第15話
まともな武器も持たずに、舞衣は再び幽霊屋敷の前まで来ていた。攻略サイトは覗かず、自力で攻略するという意地もあった。
「でもやっぱりこわぁ……。あんなスープ飲むのも怖いけど、アイテムも欲しいからなぁ……」
先程の死のことを思い出していた。このゲーム内では痛覚軽減のシステムが導入されており、痛覚のみ通常世界の20%で感じる。しかし刺された痛みは20%であっても、擦り傷程度のものではない。
「よぉ〜し!早く攻略して帰ってやるぞ!」
相変わらず屋敷は先程同様に不気味だ。窓にはヒビがはいり、壁もところどころ苔むしている。
舞衣はそのままドアに手をかけた。
入ってすぐのドアの鍵が掛かる、天井から音がして電気がつくことは確定イベントのようだ。
来るとわかっていれば少しは楽になった。
忍び足で奥のダイニングキッチンまで向かう。そこにはつい数十分前と同じ景色があった。
メモに文字が浮かぶ。
「うん!一緒に食べよ!」
メモの文字は薄れ、新たな文字が浮かんだ。
――――――――
ありがとう
そこ、座って
――――――――
木製の椅子が勝手に引かれ、舞衣はそこへ座った。何年も使われていない設定なのだろう。座るとギシギシと軋む。
「い、いただきます……」
スプーンとフォークを手に取り、怪しげなスープを口に近づける。
明らかに身体に悪そうなピンク。何の肉か分からないような具材もいくつか入っていた。
勇気を出して口に入れる。
味の感想は、あえて言うならば普通のスープだ。何の変哲もない、ただのオニオンスープだったと、思っていた。
悪くはない味で、想像の何倍も美味しく感じた舞衣は、そのまま全て飲み終えた。肉も野菜も柔らかく、よく味も染みていてそれでいてヘルシーな味わい。とても飲みやすいスープをだった。
「ご馳走様でした」
手を合わせ呟く。メモの文字はまた新たな文字に変わった。
―――――――――――――
飲んでくれてありがとう
その体、貰ってもいい?
―――――――――――――
背筋が凍るとはこんな感じなのだろうか。文字を見た瞬間冷や汗が出てきたような気がする。
スープを飲んだ瞬間から嫌な感じはしていた。目の前には何も無いはずなのに、何か感じる。
その文字を見たあと、気がつけば向かいの椅子に1人の少女が座っていた。
服は真っ白でボロボロなワンピース。麦わら帽子のようなものを被っていて、顔は影になってよく見えない。腕は細く、透き通る真っ白な肌だった。
ここで、敢えて『透き通る様な』と書かなかったのは、それが比喩ではなく、本当に透き通っていて半透明だからである。
固まって言葉が発せない舞衣の前に、少女が口を開く。
「その体、貰ってもいい?」
(ダメといえば殺される。いいと言えば乗っ取られる。どっち道死ぬしかないじゃん)
このイベントはスルーするのが正解なように思われた。幽霊に体を貸すことが、どんなものであるかはわからないけれど、貸した時点で帰ってこないような気はしていた。
「……もし、ダメって言ったら?」
「殺して貰うよ」
「なら、もしいいよって言ったら?」
「殺さずに貰うよ」
乗っ取られるのが正解なのか、はたまたそうでは無いのか。ただここで拒否すればイベントは進まないだろう。舞衣は幽霊のことを受け入れる事にした。
「わかった。いいよ、入ってきても」
その少女は微笑んだ気がした。
「ありがとう!」
少女の体が弾けた。いや、小さな粒子に分散したと言うべきか。少女のいた場所はキラキラと輝く粒子が舞っていた。
舞衣が目を閉じると、身体の中に何かが入ってくるような感覚があった。それは手から、足から、口から、お腹から。全身から流れ込んでくる何か。不快の文字が浮かんだ。
しばらくして目を開けると、そこに少女のいた痕跡はなかった。そして舞衣の中で声が聞こえる。
(ありがとう。これで君の中に入れたよ。ところで君、名前は?)
「舞衣だよ」
(舞衣っていうんだね。私はクロ。よろしくね、舞衣。)
「ねぇ、クロ。目的は何?なんで体を乗っ取ったの?」
(この体はいま私にしか動かせない。だから見てればわかるよ)
そういって舞衣の身体は立ち上がった。舞衣自身に体を動かしている感覚はない。動かそうとしても動かないのだ。
そのまま舞衣の身体はこの部屋をでて、階段へと向かった。
(この上に妹がいるの。でも、私がお母さんに殺されちゃって、妹は部屋から出られなくなっちゃった。出してあげなくちゃいけないの)
そういってゆっくりと階段を登り始めた。1段登る度にギシギシと軋む音は、舞衣の恐怖心を煽ったのだった。
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