第138話 高らかに理想を唱えよう(自分の国以外で

 やさしさ。というのは戦いで一番邪魔になる。


 相当な実力差があったとしても団体戦である合戦で「かわいそうだから殺さない」などという気持ちで望めば、殺されるのは自分の方である。

 これは剣豪 宮本武蔵が島原の乱で、投石に当たって足を負傷したという話でも窺える。

 戦う以上、優しさは捨てないとならないものである。


 だが、このように『優しさを捨てろ』と何度も言われるのは、人間の本能に優しさがあるからだろう。

 これがなければ、人は肉親といがみ合うし、我が子を愛する気持ちも持てない。

 人間、いや生物というのは他者を殺さなくては生きていけないくせに、優しくなければ群が崩壊するという矛盾した属性を持つ存在なのかもしれない。


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「あなたは神を信じますか」

「アナタハ神ヲ信ジマスカ~」

 昭和時代に流行した外国人神父のセリフを吐きながら、ザビエルさんは日本語学習をしている。

 遠い天竺(欧州含む)から神の教えに来たという希有な存在は、そんな人間の本能を刺激する、良いカンフル剤となるだろう。

 遠い関東や奥州で戦を嫌う思想の伝搬役として活躍をしてもらおうと言うわけだ。

「で、そのために用意したのが、この本たちですか」

 そこには百を超える種類の説話が書かれた本、いや書状群が用意されていた。

 

 そこには論語や老子などの中国古典から、日本でもおなじみの仏教説話、さらにはイソップ物語のような短編話が印刷されている。

「日本でも江戸時代の直前に【伊曽保物語】と言う名前で読まれているから、民衆ウケは良いはずですよ」

 というさねえもんの言葉を信じて書いたものだ。


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 満腹と娯楽というのは、人間らしい心を取り戻させる。

 飢餓で殺伐とした世界では生きるために人を殺すのは何の躊躇も覚えなかった薩摩兵が、略奪で一財産を得たら「もう帰りたい」と士気が下がったように、ゆとりというものは闘争心を失わせる。

 それゆえに食料生産をまずは増加させた。

 だが、戦いこそ自分の人生と刷り込まれた指揮官の意志を変えさせるのは難しい。

 何故なら、戦いこそが自分の人生の全てと思いこみ、そうすることで生きていた人間にとって戦いの否定は自分の否定になるからだ。

「そこで、用意したのがこの本たちだ」


 短編集に、冒険読み物。和歌集のほかに、ちょっとお堅い所では自由と平和と書いた本に、選挙制度を書いた本なども入れておいた。

「この時代はゴラクが少ない。おまけに表現技法もそこまで成長してないから明治時代とか江戸時代に流行した本を書くのが良いだろう」

 というのが、その理由だ。


「特に、この観光本には力を入れておいた」


 紅葉が綺麗な耶馬溪や、ほかでは見ることが出来ない赤い温泉 別府血の池地獄。朝霧で姿が消える湯布院の町の風景を版画で刷った豊後の観光本である。

 ほかに、記憶を頼りにお伊勢参りのガイドブックも作ってみた。

 自由に他国を歩き回ることができないからこそ売れそうな本である。

「こうした娯楽を知ることは退屈な人生に潤いを与えるし、長生きしたいと思う活力にもなるだろう」

 それに併せて中国を舞台に『平和になったから今まで行けなかった名所を旅する話』というのをオリジナルで書いてみた。

 弥次喜多道中記みたいな雰囲気だが、

「今まで敵国同士で行けなかった場所が、和平を結んだので旅行できた」とか「戦争をやめて食料を作るのに専念できたから、野盗が減って通れるようになった山」など、戦争ばっかりやってる偉い人が改心したら、こんなに世界はすばらしいんだ。という内容の本を書いた。

 著作権などない時代だから色んな話をパクって盛りこんでおいた。


 人間と言うのは説教くさい話を嫌う。

 だから、先ずは短編で面白い話、不思議な話を広める。

 そして識字率を上げる。

 

「なんで、そのような事を目指すのですか?」

 活版印刷機を動かしながら無月さんが尋ねてくる。

 輪転型は無理だったので、取り敢えず判子型でやるしかない。

「情報戦を仕掛けるためさ」

「情報戦?」

「これは外国(現代)の話なのだが」

 昭和時代には暴力は当たり前だった。

 学校では教師が愛の鞭などと詐称してビンタをしたり、生徒同士の殴り合いも普通にあった。

 今考えると、軍隊教育で殴られた父親たちがそのまま自分の息子に行った結果だったのかもしれない。

 ところがイジメで死亡した犠牲者が出たり、不当な暴力を振るわれた人間が成長して声を上げた事で30年位して体罰は罰せられ教師が退職に追い込まれるのは社会常識として定着し始めている。

