第234話 唸る教鞭


 基礎知識を叩き込んだところで、技術的な能力向上に移る。初歩的な魔導回路の製作から実践まで、座学よりも重要で、とにかく時間を取られるのがこうした実技なのだ。

 いかんせん学校という組織では、教えること、評価することの容易さから座学にばかり時間を割きがちだが、それは結局のところ退屈な内容で学習意欲を著しく低下させるものだ。高等教育の段階で、生徒達に「勉強は好きか? 楽しいか?」と聞いてみればよい。おそらく半数以上がつまらない、と答えるだろう。

 しかも座学の内容は社会に出てすぐに役立つものではない。何の役に立つのかと言えば、実際のところ知識だけではほとんど役に立たないというのが事実だ。そうした知識というのは、実技と組み合わせて初めて深みを増すものであり、単体で役立つわけがないのである。


「……というわけで、これからの講義では実技を交えた内容が中心となる。とりあえず基本的な魔導回路の製作を一つの目標に設定して、それぞれ好きなように挑戦してもらう。ただし、魔導回路の製作に使うものは、すべて学内で手に入るものに限る。学士の財布で十分に購入できる価格のものばかりだが、全く金がない、という奴も心配するな。手間はかかるが無料で手に入れる方法はある。わからないことは自分で調べて、何をすべきか考えろ。以上、活動開始!」

 俺の号令と共に学士達は立ち上がり、しかし、困惑した表情でその場をうろうろし始める。やがて、いつものごとく金髪セミロングの学士、ブリジットが質問にやってくる。

「あの、クレストフ先生。私達はまず何をすればいいんでしょうか?」

「……ブリジット、君の頭は飾りか? 俺は言ったはずだぞ、何をすべきか考えろ、と。目標は与えたな? 魔導回路の製作だ。何でもいいから、魔導回路と呼べるものを製作するのが目標だ」

「でも私達、魔導回路なんて作ったことないんですが……」

「当然だろう。既に経験があるなら、改めてやらせる必要もない」

「そんな投げやりな……」

「くだらん質問をしている暇があったら、何をすべきか考えろ。君は何もないところから魔導回路を生み出せるのか?」


 俺の辛辣な回答にぶつぶつと文句を垂れながら席に戻るブリジット。小さな声で「何で私が怒られなくちゃいけないのよ……」と呟きながら頭を抱えている。他の学士が「どうだった?」と尋ねても首を横に振るばかり。

 次第に教室内は閉塞感が蔓延して、「どうする?」「他の先生に相談してみるとか?」などと相変わらず他人任せな意見が飛び交っている。

「注意しておくが、この講義に関係しない教員や学士に相談した場合、評価は減点とする。ナタニアとアリエルの両名も、学士の作った魔導回路に対する評価以外は助言を禁止する」

 教室に大きな不満の声が吹き荒れる。状況を見ていたナタニアとアリエルが我慢できない様子で俺に詰め寄ってきた。

「先輩、さすがにこの状況はまずいですよ。皆、何していいのかわからなくて混乱しています」

「そうです。無茶ぶりも甚だしい。このままでは何の成果も得られないまま講義が終わりますよ?」

 何の成果も得られない、か。果たしてそれは、いったい誰にとっての成果なのか。既に成果は出始めているのだが、ナタニアとアリエルにはまだ見えてないらしい。


 突然、音を上げて椅子から立ち上がり、鶏冠頭の学士が教室の出口へと向かう。それを見た学士達はサボタージュかと驚いて見守っていたが、ブリジットがすかさず止めに入る。

「ちょっと、勝手に教室から出ていくなんて! まだ講義中ですのよ!」

「あぁ? んなこと言ったって、外に出なきゃ何もできねぇじゃんか?」

 押し問答になりかけたところで、俺が一言、口を挟む。

「止めるな、ブリジット。最終的に目的を果たして、この教室に講義時間内で戻ってくれば問題ない。自由に行動していいぞ。だが、二限目の終わりには何かしらの魔導回路の製作が完了していること」

