劣等感

入学式を終え、教室に移動したAクラスの少年少女らは、担任となったブラッド・グルーバーという初老の魔法使いから説明を受けていた。

「クラス分けは成績順で行われているよ。厳しいことを言うようだけれど、魔法は実際、七割は生まれ持った才能だ。成長の余地はたったの三割。それをこの学園で伸ばすわけだが、いかんせん元の才能というのは大きいからね。

だが、君達も上位にいるからと言って自惚れてはならない。世界を見渡せば常に上には上がいる。この小さな教室の中ですらね。」

真剣な面持ちで聞く生徒達。しかし、キアンはぼんやりとした表情で思っていた。

––そんなの、僕が一番知ってるさ。


解散の合図がされるや否や、キアンのところに人だかりが出来る。

「君、入試の時凄かったよね!」

「歴代最高点数だろ?!やべーじゃん!!」

「俺と友達になろうぜリアン!」

パチリパチリ、瞬く深いブルーアイ。

「僕はリアンじゃない。」

集まった生徒達がキョトンとする中、窓際の方から高い声がした。

「そっちは弟よ、新入生の総代を務めたリアン・オルブライトはこっち!」

「リ、リリィ!恥ずかしいから言わないでくれよ……っ。」

リリィと呼ばれた少女はにいっと笑う。彼女はリリィ・メビルと言い、双子の幼馴染だ。彼女も有数の魔法一家の一人娘であり、昔からよくリアンを追いかけていた。

「あ、双子なんだ!」

なーんだ、その声と共に引いていく人波の中心で、キアンは無表情で帰る準備を進める。


「あの一対一の時のって空間魔法だよね!」

「うん。」

「マジで?!魔法使いでも使える人少ないのに?!」

「そんなことないさ、俺は父さんに教えてもらったし、頑張ればみんな出来ると思うよ!」

「凄いなあ、天才だよね…」

「天才だなんて……俺なんて全然だよ。」


そんな声に混じって、やはり気にくわないのだろう一部生徒が

「調子乗りやがって」

と悪態を吐く。とはいえ一部というかもはやジェイル・リベラという茶髪に赤眼の少年を含め数人であった。大半は入試を見ている為レベルの違いを分かっているのだが、推薦で通った一部はそれを理解出来ていないのだった。


それを興味も無さそうに見ながらプリントを鞄に直すのは天然パーマの黒髪を持つカイラー・ラッカルである。

カールのかかった長い前髪から時折見える切れ長の紫眼は妖しく光っており、常人ではないだろうことが伺えた。


教室を後にする直前、そんな彼らを一瞥したキアンは、面倒くさそうなクラスだと小さくため息をつくのだった。



リアンは黙って先に帰ってしまった弟に追いつくべく全力疾走していた。

––どうして何も言わずに帰っちゃうんだよキアン!俺のこと嫌いなのかやっぱり?!にいちゃん寂しいんだけど!!

実はこの男こう見えて結構なブラコンであった。キアンのクールで何考えているか分からないところとか死ぬほどラブであった。


その時である。公園の方から声がした。

「負け犬の弟、また天才の兄ちゃんに勝てなかったなあ。」


あれは、昔からよく突っかかってくる面倒くさい男、ニールの声だ。いつもキアンをおちょくり双子をバカにしてくる。覗いて見ればやはり、キアンがいつもの無表情で聞いていた。


「弟を馬鹿にするな!」

リアンは咄嗟に出て叫んでいた。

ニールは一瞬驚いたような顔をしたが、キアンは顔色一つ変えずに彼を見ていた。

「そう言うなら偶にはそのご自慢の弟に勝ちを譲ってやったらどうだ?」

「……っ」

リアンは思わず返しに詰まる。図星だった。

彼はいつもこれを言われて黙ってしまうのだ。確かに、キアンだって凄いのにいつだって目立てていないのは自分のせいなのだった。

ニールがニマニマといやらしく笑っている。


「やめろよ。」

キアンが面倒くさそうに言った。

「けっ、お澄まし顔しやがって。はらわた煮えくり返ってる癖によう、仲良しごっこか?気に入らねえんだよお前ら。」

「そうか。じゃあ失礼する。」

とっとと歩いていくキアン。

「おい待てよ」

すると、ニールが去って行こうとする彼の腕を掴んだ。

「帰りたいんだ離してくれ」

「焦るなよ話は終わってねえぜキアン。なあ、」

「離せ」


「……お前さあ、本当は兄ちゃんのこと嫌ってんだろ?」

「いい加減にしてくれないか。」

低い声だった。リアンは驚く。普段一切表情の変わらぬ片割れの顔に、確かな怒りが浮かんでいる。

グッと寄せられた眉間の皺。白い顔に薄っすらと浮かぶ青筋。


「ハハ、なんだよお前もそんな顔出来るじゃねえか。」

「…勝手に出来ないと思ってたのはお前だ。それと、僕に文句があるなら二日後の新入生大会で勝ってからにしてくれないか。」

「キ、キアン!」

黙って見ているしかなかったリアンが思わず口を挟もうとする。

しかし、またいつもの凪いだ表情で言われた。

「兄さんは黙っていて下さい。これは僕の問題ですので。」

ニールがそれを見てケラケラ笑う。

「言うねえキアン。良いぜ、二日後お前をボコボコにして言ってやろうじゃねえの。」

「じゃあ、そう言うわけで、また今度。」

「おう、また、な。」


遠くなる弟の背中。リアンは、それを見つめるしかなかった。

「行かなくて良いのかよ、オニーチャン。」

「うるさい、今行くさ。」

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