第164話 毘沙門天の真の敵

「旅行気分で奥さんたちをつれてこなくてよかった(グロッキー状態)」

「瀬戸内海の波なんて本当にかわいいものだったんですね…(一部地域をのぞく)」

 秋の日本海は冬ほどではないが荒れ模様になる。

 九州の瀬戸内海ばかり見ていると、高波なんて台風の時くらいしかお目にかからないが、日本海はそうでもないらしい。

 以前、母親が金子みすずさんの生家を見たいというのでボーナスで旅行に行ったことがあるが、帰りにJRが午前中3時間一本も便がなかったり、『本日は強風のため欠便となります』とアナウンスされたときはカルチャーショックを受けた。まあ山を越えて下関行きのバスが出ているので、旅行自体は問題なかったが、平時に強風で電車が止まるのも大分では滅多にない事だ。


 何が言いたいかと言うと


「風強すぎ。波高すぎ」である。


 世界一過酷なベーリング海峡の動画を見たことがあったが、実際に体験してみると小さな波でもマジで怖い。

 船なんて海の上では木の葉も同然だと2日かけて嫌と言うほど理解させられた。

 帰りは新幹線で帰りたいものである。

「で、なんで直接ここに来させたんだ」

 今回の仕掛け人に説明を求めると

「そりゃ、教祖としてですよ」

 という言葉が返って来た。


 何故だろう。猛烈に嫌な予感がする…


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 春日山城の麓の寺で取り次ぎを行い、休んでいると使いの方がやって来て謙信さんが直接迎えに来たと言う。

 この時代、主が外に出てまで出迎えるのは最高級の礼節である。

「おお、これは豊後殿(大友義鎮)お初にお目にかかる」

「初めまして。越後の俊英にまみえる事ができて光栄の至り」

 こちらとしては将来の軍神に会えた感激で頭を下げ、相手は400年続く由緒正しいサラブレッドのような守護大名がわざわざ来てくれたという事で、互いに腰を低くしながら挨拶をする。

 初めて見た軍神はまだ若々しく、透き通るような肌に中性的な顔立ちで一種の神秘性を持っていた。

 おまけに、真偽不明の逸話だが頭の回転は非常に速く、北陸の地が農業に適さないと見たのか青芋や高級な繊維であるチヂミの生産や金山銀山の採掘に力を入れ、凶作が続く永禄・天正年間でも軍事活動を可能にしていたという。


「おまけに行動は私欲が無いので、一部の公家には受けが良かったみたいです」


 永禄2年(1559年)、越後国の長尾景虎(後の上杉謙信)が上洛した際、関白の近衛前嗣と景虎は、血書の起請文を交わして盟約を結び、永禄3年(1560年)には関白の職にありながら、越後に下向。

 前嗣は景虎の関東平定を助けるために上野・下総に赴き足利藤氏を支援するなど、武家のような行動をみせ、景虎が越後に帰国した際も古河城に残り戦況を支えるような熱い情熱を動かす外交力も持っていたらしい。

 

「ただ、長期的な戦略眼になると、かなり怪しい部分があるんですよねぇ」

 とさねえもんは眉をしかめた。今回の会談はその部分の補正を見込んだものだと言う。


 なるほど。

 だったらなんで、出国前にそう言った事を教えてくれないのだろう?

 猛烈に嫌な予感がする…


 いつしかの、ただ黙って座り、頷くだけの仕事をしていた時のような嫌な予感が


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「して、この度はどのような御用で参られたのでございましょうか?」

「実は、この度御屋形様は布団や半纏(はんてん)を作るように命じられた我が国の仏、『科学様』より夢の中でお告げを受けたと言うのです」


 嫌な予感的中。


 あのエセの仏様を利用するらしい。

「ほほう。仏様でございますか」

 毘沙門天のシマで何しさらすきじゃ?わりゃ?(意訳)と、いった感じで謙信さんの目が少し細まる。

「確かに、布団や半纏と呼ばれた綿の道具はこの越後でも助けられました。で、その科学様が我が国にどのようなお告げをされたと言うのでしょうか?」

「単刀直入に言えば、長尾様は戦うべき相手を間違っておられるので、教えて差上げろ。との事です」


 おい。ちっとはそのエナメル質が崩壊した歯に衣を着せろよ。


 今まで和んでいた空気が一瞬で凍てついたのを感じる。周りの長尾家家臣さんたちも『あ、こいつ死んだな』みたいな目で見てるじゃないか。

「貴方は、戦いに関しては天才です。また物事の筋道や正しさを守り、それを貫く強さもお持ちです」

 お、少しは持ち直したか?