「うぃーっす。んじゃ、行ってきますわー。あ~、でも、どうすっかな~。金、ねーしなー」

 まさかとは思ったが、一抜けはあの鶏冠頭の学士とは。これまでの学習指導の方針にとらわれない分だけ身軽ということかもしれない。


「さて、他の連中は先を越されたままでいいのか? まさか、残りの講義時間中、ずっと教室内で頭を抱えているつもりじゃないだろうな? それで、魔導回路が作れると思うか?」

 俺なりの助言を含めて、疑問を投げかけてやる。これで気が付けないようなら、そもそも物を創り出す発想がない人間である。そういう奴はもう工場の流れ作業とかの仕事に従事するしか、生きる道はないだろう。むしろ、そうした生き方を選ぶのが本人にとっての幸福だ。

「……そ、そういうこと!? いけない、時間を無駄にしてしまいましたわ!」

 続けてブリジットが飛び出すと、他の連中もようやく慌てて動き出す。元より、魔導回路を製作できるだけの知識は、前回の講義で頭に叩き込んである。あとはその知識を生かして実際に魔導回路を作ってみるだけだ。今回の講義で教えるのは、魔導書によって定着された記憶を引き出し、特定の機能を持った実物を創り出すことにある。その過程で持ち前の知識だけでは足りない部分を、調べ、考え、補足しながら自分の技能としていくことになるだろう。


「皆、いなくなっちゃった……」

「これで良かった、ということなのでしょうか……」

 学士達全員がいなくなった教室で、ナタニアとアリエルは茫然としていた。

「さて、学士達もしばらくは戻ってこない。暇だろうから、お前たち二人には俺が特別講義をしてやろう。座学一辺倒の学習方法が生み出す弊害、という話をな」

 それから小一時間ほど、知識ばかりで実技を伴わない術士の社会不適合性と、そもそも学士が魔導技術への興味喪失を引き起こす過程について、二人に語ってやった。



「……しかし、基礎を疎かにして、あまりにも性急に過ぎるでしょう。学士の負担も大きいのでは?」

「だらだらと基礎ばかり習っていても、どうせ応用課題に直面したときに立ち戻ることになるんだよ。先の目標が見えない学習を続けさせるよりも、まず困難な問題に挑戦させて、解決のために必要な知識と技術を自ら模索させる。その方がよほど実践的だし、社会に出てから役に立つ。何より学士の意欲向上と達成感が大きい」

 俺だって別に基礎を軽視していいとは決して思ってない。ただ、学士が自ら考え勉強する道筋を用意しているのだ。

 あらかじめ問題を解決できる答えだけ詰め込んでおいても、どうせすぐに対処できない無数の事態に見舞われる。必要なのは対処方法を知っていることではなく、対処方法を自ら見出すことのできる能力を育てることなのだ。

「ですが、このようなやり方は……アカデメイアの教育方針とは全く違います……」

「アカデメイアの教育方針か……。いつから、今みたいな方針になったのやら。それとも初めからそうだったのか……。俺の在学中はどうだったかな……」


 もしかしたら、俺の在学中も今と変わらなかったのかもしれない。その中で、俺自身は明確な目標をもって独自に勉強していた。だからこそ、アカデメイアの教育方針に縛られず、より高みを目指すことができたのだろうか。

 ナタニアは黙って俺の話に耳を傾けていたが、アリエルは自分の中で納得のいかない部分があるらしく、積極的に意見をぶつけてきた。アカデメイアの基本課程に沿って学習してきたアリエルには受け入れがたいやり方なのだろう。しかし、それも言葉にしてみれば行き着く先はアカデメイアの基本課程を重視する教育方針。決められた学習内容を修めれば、一定以上の教養を身に着けた学士になれる。ただ、それ以上のものではない。



 二時限目の鐘が鳴る頃には、続々と外に出ていた学士が戻ってきていた。一番に戻ってきたのはブリジットだ。冷静になって必要な物事をよく考えたのだろう。魔導回路の製作に必要な道具と材料が一式、揃えられていた。ついでに基本的な魔導回路の工作図を載せた書籍も借りてきたようだ。他にも魔導回路の刻み方が書かれた指南書も片手にしており、必死に読みながら刻印の方法を練習している。

