私のダチに手を出したら容赦しないよ。【前編】
和裁、洋裁に料理、書道、華道、茶道と…この学校は家政科目が多すぎる! 誰だよこの学校選んだの。…私だよ!
チクチク、ブスリ、チクチクと運針していた私だが、浴衣の布地に血のシミが滲んでいるのを見て、泣きそうになった。
「イテッ」
針で指を突き刺した回数を20回超えたあたりで、私は諦めた。
窓の外ではカァカァと私を嘲るようにカラスが鳴いているではないか。
もうやだ。カラスが鳴いてるから今日は帰ろう。
そうと決めたら早かった。適当に片付けを済ませると、かばんを持って立ち上がる。和裁室の戸締まりをしたらあとはまっすぐ帰るだけ。誰にでもできる簡単なことだ。
だけど裁縫は向き不向きが存在すると思うんだ。そもそも世の淑女が全員できるとは思えない。出来なくても死ぬわけじゃないと思うのだか。
ふと、かばんの中で何かが震えた気がして、何となしにスマホを取り出してみた。
メッセージ3件、着新履歴5件、留守番メッセージ1件。
なんだろう、お母さんからかなと画面をタップして確認すると…それは友人の茉莉花からであった。
つい一時間とちょっと前にまで一緒にいた彼女からの怒涛の連絡。…少し、胸騒ぎがした。
録音された留守電メッセージを聞いてみようと、スマホの受話部分を耳に近づけた。
【おい、オトモダチを返してほしけりゃ、隣町の工場跡地まで来な。住所と地図はメッセージで送ってやる】
知らない男の声。オトモダチを返して欲しけりゃって…どういうこと…?
【あげはちゃん!】
【この女を助けたけりゃ一人で来い。いいな?】
電話の向こうで茉莉花が私を呼ぶ声が聞こえた。彼女は泣きそうな声を出していた。
どういう状況なのだろう。どうして茉莉花が。ていうかこの男は誰なんだ。何が目的なのだ。
【これはただの脅しじゃないぜ? 毒蠍って言えばわかるか? …兄貴にも言わずにひとりで来いよ】
──兄貴。
その単語で頭がすぅと冷えた。
私はメッセージアプリを開いて、指定の工場跡地までの道のりを確認する。
…駅やバス停から少し離れてるな。とりあえず電車に乗っていこう!
茉莉花救出の為、私は正門を飛び出した。
「あ、あげはちゃん」
「! 嗣臣さん…」
正門を飛び出した私へのんきに声をかけてきた眼鏡の男…兄の友人である嗣臣さんは赤いママチャリに跨がっていた。
その自転車…うちのお母さんのではないか…? ママチャリが似合わないなぁこの人。背が高くて足が長いから漕ぎにくかったに違いない。
「なかなか出てこないから心配したよ」
「ちょっとその自転車貸してください!」
「えっ」
何故か学校前で待ち伏せしている彼のことはこの際どうでも良い。嗣臣さんを押して無理やり自転車から下ろすと、私は自転車のカゴにかばんを放り込み、赤いママチャリに跨った
「ちょっとあげはちゃんどこに行くの!?」
「あんたらの尻拭いだわ!」
嗣臣さんの言葉は聞かない。だってそもそもの原因コイツらだもん! 相手の返事はまたずに、ペダルを強く踏み込んだ。
学校前から全速力で立ちこぎした。車道の端っこを走行していると、横を走行していた車にちょっと煽られた。だが今は煽りにかまっている暇はない。横目で睨みつけると、車の煽りはピタリと収まる。
全くもう! いい大人が可憐な女子高生を煽るなんて情けない! 恥を知りなさい!
茉莉花救出のため、私は目的地まで急ぐ。あの子は男性恐怖症なんだ。きっと怖い思いをしているに違いない。
…もしもひどい目に遭っていたら……
嫌な想像をしてしまって私の頭が怒りで沸騰してしまいそうだった。
電話口の人間は【毒蠍】と自称していた。それがなにかはよくわからないが、兄の琥虎達が関わっているのは間違いない。
だが、兄たちは私の預かり知らぬ所で喧嘩して遊んでいるので、一体どれのことを言っているのかわからない。…兄たちは一度補導されたほうがいいと思うんだけど!
昔は不良だった母は親として注意しているけど、兄たちは全く聞きゃしない。面白がる父は論外である。
大体なんで、報復として妹の友達を拉致するかね! 兄たちにやり返せよ。まったくもって卑劣極まりない! だから不良なんだろうけどさ!
今までも妹ってことで色眼鏡で見られてきたけど、私は何もしていないのに、周りの人には同じように見えるんだ。それが嫌で環境を変えたのに……帰ったら兄貴シバく!! 歯の一本は覚悟しとけ!
ほんっと、不良ってのは鬼門だわ!!
鍋の中の水が沸点に達し、ボコボコ音を立てて煮えたぎる。そんな風に私の中で怒りは頂点に達していた。
指定されたのは海岸沿いの古びた工場跡地だ。車や人が全く行き交わない。人気の少ない場所に建っており、不気味な雰囲気を醸し出している。
私はそんな中で自転車をぶっ飛ばしていた。
メッセージに添付されていた写真と一致する工場を発見すると、私はノーブレーキでそこに突っ込んでいった。
シャカシャカシャカとペダルを回す音が大きく響く。工場敷地内に入ると、出入り口でたむろって喫煙をしている不良共がいた。
「こんのぉぉぉぉ!! 茉莉花を返せやこのクソがァァァ!!」
これを茉莉花に聞かれたら、淑女らしくないと眉をひそめられてしまうであろうが、私は淑女を貫き通すほど余裕がなかった。
私は不良共に向かって特攻を仕掛けた。
ビュンっと風を切ってたむろう奴らを一匹くらいはねてやろうと思ったが、殺気を察知した奴らに避けられてしまう。
ブレーキを掛けると鈍い音と砂埃を立ててママチャリが停止した。私は振り返ると、地の底を這うような声で奴らに問いかけた。
「…なぁぜ避ける…」
「いや、普通に避けるわ!!」
「うるせぇ! 黙って轢かれろ!」
睨みつけると、不良共は一斉に竦み上がった。そして私を見て震え始めた。不良を自称している割には大したタマじゃないな。
お前らは後で改めて制裁するから首洗って待ってろよ。逃げるなよ。
私は悪態をつきながら、四方八方を見渡す。茉莉花、茉莉花はどこだ。
「茉莉花ー!! どこにいるの! 助けに来た!!」
私は自転車を方向転換させて、工場内に侵入した。
「──あげはちゃん!」
「やっと来たか。随分待ちくたびれたぜ」
工場内の奥の方、天井付近の窓からしか光が差し込んでこない、薄暗いそこに茉莉花はいた。
男数人に囲まれた茉莉花は怯えて半泣き状態であった。そのへんに転がっていたのであろう、ビール瓶のケースに座らせて、男たちに両腕を抑えられて拘束されている。
「お前が三森あげはか。三森琥虎の妹…。お前には恨みはないが、お前の兄に痛い目を見せるためだ。悪く思うなよ」
赤モヒカンという前衛的なヘアスタイルをした男がこの中のリーダーか。
「こっちに来い。人質交換でオトモダチを解放してやろう」
偉そうに人質交換を提案してきた赤モヒカン。それなら最初から私を拉致すればいいのに何故茉莉花を巻き込むのか。
言われた条件に従おうと、自転車から降りるとその辺に駐輪しておいた。
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