【ダンジョンレベル 8 : 異形の魔窟】

第57話 第二の拠点

 地下に巨大な空間と水脈を見つけてからというもの、地下空洞の探索にはかなりの日数を費やしたが、主要な構造部はどうにか把握を済ませることができた。

 細かい脇道まで調べ始めると切りがないので、とりあえず大型獣も通り抜けられる広い道だけを調べたのは正解だった。そうでもなければ、いつまでたっても地下の探索は終わらなかっただろう。


 地下空洞の調査を進める中で、思いがけない再会もあった。

 暗い洞窟を日長石の明かりを掲げて歩いていると、前方から一匹の子鬼がとぼとぼと歩いてきたのだ。

「ああっ!? ゴブロフ君!」

「グゲグー!!」

 お互いの姿に気づくやジュエルと子鬼が走り寄って、ひし、と抱きあう。


「生きていたんだねー! 良かったよー!」

「ゴゲ、ギギゲガ!」

 無事の再会を喜び合う二匹を見て、ビーチェが目を潤ませ鼻をすすっている。

 俺は正直どうでもよかったのであくびが出た。

 そんな俺の足元へ、いつの間に現れたのか茶色と灰色の毛だまり……もとい、ノームが寄り集まっていた。


「お前達も地下に流されて来たのか?」

 言葉が通じるかは微妙な連中だが、戯れに問いかけてみるとノーム達は俺の言葉に飛び跳ねて応えた。

 飛び跳ねながら一列に整列して、ある方角へ向かってノームは行進を始める。

 感動の再会で咽び泣くジュエルを放置して、俺はノームの向かう方へと足を運んでみた。ノーム達は、俺が主要構造部には含めなかった細い道へと入っていく。

 後に続いて細い道へ入ってみると、そこにはなだらかな傾斜の坂があった。

 坂の上から次々にノームが滑り落ちてきて、各々が自由に地下空洞へと散っていく。


「この坂は……上の階層に通じているのか……」

 鉄砲水の勢いで作られた道なのか、あるいはノーム達が掘って来たのかは不明だが、続々と地下空間へやってくるノームを見れば、上層と通じていることは間違いない。

「よし、ここを拡張して上との連絡路にしよう」

 坂を滑り落ちてきたノーム達が俺の周りで一斉に飛び上がった。俺の言葉を掘削許可と捉えたのか、わらわらと集まってきたノーム達は辺りの壁を削り始める。

(……俺の言葉……いや、意思が通じたのか? なんにせよ、ここを拡張してくれるようなら助かる)

 本当に細かいところまで気が利く精霊である。どこぞの屑石精霊とは大違いだ。



 やや時間をかけて連絡路が拡張されると、上層にいた子鬼や狼も下へと降りてきた。

 その頃には鉄砲水で地下に流された子鬼達も、仲間の気配を感じ取ってか、ちらほらと泥まみれになった姿を見せていた。さすがに流された者が皆無事というわけにはいかなかったが、総じて獣達の被害は大きなものにはならなかった。


 地下を流れる川へ、泥まみれになった子鬼達は我先にと飛び込み、体の汚れを落とし始める。狼達も岸辺で水を飲み、喉を潤していた。

 野生の子鬼は汚れなどあまり気にしないが、俺の衛生指導のおかげか洞窟の子鬼達は意外と清潔な環境を好むようになっていた。それだけに、しばらく外の川へ水浴びに行けなかった鬱憤をここで晴らしている様子に見えた。

「鮫に食われないように気をつけろよー」

 注意した時には既に、一匹の子鬼が甲骨鎧鮫コッコステウスに食いつかれていた。

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、連係して甲骨鎧鮫を捕まえるとツルハシの一撃で仕留めた。

 これぐらいの危険には自力で対処できるようだし、地下空洞の掘削作業でも大いに働いてもらうとしよう。




 本格的な掘削作業を始められるだけの労働力が地下空洞へ集結し、以前から考えていた第二の拠点についても構築する目途が立った。

 洞窟の階層が深くなり、採掘作業の監督も専ら奥深くで行うことが多くなっていたので、拠点を洞窟の玄関口から地下空洞の奥へと移すことにしたのだ。こちらの方が水場も近くにあるので何かと便利である。

(……借金返済もしたことだし、少しは内装に凝って優雅な監督部屋をあつらえるか……)

 洞窟玄関口の拠点を『ボロい天幕』とジュエルに言われたからでもないのだが、ここまで借金に追い立てられるようにして採掘を進めてきただけに、随分と疲れが溜まってきた自覚もある。心身の速やかな回復には、やはり休息を取る環境というのも重要だ。


