第135話 戦争ってダサいよね~戦国文化の破壊~
「いや、逆だ。これらの防寒着は豊後よりも他国に優先して安く売って普及させたいと思う」
「「「「はあ?」」」」
その場に居た
「このような便利なものを、何故他国にまで売るのですか!!!」
そんな抗議があがる。
そりゃそうだろう。便利な防寒具は活動時間の拡大を意味する。
寒い冬山でも長時間動けるし、我慢比べのような対陣の負担も大幅に軽減されるだろう。
ふつうなら自分の国に与えて強い国を作るべきである。
だが、俺は知っている。布団や防寒着の素晴らしさを。それに関わる功罪も。
「大丈夫だ。人間の怠惰さと悪意を俺は知っている。何か問題があれば、俺が全て責任をとる」
と言った。
まあ、これだけの大がかりな仕掛けだと実際に影響が出る時には取り返しがつかないだろうし、出たとしても責任をとる=大名辞める。だから俺としては何の実害もないのだが…
などと思っていたら
「取れないでしょう。普通」
と、至極もっともなツッコミが来た。おう。上司におべっかを使わない風通しの良い職場だな、ここは。もう少しオブラートにくるんで言ってほしい。
まあ、そのための仕掛けは既に考えてあるのだが。
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便利な道具があると人間は生活に利用する。
持ち運びに便利な風呂敷とか、汗を吸収するタオルなど布製品は、戦闘にも使われてきた。
そこで寒さに絶大な効果がある防寒具は合戦を有利に進めることが出来るだろう。
「だからな、俺はこの服に呪いをかけておいた」
「呪い?ですか?」
鼻で笑われたような気もするが、これはまあ『種あかしをせずに行う警告』のようなものだから、それくらい胡散臭くても良いのだ。
「先ず、この服や足袋(靴下)は非常に暖かいが、粗末に使えばあっと言う間に効力を失い、使い物にならなくなる」
綿製品は、ろくに洗わずにおくと不潔な環境ではダニやノミの住処になるからね。嘘は言ってない。
「この暖かさは神の加護によるものだ。だから一日中足元で踏みつけていると、無礼と言う事で天罰を受ける」
「天罰ですか?」
疑いの目で見る家臣たち。
「ああ。皮膚がただれ、少し歩いただけで皮が裂ける罰だ」
「厳しすぎませぬか!それは!」
戦に出る軍人にとって足の怪我は命に関わる。
「一日の野良仕事を終えて帰るまで位なら平気だ。ただ、足は洗って綺麗にして足袋は清潔にしておかないと罰を喰らうだけだ」
実際の所、足は汗で蒸れると膨れ上がり皮膚が弱る。その状態で歩けば皮膚が裂けるのだが、神に不敬を働いた天罰と言い切られるとそんな気がするのだから人間とは不思議なものである。
ちょっと不安そうな目で自分の足袋を見る家臣たち。
大丈夫。そちらは
ではトドメの呪いを説明しよう。
「最後に、この服を合戦や人殺しに使うと百分の一の確率で足が腐って使い物にならなくなる」
とどめの脅しをした。
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日本では、明治時代に八甲田雪中行軍遭難事件というものが起こっている。
1902年(明治35年)1月に日本陸軍の歩兵隊が青森市街から八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍の途中で遭難した事件である。
物資の運搬を人力ソリで代替可能か調査することが主な目的であったこの行軍は寒冷地の理解が浅く、準備不足で参加者210名中199名が死亡(うち6名は救出後死亡)するという悲惨な結末を迎えた。
生還者の小原伍長の証言によれば、誰も予備の手袋、靴下を用意しておらず、装備が濡れても交換できぬまま凍結がはじまり、体温と体力を奪われていったという。小原も「もしあの時、予備の軍手、軍足の一組でも余計にあれば自分は足や指を失わなかっただろうし、半分の兵士が助かっただろう」と後年証言している。
(WIKI 八甲田雪中行軍遭難事件より抜粋)
綿などの保温製品は保水性能にも優れていて、水を含むと体温を奪う。
冬に合戦で何日も濡れた靴下を履いていると皮膚がふやけてちょっとした摩擦で裂傷を起こす。冬場の合戦で山とか川を渡れば一日で足はずたぼろになるだろう。
とくに冬の雪山は清潔な靴下にはきかえず、そのまま履き続けた人間の足は壊死する運命にある。
原理を明かせば簡単な話だし、合戦に利用も出来るだろう。
だが、ここで前述の『呪い』というバイアスをかけることで、『ヒドい目にあったのは神の恩恵を悪用したからだ』というバイアスがかかる。
人間、便利な物にはそれと引き替えにした対価があると考えるものである。
それを利用した上での呪いなのだ。
『つまり、冬の寒さをしのげる代償として、清潔を保つ事と合戦を回避することの二つが、習慣としてたたき込まれる。というわけなんだよな』
地域によって寒さは変わるので、壊死まではいかないかもしれない。だが、人数が多ければ不幸にも指が腐り落ちるまで靴下をはき続ける人間は一人くらい出てしまうだろう。
