第113話 伝統の茶会に中指を突き立ててみた(主編)

 

※本作はフィクションです。強制的に茶道教室に参加させられたり、残業代が出なくて会社が嫌になった社畜は存在しません。

 あと、茶道をされているかた。 ごめんなさい。


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 茶道の開催者は茶や茶道具だけでなく、茶菓子、掛け軸、いけ花、部屋の調度など、こだわればこだわるほど奥が深い物である。

 これは建築にも通じる事で、リフォーム完了の後にスリッパやマットを用意し、完成見学会のようなお出迎えをしたらお客さんが喜ぶだろうと準備した事を思い出す。

 作業服ではなく、スーツで出迎えて手袋を渡して部屋の案内をしたらお客さんが「ここまでしてくれるとは思わなかった」と非常に喜んでくれたものである。

 まあ、当然ながら仕事もきっちりやった。

 30日、休みも返上で隅から隅まで、目に見える範囲は補修材や修正材で新品同様に見えるようにしたし、クレーマーの気分になって突っ込まれそうな部分は先に潰しておいた。

 接客業をしていた時に培った おもてなしスキルを全力で使った成果だ。

 これで、御客さんを迎える前に

「そんな事をしている暇が有ったら、請求書でも作らんか!!!」

 と社長から怒鳴られた事が無ければ、さらに良かったんだけど…

 あれで『この会社やめよう』って心が折れたんだよな。

 まあ、その後お客さんが喜んでたのを見て、社長は自分の発言を忘れてたみたいだが、言われた方は絶対忘れないものだ。(※本作はフィクションなので一部フェイクを入れてます)

 

 というわけで、やってやりましたよ。徹夜で。ジョバンニみたいに。

 

 御客のボスが和尚っぽいので、テーマは仏教。

 部屋は仏間の様な暗い色合いになるように、カーテンのように布を垂れ下げて色調を変え、裾を御釈迦様の服のような皺をつける。

 床の間には逆に真っ白な沙羅双樹サラソウジュに似たナツツバキを活ける。

 これは仏教では二本並んだ沙羅の木の下で釈尊が入滅したことから般涅槃の象徴とされている花である。

 なので床の間には『朝聞道、夕死可矣。(論語;朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり)という言葉を飾る。

 一期一会。今日で全てが終わるのも人生というクソ重いテーマで攻めてみた。

 多分、和尚さんなら分かってくれるだろう。

 茶器は客が唐物好みだったので、自分で持ちこんだ井戸茶碗。

 畳は全部交換し、まっ黒に染めた黒畳。ヘリは光沢のある青色にする。


 なんということでしょう。

 匠の力によって、殺風景な茶室が侘び寂びの極地の様な、いつでもあの世に行ける空間に早変わりしました(徹夜でハイ状態。)


 やべえ。御客様の為に予算を考えずに部屋をリフォームするの、すっげぇ楽しい。

 そりゃ、8代将軍様とか政治そっちのけで銀閣寺とか作ったりするわけだよ。

 嫌な奴のために働かず、自分の趣味に生きる人生バンザイ!!!


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「ここは葬式場ですか?」


 そんなわけで完成した茶室を見て、さねえもんから容赦のない言葉を言われた。

 折角のおもてなしも、分かってもらえないとかなしいなぁ。

「いや、たしかに『へうげもの』って漫画でも茶室を黒にした話がありましたが、あれは千利休という実力者がやったためと、彼の尽力で黒は美しいという価値観が定着したから受け入れられる話ですからね」

 おう? 

「つまり今の時代だと不吉で気色悪い悪趣味な部屋ですよ」

 な、なるほど。言われてみたらそうかもしれない。

 と、言う事は?

「やりすぎです。やり直し」


 おうまいがー。

 

「流行・価値観なんて時代で簡単に変わりますからね。シャツをズボンに入れてたら犯罪でも犯したかのように毛嫌いする時代もあったのに逆の流行が見えたり、棚で埃を被ってたガンプラが転売で買い占められたり、人間の嗜好ほど信用できないものはないですよ」


 ちくせう。流行なんて嫌いだ。


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 黒はやめて渋い緑にした。布でイメチェンしてたので変更は楽である。

「こんなこともあろうかと、無難な色も用意しといて良かった」


 というわけで、無難を絵にかいたような茶室で茶会を始めた。


 お茶を点てるときは、沸いた茶から上澄みの部分を専用の壷に捨てる。

 浄水施設のなかった当時、上には埃などがたまり、きれいではないからだ。

「ふむ。基本はわかっとるようですなぁ」

 と、訳知り顔で商人が言う。

 ついで、湯が湧いたら一度茶碗に注ぎ、窯に戻す。

 入れ物が冷たいとお茶が冷めるので、一度温めるのは紅茶などでも使われる技法だ。

 後は、茶を茶筅ちゃせんで混ぜて泡を作り苦味が出ない様に手早く混ぜる…のだが、成功した事が無い。

 上手い人が点てた茶は苦くないそうなのだが、俺が淹れた茶はめっちゃ苦かった。

 下手だから。

 

 このままだと「こんな下手くそが売る茶碗に何の価値が有るんでしょうなぁ?」などと嫌味を言われるだろう。

「そこまで分かってて何で勝負を受けたんですか…」

 とさねえもんがぼやくが、そりゃぁ


「反則勝ちする自信が有るからだよ」


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「これはまた…なんとも」

 泡が殆ど立たない茶を見て商人さん達は呆れたような目で見る。

 某漫画なら「カスや!」と言わんばかりの目である。

 まるで、酷い事で有名な実写版『デビ●マン』がどれほど酷いのか、検証しようと言いだした友人が、こんな目をしていたような気がする。

 残念だな。その期待にはこたえられないだろう。

 何故なら、これからやるのは残虐超人も真っ青の反則ファイトなのだから。


「まあ、香りはよいのではないですか?」

 そう言いながら、小馬鹿にしたように口をつける商人たち。そして…

「こ、これは!!!」

 商人たちがどよめき、目がかっと開く。

 

「甘い!!!」


 茶というのは苦い。

 これは濃茶と呼ばれる、茶葉を粉状にしたものを練るからだ。

 点て方によっては泡が多くなりほのかな甘みを感じる事もあるそうだが、そんな器用な技はついぞ収得できなかった。

 だが、そんな失敗作を出すのは失礼と言うもの。

 そこで、今回用意したのが


や!!!!」


 そう。苦い茶に砂糖を入れただけのお茶。

 これでどんなに下手でも「甘さが保証された最低限の飲める茶ができるというわけや!!」


 某料理マンガのキャラのごとく似非大阪弁で、ドヤぁ!と宣告する。


 商人たちは「え?これやっていいんだ!!!」と言わんばかりの顔で俺を見て、ついで和尚さんを見ていた。

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