3 すれ違いの再会

 太陽の日差しが傾き、綺麗な夕焼けが辺りを照らす中、俺らは、閑静な住宅街にある小さな公園に足を踏み入れていた。公園には、子供がよく遊ぶブランコや滑り台などの遊具があり、昔からこの公園にはお世話になった事しか無い。

「――で、どうしたんだよ……こんな所まで連れて来て」

「何、久々の幼馴染みの再会なのにそんな口の利き方する訳?何か言う事あるんじゃない?」

 俺の前に居るのは、太平洋に浮かぶ島イスカリア共和国に住むリア・イスカリア。名字から察するにイスカリアのお姫様だ。幼い頃は、ただの偶然だと思っていた。けど……、リアが三年前、泣きながら戦争を終わらして欲しいと願ったときに俺は、察した。

 ――こいつは、俺らと違いお姫様なのだと。

 そんな彼女は、俺の顔を注視しながら腰に手を当てる。昔からの癖で良く威張るときには腰に左手を当てて右人差し指で俺の方を軽く指さしていた。

「だって……リア、お姫様だろ?こんな所で何しているのさ?」

 別れの時だって、お姫様として日本を去ったのに今更何で帰ってきた……。それが俺の胸の内だった。

 お姫様とナンバー最下位の日本人。

 これで立派な格差の出来上がりだ。こんな糞にも役に立たない人間に会いに来て欲しくなかった。綺麗に磨かれたダイヤのような輝きをしている彼女を見て更に暗い気持ちしか出てこない。俺は、日本に残り聖魔学園の奴らに絞られ腐っていた。だからか、今のリアを見る事が出来ない。向けられている目線から目を逸らしてしまう。

「何でって……、何よ!私よりあの巨乳の方が好きだって言う訳!?」

「はぁ!?」

 思わず、声を上げて彼女の方を見る。

 よく見ると、綺麗な白い頬がリンゴの様な赤くなりながら彼女は、俺を見ている。その手には、握りこぶしを作っており、プルプル震えていた。

「一体、何でそうなるんだよ?」

「私、学校から出て来た真一をずっと見ていたもん!あの巨乳女に腕引っ張られながらゲームセンターに行って、プリクラ撮ってイチャイチャしてるの」

「オマッ、何で、人の行動を見ているんだよ!」

 少し口論になる、俺はあの光景をリアに見られていたとは気づかずにこれまでの行動を全て言われて顔を真っ赤にする。俺だって、居ないと思っていた人に全てを見られていると分かれば同様の一つや二つはする。けど、リアの手は更に震えが酷くなるを見ると彼女は、無言のまま、一歩二歩とこちらに近づいてくる。

 殴られる……。

 そう思った矢先、彼女は左手で俺の右手を握り近づく。俺の視界は赤面となったリアで埋まるくらい顔との距離が縮む。すると、彼女の右手が俺の首へと回して更に俺の顔を引き寄せそのまま唇を奪われた。

 ――嘘、だろ!?

 正直、予想外の行動をされると人というのは思考を停止する生き物なのだと気づく。俺も頭が真っ白になり何も考えられなくなる。あのリアとキスをしているなんて嬉しいのか嬉しくないのか気持ちが揺らぐ。動かすことの出来る目を駆使して彼女の表情を見ると閉じた瞼からは、大粒の涙が……。

 ――泣いている?あのリアが??

 やっと思考が動き始めた時、リアは俺から離れてしまう。視界いっぱいにあった彼女の顔が遠のいていくのを俺は、じっと見ている事しか出来なかった。

「――そんなの……、好きな人に会いたかったからに決まってるじゃん!真一の馬鹿!もう知らない!!」

「お、おい!リア!!」

 俺は、自然と彼女の名を口にする。しかし、彼女は俺に背を向け声にも反応せずその場を去って行く。その頃には、日も落ち物静かな街灯しかない明かりのない公園に残された俺は、ゆっくりと天を仰ぐ。星が順番に見え始めた空を眺めているとふと、彼女の言葉が浮かぶ。

 まさか……。否定から入ろうとするも、彼女の肉声とともに脳内で何度も聞こえてきた。

「リアが俺の事を……」

 ぼそっと呟くと小さなため息を溢す。失言だ。そう思った時には、伝えたいはずの彼女は、俺の前には居なくなっていた。

「そういや――。良し、探しに行こう」

 俺は、そう決めてリアを探しに夜の住宅街へと走り始めた。時間も遅くなってきたので別の心配もあるが、ひとまずは、リアを見つける事が最優先だと思った。




 ◇◇◇

 公園から一直線に駆け抜けたリアは、街灯しかない閑静な住宅街に迷い込んでいた。真一の言葉にえらく心が傷つき、おまけにあんな派手な行為までしてしまい、顔を向ける事が出来ずに逃げ出してしまった。体内は、酸素がなくなり必要以上に呼吸をするせいか、肩を激しく上下に動かし呼吸をする。

 ――ムキになって馬鹿みたい!

