第236話 召喚する者される物
「本日の講義では召喚術の行使について重点的に教える……と言ってもだな、実のところ諸君の半数は既に、前回の魔導回路製作で召喚術を扱っていた。自覚がないだろうが、それほどに召喚術というのは術式の形成に深く関わっている。今日はもっと意識的に召喚術を扱い、その原理について深く理解してもらおうと思う」
前回の魔導回路製作に続いて、実践的な術式行使の訓練として今日は召喚術を重点的に学ぶ予定になっていた。
「アリエル、早速だが何か適当なものを召喚してみてくれ」
「はぁ……は? 私がですか?」
ぼんやりとした返答で心ここにあらずといった様子のアリエル。表情もどこか暗く、目の下には薄黒いクマができていた。
「どうした、寝不足か? 体調が悪そうだな……仕方ない。万全でないなら、術式行使はナタニアにやってもらおう」
「わ、私ですか!? え、ええと突然、言われても何を召喚したら……」
「後始末が面倒でない非生物で、元の場所へ簡単に送還できるものなら何でもいいぞ」
「でしたら……」
ナタニアは普段使いのバッグから一本の
「
「自作ですね……恥ずかしながら」
「謙遜することはないな。ちょうどいい、これも一つ授業だ。全員、注目。今、彼女が取り出したのは魔導回路を刻んだ基板のようなもの。杖棒型に加工した魔導具だ。単純な平板に魔導回路を刻むのではなく、こうして握りやすく、また術式の向かう先を想像しやすい先端形状に加工することで、取り回しを良くしながら術式制御を補助するといった二義的効果が望める」
言いながら、俺も腰に差した手持ちの魔導具を一つ頭上に掲げて見せた。手の平から少しはみ出る長さの六角錐柱状の水晶に、
「例えばこれはナタニアの杖のように細かい細工はないが、持ち歩きを意識して加工した一種の魔導具だ。何度も使用することで魔導回路には負荷がかかり傷んでいく。これが生体に刻まれた魔導回路であれば自己修復が可能だが、魔導具は素材によって耐久性に差はあるものの使用限度がある。しかしそれも、主要な魔導回路部分を容易に交換可能にしておくことで、修理を簡易化するなど工夫ができる。ナタニアの杖はその典型だな。杖の棒部位には負荷がかかりにくく、先端の水晶に魔導因子が集中するように設計されている。この場合、傷むのは先端の水晶であり、これを交換部品として用意しておくことで魔導具の修理が容易になる。また、先端や柄の水晶を別の魔導回路が刻まれた水晶に交換することで、全く異なる効果の術式を使える魔導具として運用することも可能だ」
「……先輩、やっぱりすごいです。一目見ただけで私の魔導具の機能を理解するなんて……」
ナタニアが驚いた様子で思わず独り言をこぼしているが、別段、この予想は難しいものではない。基本的な魔導具の構造というのは、合理性を突き詰めればどれも似たようなものになってしまうのだ。
「ところで、ナタニアは術士等級で何級だったか」
「四級です。この前、首都の魔導技術連盟で審査に合格しました」
「ああそうか、あの時はそれで……。しかし、アカデメイア卒業前の時期で四級とは大したものだ。応用の利いた魔導具を自作できるなら不思議はないが」
「たまたま連盟に報告できる研究題材があっただけですよ。でも何とか四級相当と認めてもらえました」
「ちなみにアリエルは何級だ?」
「五級ですが、何か?」
「だったら、今年中に四級を取るのが目標だな、お前も」
「……優等生のナタニアと同じ水準で語られても」
唇を尖らせてアリエルは不服そうな顔をする。ムンディ教授から後継者として目をかけられているのだから、あまり卑屈になってもらいたくないのだが。発破をかけるつもりで言ったものの、これ以上はアリエルの機嫌が悪くなるだけで逆効果かもしれない。
「さて! じゃあ、四級術士による召喚術の実践を見せてもらおうか!」
「あぁっ……そんな風に言われたら、緊張するじゃないですか……」
学士達の手前、お喋りは適当なところで切り上げて講義を再開する。
「術式行使の基本は、意識の集中によって魔導因子を発生し、これを
「はい。それでは召喚術式を発動します」