「うーむ……寝台と机、衣装棚は当然として、地下水を利用した冷蔵庫も欲しいな。それにちょっとした研究設備もあれば便利だ。幸いにも魔導回路の材料となる結晶は山ほどある。これまでは資金的に厳しかった研究も手がつけられるし、現場監督の合間にでも……」

 独り言を呟きながら、俺は新たな拠点の設計図を頭に思い浮かべていた。

「侵入者対策はどうするか……。手間はかかるが幻惑の呪詛でも使って、隠し部屋にするか。一応、強力な守護者も配置しておいた方がいいだろうな……。うむ、その方が安心して眠れるというものだ」

 その場でぐるぐると歩き回りながら考えを巡らす。


「ボスー、ボスー? ねえボスー?」

「クレス、楽しそう。邪魔しちゃだめ」

「つまんないー! 川は危険だから、ビーチェとも水遊びできないしー!」

「ん……それは、私も残念」

「あ、そーだ! 川から切り離した水溜りを作ろうよー!」

「ジュエル……名案」

 俺が深く思考の海に沈んでいる間、ジュエルとビーチェは川の一画に岩を積み上げて、甲骨鎧鮫が入り込まない水場を作って遊んでいた。




 結局、第二の拠点について図面まで引いてしまった俺は、最優先で拠点となる部屋を作り始めることにした。

 ジュエルに岩壁を掘らせた後、俺が術式で地面と壁を平らに加工する。更に地中からの湿気を遮断する被覆を部屋全体に施して、換気口を備え付けた。

 後は、事前に黒猫商会のチキータに手紙を送り発注しておいた、内装用の資材を運び込んで仕上げる。

 固い地面には緩衝材に厚手の布を敷いて、その上に実用性を重視した絨毯を敷く。壁紙も綺麗に貼って、生活用の備品を揃えると、そこは洞窟の中とは思えないほど立派な住居になっていた。


 奥の部屋には、首都にあるベルヌウェレ錬金工房から召喚した研究用の設備を据え付けた。これで採掘現場の監督をしながら、いつでも魔導の研究ができる。

 最後に、部屋の入口に幻惑の呪詛をかけて、守護者を配置すれば完成だ。



 まずは幻惑の呪詛、といっても俺が使える術式は精神に作用して幻覚を見せる類のものではない。

 視覚に作用して、本来そのものがある場所に、別の風景を映し出す術式だ。そういった性質からすると、人間に直接作用する呪詛よりは効果が弱い。

(ま……こればっかりは、得手と不得手があるからな。精神作用の呪詛も開発したいところだが、今はこれで我慢しよう……)


 術式を発動するのに用いる魔導回路は、幻影水晶ファントムクォーツを基板とした。水晶の内部に山が折り重なるような模様を含む、そこそこ珍しい結晶を使っている。


(――夢か、現か、光を歪め、視覚を惑わせ――)


『……夢幻泡影むげんほうよう……』


 術式の発動により、ぽっかりと開いた拠点の入口が真っ平らな岩壁に見えるようになった。

 入口そのものも、元より岩壁を模した迷彩色の扉としている為、二重の偽装になっている。

 遠くから見ていると扉を開けて中へ入る様は、おや不思議、まるで岩壁に吸い込まれたかのようだ。

(あまり、出来のいい偽装ではないな……)

 出入りをする時に周囲の人間の存在を感知できる術式も、後から付け加えることにした。



(後は守護者が必要だ)

 高い戦闘能力を有しているのはもちろん、頑丈で邪魔にならず、手間のかからない奴がいい。

 と、なれば普通の召喚獣では要件を満たさない。

(ここは魔導人形に任せるとしよう)


 魔導人形とは文字通り魔導によって動く人形である。

 ただ一口に魔導人形と言っても、その作り方も性能も多種多様だ。言うまでもなく製作費や運用費についてもよく考えて作らなければならない。

(拠点の護りは重要だし、少し奮発して水準の高い守護者にするか……)

