5 転校生はお姫様

翌日、

始業のチャイムと共に真一は、ヤンキー衆から解放されて自分の席に着く。これから長い一日が始まる。誰もがそう思っていた。だが、真一にとっては安心出来る唯一の時間がこの授業中なのだ。

「お前ら、席に着いてるか~」

確認がてら、教室に入ってきた担任の男先生青柳先生の声を聞くと日直が号令をかける。

始業のHRが始まると、青柳先生は慣れた口調で本日の予定や情報をすらすらと言っていく。いつもなら、ここで終わるのだが、今回は違った。

「じゃあ、最後に転入生を紹介する。入ってこい」

青柳先生に呼ばれ、教室の扉が開き一人の女子生徒がやって来た。異国育ちの顔立ちに誰もが彼女の顔を注視する。少女の登場により真一は思わず席から勢いよく立ち上がる。

「初めまして、太平洋にあるイスカリアから来ました。リア・イスカリアです、日本には、昔から住んでいましたので日本語は得意な方なので気軽に話してくれたら嬉しいです、よろしくお願いします」

転入生が顔見知りのリアだったことに真一は、思わず開いた口が塞がらないまま先生に話しかけられた。

「何だ?永宮、お前ら知り合いか?」

「はい、幼馴染みなんです。」

真一の代わりにリアが勢いよく先生の問いに答える。彼女は、「ね!」と言いながら呆然としている真一の所を見ては、万遍の笑みを見せる。クラスの男子からの殺意の目線が俺に集まる。少し息苦しく感じるが、俺はそれを堪えながら黙って席に座る。何も答えない真一を見て少し頬を膨らませているリアだった。この学園で俺の幼馴染みと知れれば、何を言われるかも分からないと言った恐怖から真一は上手く肯定出来なかった。だが、それを見かねた先生は、リアの席について話し始めた。

「じゃあ、君の席は、真一の隣で良いか。幼馴染みなら分からない事とか教えてもらえ」

「は~い」

マジか……。真一はそんな態度を示すもリアは、少し笑みを見せながら真一の隣に座ると早速彼の方を見る。

「よろしく、真一」

こうして、真一の数少ない安らぎの時間が過ぎていった。



あっという間に時間が過ぎ……。

午前中の授業が終業した合図のチャイムが鳴ると同時に教室には、多くの人が集まってきた。狙いは勿論、転入生のリアだった。

「おい、見ろ!あれが噂の転校生だってよ」

「うひょ~~~、めっちゃかわいい」

「お人形さんみたい!!」

リアの周りにはもの凄い人が集まり彼女を囲むと彼女の容姿を褒めたりするも、決して質問などの抜け駆けはせずに、そのあまりの美しさに一目見ようとして他の学年からも生徒がやって来て教室は、大混乱になっていた。勿論、隣に座っている真一は押しのけられて、席に座っていられなくなってしまった。転入生の宿命だと踏ん切りを付けて、リアの事を諦めた真一は、教室の外を目指す。

「ねぇ、永宮くん」

ヤンキー衆は、皆リアに夢中でパシリに行かされなかった真一は、静かに教室の外へと出た時、彼を呼ぶ声がした。慌てて声の方を向くとそこには、芦沢芽依だが手に何かを持ちながら待っていた。時折、上目遣いをしながら真一の様子を伺っていた。

「芽依、どうした?」

「うん、ほら……こっち」

芽依は、空かさずに真一の手を握り教室から離れていく。そんな様子を人と人の隙間から目に映り込んだ。リアは、慌てて席から立ち上がる。その様子に周囲の生徒は、驚きをあらわにするも「ちょっとごめん」と言いながらリアは、弁当を片手に人混みから抜け出して真一達を追いかける。イスカリアでも人混みを抜けるのが上手いのか、リアは慣れた様子で人混みを抜けていく様に生徒達は、しばらく呆気にとられていた。

「あぁ、あの弱虫に飯買わせるの忘れた!!」

その後、ヤンキー衆の一人が騒ぎ始めると、教室がいつもの様に騒ぎ始めた。

リアが居なくなってから数秒後のことだった。







◇◇◇

「なぁ、ここに連れて何をするんだ?」

俺は、芽依に連れられた俺は、昼の強い日差しが差し込む屋上へとやって来た。芽依は、少し周囲を見渡すと少し歩いた場所を指さす。

「あそこに座ろう」

彼女のなから強引な行動に中々慣れない物の俺は、彼女に引き連られ屋上にあるベンチに腰を下ろす。建物の上なせいか、少し風が冷たく頬に当たるおかげで強い日差しにも負けずに心地よく感じられた。そんな俺の横で芽依は、包んでいたナプキンの結び目を解き、膝の上で広げるとそこには、一人サイズの弁当があった。

「芽依、これは?」

「どう?お弁当、作ってみたんだ!一緒に食べよ?」

「う、うん」

そう言った途端、屋上の扉がバンと大きな音を立てる。思わず扉の方を見ると、そこにはゼエゼエと息を切らしたリアの姿があった。明らかに国の姫様に見えない彼女の行動に思わず俺は、彼女の名を呼んでいた。