ナタニアはすぐに表情を引き締めて、術式発動のため意識を集中させ始めた。魔導因子が指先から杖棒へと流れ、刻まれた魔導回路が淡く発光する。杖の先端にある水晶へと光が集中し、白い光が教室内を照らす。
(……予想より魔導因子の蓄積量が多いな。何でもいいと言ったが、あまり大きな物を出されても困るんだが……)
質量あるいは保有エネルギーの大きなものほど、召喚には大量の魔導因子を消費する。ナタニアが杖の先端に集中させている魔導因子の蓄積量から想定するに、かなりの大物である可能性が高い。
俺の不安をよそにナタニアは召喚術を発動する。思考制御はあまり得意でないのか、発声によって細かく召喚術式の制御を行っていた。
『――世界座標、ミール大風穴・地下深部六二五より召喚。切り取れ、火成鉱床!!』
黄金色の光の粒が教室内に立ち昇り、灰色の岩の塊が
――やばい。これは床が抜ける。
咄嗟に判断した俺は、腰に差していた水晶の魔導具で、ナタニアの召喚術が完了するより先に術式を差し挟む。
(――世界座標『
思考制御は一瞬。いつもは周囲の石材を変質させて結晶を作るが、無闇に建物を損傷するわけにはいかないので秘境からの召喚術式に頭の中を切り替える。さらに召喚座標を水晶が床を覆うイメージで術式制御。
『白の群晶!!』
ナタニアの召喚した岩が床に衝突するより先に、床から出現した無数の水晶が灰色の岩塊を支える。わずかに落下の衝撃が振動として教室を揺らすも、衝撃力は水晶によって分散されたことで、どうにか床が抜ける事態は免れた。
一瞬の出来事に、学士達から歓声が上がる。ナタニアの召喚した岩塊も見事な大きさのものだが、そこに刹那の間隙で教室の床を覆う水晶を生み出したのは、未だ簡単な共有呪術も扱うのが難しい学士達にとっては物珍しい見世物であったことだろう。
「ナタニア、召喚後の座標指定が曖昧だ。床より高い位置に召喚したら、位置エネルギーにより下にあるものが圧壊することを想像しろ。今のは床の上、ぴったりに召喚させなければならないところだ」
「す、すいません! 失敗でした!」
「次から気を付ければいい。それに、失敗しても大丈夫なように俺が監督しているわけだしな。あまり気にするな。だが、忘れるなよ」
恐縮して謝ってくるナタニアに俺は努めて軽い口調で注意するが、内心では心臓の鼓動も激しくなるほどに動揺していた。自分を基準に考えていたものだから、学士が術式の発動で失敗を犯す危険について思い至らず油断していた。これは俺の失策でもある。
「ナタニア、緊張してしまいましたか? 普段のあなたなら、このような失敗はしなかったでしょうに」
「うぅ……反省です……」
よしよし、とアリエルがナタニアを慰めている。元々はアリエルが実演すべきところをナタニアが代行したのだから、アリエルにはもう少し責任感というものを身に着けてほしい。
(……しかし、ナタニアも優秀に見えて抜けているところがあるのか。それともただ緊張しただけか。いずれにしろ経験不足だな……)
アリエルとナタニアの両名について思うところはあるが、今は講義を進めることを優先しよう。
「あー、今のは遠方の場所から岩石を召喚した例だな。俺が召喚した水晶も遥か遠く、秘境『
魔導変成はこれはこれで有用なのだが、召喚術を理解するには相応しい順序がある。混乱を避けるため、魔導変成に関する説明は一時保留とする。
「俗に召喚術や送還術と言われているのは、正確には
水晶の魔導具を召喚された物体に見なし、教壇の上に置いて見せる。当然、それは静止したままで何も仕事をしない。
「例えば、単純に高速で投げ飛ばされた石を召喚したとする。この場合、石の運動エネルギーごと召喚することで、単なる石の召喚ではなく、飛行する石を召喚できる。これは、元からこの世界にあるエネルギーを活用しているだけなんだが、実は召喚術ではもっと直接的な方法で召喚時にエネルギー付与を行うことができる。いい例だと、これだ、このナタニアが召喚した岩。この岩は召喚位置を床から高い位置に出現させた。このとき、召喚された岩には高い位置エネルギーが付与されている。これは召喚時のエネルギー付与という一例だな」