 普段は手を付けることのない、腰に括り付けた小さな袋から人の頭蓋骨を模した水晶玉を一つ取り出す。


 ――水晶の髑髏ドクロ、そこに刻み込まれた魔導回路は緻密なものだった。

 それは俺が魔導因子を供給していないにも関わらず、回路の活性状態を示す淡い青色の光を放っている。

 この水晶髑髏はただ魔導回路を刻み込んだものではない。

 魔導回路が常に活性状態を保ち続けるには、必ずどこかから魔導因子の供給が必要なのだ。


 その供給源は他ならぬ水晶髑髏自体、これに封じ込められた幻想種を根源としていた。


 魔導回路で作った檻に閉じ込められている幻想種。

 彼らから魔力を搾り取る特殊な回路構成のことを魔導技術の専門用語では『精霊機関』と呼称していた。

 精霊などの幻想種はほぼ無尽蔵に魔導因子を発生することができる、とされている。定説となっているのは、幻想種とは散逸しない魔導因子の渦であり、常に自身の活動に必要なだけの魔力を異界から召喚し続けているという理論だ。


 精霊機関では幻想種と魔導回路を融合することで、魔導回路が自身の一部であると幻想種に錯覚させる。これにより、幻想種は魔導回路を起動させる分も含めた魔力を異界から召喚するようになる。

 この理屈に従えば、幻想種は無限に魔力を生み出す道具として使えることになる。封じ込める幻想種の水準が高いほど、時間当たりに発生する魔力もまた大きなものとなるのだ。


 しかし、これだけの機構ともなれば、ちょっとした計算違いで歯車が狂うこともある。

 注意が必要なのは、幻想種の水準が低いと回路に送る魔導因子が十分に確保できないこと。そればかりか自身に必要な分も確保できずに消滅してしまう危険があることだ。

 そもそも幻想種は稀な存在だ。

 これを捕まえて封じ込めるのも大変な技術がいるのに、少しでも許容量を超える回路を融合させると消滅してしまうのだから、精霊機関は魔導技術の中でも極めて取扱いの難しい部類になっている。

 今回、俺が用意した水晶髑髏も手元に数えるほどしかない貴重な精霊機関だ。封じ込めた幻想種はさほど水準の高い存在ではなかったので、機能を守護者への魔力供給に限定した汎用性の低い代物だが、それでも他に代用の利かない一品である。


(――組み成せ――)

餓骨兵がこつへい!』


 精霊機関を内蔵した魔導回路、水晶髑髏を掲げて、思考命令と共に術式発動の楔の名キーネームを唱える。

 すると水晶髑髏を核にして、水晶を素材とした人間の全身骨格スケルトンが組み上がった。

 これが単なる全身骨格スケルトンに幻想種を憑依させて操る術式なら、死霊術士の領分であっただろう。

 だが、これはあくまでも精霊機関を内蔵した自立型の魔導人形だ。

 丸く艶やかな頭蓋も、張り出したあばら骨も、やけに長い手足の骨も、指の一本に至るまで全てが透き通った水晶で構成されている。


「自分の右腕を上げてみろ」

 俺の命令に従い素早く右腕を上げる餓骨兵。反応はいい。これならば戦闘の動きも期待できそうだ。

「少し、身のこなしを見せてみろ」

 やや曖昧な命令であったが、餓骨兵は逡巡することもなく動き出した。

 狭い洞窟の中で前後左右に軽く跳んでみせる。周囲の壁に激突することもなく、俺に対しても一定以上の間合いを保っている。

「よし、上手くできているな。後は……」


 俺は自分の懐を漁って六角水晶を一つ取り出すと、手近にあった固い岩盤に突き立てる。

(――組み成せ――)

