第126話  水道は国の本

「しかし、それで上手くいくでしょうか?」

 と懐疑的な言葉が出てきた。

 当然だ。今回の投資は失敗すれば手元には何も残らない。

 それに加えて『たかが水道ごときで国を取れるのか?』という根本的な疑問が有るのだろう。

 そこで義鎮は

「悪法は時に国すら滅ぼす。奴留湯よ。お主は唐国の秦が何故滅んだか聴いた事があろう」

 始皇帝が建国した秦は法律を厳しくして国を強くし中国を統一した。

 ところが、統一後も法律が厳しく国が滅んでしまう。

 紀元前209年7月に役人である陳勝と呉広は辺境守備のため、徴兵された農民900名と共に、現地へと向かった。しかし、大雨に遭って道が水没し期日までに到着するのは不可能になる。

 秦の法では、いかなる理由があろうとも期日までに到着しなければ斬首である。という非常の決まりがあった。そのため陳勝と呉広はどうせ死ぬならと反乱を決意し、国を揺るがす反乱へと発展した。


 他にも禁酒法とかアメリカ独立の原因となった印紙法や茶の税金などの悪法など理不尽で民衆に負担を強いるような政策は反乱を招くものである。

「仮に余が領内で大八車の使用を禁止し、神代の時代のように荷物は担いで税を運べと言ったら領民たちはどう思う?」

「それは、さすがに理不尽でございます。多くの抗議が来るでしょう」

 車輪と言う便利な道具が有るのに担いでいくのは効率が悪すぎる。

「民にとって一度使った水道を止められるというのはそれと同じじゃ。一度手に入れた便利さは中々手放せぬ。特に他人は当たり前に享受できている便利さから己たちだけが除外されるとな」

 飢饉や凶作で皆が飢えに苦しんでいるなら人と言うのは耐えられる。

 だが、他家は食で満たされているのに己だけが飢えで苦しんでいると言うのは非常に不公平さを感じる物である。

 しかも、それが天災では無く領主の判断ミスによってもたらされたものだとすれば、その不満は当主の挿げ替えにまで発展するだろう。

 そう言われて、加判衆たちは考え込んだ。

「たしかに、人は易きに流れます。しかし、せめて手間賃や維持費は徴収すべきではないでしょうか?」

 裏切られる前に、いくらか回収しておけということだろう。だが、

「水道事業、いや生活に関わる事業は金儲けを考えてはならぬよ」

 と義鎮は言った。


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 生活に必要なものはいくらでも値段を上げられる。

 第一次世界大戦のドイツはモノ不足によるインフレでコーヒー一杯の値段がカバンいっぱいの紙幣になったりしている。

 現代日本でも水道代を値上げしてもペットボトルで買うより安ければ、市民は仕方なく水道を使うだろう。

 だが、そうなると工場では節約の為に水の使用量を減らすだろうし、原価が上がるので売値も上がり売り上げと利益が減るだろう。

 目先の利益を追ったばかりに国民総生産量は減少し、企業の利益も減るし、それに伴って雇用だって減るだろう。

 国を運営するために必要な資材や資金を税金で回収するのは必要だが、それ以上の利益を盗ろうとすると民間、いや国の発展は足かせを受けるのである。

 そのため水道や電気などの事業は運転資金の回収は必要だが、利益が出過ぎるような料金設定をしてはならない。

 ひどい言い方をすれば水道事業は命を人質にして利益を得ようと言うハイエナを恥するためなのである。


 現代日本では『水道事業を民営化すれば水道環境が安定する』というメリットをあげている嘘つきがいるが、国の安定的な資金をそそぎ込んで維持できている環境を商売で行う民間会社が維持するには値上げしか方法がない。

 または、一時期コストカッターと呼ばれた社員や設備をクビにして見せかけの利益を出す事しか能がないことを、さも優秀であるかのように喧伝した人非人を取り寄せて、組織を崩壊させつつ見せかけの利益を出しながら、「水道環境は維持できませんでした」と契約の不履行を言い出すかである。