「こうした、動きが出たのは情報共有が出来ていたからだと思う」

「ほほう。身内への無駄な争いが悪と看做されるようになったのですか?それは良い話ですね」

 と、権力争いとは無縁そうな無月さんがいう。

 この人も世渡りとか下手そうだもんな。

「逆に、情報と言うのは統制する事で人間の思考を悪い方向にだって動かせる」

 敵性言語として外国語を使った店や風紀を乱すとパーマ屋さんへ嫌がらせをした事例を上げた。口にするだけでもダメ。自軍の不利を話すだけでスパイとして自警団が糾弾する。

 このように情報を偏らせるだけで人は判断を誤り、外国から見たら異常と思える現実認識が出来上がる。

(ロシア国民へ『被害者を加害者と思いこませるのに成功した偏向報道』という酷い事例と、ネットで実際の情報が手に入るため抗議が出た。という話の方が分かりやすいと思いましたが、流石に自重します)

「つまり、戦いってのは畜生同士のやるものであり、人間は普通しない。とか、戦いよりも世の中には楽しい事があるって事を一般人の共通認識にしたいのだ」

 むろん、だからといって武力を放棄しようと言う話ではない。

 ただ、ムカついたから殺す。とか刀の切れ味に弱者を殺す。などの考え方が異常であるという社会くらいは目指しても良いだろう?

 坊さんですら、論争で負けたから武力で相手の寺に火をかけるような事がまかり通る世の中というのはおかしい。

 そんな意見が世の常識になれば、空気を読むのは上手い日本人なら少しは変わるのではないかと思うのだ。

 まあ神●川県警みたいに警察が悪事を行ってもみ消すと言うレアケースはあるが、現代日本の国民はそこまで物騒な思考はしていない。


 これらの本は一人ではとても書ききれないので、戦闘で手足を失った傷病人の仲から文才のありそうな人間にも手伝ってもらうことにした。


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 そんな感じで、平和の皮を被った争いの火種をバラマくことにした。

 まあ、防寒具とか化粧品のついでといった感じなので、他国の領主にはあまり警戒はされていない。

 元々、日本では山伏が刀が曲がるお札とか子宝に恵まれるお守りなど怪しい品物を売っていたので、こうしたまっとうな商品を売るのはそこまで怪しまれなかった。むしろ、領主から呼ばれて歓待すらされているようだ。


 将来的には、哲学書とか思想書みたいなものが日本でも出したいと思う。そうすれば


 何故、戦争をしているのか?

 そもそも戦争とは何なのか?

 それによって、どれだけ無駄な金と無駄な時間を費やしているのか?

  

 などを考察する人間が出てくるかもしれない。


「要するに、人の世を作るのは人なんだから次の世代で少しでもマシな社会を作るべきだって考えの人間を増やしたいんだよ」

 

 そんな教育を一人一人やっていくのは大変である。

 だが、そうした作業を生業にしている人種がいる。

 宣教師だ。

「ザビエルさんにはキリスト教布教もやってもらう。それと同時に日本人の教化もやってもらいたいんだ」

 そのためにも思想が偏らないよう、僧侶と神官も一緒に同行させることにした。

 研究は苦手だが、人と話すのが得意な者。

 便利な知識を人に広める事に喜びを感じる人。

 そんな人間を4人寄りすぐり、共に各国を歩かせる。

 新宗教も既存宗教も交えて宣教し、その上で本を販売してもらう事にした。



 一カ月後、近畿での反応を聞いてみると中々調子が良い。


 なので、甲賀忍者の新米の修行もかねて5つほど隊を増やし、四国、北陸、東海、関東、甲斐に舞台を送り込んだ。

 特に甲斐には

「人をだましてはいけません」「部下や領民以外にも優しくしましょう」「知識で覚えたことは悪用せずに善用しましょう」

 などというお話を中心に送っておいた。

 ……いや、実際に会ったことはないけど、近日の甲斐の虎さんの評価はすごく低いので、一番矯正しないとだめな人って感じがしているのである。

 ウチに避難してきた公家さんにはあそこと縁戚という人もいたそうなので、紹介書も書いてもらったし、荷物すべて奪われるなんて事はないだろう。

 


 そんな事をやっていると、とある人間が尋ねてきた。

「御免」

 どう見ても農民なのだが、その服装は立派で刀も良い者をもっている。


 嫌な予感がした。


 豊後ではあまり見かけない人種だが、これはもしや……

「この本を出した方がいらっしゃるとお聞きしたのですが…」

 警戒する俺に気がついた風も無く、農民風の男は言う。

「はあ、確かにその本はこちらで書いたものですが」

 平民風の格好で対応をする。

 すると、怪しい農民は急に平伏し

「先生!」

 と叫んだ。

 え?なに??なんで急に平伏するの?

「先生!!!!!!」

 と土下座状態から起きあがると、両手を握られた。

 はて?山口あたりの人なら「てめえこのやろう」位は言ってくるかと思ったが、どうも様子がおかしい。

「あのー。どちら様でしょうか?」

 と今更ながら尋ねてみる。

「あ、失礼しました。」

 と言うと、急に居住まいをただし


「私は加賀で一向宗をやっているものです」


 と言い出した。

 選挙制度を山口に送り込んでから半年。

 とんでもないのが来た。


「なるほど。お帰りはあちらです」

 と、放り出したい気分だった。


 誰だ。選挙なんて悪夢のシステムを余所に広めた奴は!!!

 テロリストが聞きにきちまったじゃないか!!!

 半年前の自分を埋めてしまいたい気分だった。


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 選挙の話の後日談はこんな感じで繋がりました。

 頑張れ、来週の自分。

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