「――リア!」

すると、リアは手に持った弁当包みを俺に見せる。

「わ、私もお弁当作ったの!食べてよ」

「ちょっ、人の彼に変な事しないでくれる?」

俺よりも先に芽依がリアの行為に対して文句を言う。蓋を開けた弁当をベンチに置いて、立ち上がると芽依は、リアの所まで歩き始める。

「昨日もそう!だいたい、貴女は永宮くんの何なの?」

「昨日も言いましたよね?仲の良い幼馴染みですが?」

バチバチと二人の視線がぶつかり合い火花が散る様な音が聞こえる。幻覚が聞こえるのだろうかと思うくらい二人は、睨みを効かせお互いに一歩も退く気が無く感じた。

「幼馴染みなら少しは恋人への配慮と言うのが当たり前なのでしょ?」

「新参者のくせして大きく出ますね、芦沢さん。私の方が、真一の口に合う自信ありますけど!!」

「あ、あの~二人とも?」

何か嫌な予感がする。俺は、リアがそう口火を切った時に二人に声をかけるが全く話しを聞いてくれない……。二人とも、自分こそが永宮真一の好みを把握していると言わんばかりの態度をとり続ける。

「そこまで言うなら、勝負しませんか?イスカリアさん」

「良いですよ、あとこれからは私の事をリアと呼んでください」

「じゃあ、私の事も芽依で良いです。これから仲良くしましょ」

何か、出会ってはいけない者同士を出会わせてしまった感が否めない位、二人は力強く握手を交わす。そして、ベンチの両端に腰を下ろすと二人してベンチの中央をトンとしながら

「ねぇ、早く来てよ」

と二人一緒に言うと俺は、肩を落として重い足を動かしてベンチへ戻ると『第一回どっちの弁当が美味しいか対決』が幕を開けた。

「じゃん!どう?」

先に弁当を見せたのは、最初から蓋を開けていた芽依だ。俺は、目線を芽依が作ってくれた弁当に向ける。大きな弁当箱の中半分がご飯で残りに焼き肉や手作りサラダなど男の人が喜びそうな具材で攻めた料理だった。すると、リアが俺の肩を指でトントンとして俺の気を引くと弁当包みから取り出した弁当を見せる。

「ほら、こっちもよく見て~、美味しそうでしょ!」

リアの弁当……。王女の弁当など、高級品を使いシェフに作らせた物かと思ったのだが……。

「お、俺の好きな卵焼きじゃん!」

俺は、リアの弁当に入っていたハート型に作られていた卵焼きを見て思わず声を上げる。

「うん、真一って昔からおばさんの卵焼き好きだったもんね!昔とか良く弁当の中に入っていたしね!!」

よく見ている、ポイントが高い。幾ら幼馴染みとは言え、そんな数年も前の事を覚えている事が凄いと思わず感動してしまった。

「なぁ、食べても良いか?」

「うん。はい、あーん」

リアは、箸を使い卵焼きと一口サイズに切ってから俺の口へと運ぶ。少し照れてしまうも彼女が作った卵焼きは、昔の記憶を思い出させてくれる位美味しかった。

「――上手い。まさか、リアがここまで料理上手になっていたなんて」

「何、驚いた~?」

「あぁ、驚いたよ!母さんの味にそっくりだ」

「もう、永宮くん!こっちも食べて!」

リア優勢の雰囲気に嫌気が差したのか、芽依も一口で食べられそうな大きさの肉を箸で掴むと勢いよく俺の口へと入れる。冷めたせいか、少し固いが彼女の料理もしっかりと味が染みついていて美味しかった。

「うん、美味しいよ」

「やった!自信作なんだよ」

「でも、真一は懐かしの味を再現した私の卵焼きが良いに決まっているよね!」

「何、私の焼き肉に決まっているじゃん!」

俺を挟み二人が言い争いを始める。正直、弁当はどっちも美味しかった。けど、居心地としてはどちらも採点に欠ける。こうも言い争いが絶えないとなると憩いの昼休みが……。


キーンコーンカーンコーン


終わってしまった……。

「あ、授業の時間になっちゃう、早く食べないと……」

「本当だ、ほら真一早く!」

「って、俺が両方食べるのかよ!?」

手に渡された二つの弁当を後にリアと芽依がベンチから勢いよく立ち上がる。

「当たり前でしょ!真一の為に作ったんだから!!」

「永宮くん、残したら許さないからね!」

笑顔で言うと二人は、目線を合わせながらクスクスと笑う。先まで仲悪いと思ったら急に笑い出して……。

女の子と言うのは、何がなんだか……。

良く分からない生き物だと思った。俺は、手元に残った二人の手作り弁当を見つめるとやけくそになりながらも箸を使い弁当のご飯を頬張る。

その後……、三十分くらい授業に遅れたのは、言うまでも無い……。

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