ここで俺はナタニアが召喚した岩の塊を叩きながら、学士達の注目を集める。
「召喚時、物体はエネルギーと情報に分解されるな? ここで、情報の改変を行うんだ。物体が召喚で呼び出される寸前、魔導因子を介して情報に改変を加えることで、その物体の構造や運動状態に変化を与えられる。これが魔導変成というやつだな。物質の結晶構造を組み替えるとか、重力方向を転換して前方に飛んでいくようにするとか、それくらいなら簡単にできる。ただし、元の状態からかけ離れた変化ほど魔導因子の消費が激しいから、なるべく召喚物の特性を考えて効率よく情報改変をしてやるのが重要だ」
ここで、学士の一人が手を挙げて質問する。今回の質問はブリジットではなく、別の女学生だった。ここ最近は講義後にもちらほらと質問に来る学士が現れており、各々が自分のために講義を受けている自覚が芽生え始めた良い傾向と見える。
「その情報の改変……魔導変成というのはどうやるんでしょうか? イメージが全く掴めないのですが」
「いい質問だな、まさにそこが今日の実技における重点だ。知識だけではどうにもならない、感覚頼りの部分だ。よっぽど
とりあえず各自に木片を一つと、召喚用の魔導回路を配っていく。魔導回路は複数種類あり、魔導因子を流すだけで目の前の木片を召喚術で拳一個分だけ右に移動させるものから、座標指定を自分で行う必要があるもの、さらに魔導変成の手を加える余地がある回路まで揃えてある。
「最初はすべての術式を仕込んである刻印番号一番の魔導回路を使う。ただ、魔導因子を流すだけでいい。木片には簡単な番号座標が刻んであるから、細かい位置を気にせずに召喚術の効果が発揮されるだろう。思考制御としては、召喚物として目の前の木片を脳裏に浮かべろ」
指示に従って学士達が回路に魔導因子を流す。すると、木片が光の粒となって消え去り、一瞬のうちに右にずれた位置へと再出現する。この程度は経験のある者もいたのか、さほどの動揺もなく全員が召喚術を行使できた。
「召喚元の物体が消えるイメージがわかったか? 何もないところから持ってくるのではなく、必ず別のどこかから持ってくるのが召喚術だ。特に被召喚物のイメージを思い浮かべることは、座標指定と同じくらいに重要なことだ。座標指定だけでは目標とした物を正確に召喚するのが難しくなる。これがわかったら次に行くぞ、ここからが感覚を掴むのが人によっては難しくなる。今度はこちらの二番刻印のある魔導回路を使う。先ほどと同じように被召喚物のイメージと、それに加えて番号座標を『意識』しろ。脳内で思考言語を発するんだ。不安なものはとりあえず発生言語で制御を試みてもいいぞ。そして召喚元と召喚先の位置、これもなるべく明確に意識するんだ。細かい座標でなくて構わない。視界にあるどこの位置から、どこへ飛ばすのか、それを思い浮かべながら魔導因子を回路へ流せ!」
急に要求が増えたことで思考制御がまとまりきらなかったのか、今度は半数以上の学士が召喚に失敗していた。ある者は完全に不発に終わり、またある者は――。
「あぁん!? なんだこりゃ。俺の木片、どこ行った……?」
自分が召喚術を使った木片の行方を見失う。これは召喚先のイメージがどこか遠くを意識してしまった良くある例。
「んん~! 木片~木片~、こっちから、ここへ~召喚!」
「あれ? まだ発動してないのに、私の木片が消えた……」
自分のではなく、他人の木片を召喚してしまう。これは木片の番号座標を間違えたうえに、視界の隅に映った別の木片に意識が向かってしまった稀な例。
「…………木片、番号座標五、召喚!」
「痛っ!?」
召喚した木片が前の座席に座っていた人間の頭上に落ちる。これは召喚先のイメージが曖昧で微調整に失敗した良くある例。ナタニアと同じ失敗だ。
「想定はしていたが、すんなりとは行かないか」
「でも、皆かなり頑張っている方だと思います」
「ええ、つい数週間前まで魔導の基礎すら理解していなかったのに、曲がりなりにも召喚術の行使に挑戦できている。これは目を見張る進歩と言っていいのでは?」