「ブリジットは……知識の定着と引用は問題なしか。最も一般的な魔導回路の製作方法を参考。道具、材料とも癖のない練習用の品物を選択、すべて学院の購買で購入。必要物資の調達は無駄なく、素早い。個性や面白味は一切ないが堅実。評価は暫定でB+ってところか……」

「クレストフ先生! 気が散りますから、人の評価を声に出して言わないでください! しかもB+って、平凡に毛が生えた程度の評価とか……」

「完成した魔導回路次第では評価が上がるから、まあ頑張れ。あと、もう少し急いだ方がいいぞ。今の作業速度だと、時間内に完成するか際どいところだ」

「言われなくても!!」

 ブリジットは慎重すぎるのか、魔導回路の刻印に時間がかかっていた。


「ういーっす、今戻りましたー」

 最初に出て行ったはずの鶏冠頭の学士が、最後に遅れて教室へ戻ってきた。その両腕には大量のガラクタが抱えられている。

「何を持って帰ってきたのですか?」

「え? 必要な物っすよ。魔導回路つくんのに」

 思わずアリエルがガラクタの山を見て、口を出してしまう。鶏冠頭は気にせずガラクタを机の上に広げると、錆びついた彫刻具を手に持って、穴傷のある金属板に回路を彫り始める。ちなみに参考書も図面もない。

 俺も興味を惹かれたので、後列の鶏冠頭の作業を観察することにした。


「なるほど、必要物資は購入せず、学内の廃棄物を利用しているのか」

 廃棄物集積所から、必要なものを一通り集めてきたようだ。

 魔導回路の基板となる材料として試験失敗品の基板から未刻印の部位を切り取り、使い古して捨てられた回路刻印用の彫刻具を拾い集め、魔導媒体の詰められていた空き缶の隅から残り滓を掻き集めて、どうにか魔導回路の製作に必要なものを揃えていた。

 これを浅ましいと見るか、有能と捉えるか。金銭を消費せずに目的を達するという点で評価すれば、間違いなく有能であろう。


 基板は少々、傷が入ってはいるが、訓練用の基板よりも素材の質は良さそうだ。それなりに精度の高い回路を作る試験に使われたものに違いない。彫刻具は刃が錆びたりしているが、精度を気にしなければ使えないこともない水準。回路刻印後の溝に流し込む魔導媒体は、捨てられた缶に残った滓を使うつもりらしい。魔導媒体は高品質の熱硬化樹脂のようだ。小さな魔導回路を一つ作る分には、残り滓を集めてどうにか足りるだろう。

 魔導回路の刻み方は雑だが、そもそも精度を必要とするような回路を作ろうとしていない。金属基板に深めの溝を彫り、そこに魔導媒体の熱硬化樹脂を塗りこんでいく。溝からはみ出た樹脂はボロ布で拭き取り、どこから借りてきたのか温風器で樹脂を固め始める。

「その温風器はどうした?」

「あ、これっすか? 自前っすよ」

 温風器の魔導回路に、指先の導通経路パスから魔導因子を供給して、器用に樹脂を固めていく。


 不思議に思ったのか、ナタニアが鶏冠頭の学士に話しかける。

「温風器の扱い方、随分と手馴れているわね?」

「そりゃまあ、毎日のように使っているしぃ? ほら、この髪、セットすんの結構、大変なんすよ」

 手が離せない彼は、鶏冠頭をゆらゆらと頭ごと振る。鶏冠の先端がナタニアの鼻に当たり、眼鏡を軽くずらした。

「そ、そう、じゃあ頑張ってね。私は他の学士の様子を見て回ります……」

 ナタニアの期待した答えとは違ったのか、彼女は眼鏡を直しながら他の学士の進捗状況を見に行った。


「うし、完成っす」

 ナタニアがその場を離れて十秒としない内に鶏冠頭が魔導回路を完成させた。教室内では一番早い仕上がりとなった。教室の前の席で「嘘っ!?」とブリジットの小さな叫びが聞こえてくる。

