幕間・毒蠍【三人称視点】
その町では、まことしやかに囁かれていた。『毒蠍を敵に回すな』と。
彼らは調子に乗っていた。先代から受け継がれる悪名を自らの手柄のように思い込んで、天狗になっていたのである。
自分こそがこの地を統べる男。毒蠍に敵なしと粋がっていた。
道を歩けば、人々が道を譲る。誰もが自分たちを恐れる。
無敵状態だった。だから自分たちは強いのだと自惚れていたのである。
だが、状況はあっさり暗転した。
そんな事も知らない一人の男がたまたま毒蠍が支配する町をぶらつき、たまたま毒蠍の一味と衝突した事が、彼らの破滅への一歩へとなった。
喧嘩を売った相手が悪かった。
知らなかったでは済まなかった。
あいつは、あいつの仲間はとんでもなく強い。語彙力どっか行ったってくらい強い。毒蠍の面々が調子こいていたってのもあるけど、強かった。
それが去年の出来事。
彼らに負けた毒蠍の面々は今や、毒尾を折られたザリガニと揶揄されるようになった。彼らは屈辱の日々を味わっていたのだ。
『おのれ…おのれ三森琥虎…!』
『あ、アニキィ…! どうしやしょう!』
その中枢にいたのはサイドを刈り上げ、頭頂部を真っ赤に染めた男である。彼は未だかつて無いほどの屈辱に震えていた。先日までは自分がこの町のヌシであったはず。
なのに、今じゃ違う。すれ違う人々から後ろ指さされて笑われている気がしてならなかった。
ここで大人しく沈黙を守るのは性に合わない。彼はなんとしてでも、憎き三森琥虎という隣町の不良に一泡吹かせてやりたかった。
なにかないか。あの男の弱み……ふっと、赤モヒカンはとある噂話を思い出した。
『……あの男には確か妹がいるな…そう、紅蓮のアゲハと呼ばれる女傑』
妹だ。
あの血も涙もないあの男でも妹に手出しされたら、動揺を隠しきれないであろう。
『アニキィ、マズイっすよ。紅蓮のアゲハはヤバいですって』
『じゃあテメェはこのまま尻尾巻いて逃げるのか!? 毒蠍のプライド捨てちまったのか!』
弟分の弱音にカッとなった赤モヒカンが怒鳴り散らすと、周りは萎縮したように黙り込んでしまった。
皆同じだ。悔しくて悔しくて仕方ない。
だけど自分の弱さと、驕っていた過去の自分に嫌気が差してどうにもたまらなかった。
『…どうやって、おびき寄せます?』
しばらく沈黙が続いたが、その内の一人が絞り出すように声を出した。赤モヒカンは眉をひそめ、唸り声を上げる。
『まず、紅蓮のアゲハの情報を探るぞ。絶対に隙はあるはず。そこを突くぞ』
■■■■■
ここ雪花女子学園は、淑女のための学校だ。学力も高い上に、淑女教育にも力を入れているため、親たちが泊付けのために入学させるという、ハイソな女子校なのだ。
そういう学校なので、少々時代錯誤な淑女教育が施される。ある意味嫁入り学校のようなものである。
今も和裁室で、花の乙女が針仕事をしていた。
「茉莉花ー! 見捨てないでー!」
「あげはちゃん、苦手だからって逃げてはだめよ? ちゃんと自力で課題片付けてね」
現在悲鳴を上げて助けを求めている少女・あげはは、和柄の布地を握りしめて涙目であった。
「それに浴衣は手縫いだから、ミシン恐怖症のあげはちゃんには助かるでしょ?」
「まっすぐ縫えないの! 先生からは縫い目が荒いって怒られるし…」
「縫い目が荒いと、着たときにほつれちゃうでしょ? それ着て夏まつりに行く約束、忘れちゃったの? 淑女になるんでしょ。自力で頑張りなさい」
友人からズバッと言われたあげはは、胸を抑えて、「茉莉花が冷たい…」と震えていた。
「じゃあまた明日ね」
「ヒェーン…」
あげはの鳴き声に茉莉花は苦笑いする。
何も茉莉花は意地悪をしている訳じゃない。これは友人のために突き放しているのだ。彼女の目標・淑女のために、突き放しているのだ。
円木茉莉花の友人・三森あげはは、華やかな顔立ちの美しい少女である。自己評価が低いのか本人はあまり自分の容姿に頓着しておらず、茉莉花の容姿をべた褒めする始末である。
茉莉花が匂い立つ花であれば、あげはは名の通り、艶やかな蝶だ。彼女はがさつな性格を直すために、この学校に入学したという。
入学当初から成績優秀、運動神経抜群で注目を浴び、そのサッパリした性格からクラスメイトに慕われていた。
だが、彼女にも欠点があった。
家政科目が壊滅的に苦手なのだ。あとミサの時間に爆睡する常習者で、シスターに目をつけられている。
優等生のはずなのに優等生じゃない彼女はどこか憎めない。茉莉花はそんな友人が大好きだった。
あげはは家政全般に苦手意識を持っている。だけど茉莉花は思うのだ。彼女はやれば出来る子であると。
今は慣れていないだけ。だから彼女が真剣に取り組もうと思えばきっと成せるはずだと信じていたのだ。
「──お前、紅蓮のアゲハの友人だな?」
茉莉花の前に突如として現れたのは、ガラの悪い学生服姿の男3人だ。突然のことに茉莉花は固まっていた。
なぜなら、彼女は男性恐怖症だからである。原因と理由はさておき、男性が苦手だからこそ花の園への進学を選んだ茉莉花は、男への耐性など皆無に等しい。
身内の異性は、茉莉花を庇護する対象。それとはまた別の話である。
「俺達と一緒に来てもらおうか」
「ヒッ…!」
恐怖と嫌悪で声が出ない。逃げようにも足が棒のように固まって動けない。
なんとか振り絞った声で「やめて下さい、離して」と拒否するが、茉莉花は強引にバイクに乗せられ、そのまま何処かへと連れさらわれてしまったのである。
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