「ですが、天才であるがゆえに平凡な民の嘆願や、領主の欲に気が付かず真に戦うべき道を誤っておられる。もっと言えば『多聞天』の異名を持つ毘沙門天を名乗るにはまだまだ不足であるとおっしゃられておられたそうです」


『毘沙門天』は戦の仏だが、他に増長天、持国天など四方を守る四天王が並ぶ場合は多聞天と呼ばれるらしい。

 多聞天が守護する如来(仏様)の尊いお言葉をすべて聞く知識に富み、武芸にも富む神様とされ、人々(衆生)の願いをお聞きくださりご利益(現世利益)をもたらしてくれる福徳神という性質を持つ存在らしい。


 その武力に関しては問題ないが、ご利益(現世利益)と尊い言葉を聞くという部分が宜しくない。という、まあ外交問題に発展するような爆弾発言である。

 え?なんでみなさんこっち睨んでるの?

 言ったのは私じゃなくて夢に出て来た偽の仏様ですよ?(敬語)


「毘沙門天が天の邪鬼を踏みつけ調伏しているように、あなたは調伏するべき相手がいます。なのにその相手を間違えていると科学様はお嘆きです」

 と言った。これで多額の金でも取ろうものなら霊感商法である。すると


「それがしが見誤っている敵とは、一体何を指すので御座いましょうか?」

 信じられない事に、勤めて平静に長尾さんは問うた。

 こめかみに血管を浮かび上っているような気もするが、多分見間違いだろう。

 すると、さねえもんは待ってましたとばかりに指を3本立て

「この越後には3つの悪魔がいます」


「1つは甲斐の武田」


「信濃から越後の領主を金で買収し仲を裂き、そのためにはどのような手でも使う悪魔です」

 その言葉を聞いて、深くうなずく長尾さん。まあ、あと20年は死ぬまで戦ったり謀略に苦しめられる相手だからなぁ…。越後にとって最凶の敵なのは間違いないだろう。だが、その次が良くなかった。


「2つ目は無欲な大名」


 その言葉に、全員の顔が再び固まる。

 喧嘩を売るなら一人で勝手に売ってくれという無言の声が聞こえる。


「それはどういう意味ですかな?」

 無欲で清廉であるのは美徳だと仏教は教えている。それを否定されて怒らない仏教関係者がいるだろうか?いや、ない(反語)

 だが、言いたい事は分かる。

「あー…大名は清廉であるのはよいのです。ですが、民の生活を守り喰わせることができない大名は害悪でしかないという事でしょうな」

 と、さねえもんの代わりに答える。

「個人が無欲なのは個人の自由です。ですが、多くの者の命を預かる大名は……その命を支えたり、領地を与えて生活を守る…義務が…………ある………んじゃないかなぁ?………と、想う訳です」

「………なんで所々胸を押さえておられるのかな」


 不思議そうな眼で謙信さんから見られる。


 それは『いやだぁ。他人の命まで責任持ちたくねえ。めんどくさいし。できることなら全部放り出して布団の中で寝ていてぇ』と言う本心に反する言葉を言った拒否反応からなのだが、

「大友家は家督交代持に多くの犠牲を出されたとか、それを思い出されているのでしょう」

 と長尾家の家臣が助言をしてくれたおかげで

「なるほど。あなたは多くの犠牲を経験した上でおっしゃられているのですな」

 と勝手に勘違いされて納得された。

「ですが、武士の本文は戦です。そのために死ぬのは仕方の無き事。それに他人の物を奪うのは悪です。そして土地は奪わねば増えませぬ。そのために悪行を積み立てるのはいかがお考えか?」

 と、信長や秀吉もつまずいた問題を問いかけられた。


 信長は、茶器に土地以上の価値を持たせて報酬とした。秀吉は外国に出陣して土地を得ようとした。

 だが、この越後には余分な土地は無いし、取り返した土地は元の持ち主に返すと言っている。

 これでは家臣の士気も上がらないし、離反が起こるのも無理はないだろう。

 だが、越後に関してはそれ以外の解決策があると、さねえもんは言う。


「それが、その3にして長尾殿の真の敵。この地の…そうですな。越後の台地で暴れる悪龍を退治する事で解決できると科学様はおっしゃられておられます」


 そう言って、さねえもんは はるか北東を指さした。

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