「これは何の魔導回路だ?」

「音を鳴らす魔導回路っすね。それだけっす」

「そうか、まあいい。自分で起動してみろ」

 鶏冠頭が自作の回路に魔導因子を流し込むと、基板に刻まれた魔導回路が白く光を放って浮かび上がる。同時に、プアァアアア――っと、やかましい音が鳴り響く。


「よし、もういいぞ。ええと、お前、名前は?」

「ガストロっす」

「ガストロ、魔導回路製作、完了確認。技術水準はやや低めだが、製作時間は短い。魔導回路の性能は素材が良いのでまあまあだな。金をかけずに作ったのは評価が高い。技能評価B-、時間評価A+、性能評価B+、価格評価S。総合評価はAだ。今日の目標は達成した。片付けたら、昼飯に行ってもいいぞ」

「え、もういいんすか? 楽勝っすね。飯、行ってきやーす!」

 ガストロはガラクタを適当に袋へ押し込んで、さっさと教室を出ていく。ガストロの評価を聞いていた他の学士達は、唖然とした表情で作業の手を止めてしまっている。

「さて、残り時間は半刻を切ったぞ。言い忘れていたが評価時間も含めて、二時限終了の五分前を期限とする。他人の評価を気にしている暇があったら、自分の作業に集中しろ」

 俺の言葉で我に返った学士達は再び作業に集中する。もはや無駄口を叩くような学士は一人もいなかった。

 ナタニアとアリエルはガストロが作った魔導回路を確認しながら、あーだこーだと意見を交わしている。俺の評価が妥当かどうか議論しているようだ。そうしたことも彼女らの良い勉強になることだろう。



 プァアアアーッ!! アリエルがガストロの魔導回路で鳴らした終了の合図。

「……最後の提出はブリジットか。どうにか時間内に間に合ったな」

 ブリジットは息を荒くしながら、時間ぎりぎりで魔導回路の完成に至った。製作した魔導回路は温かい蒸気を発生させる機能を持っていた。

「これはまた精密に作ったな。別にもう少し荒くても、この程度の回路なら機能に支障はないぞ? 評価は……技能評価A、時間評価B-、性能評価A+、価格評価B。総合評価はB+だな」

「B+!? あの鶏冠頭より下なんですか!?」

「いやだってな、お前さん作るの遅すぎだろ。丁寧な回路構築は悪いことじゃないが、必要な精度と製作効率を考えろ。出来上がった物は悪くないから、総合評価はあまり気にするな。アカデメイアのシステム上、必要だから採点しているだけのことだ」

「ううぅ……そんな慰め、いりません……」


 卑屈になるような評価でもないのだが、理想が高いブリジットにとっては満足できない結果であったようだ。こうした実技というのは、頭で考えているほどにはうまくいかないことも多い。ある程度は妥協して、前へ進むことを覚えなければいけないのだ。いつか時間に追われることになれば、仕事の効率は嫌でも考えなければいけないのだから。

「それで、今日一日の講義を見てどうだった? とりあえず学士達は自力で目標を達成することができたぞ」

 教える側として講義に参加していたナタニアとアリエルに講義の感想を聞いてみる。彼女らにも得るものがあったなら大成功なのだが。

「すごく、実践的でした。学士達も自分で製作した魔導回路を持って帰りたいと言っていましたし、達成感が大きかったんじゃないでしょうか」

 ナタニアは学士が意欲を持って、魔導回路の製作に向かったことが印象深いようだった。彼らの努力の結晶である魔導回路は、一応、講義の成果物としてアカデメイアに提出する。取るに足らない魔導回路だが、希望者には後で返却することを約束しておいた。


「……私は、彼らの能力を侮っていたのかもしれません。そんなことは無理に決まっている、教えなければできるはずがない、と考えていました。ですが、可能性を伸ばす環境を与えてやれば、もっともっと伸びるのかもしれない……」

 深く、思い詰めたような表情でうつむきながら答えるアリエル。

 アリエル本人は、自分が言ったことを自覚できているだろうか。それは彼女自身にも言えることなのだ。

 アカデメイアの基本課程に沿って学んできたアリエルには抵抗を感じるものだったろうが、急速に成長する学士達の姿を見て、焦りを感じていたなら俺の狙い通りだ。

 彼女への直接的な指導が難しいのであれば、遠回りではあるが他者の成長を見ることで気づいてもらいたい。アリエルがムンディ教授の後継者となるために必要なこと、学ぶことの本質について――。

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