俺は渋面を作って学士達の混乱ぶりを眺めていたが、ナタニアとアリエルはそれなりの高評価らしい。これが今のアカデメイアの感覚なのだろうか。
「評価が甘いぞ、二人とも。何とか今日中に全員、召喚術の基本は習得してもらうつもりだからな。――木片を紛失したものは手を挙げろ! 一度、標準の位置に戻すぞ!」
教室内でばらばらと手が挙げられる。半分近くが自分の木片の位置を見失っていた。そのまま対応できずに右往左往している姿はなんとも嘆かわしい。
「仕方ない連中だ。全員、席に着け」
学士を元の席に座らせた状態で、俺は水晶の杖棒型魔導具を握って、意識を集中する。
(――木片試料、番号座標一番から三十番までを指定。固有波形の広域探索、アカデメイア学院敷地内。彼方より此方へ、席位置、左より右へ一番より昇順、後列へ繰り上がり召喚――)
木片の座標を大雑把に指定して、召喚先を視界のイメージから割り当てる。
『来たれ、木片試料一番から三十番、召喚!!』
術式発動の号令と共に、教室内で学士の数だけ光の粒が立ち昇る。すると、元々各学士に渡されていた木片試料が、きっちりと席の並びに従って召喚される。
一斉に召喚された木片を見て学士達から、どよめきの声が上がる。自分たちが四苦八苦した末にどこかへ失くしてしまった木片が、一瞬で同時に戻ってきたことが驚きだったらしい。
「こら、静かにしないか! この程度で騒ぐんじゃない。講義が進まないだろう!」
「先輩、先輩! 今のなんですか!? すごいです!! どうやったんですか、その魔導具一つで!!」
「し、信じられません……。同時に数十個の召喚物を、召喚先まで細かく指定して……それを一瞬で? 化け物ですか、どんな意識制御を……」
ナタニアとアリエルまで興奮気味に騒いでいる。本来は学士達を鎮める役目の彼女らが騒いでしまっては、示しがつかないのであるが。
「大した技術じゃない。被召喚物の集団化と、召喚先指定の条件付けができれば可能なことだ。意識制御がきちんとできれば複雑な魔導回路もいらん。四級術士にもなれば普通にできるだろう?」
「そ、そう……ですか? すいません、私できません」
「ナタニアもまだまだ訓練が足りないようだな……。よし、次に木片試料が散らばったら今度はナタニアとアリエルに回収をしてもらう」
「は?」
「えぇ~!? 無理ですよ!」
「無理なものか! 理屈がわかっていれば不可能じゃない。一年時の学士に戻ったつもりでやってみろ。これも助手の仕事だ!」
すぐに弱音を吐くナタニアを叱咤する。アリエルに至っては完全に諦めたような様子だが、助手の仕事だと言えば報酬を得ている以上はやらざるを得ない。
「あ、すんませ~ん、クレストフ先生ー!」
助手二人に言い含めている途中で、鶏冠頭の学士が手を挙げながら声をかけてくる。
「何かな、ガストン」
「ガストロっす。自分の木片だけ、戻って来てないんすけど……」
「なんだと?」
見れば確かにガストロの机の上だけ木片試料が見当たらない。意識制御に漏れがあったか?
もう一度、アカデメイア学院内に指定して、ガストロの使っていた番号座標三十番の木片試料の召喚を試みる。
「…………召喚できないな」
「へぇ? なんでっすかねぇ?」
「ガストロ……お前な」
「うぃっす」
「いったい、どれだけ遠くに『送還』しやがった! お前の木片試料は既にアカデメイアの敷地内にすらないぞ!!」
「マジっすか!? どういうことっすか、それ!?」
「俺が聞きたいわ!! どういう意識制御したら、手元から手元へ移すだけの召喚で、学院の外にまで飛ばせるんだっ!!」
結局、ガストロの使っていた木片試料の行方は知れず、どこにあるかもわからないものを範囲指定なしで探す労力も惜しかったので紛失として見切りをつけた。
その後、ナタニアとアリエルも含めた学士達の召喚術実習は続けられ、どうにか意識制御による座標指定は全員ができるようになった。
ただし、魔導変成に関する実習はもはや時間がなく、次の講義へと持ち越しになるのであった。
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