 見知らない巨乳の女の子に対してムキになっている自分に嫌気が刺す。こんなことの為に大好きな人がいる日本に帰ってきた訳じゃなかったのにと日本に帰ってきた目的を思い出しながらため息が溢れる。

「おや、お嬢さんここら辺じゃ見ない顔だね……新居さん?」

 疲れ走るのを止めたリアの前に黒一色のローブに包まれた男がふと現れるとフードで目元を隠していて顔が良く分からなかったが、明らかに不審者に見えた。

「え、えぇ。そんなところです」

「そうですか……、因みに家はどちらに?」

 リアが質問に答えると男は、次の質問をぶつけてきた。この問いにリアは、明らかにこの男が不審者だと確信した。

「秘密です」

 強気の威勢を込めて彼女がそう言うと、男の口元がニヤッと口角があがる、まるで、獲物を見つけた動物の様に覆われたフード越しから彼の狙う目線を感じた。

 ――逃げろ!

 リアの脳から全身を流れるように避難命令が発信される。

 彼女は、その脳からの伝達に従うように彼から背を向けて逃げ始める。しかし、男はクスクスと笑い始めてぼそっと呟いた。

「――無駄だよ、子猫ちゃん。君は、俺の好みにドンピシャだ。逃がす訳がない」

 すると、男は両足に力を込めながら膝を曲げると両足が怪しげな光を放ち始めると今度は、縮んだバネが伸びるように足を動かして生じた力を使い彼は、跳躍してリアの前に現れる。

「キャッ!」

 リアの足が目の前の男を確認して動きを止めると直ぐさま一歩二歩と後ろに下がる。初めて見た彼の不自然な動きに驚きながら彼から離れようとする。しかし、男は彼女が離れた分だけ、差を縮めようとして迫り来る。

「さぁ、僕と一つになろう?」

「い、嫌です!こ、来ないで!!」

 リアは、彼が近づく事を拒絶する。後ろに下がるもそこにあった石に躓き尻餅をついてしまう。思わず、「痛ッ」と声が漏れると男は、彼女の声に過剰に反応して興奮する。

「素敵だ。君は、俺の前に現れた天使だよ!さぁ、一つに……なろう」

 首を横に振りながら男の提案を拒否する中、リアが逃げるより先に男が彼女に近づき無理矢理リアの足を力強く掴む。

「嫌、離して!」

 リアは、そう叫びながら掴まれた足を左右に強く振って何とか、男の魔の手から逃れようとする。しかし、男の興奮は、最高潮に達する。目線を下げてリアのスカートへと向ける。

「そんなに暴れた俺にその布越しの物が見えちゃうよ!」

「あ、貴方から逃げられるならこんなの安いことよ!!」

 負け時とリアも強気な発言をするが、彼の言葉に気づかされて開いている手でめくれそうなスカートを押さえる。しかし、足にあった男の手が次第にリアのスカートへと伸びていく……。舐め回すようにゆっくりと上っていく手をリアは、恐怖に怯えながら眺めるしか出来なかった。

 ――助けて!!真一

 何されるか分からない恐怖に怯え、目を閉じて視界をブラックアウトさせる。男は、その表情を待っていたかのように振り切った興奮を息で表現するかのように呼吸が荒くなる。

「いっただきま~す」

 男の声がリアの耳に刺さる。もうおしまいだ、日本に来て折角再会した幼馴染みとは、喧嘩してしまい最後には、身も知らぬ男に襲われるなんて最悪だ。今日という日をやり直したいとどれほど思っただろうか。リアは、ここに来てからの態度を悔やむ。そうとしている内に男の手がスカート丈に掛かるその時だった……。

「え――」

 男の手が止まる。

 恐怖に怯え抵抗をしなくなったリアを襲うなら絶好のチャンスなのだが……。男の手は、いつまで経っても動こうとしないのだ。それを感じて不自然だと思ったリアは、再び瞼を持ち上げて辺りを見ると、そこには、自身のスカートに手を差し伸べていた男の手がしっかりと残って居た。しかし、男はリアから距離を取り何かを隠す様に悶えていた。何が起きたのか分からなかったリアは、もう一度辺りを見回す。すると……。

「この剣……」

 見た事のない短剣が地面に突き刺さっていた。その刀身には、蹲っている男の物とみられる赤い血が付着していた。

「だ、誰だ!?」

 男は、先の口調から一転して怒号のような声を響かせる。すると、コンコンと誰かの足音が聞こえてきた。その足音は、次第に大きくなり誰かが近づいてくる。リアより前に居るローブ姿の男は、目を凝らしてよく見る。

「お、お前まさか……!?」

 怒号した声から驚きへと変わった時……。リアの目には、眉間に皺を寄せた真一の姿が街灯に照らされていた。先ほどの腐っていた態度とは、裏腹に怒りに満ちてまるで別人の様に凜とした立ち姿に驚きながらもリアは、彼の赤く輝く右目を目視していた。

「――お前……、剣使い!?」

 気迫ある彼の姿に怯える男の姿をリアは、サファイヤのような瞳に焼き尽くしていた。





 魔法大国日本。その東京湾に浮かぶ巨大な人工島、日室島。その大きさは、関東平野の様な広大な敷地を持つ。島の中心には、聖魔学園の学園機関があり、それを囲う様に住宅街が広がっている。

 そんな人工島には、

『悪さが過ぎると正義の剣使いに襲われ、二度と生きて帰れない』

 と言う噂が悪党達を中心に広まっている。

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