第16話

 2階には廊下に扉が1つだけ。そこにクロの妹がいるのだろうか。

 明かりはひとつも無く、真っ暗であるはずだが、舞衣の視界は明るかった。幽霊の力だろうか。


 誰も通ることは無いのだろう。廊下は埃が積もっていて、そこを歩くのは不快だった。廊下にも窓はあるが、真っ黒に汚れていてそとはあまり見えない。


 扉の前に来ると、何やら扉の向こう側からすすり泣く声が聞こえる。クロの妹の声だろうか。何故か舞衣の手は震えている。

 クロは扉に手をかけて、ゆっくりとドアノブを捻る。

 キィーという音と共に扉は開かれる。目の前に現れたのは、闇。ドアを開けた先は、暗いというよりかは闇があった。


 闇の中に人影が2つ。小さな影と大きな影だ。小さい方の影は地面に体を丸くして横たわっており、少女の形をしている。黒の長い髪で、身体はすぐに折れてしまいそうなくらい細い。大きい方の影は手に何かをもってこちらを睨んでいる。女の霊のようだ。


「久しぶり。お母さん」


「あんた、誰?私の娘はもういないわ」


「クロ、だよ。貴女の手で殺した娘」


「クロ……、死んでまだこの子を守ろうとするの?」


「その子を返して!私はお前に殺された。シロに何もしないって約束したから、シロの代わりに死んだんだ!」


 急に声を張って叫んだ。どうやらその横たわっている少女がクロの妹であり、シロという名のようだ。


「約束は守ってるわ。殺していないもの。ただ、いたぶって遊んでいるだけよ」


「私が約束したのは、もう何もしないってことだ!それなのに毎日暴力三昧……。だからお前をこの部屋で殺した!」


「やっぱり貴女だったのね。こんなボロボロの家から出られないのは、貴女が何かしていたからなのね」


 女の影は笑いだした。そして手に持っていた何かをこちらに向けた。それは暗闇の中で銀に光った。ナイフだ。


「まさか娘を2度も殺す羽目になるとはねぇ!」


 鋭い刃を向けて、勢いよく走ってきた。女の顔には、狂気の色が浮かんでいた。


 逃げるスペースはない。いつの間にか扉も閉まっていた。


 女の刺すタイミングに合わせて、何とか一撃を躱した。ただこちらに攻撃手段はない。


(クロ?聞こえる?あの女はクロと同じ幽霊なの?)


(そう。私がこの家に閉じ込めてそのまま死んだ。あのナイフはキッチンにあったやつだから、刺されたらそのまま舞衣が死んじゃう)


 舞衣はここへ来る途中、ある店へ寄ったのを思いだした。


(試したいことがあるの。身体を動かさせてくれる?)


(わかった。死なないでね)


 腕の自由が返ってきた。急いでインベントリから買ったものを取り出す。その間にも女の霊の攻撃は続く。


(よし!全部取り出せた。でももしかしたらクロも巻き込んじゃうかもしれない。そうしたら、ごめん)


(シロを助けてくれるならなんだっていい。私のことは気にしないで)


 舞衣は何枚もの御札を握っていた。効果は定かではないが、やってみるしかない。


 女の霊はナイフを持って何度もこちらに向かってくる。それを避けるのと同時に、床や壁に御札を貼ろうと試みた。







 ゲーム内で息切れはないが、こもった空気を吸い続ければ頭がくらくらとしてくる。何度も攻撃を避けては貼り、避けては貼りと繰り返しているうちに、意識がだんだん薄れていった。


 だがいま倒れる訳にはいかない。いま倒れればこのイベントは終わらない。始めからになってしまう。


「これで最後!」


 最後の札を壁に貼り、避けたのと同時にシロの方まで飛んでいく。


「霊よ、清らかに眠りなさい」


 シロを背に、舞衣は何かを唱え始めた。女の霊は悶え始める。


(何を唱えてるの?だいぶ苦しい、けどお母さんにも効いてる。そのまま辞めないで)





 どのくらい時間が経っただろうか。舞衣は唱え続けた。

 苦しみ続けた母親の霊は、静かに消えていった。


「クロ……。終わったよ」


 瞬間、部屋の中の闇は晴れ、外の光が差し込んできた。


 クロからの返事はない。


「クロ!?クロ!?」


 何度呼びかけても返事はなかった。


 すると、横たわっていた少女が口を開いた。


「クロ……なの?」


 弱々しい声で呟いた。舞衣は言葉を返せなかった。


 シロは事を察したかのように俯くと、フラフラと壁にもたれながら立ち上がろうとした。しかし筋力が足らないのか、また座り込んでしまった。


 舞衣はシロに駆け寄った。


「すいません。ありがとうございます。私と姉を助けていただいて」


「お姉さんは……助けられなかった。………ごめん」


「姉の願いは私を助けることでした。姉はこのことで、十分に救われました。きっと天国で待っててくれています」


 少女は涙を流していた。今にも死んでしまいそうなのに、舞衣のことを気遣い、自分を攻めさせないように必死に声を出していた。


「ごめんね……、ありがとう」


「突然このようなことに巻き込んでしまい、申し訳ありません。本当に、ありがとうございます」


 少女がそう告げると、舞衣の手元にパネルが浮かび上がった。


――――――――――――――――――――

     MISSION COMPLETE!!

獲得アイテム:双子の感謝


称号を獲得救済者

5分間に最大HPの1%を回復

――――――――――――――――――――


「シロ…ちゃん?」


「はい?」


「もしよかったらクロとシロちゃんのこと、教えてくれないかな」


「わかりました。お話します」


 シロは、自分とクロの過去について話し始めた。

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