それが教訓となり、この呪いは完成を迎えるのだ。
「そのために、俺は機織り機にマニ車(一回回すとお経を唱えたのと同じ効果が有る道具)と対極にある真言を書いてこの布を織ったのだ」
と、もっともらしいデタラメを言う。
「なるほど。寒さに弱くなった敵が増えれば、それだけわが軍は有利になると言う事ですか」
「それは確かに世に広めた方が良いですな」
と、敵が弱体化すると聞いて考えを改める家臣たち。
たんなる科学的な分析を神仏にからめてみるだけで戦闘に使用出来なくなると信じ込ませる事ができる。
宗教ってこういうときは便利だな。
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「俺の計画としてはこうだ」
納得してもらった上で、この計画の予定を説明する。
暖かい衣類や寝具は快適な生活を約束する。
噂を聞きつけた人間は我先に買いあさり、その便利さを得ようとするだろう。
これで、防寒具を得て戦わなくても食える生活を提供すれば、戦争をしたがる人間は減る。
特に農民は徴兵拒否を行うだろう。
この状態が2世代ほど進めば、戦争に出ただけで死にかける俺みたいなひ弱な人間ばかりが生まれ、戦闘なんて面倒な行事は消えるだろう。
戦いなんて知らないアメリカ人が逃げ場のない衛生観念とは無縁な戦場に送られて戦争をしたら、トラウマを発症して深刻な被害を受けたように、平和の享受こそが戦争を無くす最短手だと思う。
少なくとも戦闘参加者が減れば、戦火の被害も減るだろう。
「このとき、5種類の意匠を用意しようと思う」
「5種類ですか?」
「ああ、数が少ないと独り占めしたり、使用を禁止する奴が出るかもしれないからな」
現代社会でも正社員だけ使える設備とか、アルバイトは特定の道具を使ってはならないなどの謎ルールを決めるアホがいる。
このような贅沢品は自分たちだけが使うべきだ。などと言い出す奴がきっと現れるだろう。
「だから豪華な刺繍を入れた貴人用、それよりも少し劣る武士とか公家用、そして女性用を先ず用意する」
そういう人間は差別化を好む。そこで
「それとは別に、無地の平民用。それに誰が使用しても良い寺や神社用を作ってみようと思う」
殿様専用だった萩焼の底をワザと欠けさせて民衆にも流通させたように、ワザと粗悪品にする事で『庶民専用のものまで欲しくなるとか恥ずかしい奴』とレッテルを張る余地を残すのである。
貧しい人間専用と先に宣言しておけば頭の堅い人間や、見栄っ張りな領主は彼らから取り上げて独り占めしにくくなるだろう。
仮に奪ったとしても「あの領主は平民の服を奪って使っている。よっぽど貧しくて困っているのだろう」などと笑い者になるのはさすがに嫌がるだろう。
なお平民用は価格をほぼ原価近くにし、上等な分の布団にその分の利益も上乗せしておく。
こうすれば経営破綻せずに足袋や布団などの普及を行える。
「で、仮に布団が普及したら衛生という概念を広めようと思う」
布団というのはすばらしい。だが、メンテを怠ると中の綿にダニやノミが住み着いて、とんでもないことになる。
それを防ぐためにも身綺麗にしなければならないし、部屋の掃除だって行うべきである。
部屋掃除は仏教でも是とする概念である。
きっと上手く広まるだろう。
こうして衛生観念と言う考えが広まれば戦争に行きたくなる人間は減るはずだ。
戦争は身綺麗とは対局に位置する場所である。
風呂には入れないし、寝るときは野宿。
不潔にして不衛生な場所だ。
こんな場所、快適な生活が身に付いた人間が行きたくなるとは思えない。
少なくとも俺は二度と行きたくない。
「つまり、快適な生活を広めれば広めるほど、人間は戦いなんて面倒なことから逃げたくなるはずなんだよ」
生活を改善して民衆の生活レベルで戦いを嫌だと思わせる。
反戦活動の草の根運動である。
そこまで説明して、一人の家臣が不思議そうに問うてきた。
「………あの、御屋形様は武門の家の頭領としての御自覚はおありでしょうか?」
すがるような目で家臣の一人がいう。
なので、俺はにっこり笑ってこう答えた。
「ないよ」
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仮に九州が戦場になったら、山に籠ってスナイパ―として不動の構えで戦う所存ではありますが、国民の権利であるフロ。布団。ビールが利用できない生活は死んでもしたくない所存であります。
戦争って死ぬほどキツくて大変な状況に陥るので、5日も野営すれば寝不足と風邪で死ぬであろう自身があります。
この世から早く無くなって欲しい人類の悪習ですね。
ウクライナで被害に遭われている方と、命令で仕方なく戦わされている亡国の兵士の方々が一刻も早く自宅の風呂でくつろいだり、布団で安心して眠れる生活を取り戻せる事を願います。
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