 これに関しては『米国のインディアナポリス市では、2002年から水道事業を請け負った民間企業が水質の安全対策を怠ったり、住民への過剰な請求をしたため、2010年、市当局は再公営化を決定。だが、20年間の契約を10年間に短縮するかわりにその企業に2900万ドルを支払う羽目となった。』とか『ドイツのベルリン州も、1999年に水道公社の株を民間企業に売却した結果、水道料金の高騰や設備管理の低下を招き、2013年に州が株を買い戻すことになったものの、13億ユーロもの資金が必要となり、その経費は水道料金に上乗せされることになった』などという末路を迎えており、ほとんどの国で失敗している。

(引用;ttps://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20181206-00106702)

 

「このとき重要なのは、破綻したから我々が撤退しても住民の生活は続く点だ」

 大型スーパーみたいに地域の商店街を破壊したあげく撤退する小売店と違って、水道の場合住んでいる人間は余所に買いに行くのが困難なのである。

 水道が使えなくなったから水を買いに行くとなれば1家に一台、100リットルタンクを積んだトラックで毎日水を補充に行かないといけなくなる。

 電気と違って水は余所からの融通を利かせる事も難しい。


 仮に日本で水道事業を民営化した時に、外国の息のかかったダミー会社が格安で運営を受託。

 アメリカの企業みたいにずさんな管理と法外な値上げを行いながら、パ○ナみたいに中抜きだけして利益は役員報酬にして搾取。からの計画的に倒産した場合、その地域のインフラを完全に破壊出来てしまう気がしてならない。

 というか、自分が○国の指導部に居れば、確実にやる。

 たった一つの会社を鉄砲玉に使うだけで地方都市に深刻なダメージを、お金を貰いながらできるのだ。

 水道が止まれば、その自治体は血液が供給されない細胞のように壊死してしまう。

 ここで国がバックアップし、公営に戻せれば良いが、財務省の無能っぷりを見ると破綻した水道にはとても金を出しそうにない。

 そうでなくても環境に優しい国を自慢してたドイツが、ガスをロシアに頼っていたら「外交問題が出たので供給をストップする」と言い出される状態を自分で招き入れるような下策だろう。

 あげくの果てに散々悪者扱いしていた原子力発電をクリーンなエネルギーと言いだしたのに至っては乾いた笑いしか出なかった。


 話が大幅に逸れたが、インフラを民間に任せるというのは国を乗っ取られたり内政干渉されるリスクを伴うのである。

 ましてや他国や敵国に任せれば確実に乗っ取りの足がかりに出来る。


 最悪な手段を考えれば、民営化に名乗りを上げて通常通りに赤字事業を続け、とりかえしのつかないところまで借金を積み上げる。

 何だったら何もしない役員を増やして給料で金を使い果たしても良い。

 そして、中○やロ○アのフロント会社に高値で売りつける。

 多少の金で他国のインフラを握れるのなら両国だって100億円位安い買い物だと判断するだろうし『経営再建のため水道代を3倍にする』などと言えばその国を簡単に混乱させる事も出来るだろう。


「まあ、俺はそこまで悪辣な事はしないがな」

「この時代だと、法外な値上げをしたら暴動というかふつうに合戦で会社が潰されますもんね」

 そう。法が存在しない世界の場合、金は重要な要素ではない。

 支配されたいと言う人心こそが大事なのである。

 だから『今まで大友家に従っていたら簡単に出来た事が領主のせいで出来なくなった』という悪評をばらまいたり、それを敵対勢力からの攻撃材料に仕立てあげる程度で済ましておいて、「大友家に従って便利な水道を取り戻そう」をスローガンに反乱を援助するくらいである。


 という話を新しく加入した4人に分かり易く説明した。

 他にも数年前までは無かったのに、今では当たり前のように生活に浸透した化粧品や薬の一部もストップ出来ると話すと、悪魔でも見るような目で見られてしまった。

 戦争なんて野蛮な手段で殺し合うより、よっぽどスマートで平和的じゃないか…


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ロシアのガス問題の続報を待ちながら書いてましたが、あまり進展が無いようなのでここで止めて置きます。

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