何もおかしいことは特になかったはずなのだけれども

 「こんにちは」

 と声をかけられて驚いて顔を上げると、いつの間にか隣のデスクに居を構えた新人君が覗き込んでいた。くわっと開かれた彼の大きい瞳が眩しくて、桜はもともと悪い目つきをさらに悪くした。

 「ああ、あの本社から来た...」

 「副島です。よろしくお願いしますね、桜先輩」

 に、と白い歯を見せて笑う彼に、桜はまたああ、と気の無い返事をした。そういえば昨日のタスクがまだいくつか残ってたっけ、とtodoリストを眺めながらプルトップを引っ張る。昨日は夜更かしをしすぎた。

 「先輩、持ち帰りですか?」

 「へ?」

 ボケーっとしていたところに飛び込んで来たので、素っ頓狂な声をあげた桜を副島はクスクスと笑う。

 「ここあんまり残業とかないって聞いて喜んで来たんですけど、結構忙しそうですね。なーんだ」

 「でも本社に比べればよっぽどマシらしいよ?この前来たお偉いさんが愚痴ってた。よかったね、転属できて」

 「ほんとですね、よかったです」

 はは、と桜は笑った。軽い会話もそこそこに、お互いそれぞれの仕事に戻っていく。

 それはそれは、たわいもないはずの、一日が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る