8 修行へ向かう朝……

 次の日、朝起きたリアは、居候として住ませてもらっている永宮家の一部屋のベッドから身を起こして大きな窓の前にあるカーテンを開け、入り込んでくる朝日を全身で受け止める。

「う~ん、気持ち良い!!」

 背伸びしてそう言うと、タンスから今日着る下着などを手に取り静かな廊下へと出て、脱衣場へと向かう。

 寝たときに搔いた汗を流す為にお風呂に入ろうとした彼女は、パジャマを上着からゆっくりと脱いで行くと風呂場へ繋がる扉へ手を掛ける。すると、先にガチャと音を立てて扉が勝手に開く。

「――え?」

「真一?どうして?え、だって、いつもこの時間は寝ているはず……。」

「あぁ、今日は珍しく早く起きただけだから……」

 突然の登場に驚いた彼女は、手を使い、胸や股を隠す。しかし、真一は、気にかけずに自分の着替えを取ってそのまま脱衣所を出ていった。

「え?」

 リアは、ここで初めて風呂に入った事を思い出す。あの時は、逆で自分が出たときだったが、立場が逆でもリアに羞恥心が襲い、顔が赤くなる。

 既に出て行った彼に対して何も言えずに渋々と風呂場へと足を踏み入れて、汗を流し始めた。まだ頬が熱を帯びている。どうして、自分だけこんなに恥ずかしくなっているのかと自問自答するも、リアは真一の様子が可笑しい事に気が付く。

「まさか……!?」

 リアは、急いで体を洗うと、いつもの三分の一の時間でシャワーを切り上げて濡れた髪を乾かす暇もなく自分が持ってきた着替えを身につけ始めた。




 ◇◇◇

 風呂場でリアと遭遇してしまった。そんなことを俺は、部屋に辿り着いた途端、恥ずかしくなり声を漏らす。少しとは言え、リアのなめらかな裸を見てしまった。今頃、怒っているのだろうか、そんなことを思いながらも俺は、制服ではなく、動きやすいジャージに着替える。今日は、週の真ん中であり、普段なら学校へと向かわなければいけないのだが……。

「靖に勝つには、学校に行ってる場合じゃないか」

 そんなことを口にしながら学校に必要な荷物を何も持たずに俺は部屋をでる。

「兄さん?今日学校でしょ?その格好どうしたの?」

 運が良いんだか悪いんだか、今日は朝から人に良く会う。今度は、妹の美香に遭遇してしまった。制服姿になっていた妹は、不思議そうな顔をしながら俺を見つめる。そんな美香を置いて俺は、先にリビングへと向かう。

「ねぇ、兄さん。聞いてる?」

「あぁ、聞いているよ」

「じゃあ、何で答えてくれないの?兄さんも今日学校がある事ぐらい美香、知っているんだから」

「美香、今日からしばらく学校に行かないから」

「――え!!兄さんがサボり!?」

 部屋からリビングへ向かう際、そんな会話が響く。出席だけ真面目に行っていた人間が急に行かないと発言したら誰だって驚くだろう。美香は、慌てて俺の前に立ち、説得しようとする。

「考え直して、兄さん。大体、何で急に学校に行かないとか言うの?もうすぐ、学部戦でしょ?私、どんなに無様に負けても応援するから!だから、行かないとか言わないで!」

「――美香、今年は負けられないんだ。リアが居る今年は……。」

「どういう事?」

「強くなりたいんだ。もう誰にも負けないくらいに強く……、強くならなきゃいけないんだ。その為には、学校の方が今は、時間無駄なんだ。」

 状況が上手く読み込めていない美香に俺は、そう言う。とにかく、強くならなければ、意味が無いんだ。俺自身に宿った力『剣星』を上手く使うには、中に眠る憤怒塊であるバーサーカーを従えなければならない。奴を従える事が強くなる為の第一歩なのだから。俺は、剣王マラリアが待つ山奥へと向かう為、朝食を取る。

「――わかった。でも、リアさんには自分の口から言ってよ?女の子ってとても寂しい生き物なんだから」

「その時が来たらな。お前もフォロー頼んだ」

「報酬は、高いですぞ?」

「あぁ、確か……シュークリームだろ?帰りに買ってきてやるよ」

「よろしい」

 美香はそう言い俺の朝食を用意してくれた。言いたい事は沢山あっただろう。けど、何も言わずに俺のしたいことを応援してくれる。良く出来た妹だなと思いながら俺は、彼女の手作りご飯を頂いた。




「――ご馳走様、美味しかったよ」

 それから少し間が開き、朝食を食べ終えた俺は。胸元で合掌してそう口にすると、食器を台所まで運んだ。

「じゃあ、行ってくるから」

「うん、気を付けてね」

「あぁ、リアの事を頼んだ」

 そう言い残すと俺は、リアに内緒で家を出る。きっと、また彼女を悲しませるかもしれない。けど、俺が彼女と向き合う為には、失われた地位と名誉を回復する必要がある。最弱とまで呼ばれた日々からの脱却を果たす為、俺は今日も彼が待つ山奥へと向かう。

「――何を頼んだの?」

 歩み出した足が止まる。ゆっくりと声を振り返るとそこには、制服ではなく、動きやすい私服に身を包んだリアの姿があった。髪は、濡れたままでシャワーから乾かさずにここまで来たのだろう。シャンプーのほのかな香りが漂っていた。俺は、突如登場した彼女の姿に驚いて目を見開く。リアは、ドヤッと言わんばかりの笑みで俺を見ると、歩み寄る。

「ねぇ、何を頼んだの?」

「お、おい!!何掴んでいるんだよ?」

 もう一度同じ質問をしたリアは、俺の腕を抱き寄せて離さないかの様に力強く掴む。

「美香、これは一体……」

「ごめん、兄さん。聞かれていたみたい」

 見送ったはずの美香が玄関から姿を見せてそう言う。俺は、目線を美香からリアに向けるとリアは、笑顔を見せながら

「そういう事だから、私も行く。乙女の裸を見た真一に拒否権ないから」

「拒否すると言ったら?」

「ここで叫んで真一を刑務所に送る」

 彼女が発する物騒な言葉に苦笑して渋々とリアが付いてくることを認めた。認めないと本当に俺は、刑務所へと送られる可能性があると身の危険を感じた。先の風呂での出来事がこうも仇となるとは……。自分の行動に少し後悔する。

「良し、じゃあ出発!」

「――ちょっと待った!」

 リアの出発号令を聞いた途端、私有地と公共の境に立っている塀向こうから別の声が聞こえる。まさかと思った俺だが、その予想は大体当たっていた。同じく聖魔学園の制服を着た芽依が俺の家の塀から姿を見せる。

「芽依、なんでここに!?」

「私、永宮くんの彼女なので、付き添いは必然かと」

 そう言うと芽依は、開いているもう一方の腕を抱きしめる。予想外の展開に俺は、ため息を溢す事しか出来なかった。

「じゃあ、三人で行きましょうか!」

「えぇ。ほら、真一!行こう?」

「お前ら……、動きにくい。案内するから離れてくれ」

 それぞれ抱き寄せられた腕は、何か柔らかい物と密着していた。俺は、それが何かを察して早く離してもらう様に説得する。今回ばかりは、彼女達の方が一枚上手だった。だが、これからどんな事が待ち受けているか、彼女達は、まだ理解していなかった……。

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