『六方水晶棍!』

 意識を集中して術式を発動すると、六角水晶を起点にして岩の結晶構造が組み替えられ、長い丸棒の柄を生やした六角錐柱の水晶棍が創りだされる。

 岩盤の質が良いのか水晶棍は混じり物が少なく、ぎらぎらと屈折した光を散らす。

 水晶棍を魔導人形の餓骨兵がこつへいに持たせて、早速、拠点の守衛にあたらせることにした。


「さて……と。少し試してみるか。おーい、ジュエル!」

 近くの水場で遊んでいたジュエルを拠点の入り口まで呼び出す。

「なになに~? ボクに何の用事、ボスー」

 警戒もせず拠点の入り口に近づくジュエル。

「ちょっとこっちへ来い。ここだ。幻惑の呪詛がかかっているが、ここに拠点への入り口がある」

「わあ!? 拠点が完成したんだね! 一番乗りー!!」

「ジュエル、ずるい。私も――」

 ジュエルに続いて拠点へ入ろうとするビーチェを、俺は肩に手を置き無言で引き止める。

 ビーチェがこちらを振り返り、ジュエルが拠点の入り口を通過した瞬間、岩と岩がぶつかるような衝撃音が響き渡った。


 ビーチェをその場に残して、俺も拠点の入り口に足を踏み入れる。

 拠点に入ってすぐ、何か固い岩の塊のようなものを俺は踏みつけた。

 目の前には水晶棍を握りしめた餓骨兵が立ち、地べたにはジュエルが這っていた。

「ボ……ボスに……騙された……」

「騙してなどいない。俺はただ、拠点の入り口を教えただけだ。注意事項を聞く前にお前が勝手に飛び込んだのだろう」

 とりあえず侵入者には容赦ない一撃を見舞う、餓骨兵の起動確認はこれで完了した。




 第二の拠点が出来上がったその日、たまには休暇もいいだろうと考え、俺は掘削作業を丸一日中断することにした。

 子鬼や狼、ノーム達は好き勝手に洞窟内を動き回り、自由に休息を取っていた。

 俺もまた作ったばかりの拠点に入り、ゆっくりと体を休めることにした。

「ジュエル、頭、大丈夫?」

「あたたた……罅が入るかと思ったよー。まったく、もう!」

 頭を抱えるジュエルを心配そうにビーチェが見守っている。

 俺はというと、久しぶりに人間らしい環境で暮らせることに喜びを感じ、余暇を満喫していた。

「今日はあれこれ術式も使って随分と働いた。疲れも溜まっているし、俺は少し休む」

 枕元によく冷えた水差しを用意して、軽く一杯水を飲んでから寝台で横になる。

 拠点の居心地のよさに、休暇も一日と言わずにしばらく引きこもろうかと本気で考えてしまう。


 心地よい睡魔に身を委ね、ふぅ……と意識が遠くなる。

「ねえ、ボスー! 暇だよー、遊ぼうよー!」

「クレス、せっかくの休日。有意義に使う」

 耳元でジュエルが騒ぎ、ビーチェが囁く。だが、今の俺には遠く夢現の声にしか聞こえない。

「ん~。俺は眠るから、二人で遊んでいろ……」


「ええー……ボスってば、しょうがないなー。せっかくバネの利いたベッドもあるし、乗馬ごっこしようと思ったのに」

「ジュエル、それだめ。クレス死んじゃう」

 仰向けになって寝る俺の上にのしかかろうとするジュエルをビーチェが止めている。

 当の俺は半分夢の中にいて、二人の会話の意味も理解できないまま耳にしていた。


「じゃあー、何して遊ぼうか? 医療術士ごっこでもする? それとも悪徳領主ごっこ? あ、送り狼ごっこでもいいよ?」

「……ジュエルの案、却下。落盤救出ごっこがいい……ジュエルが要救助者」

「え~、またそれー? ボク、埋まっているだけで退屈なんだけどー……」

「嫌なら、粘菌飛ばし合戦にする?」

「落盤救出ごっこにしよー! さあ、手近な坑道へ行こぉー!!」

 その言葉を最後に、拠点は静寂に包まれた。

 俺は存分に惰眠を貪り、一時の安らぎを得るのだった。




 ごりごり……ごぉりごぉり……ごりゅごりゅごりゅ……。

 遠くから、とても遠くから聞こえてくる謎の重低音。

 時折、甲高い摩擦音が混じる不快な音。

 音は徐々に近づいてきて、俺の安眠を妨害しようとする。

 そしてついに、音が間近に迫ったと感じた時、拠点の壁に亀裂が走り轟音と共に大穴が開く。

 

「あれ?」

 壁をぶち破って生まれた穴からジュエルが顔を出す。

 熟睡していたところを騒音で起こされた俺は、ひどく不快な気分でぼんやりと目の前の光景を眺めていた。

「……ジュエル……。何をやっているんだ……?」

「えーっとぉ……えーっとねぇ……」

 段々と俺の意識も覚醒してくる。

 そして、拠点の壁に開いた大穴を見て、急激な血圧の上昇を身の内に感じた。

「おい……」

 怒りに満ちた視線をジュエルに向けると、びくりと身を竦ませたジュエルは穴の奥へ顔を引っ込める。


 そして白々しい叫び声と共に、岩を突き崩す破砕音が聞こえてくる。

「きゃー! 落盤だー!!」

 洞窟に激震が走り、壁に開いた穴が崩れた天井で埋まる。

 土砂の一部が壁の穴から部屋の中へとなだれ込んできた。


「ジュエル!! 貴様ぁあああっ!!」

 俺の元に平穏な日常は訪れない。


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