全員を巻き込んだ祭りにするべきと提案したのは俺の我がままだ。

「俺は当事者意識を持たず、他人任せの連中に力を貸してやるつもりはない。だが、形だけでもお前達が本気を見せられるなら、気まぐれ程度に手伝ってやってもいいと言っているんだ。一級術士をただで動かす条件としては破格だぞ? 要するに俺の機嫌を精一杯取って盛り上げろってだけだからな」

「……村長さん。あたしだけだと竜種を探すのに時間がかかって、狩れる数には限度があるんだ。でもクレスが竜の群れの探知を手伝ってくれるなら狩りの効率が段違いに高くなる」


 村長は困惑していた。ただ、俺達の本気は伝わったようだ。

 そして、レリィは村への親切でやる気だが、俺は別に気乗りしていないことも。ここで話に乗らなければ、この村には何も起こらない。ゆっくりと衰退していって、惨めな廃村を迎えることになるだろう。

 だが、今ここで決断すれば何かが変わるかもしれない。そんな微かな希望を見出したのだろう。村長は一度、深く呼吸をすると同じ部屋で話を聞いていた孫娘に声をかける。


「急いで村の者全員に声をかけてきなさい。伝言を他の者にも強く頼んで、半刻以内に、山へ入れる服装と解体道具を持って広場に村人全員が集まるように。他の仕事は全て後回しでよい。一級術士クレストフ様と騎士レリィ殿から緊急の通達があると……。それで、よろしいでしょうか?」

「ああ。広場に人を集められたら、口火を切る役割くらいはしてやる」

「助かります。それであればなんとか私共も無茶を通せます。村の未来を本気で考えて頂き、感謝いたします……」

 村長は深々と礼をして、頭を下げたまま感謝の言葉を述べた。



 村長が言っていたように、半刻のうちに村の広場には人が大勢集まっていた。

 狭い村での催しである。参加しなければ後で責められ、仲間外れにされる恐れだってある。田舎の人間関係というのは面倒なところがあるが、小さな社会を維持していくには、一致団結するための強制力をもった繋がりが必要なのだ。それゆえに集合しろと突然に言われても対応できる。


 予定のない狩猟祭などという催しに強制参加させられた村人達は誰も彼も困惑していたが、前日に村近くに魔導飛行船が墜落したり、首都から一級術士と村出身の騎士がやってきたり、緊急事態が起こる心の準備はできていたのか大きな混乱もなく、動ける村人は老若男女が全て集まっていた。


「集まったな。時間もあまりない。早速始めるぞ」

 俺は広場でも少し高台となった場所に完全武装したレリィを連れ立って、拡声の術式を使いながら村人達に狩猟祭の説明を始めた。

 説明といっても村人の同意を得るような丁寧な説得ではない。決定事項を伝えて、従わなければ村の未来はないと言うだけの脅しだ。


「俺は以前にもこの村へ立ち寄ったことがある。そのとき既に、この村の衰退は始まっていた。あれから数年でさらに村は寂れてしまった。それは、今や俺の専属騎士となったレリィ一人に狩りを任せきっていた怠慢だ。レリィが村を出た後で、すぐに対策を立てて次の狩人を育てていれば、こうはならなかったかもしれない。だが現実はどうだ! 狩人を軽視し続けた結果が今の村の現状だ!」

 村を激しく批判する俺の言葉に、しかし村人達から反論はなかった。もう、理解して、諦めるほどにはわかりきった事実なのだろう。


「今日一日、俺達が手を貸してやる。墜落した魔導飛行船の避難者を助けてくれたこの村への義理を果たそう! 一級術士とその騎士の力があれば、この村の行き詰った現状を振り出しに戻してやることが可能だ! だが、そこから先は村の者達で未来を切り開いていかねばならない! そのためにも、これから起こる変革の瞬間を皆が目に焼き付けておく必要がある。ゆえに! 本日、現時刻より『狩猟祭』を開催する!!」

 村人達からざわめきが起こった。何のことだかわからないが突然に開催を宣言された狩猟祭とは?


「これから俺とレリィで、村周辺に増え過ぎた竜種を狩り尽くす! 村の者は戦闘に巻き込まれないよう注意しながら、討伐した竜の肉や皮などの素材回収をすること! 回収した素材は全てこの村の財産となる。冬を越すのに保存食を作るのもいいだろう。近くの街へ売りに行く革製品の材料としてもいい。準備は不十分だろうが、この狩猟祭が開催できるのは今このときをおいて他にない。与えられた機会を無駄にするな! 今日一日に賭けろ!!」


 演説はここまでだ。

 俺は演出の一つとして、見た目をやや大仰にした探査用の術式をその場で発動した。

 それは曹灰硼石ウレキサイト虎目石タイガーズアイ鷹目石ホークスアイ天眼石アイズアゲート、四種類の魔蔵結晶を同時に起動させる複合探査術式。


(――見透かせ、そして映し出せ――)

光路誘導こうろゆうどう俯瞰投影ふかんとうえい!!』

 厚い板状をした曹灰硼石ウレキサイトの大型結晶が広場の真ん中に突如として出現したことで村人達から悲鳴と歓声が上がる。

 これに埋め込まれた虎目石タイガーズアイ鷹目石ホークスアイ天眼石アイズアゲートの魔蔵結晶による特性で、遠方の景色を曹灰硼石ウレキサイトの結晶板に投影できる。


 結晶板には上空から俯瞰した村周辺の地形が映し出されていた。見覚えのある光景に気が付いた村人達から次々に驚きの声が上がった。

「村だ……。俺達の村が見下ろされている……」

「あれ! あれはうちの食堂だよ!! うちの食堂が映っているじゃないかい!?」

「森の様子が手に取るようにわかる……。あの森の中で動いている影はなんだ?」

 村の上空から森を俯瞰した映像。それだけでは木々の葉に遮られて森の中の様子までは把握できない。そこで、天眼石アイズアゲートの透視特性によって、森の中で動く大型動物に限り、浮かび上がる影として目視できるようにしている。


 こうして探査術式で探ってみてわかるのは、この村周辺に生息する竜種と思しき猛獣の数の多さが異常であること。普通あれだけの肉食動物がこの狭い地域に集中することは、食糧を確保する縄張り争いの観点から考えにくい。

 たぶん、ここいら一帯は竜種の狩場ではなく、群れの寝床のような場所になっているのだろう。食糧の確保に関しては、延々と広がる森を遠くまで移動して他の草食動物などを狩っているのだと思われる。


 竜種がこの村を襲っていないのは、単純に反撃を警戒してのこと。しかしそれも今のところはだ。

 圧倒的に数が増えて、蹂躙できる規模にまで群れが成長したなら、近くにある餌場を放っておくわけがない。

 まさに村が窮地を脱する機会は今日の狩猟祭にかかっている。ここで一度、近隣の竜種を全滅させることができれば、再び数を増やすまでの時間が稼げる。その間に狩人を増やしたり、竜種が近づけないような罠や設備を作ったりすることができれば村の存続にも可能性が出てくる。それができるかどうかは、今後の村人達次第だ。


「準備はいいか、レリィ?」

「いつでもいいよ」

 超高純度鉄の軽鎧と手に馴染んだ真鉄杖で武装したレリィは、全身を仄かに輝く翠色の闘気で覆って静かに集中力を高めていた。無駄のない闘気の発露は歴戦の騎士のそれと比べても引けを取らない。

「お前が向かうべき方角は、この紅玉ルビーの魔蔵結晶が光で示してくれる。後はただ敵を見つけ次第、倒せ」

 銀の台座に嵌め込まれた紅玉ルビーの柱状結晶を、細い銀鎖に結び付けてレリィの首にかけてやる。レリィはどことなく恥ずかしそうに頬を染めているが、そういう特別な贈り物ではないので勘違いしないでもらいたい。これは今回の狩りに必要なものなのだ。


「あぁそれから狩猟に関してだが……なるべくなら、一撃で首から上を吹き飛ばすといい。素材としての価値を残しつつ血抜きもしやすいからな」

「あははっ! クレスは本当に無駄がないね。討伐した竜を村の利益にしようなんて。私はただ村を竜の脅威から一時的にでも守れればって考えただけなのに」

「……昔からこの村は竜を狩って、肉や皮を加工する生業で利益を得てきたはずなんだ。食堂で出された竜の尻尾焼きなんてのがいい例でな。竜を狩ると金になる、そんな意識を村人が持てるなら自然と狩人も育つはずだ」


 いつ頃からか竜の素材を狩猟で取るのが危険の割に利益と釣り合わなくなり、農業をする者が増えて、それで食っていけるようになってしまったのが均衡を崩すことに繋がった。竜の狩猟はこの地域の頭数を一定数以下に保つためにも続けなければならなかったのだ。

 村の安全を確保する。それも含めて村の利益になっていたのに、どこかでそうした教えが途切れてしまった。だから、取り戻すべきなのだ。この村は竜を狩る者達の村であったという誇りと生き方を。


「こちらは探査術式でお前の行動を常に投影している。心配するまでもないとは思うが、無様な戦いを見せるなよ」

「クレスがずっと見守っていてくれるの? 何をするにも、君が一緒だと心強いね」

 油断するなと釘を刺したつもりなのだが、この娘は本当に人の言葉の捉え方が独特だ。

「じゃ、行ってくるね」

 軽い口調で最後に一言を告げると、レリィはひらひらと手を振りながら森の中へと走り去っていった。


「……さて、こちらも忙しくなるぞ。まず手近な竜の群れは……」

 曹灰硼石ウレキサイトの巨大結晶板に投影される映像を見ながら、俺はレリィが向かうべき座標を見定める。


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